12:夜はコーヒーの香り
「――で? キミはどうしたのかな、こんなとこで?」
くるりと振り返り、その人はあたしを見下ろす。……かなりの長身。あたしも女子にしてはデカいほうだけど、この人、百九十くらいあるんじゃないだろうか。
「あーいう輩もこのくらいの時間から増えてくるからねー、気をつけて帰って」
「あっ、あの、この店の人ですか」
角にある『シャンテ』、入口は向こうだけど、ここ、たぶん勝手口っぽい。さっきちらっと見えた中は倉庫みたいだった。
「ウン、そーだけど……何? バイト希望?」
にっこり笑って訊ねる彼に、あたしは思い切って聞いてみた。
「友達がここでバイトしてるって聞いて来たんです、けど……」
あたしの言葉に、彼はあたしの制服をざっと見た。そしてああ、と明るい顔で言った。
「希かな?」
「はい! ……今、いますか?」
「いるよー。あー、あいつ今日サボったからお迎えにきてくれたのかな? のっぞみー」
彼は勝手口らしき扉を開くとその中に向かって若原を呼び、「ついてきて」とあたしを振り返った。
軽く会釈して、あたしは彼の後につく。暗い倉庫みたいな場所は野菜や缶詰やお酒の瓶が置いてあって、その棚をすり抜けると正面は調理場、右手が店内だった。彼は右手側の黒いカーテンを引いて、その中に「希! 起きろオイ!」と言うとあたしに向き直り、
「そっち、どーぞ。もう店開けるから」
と言って店内の明かりをつけた。仄暗い店内がオレンジ色に染まる。カウンターと小さいテーブルが二組ほどの店内に足を踏み入れると、あたしはカウンターの真中に座った。
「希〜、起きねーとカワイイ女子高生、食っちまうぞ〜」
「じょしこーせー……?」
寝ぼけた感じの若原の声が聞こえた。彼は調理場でなにやらカタカタやっていたけれど、すぐにコーヒーのいい香りがして、「ハイ」とカウンターにひとつ、置かれた。
「……何?」
「お迎えがきてるぞ」
楽しげな彼の声に、若原が訝しげに「うーん?」という声が聞こえてあたしはどきりとした。
そしてすぐ、若原が店の方へとひょいと顔を出す。
「あれ、なんだ、どしたんだよ。モリさーん、オレにもコーヒー」
白いシャツに黒いジーンズ姿の若原があっさりあたしを認めてそう言うと、奥に向かってコーヒーを頼んだ。奥からは「自分でやれー」とさっきの男の人の返事。
あたしは目の前に出されてたコーヒーを差し出してカウンターの端に置くと、若原は「サンキュ」と呟いて立ったまま半分飲んだ。
「で? どしたの? こんなとこ来て」
眠そうに髪をかきあげる若原から、アルコールと煙草の匂いが僅かに香る。あたしがちょっと眉を寄せると、ちらっとあたしを見たものの、若原は気にせず残りのコーヒーを飲み干した。
「亮輔から聞いたの? ココ」
「あ……うん、そう」
「んなカッコでよく来たな」
若原の視線があたしの制服に注がれる。あたしはさっきの不快なオヤジを思い出してますます眉根を寄せて「べつに……」と素っ気無く呟いた。
――違う違う、あたし、謝りに来たのに、若原に。