「その飲み会には慎みが欠如している」
訛りはこれでもソフトに表記してます(。ノωノ)
~~~タカミチ~~~
母屋一階の廊下で、僕とノッコとキッコは円陣を組んだ。
「いいか? 方針はひとつ。極めてシンプルだ」
宴会場にはすでに村の男たちがぎっしり三十人もひしめいていて、主賓の訪れを今や遅しと待ち構えている。
時間が無いので、僕は手短に告げた。
「一撃離脱だ。最初の挨拶と乾杯を受けた後、十分後にメディは酒に酔って具合を悪くする。そこをノッコが介抱し、離れの二階へ連れてくって寸法だ」
「おおっ、わかりやすいなっ。たしかにそれなら被害は最小限に食い止められるっ」
「まあわかりやすいけど、大丈夫かな……。池田さんとかしつこいし……」
酒豪の遺伝子を持つ者が多いとされる我が県の飲み会は、はっきり言って荒い。
とにかく飲め飲めと、ひっきりなしに酒を注がれる。
僕の婚約者で外国美女なんていう絶好の酒の肴を、簡単に逃がしてくれるとは思えない。
「そこは僕がなんとかするよ。メディの分も僕が代わりに盃を受けるからいいでしょうって」
「おおっ、タカ兄ぃ男らしいっ」
「うーん、たしかにタカ兄ぃさんも強いけど、池田さんはざるだよ? 大丈夫かなあ……」
作戦を練る僕たちの横では、メディががちがちに固まっている。
「は、はじめまひてっ。メディベリィナ、リリリィング、ジェリィでひゅっ」
挨拶の練習なのだろうが、緊張しすぎだ。
しかも勢いで舌を噛んでしまったらしく、しゃがみこんで苦しんでいる。
「何してらんだべ、あん子たち……」
「ノッコとキッコまで一緒になってまあ……」
調理や配膳に忙しいお母さんたちの生温い視線を浴びながら、僕らは決意を固めた。
絶対にメディを酔っぱらいどもの好きにはさせまいと。
田舎暮らし初日から苦手意識を植え付けるわけにはいかないと。
思って……たんだけど……。
飲み会──我が県で言うところの「飲み方」には特殊な風習がある。
通常の飲み会だったらまず行われないだろうフライング乾杯(全員が集まる前に行われる乾杯)が当たり前のように行われるのだ。
つまり僕らが乗り込んだ時には皆もう酒が入っていて、しかもちょうどよくエンジンのかかっている状態だった。
「おおー、タカ坊だタカ坊。相変わらずでけえどなあー」
「あえだば、敏郎さんの血ぃ引いてらもの。でっけぐもなるわい」
男どもの酔眼がまず僕に、次に後ろから現れたメディに注がれる。
「おおおおー!? 外人さんけえ!」
「あえがタカ坊の嫁さんだど? あいー、別嬪さんだごどー」
「どこさ落ちてらだ、そんたものぉ」
「ロシアから来たんでねえがぁ? 船っこさ乗ってようー」
「ちょっ……」
ちょっとびっくりするほどのセクハラ発言のオンパレードに、頬が引きつるのを抑えられない。
「と、とりあえず座ろうか。この人らの発言はあまり気にしないでいいからさ。メディ、ほら僕の隣に……ってメディ?」
やたらと濁音の多い独特な訛りを好奇の眼差しと共にぶつけられたメディは、完全に脳の回路がショートしてしまったらしく、その場に呆然と立ち尽くしている。
「言葉がわからない……。どうしよう、日本語せっかく覚えたのに……。このままではやっていけない……」
ぶつぶつと不安を口にしている。
「大丈夫だよメディ、今はまだわからなくていい。というかぶっちゃけ、今後も全部はわかる必要ないんだよ。この僕だってわからなくなる時があるんだから。それでもなんとなくで会話は成立するんだから。とにかく今は座ろう、ほらこの座布団の上。ね? ほら、膳の横にビールとオレンジジュースが用意してあるけど、オレンジジュースでいいから。ほら、これをね、このコップに注ぐからね? ほーら、とくとくとく……」
顔を青ざめさせているメディにコップを渡してオレンジジュースを注いでやった。
一口飲ませて落ち着かせようとしたのだけど……。
「これタカ坊。別嬪さんさ独り占めにして。憎ぃ奴だごどぉー」
「げげっ、池田さんっ?」
「なぁんだげげっちゃ」
消防団の団長を務める池田さん(やたらとガタイのいい、ごま塩頭の七十歳)が、日本酒の一升瓶を片手に現れた。
「おめぇも村の男だば、しきたりわかってるべぇ。まずはこえさ一献だ。嫁さんもほれ、ジュースなんて飲んでねぇで。でねば常識無しさ言われるど」
「待った、待ってください。メディはお酒は……」
「わかっ、わかりまひたっ。いただきまひゅっ」
「──ちょっとメディっ?」
目をぐるぐるにしたメディは、言われるがままにコップを受け取った。
なみなみと注がれた日本酒を、一気に飲み干した。
『おおおー!』
こくこくと鳴る白い喉の美しさに、一斉に歓声が上がった。
メディがイケる口であることを知るや、他の男どもがどっと押し寄せた。
空いたグラスが乾く間もなく、どんどんと注がれていく。
「待って! 待ってみんな! ホントにやめて! メディももう呑む必要ないからっ」
「だ、大丈夫だタカミチ。どうやらここは酒の強さで扱いが変わる村のようだ。ならばわたしは酒でもって自らの立場を築いてみせる……」
口を拭いながら、双眸に闘志を燃やすメディ。
家が酒蔵を所蔵していたメディは、たしかに酒には強い。
エルズミア特有の澱の強い地酒(度数は低いが味わいの濃厚なワインのようなもの)やドワーフの火酒(薄めのウイスキーのようなもの)で慣れているから、コップに四、五杯ぐらいは余裕だろう。
だけどここの人たちは……。
「おおーっ、ほんにいい嫁っ子だごどー。ほれ、どんどん呑め呑め」
男どもはそれぞれが一升瓶を片手に順番を待っている。
それぞれがだ。
一人一升を普通に飲み干すような人たちに容赦なく注がれでもしたら……。
「ノッコキッコっ。ちょっと水持って来てっ」
メディの手からコップを奪おうと躍起になっていると……。
「タカ、タカよ」
盛んに肩を叩かれた。
「おお、ケンゴにリョウタ」
誰だと思って振り返ると、そこにいたのは懐かしい顔ぶれだ。
金髪オールバックが健吾、黒髪リーゼントが亮太。
肩で風を切るような歩き方に据わった目つきなど、どこをどう見てもチンピラだが、実際にはどちらも農家の跡取り息子だ。
僕とは昔一緒に遊んだ幼なじみなのだが……。
「ひさしぶりだなあ、元気だったか……ってあれ?」
ふたりの様子がおかしい。
とてもじゃないが、旧交を温めようという感じには見えない。
ひくひくとこめかみをひくつかせながら僕を睨んでくる。
「おーおーおー、ひさしぶりだなあこの薄情者が。ようやく顔見せたと思ったらこんなまぶい女連れて来やがってえー」
「おーだよ、人が独身ど真ん中だってのに見せつけてくれやがってよおー」
「あれ? ちょっと……どうしたの? なんでそんな顔してるの……って何この手? 痛い痛い痛いっ」
ふたりは両脇から、がっしと僕を捕まえた。
「ほら、おめえはこっちさ来ぇ。聞きてえことが山ほどあっからよ」
「嫁さんのツテで女紹介してけるまで離さねえかんな」
「ちょ、ちょっと待てっ。僕がいないとメディがっ」
欲望を包み隠さないふたりに引きずられ、僕はメディから引き離された。
「ノッコキッコっ。メディを頼むっ」
ああ、なんということだろう。
十分で宴席を離脱という僕の作戦は、わずか三分で瓦解したのだった……。