14:ホワイト・ゴールドの誓い
あたしは、憂鬱な気持ちでいた。『シャンテ』に行った翌日、若原は何でもない顔で登校してきてあたしにもいつもどおり、
「オハヨー、オレがいなくて淋しかった?」
などとおどけていて、結局ちゃんと若原と話す間もなく日常に戻っていった。
そんな中で、本宮のカバンからときどきあたしがあげた銀色が覗くのがわかって、あたしはちょっとどきりとしつつも嬉しくそれを感じていた。亜矢になんて言ったのかは気になるけど、亜矢からあたしは何も聞いていない。
「結ちゃーん? どうしたの、なんかコワイ顔してる」
亜矢がチーズケーキを食べ終わってきょとんとあたしを見ていた。
「ケーキも食べないし。もらっちゃうぞ?」
亜矢の指差す先はあたしが注文したガトーショコラで、まだ最初の一口しか手をつけていない。
「……ビターチョコ、食べられないでしょ、亜矢ちゃん」
無理矢理笑顔を作ってそう言うと、亜矢はぷくっと頬を膨らませる。
「結ちゃんてホント意地悪〜」
「愛のムチって言って」
そうやり過ごして、あたしは平然な顔を意識して作りながらケーキを口に運ぶ。
まさか……亜矢に相談出来ないしなあ。亜矢はいい子だし、話せばきちんと聞いてくれるのもわかってる。
けど、今回のことを相談するならあたしが本宮にプレゼントしたことも言わなきゃいけないし、それを若原にからかわれてどうしてそんなにムキになったのかも――説明しなきゃ、ならない。本宮の彼女に。亜矢に。
もしかしたら、普通に最初から話せば亜矢はあっけらかんと聞いてくれるかもしれないけど、時間が経った今ではもう遅いだろう。
「でねー、亮くんたらコレ買ってくれたの! 亮くんの誕生日なんだからって何度も言ったんだけど、そしたら俺が欲しいものはコレだって。ふふっ」
亜矢が左手を広げる。薬指の輪が銀色に光る。わかってる、ホワイト・ゴールド。
「ホントはシルバーで探してたんだけどぉ、ペアだとなかなかいいのなくって。そしたら亮くんが『こういうのが亜矢には似合うんじゃない?』って見つけてくれたのがコレ」
この話、実は二回目だってことにきっと亜矢も気づいてる。幸せな話は何度喋っても溢れるようにうまれるものだ。
「ピンクサファイヤなんだって! 幸運のクローバー型、今人気なの〜」
ペアリングのレディスの方にだけ、小さなピンクの石が嵌っているのも何度も見た。今日みたいな休みの日には左手薬指に、学校では右手かもしくはポケットにあるその小さな指輪は、お揃いの柄で本宮の制服のポケットにも入っている。珍しいことじゃない、亜矢がペアリングの片割れを嵌めているのは今までに幾つか見ているし。
けれど――こんなに憂鬱な気分なのは何故だろう。亜矢がニコニコと幸せに笑ってくれることは嬉しい。あたしだって亜矢が好きだし、友達に幸せでいて欲しいと思うのは当然だ。それならこの浮かない気分は、亜矢の相手が本宮だから?
二人が付き合うことになったとき、あたしはやっぱりいろいろ考えた。本当に亜矢を祝福できるか、親友の彼氏として今までどおり本宮と友達付き合いが出来るだろうか。それを考えた末、あたしはずっと亜矢の親友でいることを選んだ……つもり。
なのに、なんだろう、この重い気持ち。
「ねえ、結ちゃん? 聞いてるー?」
「あ……ああ、うん。なんだっけ?」
亜矢の声に不満が混じる。今までも散々歴代彼氏のお惚気は聞かされてきたし慣れてると思ってたのに……なんだろう、やっぱり相手が本宮だからなの、かな。
「結ちゃんてば!」
右手からフォークが奪われ、あたしははっとして視線を亜矢に戻して「うん」と生返事を返す。亜矢は拗ねた子供のように上目遣いであたしを見上げ、フォークをガトーショコラの一片に刺して口へ運んだ。
「……甘くなーい」
「だから言ったでしょ、ビターだって」
「結ちゃん、何かあったの? 今日ホントなんかおかしいよ?」
「亜矢に言われたくないなーァ」
「ひっどーい!」
拗ねていたほっぺたが膨れて、わかりやすく亜矢が怒りモードになる。彼氏にだけじゃなくて亜矢はあたしにもそんな風に甘えたりする。
「ヘンな結ちゃん。ここんとこ特にそうだよねー」
ビターなショコラに懲りたのか、今度はアップルティーをくるくるとかき混ぜながら亜矢があたしを見つつそう呟いた。
あたしがそれに対してうまい返し方を探していると、その前に亜矢がなんとなく……言った。
「もしかして結ちゃんさー、亮くんが好きだったりして?」
一瞬、カッと身体が熱くなったような気がした。その熱が顔に出てたかもしれない、と思った。
『やーだ、何言ってるの亜矢ったら。本宮はあんたの彼氏でしょ』
あたしの頭の中には、いつもの口調で言うべきそんな台詞が用意されている。そのとおりに口にすればいい。笑いながらそう言って、そんなこと言ってると取っちゃうんだから、ってふざけて言えばいい。
なのに。なのに。
あたしは圧倒的に言葉が足りていない。若原のときにそれは痛感したはずだった。ちゃんと言えばよかった、なんで言えなかったんだろうって。
なのに。
あたし……否定出来なかった。亜矢にああ言われてすぐに、「そんなことない!」って大声で言えなかった。むしろあたし、言っちゃいたかった。亜矢が本宮を好きになるよりずっとずっと前から、あたしは本宮が好きなんだって。亜矢にだって取られたくなかったって、言っちゃいたかった。
あたしはうまく顔を作れず、お茶代だけ置いて逃げるようにそこから帰っただけだった。亜矢が心配そうに何度も覗き込むのから、目を逸らしつづけて。