01:偶然から始まる、必然
クラス換えの発表は、あたしにとって衝撃的だった。まさか、だ。まさかそんなことがあるなんて。
「結ちゃん、また同じだね、嬉しいなー。今年も一年、よろしくね!」
隣で背伸びしながら張り紙を見ていた亜矢がにっこり笑う。両の頬にきゅっと笑窪がひっこんで、あたしは毎回、そんな笑顔を持つ亜矢が本当に可愛いと思う。
亜矢は可愛い。背が小さくて華奢で、もとから栗色の髪は柔らかく高い声は涼やかだ。性格も悪くない。甘えっ子素質はあるけれど、亜矢が我侭を口にしたり拗ねた態度を取ったりすると嫌味がない。『女の子』のイメージを全部抱え持ったような子だった。
あたしは内心、そんな亜矢が羨ましくてならなくて、一年の最初の頃は意図的に避けもしていたのだけど……ちょっとしたトラブルで亜矢を助けることになってしまった結果懐かれてしまった、というのが正しい。
「まーた一年、亜矢のお守りかーあ」
だからそんな風にからかうのは日常茶飯事だ。そして亜矢がぷくっと頬を膨らませるのも、「結ちゃんひどーい」と軽く腕を引っ張るのも、何もかも。
日常茶飯事じゃないことがひとつだけ、あった。あたしが言わなくてもたぶんそろそろ、亜矢が口にする。
「ふふ、亮くんも同じなんだよー、見た? びっくりだよね!」
そう、そのとおり。本当にびっくりだ。まさか亜矢と――それから本宮亮輔、彼と同じクラスだなんて。
どちらか片方だけとなら良かったのに、と思わないといえば嘘だ。せめて亜矢とだけなら、せめて彼とだけなら――
人ごみの向こうに本宮の横顔が見えて、あたしの胸がどきんと跳ねる。たぶんこっちを見る。亜矢を見つける。そして、笑う――あたしは、本宮のその笑顔が好きだ。
亜矢が本宮に気づくとその笑顔は照れくさそうに引っ込む。だから亜矢は気づかない。どんな顔で本宮が亜矢を見ているか。
それはつまり、どれだけ本宮が亜矢を思っているかに比例している。
「亮くーん!」
亜矢が大きく手を振って本宮に近づいていくのを、あたしは呆れたような顔で見送る。けれどついていかないと亜矢はまた膨れっ面をするから――亜矢のその顔は、本宮に見せたくないくらい可愛いから、だからあたしは数秒遅れてその後に続く。本宮はいつもの穏やかな表情を取り戻して、駆け寄る亜矢を見下ろした。
二人が付き合い始めてから三ヶ月、あたしはたぶん亜矢の次にその顔を見てる日数は多いだろう。
「亜矢、一年よろしく」
「うん、こちらこそ! あ、ねえねえ、結ちゃんも一緒なんだよ! 二年は楽しくなりそうだよね!」
亜矢の言葉に、本宮がふいと視線を上げてあたしを見た。その視線の先で、あたしはわざと大袈裟に溜息をつく。
「……ホーント、二年もうるさくなりそうだワァ」
「結ちゃん!」
横目でちらと亜矢を見ながらおどけて言うと、案の定ぐいっと腕を引っ張られてよろめいた。
あははは、とひと通り笑いで誤魔化したあたしに、本宮がにっこり笑う。
「紺野、よろしくな」
「うん、亜矢のお守り任せるからね、本宮。あー肩の荷が下りた下りた」
「ひっどーおーい! もう結ちゃんなんか結ちゃんなんか!」
「なんか、なにさ? あたしなんか? なに? なになになにー?」
ニヤリと口角を上げて詰め寄ると、「うっ……」と言葉を詰まらせてたじろぐ亜矢。その仕草が可愛くておかしくて、あたしと本宮は声を揃えて笑った。