007.スライムパニック
僕は全力で走っていた。
たぶん車よりも速いんじゃないか?
「体力も上がってきたし」
全力で走ると体力の消耗が激しいのだが、スピードトレーニングよりも体力トレーニングの方を多くやっているから全力でやっても疲れにくい。
「でも家に戻れるか心配だね」
どうやら身体能力は上がっても知能は上がらないらしい。
それどころか前よりも馬鹿になっているんじゃないか心配なくらいだ。
でも馬鹿じゃないとこんなクレイジーな人生を歩もうなんて思わない。
「早くモンスターと戦いたい……」
モンスターを倒すってどんな感覚なんだろう。
スカッとするのだろうか。
そうすればトレーニング・ホリックが加速してくれそうだしな。
「いやいや、加速しすぎてもな」
強さを求めて危険なことを始める可能性だってある。現に今もそんな状態だし。
でも戦ってみたいんだ。
男の本望というか、何というのだろう。
とにかく戦いたい
。
「強いやつもいるかな」
できれば会いたくない。理性はそう言っている。
だけれども本心は戦ってみて自分の実力を確かめてみたい。
もしも多少強いモンスターを倒せたのであれば普通に生きていける可能性が見えてくる。そしたら前世みたいに将来に悩むこともないだろうしさ。
「おっ、もうそろそろかな」
確か崖の下に森があったはずだ。
そして僕はスピードを緩めようとブレーキをする。
ん? でも待てよ。スピード緩めるタイミング逃したかも。
「やべぇ、落ちる!」
僕はスピードを緩めはしたが止まることなく、そのまま崖に直行。
何とか頑張ろうとするが頭が回らない。
うん。もうどうしよもないな。
そうだ、ただ低い崖であることを祈ろう。
低ければ僕の防御力で何とかしてくれるはずだ。この時のために状態起こしを何回したことか。
努力は報われるらしいからな。
そして僕は崖から飛び降りる。
「あっ、終わった」
地上はかなり下のほうにある。
これは落ちたら確実に死ぬ高さだ。
魔法があれば落下速度を落としたりできるのだろうが、僕は重力に従って何もできずに落ちていくだけ。
人生で一度もバンジージャンプを経験せずに、いきなりゴム無しで飛ぶことになるとはな。前世の僕が見たら言葉も出ないだろう。
「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう!」
ああ、モンスターなんか倒しに行こうと思わなければよかった。
まさかモンスターよりも崖の方が恐ろしいなんて聞いてないぞ。
でも、これは崖が悪いんじゃなくて僕の頭が悪かったのか?
もしも、また来世があったら身体強化じゃなくて思考力強化を探して習得することにしよう。
「でも、こんなんで終わりたくないよな」
そうだよ、僕は車の同じくらいの速さで走れるようになったんだぞ。
それに魔法が存在する世界だ。
そんな世界で崖など、そこら辺の段差に過ぎない! かも。
「防御力を最大ににして、と」
もう地面はすぐそこまで迫っている。
僕は精神を整え、着地するときの衝撃に備える。
でも何故か結構落ち着いていた。
よくよく考えれば、身体って心と体のことだもんな。
そりゃあ、こんなピンチな状況でも精神を安定させることができるわけだ。
前世じゃあ、どんなに暗示をかけても、というか暗示をかける前に失神して終わりだっただろう。
「そういえば衝撃を全身に流せばいいんだっけ?」
前世でパルクールに魅了されて色々と調べたことがあった。
その時のレクチャー動画には前転みたいにして全身に衝撃を流して足への負担を減らすてきなことを言っていたような言ってなかったような。
「まっ、やらないよりマシしょ」
そして僕は地面に足がつく。
僕の足裏が物凄い衝撃が来ると感じ取る。
その瞬間、僕は地面に腕を付けて、そのまま背中に衝撃を流してなんとか一回転することに成功した。
「ん? あんまり痛くなかったな」
どこかしらの骨が砕けるのを覚悟していたが、全く痛みすらなかった。
前世では一回も骨折とかしたことなかったし……あれは外に出なかったからか。
まあ身体が丈夫でなによりだ。
「防御力って意外と役に立つよな」
もしかしたら攻撃力やスピードよりも重要度が高いかもしれない。
だって戦えなくても死なないんだよ?
まあ相手の攻撃力がえぐかったら死ぬかもしれないけど。
「よし、行くか」
もうすでにモンスターが現れる森には入っているんだ。わざわざ走ることもなだろう。
体力も減ってるし、いざという時のために回復させねば。
ということで、僕はゆっくりと歩くことにした。
◇◇◇
「早く出てこないからな~」
僕はのそのそと歩きながら辺りを見渡す。
今のところモンスターが現れる気配はない。
できれば多くモンスターを倒して、どれくらい強くなれるのか検証したい。だから早く現れてくれることにこしたことはないのだ。
「今日は運がいいしな」
超高い崖から飛び降りて死ななかったんだよ?
奇跡だよね?
それに今、あの崖を見ると恐怖以外の何物でもない。
「帰りはあれを上るのか……」
あれで手を滑らしたりしたら、また恐怖体験をしなければいけなくなる。
それだけは勘弁してほしいものだ。
「でも防御力があるから心配ないか」
頭とか打ったらさすがに危険だろうが、その他なら問題ない。
「でも防御力の効果ってどこまであるんだろうな」
身体が頑丈になるのは分かった。
要は打撃を受けてもダメージが少なくなるということ。
でも斬撃だった場合はどうなってしまうのだろう。
それも皮膚が硬化して防いでくれるのかな?
「でも肌はサラサラしてるよな」
別に分厚くもない。前世と変わらないくらいだ。
筋肉がついて頑丈にはなっているけど、刃物で斬られたら出血はするだろうと思えるくらい普通の肌だ。
「今度自分でやってみるか」
うん。少しくらいならいける。
精神力も上がってるし、刃物くらい。いけ……る、と思う。
「でも強くなるためだからな」
それならやる価値はある。
これはまだ実験しやすいからいい。
もう一つの疑問は圧壊だ。
「状態異常はどうなるんだろ?」
毒とか麻痺のこと。
僕は身体を強化しているが、内臓系はどうなるのだろうかとずっと疑問に思っていた。
「でも、スキルを習得してから一回も風邪引いててないもんな」
そうだ、あんなに雨に濡れてトレーニングしていても風邪を引かなかった。
これは状態異常にも効いていると言っていいのだろうか?
さもなくはスキルツリーに何かあったけ?
「そういえば全然見てなかったな」
トレーニングを円滑に進めるために《ヒーリング・マイセルフ》を獲得してから一切開いていなかった。
《トレーニング・ホリック》のときは通知が来ただけだったしな。
「モンスター狩りが終わったら見てみるか」
もしかしたら凄いミニスキルが手に入るかもしれない。
そしたら僕はさらに強くなることができる。
そういうことなら早くモンスターを倒して帰りたいんだけど……。
「モンスターいなくね?」
もしかして場所を間違えた?
いやいや、僕はしっかりと崖の近くだって聞いたぞ?
でもな……僕のことだしな。
僕って馬鹿だから道を間違えるとかありそうじゃん?
というか数分前に崖から落ちたばかりなんだけど……。
「もしかしたら昼寝でもしてるのかな?」
モンスターを呼び寄せる鈴とかあったら楽なんだけど王都にしか売ってなくて、しかもめっちゃ高いらしい。
「やっぱり走るか」
走って森をダッシュしまくれば嫌でも見つかるだろう。
うん。それが一番だ。
「よし、行こう!」
そう思って走り出そうとした瞬間だった。
「あれ?」
僕の目の前を、水色のぷにょぷにょした物体が過ぎ去ろうとしていた。
向こうもこっちに気づいた。
これは紛れもなく、前世のドラ〇エで嫌と言うほど倒した『スライム』とよく似た物体。
あんなにキュートな姿をしてはいないが、ゼリー状でしかも弱そうということはスライム的な何かなのは確かだ。
「獲物発見!?」
初めてモンスターと遭遇した瞬間だった。
でも相手がスライムということもあって恐怖も何も感じない。
ちなみに何故僕がこんなに長い時間頭の中で会話ができているかというのは、動体視力が強化されているからである。
めちゃくちゃスローモーションです。
「さて、僕に見つかったが最後。僕のスキルアップに貢献してもらおうか」
僕は攻撃しようと思ったがあることに気づく。
あれ、スライムって打撃でも倒せるっけ?
なんかのラノベでスライムは打撃に強いとか言っていた記憶がある。
「でもダメージは入るでしょ」
試しに僕はスライムにそれなりの力加減で拳をふるう。
パシャ!
シャボン玉が破裂した時のような感じでスライムが弾ける。
僕の手はスライムの液体でびしょびしょになり、目の前にいたスライムの姿は完全に消滅していた。
「あれ? こんなんでいいのか?」
まあスライムは雑魚の中の雑魚だしこのくらいの感覚で倒せても納得がいくが、あまり気持ち良くない。
「もっと楽しむ余裕あってもよかったよな」
でもまさかスライムがあんなに弱かったなんて思わなかった。
下手したらデコピンでも余裕だったかもしれないくらい。
もしかしらこの世界のスライムはシャボン玉と変わらないのかもしれないな。
「スキルゲージもあまり上がってないし……」
スライムに期待はしていなかったものの、スキルゲージが一ミリ動いたか動かなかったかくらいの差しかない。
「もっと強いヤツ見つけないと」
これでも長い間修行してきたし、普通の七歳児よりは強いのであろう。
おそらく10歳くらいからスキルによっての実力の違いが現るかもしれない。
まあ馬鹿な僕の予想だから大幅に計算がずれているかもしれないし、というか計算なんてしてないけど。
「あっけなかったし、次行くか」
そして次はもっと強いモンスターが草むらから勢いよく飛び出してくるのを期待しながら、僕はまた歩き出す。
すると、
ガサガサ。
草むらが揺れだした。
「来い」
次の瞬間飛び出してきたモンスターは僕が期待していた通りの強そうなモンスター――ではなく、同じくスライムだった。
「なーんだ」
もう考えることはない。
今度はさっきと違いデコピンでスライムを弾く。
パシャ。
また同じ効果音でスライムは姿を消した。
またスライムの液体がかかるのは嫌なので、僕はすぐさま腕を引っ込める。
だってスライムの液体ってなんか酸っぱい臭いがして気持ち悪んだもん。
「ここはスライムしかいないのか?」
そう言いながらため息をつく。
すると今度は何かしらの生物が勢いよく移動してくるのが分かる。
たぶんこれは大きい。ものすごい圧迫感だ。
その圧迫感は徐々に僕の方へと猛スピードで移動してくる。
「次こそ来い!」
死なない程度に強い敵であることを祈ろう。
周りの木々が揺れ、葉の音が大きくなる。
そしてモンスターは徐々に影を現し始める。
「一体じゃない!?」
複数の影が確認され、その大きさは――
「す、スライムじゃね?」
さっき倒したスライムとシルエット大きさ共に同じ。
僕は視力を強化して、シルエットをはっきり見えるようにする。
「やっぱりスライムじゃん」
でも、なんでこんなに……?
仲間の敵を討ちに来たのだろうか? スライムってそんなに仲間意識のある種族だったけか?
いやいや、スライムがそんな仲間思いなのは聞いたことないし。
でもスライムの縄張り争いとかがあるとかないとか聞いたことはある。
「だとしても僕には勝てないだろうよ」
僕でなくとも戦えない子供以外であれば倒せてしまう。
多少強い七歳児の僕がデコピンで倒せるくらいだよ? 普通の子供でもモグラ叩き感覚で倒せるかもしれない。
「分からないな」
でもスライムが僕の方向に向かって移動してくるのは確かだ。
ん? 待てよ。もう目の前じゃないか?
ガサッ!
僕が無駄なことを考えている間にスライムはもうすぐそこまで移動してきていて、気づいた頃には目の前に数十匹のスライムが広がっていた。
「これが異世界か!?」