13:合わない視線
若原と、目が合わない。声は普通だけど、いつもの楽しげな若原じゃない。
「んで、何?」
「今日、学校来なかったから……」
若原の様子がいつもと違うことが、があたしの言葉を押しとどめていた。そして――まだ、あたしをまっすぐに見てくれない。
「たいしたことじゃないっしょ、サボるのなんて」
「そー、だけど」
若原が調理場のほうへ顔を上げると、「モリさーん」とさっきの人を呼んだ。
「店開けとくよー?」
「ほーい」
『モリさん』の声が奥から聞こえて、若原はそのまま店の入口の鍵を外して外の明かりをつける。その背中へ、あたしは勇気を出して呼びかけた。
「若原、あたし、昨日、言い過ぎた。ごめんね」
一気に言うと、若原はそのまま入口でかちゃかちゃと何か作業を続けている。あたしに背中を向けたままだ。反応が怖くて、あたしはその背中を見ていられない。
「あの……」
「昨日って何のこと?」
若原の声が、いつもみたいに軽くそう返ってきた。俯いてたあたしが顔を上げると、若原はくるりと振り返ってあたしの傍を通り抜け、空いたカップを手に調理場へ向かってく。
目は、合わない。
「昨日、あの…」
「オレ物覚え悪いからさ」
かちゃかちゃと奥で食器の音がする。会話にはなってるけど、若原の声は軽いけど……なんでだろう、なんだか違う。
「若原、あたし――」
「希」
カウンターから乗り出すようにして呼んだあたしの声に、後ろから他の女の子の声が重なって、あたしはびっくりして振り返った。
さっき若原が鍵を開けてた入口から入ったらしいその子は、どこかで見たことがある。たぶん、同じ学校の子。名前は、ええと……
その子はあたしを見て――いや、正確にはあたしの制服を見てちょっと眼を瞠ったけど、じろりと一瞥だけ寄越すとフイと顔を背けた。
「ハイ、これ」
いつのまにか若原がカウンターまで出てきていて、その子からなにやら受けとると「サンキュ」と笑った。その笑顔はいつもの若原だったけれど――あたしには、さっきから一度も向けられていない。
つい二人を見つめていたあたしに、女の子が振り返ってきっと睨んだ。
「帰ったら? そんな格好でこのあたりうろついてて、先生にでも見つかったら困るから――希が」
最後、若原の名前のところをまるで念を押すようにゆっくりと、はっきりと発音した彼女の口調は明らかに攻撃的だった。
「雪緒」
若原の低い声が、たしなめるように彼女の名前を呼ぶ。そしてやっとあたしは思い出す。
そうだ、A組の内沢さん。内沢雪緒。若原とよく一緒にいるよねって、亜矢が言ってた。あたしもそれはそう思ってた。付き合ってるんじゃないかって噂も、あったっけ。
若原はあたしを見ずに、そのまま奥へ入ってしまう。内沢さんの冷たい視線がまだあたしを見てるのが、わかる。そのままくるりと踵を返してそこから駆け出す以外、あたしには選択肢がなかった。