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くっころ女騎士さんが鬱で死にそう。  作者: 呑竜
「第二章:その吐息には〇が満ちている」
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「その契約書には無限の可能性が詰まっている」

 ~~~タカミチ~~~




 ひとくちにスローライフというけれど、形としては様々だ。

 あくせくした都会を離れて田舎で暮らすというだけの緩いものから、生活のすべてを自給自足する本格的なものまで、これという決まりはない。


 だけどそれじゃあ困るって人もいるわけだ。

 都会は離れたいけど、じゃあ具体的にどうすればいいかがわからない。

 手続きは面倒じゃないの? お金はどれぐらいあればいいの? 職も探したいんだけどどうすればいいの? 実際の現地の空気はどんななの?

 そういった、ネットや伝聞だけじゃわからない「実際」を知るためのセミナーを運営しているのがキョウカ姉さんの経営する会社『陽だまりの樹』だ。


 一週間あるいは二週間の長期にわたってお客を泊め、実際に田舎暮らしを体験してもらう。

 お客がその気になったようであれば提携不動産会社を紹介し、住居を購入、あるいは賃貸してもらう。

 人が移動すれば当然お金も動き、連鎖的に様々な企業に利益が転がり込む。


 過疎化の防止、雇用の確保、地方経済の活性化。

 公益性のある業務だということで、県から助成金も出ている。

 種類としては第三セクターに近く、つまりガチガチの営利企業ではない。


 さすがはキョウカ姉さん、上手いとこついてくるよな。

 なんて感心してる場合じゃない。

 全国に十一ある店舗の内の、上代村かみしろむら支店はなんと、僕の実家を改装して作られていたのだ……。





「おおーこれが僕ん? ホントに?」


 着いてからずっと、僕は驚きの声ばかり上げていた。


「いやすごいな。なんというか……全部を変えてるわけじゃなくて、残すべきとこは残してあるのがすごいよ」


 僕の実家は上代村かみしろむら中央の山際にある。

 広大な杉林を背にした三千坪ほどの立地で、母屋が一棟と離れが一棟、蔵が一棟ある。

 母屋と離れは木造瓦葺もくぞうかわらぶき、蔵は昔ながらの土蔵造り。


 先祖が土地の有力者だったおかげか、いずれも造りはしっかりしている。

 それらの外観は変わらずに、中身だけがすっかり変わっている。


 母屋は十部屋の和室と食堂と大浴場を備えた宿泊施設に。

 蔵は作業スペースに。

 離れの二階部分は住み込みの従業員の居住スペース(つまり僕たちの住居)に、一階部分が事務所になっている。


「たいしたもんだべー。なあ、タカぃ?」


 事務所に四つあるデスクのひとつにひょいと腰掛けると、ノッコは自慢げに笑った。

 気取って足を組み替えたりしているが、役場の作業着であるカーキ色のツナギに着替えているのでアクシデントが起こる心配はない。


「ホントだよ。さっき荷物置いて来た時に部屋の中見てきたけど、広いし綺麗だしで、僕が住んでた時より快適になってる」


んだべんだべ(そうでしょそうでしょ)


 ノッコは機嫌良さそうに何度もうなずいた。


「なーにを偉そうにしてるんだか。別にノッコがしたことじゃないでしょうに」


 椅子に座って作業をしていた黒髪ロングの女の子が、べっこう縁のメガネの奥からじろりとノッコをにらみつけた。

 

「というか、行儀悪いからきちんと椅子に座んなさい」


「おお怖っ」


 ノッコはおおげさなしぐさで肩を竦めると、大人しく椅子に座った。


 武田公子たけだきみこ──キッコはノッコと同い歳の幼なじみで、やはり上代村の出身だ。

 ノッコと同じく役場に入り、ノッコと同じく兼務で『陽だまりの樹』の事務員をしている。


 文系の常識人で、体育会系鉄砲玉娘なノッコとは正反対。

 カーキ色の制服──事務員用なので半袖ブラウスとベスト、タイトスカートの組み合わせだ──の胸元を押し上げる乳房も豊満で、そういう意味でも正反対。


 だけどこのふたりは不思議と馬が合うんだよな。

 昔懐かしい光景をほのぼのした気持ちで眺めていると、なぜかキッコが頬を赤らめながらこちらをにらみつけてきた。


「タカぃさん。なんか目つきがちょっと……いやらしい」


「ええっ!?」


「なんでキッコだけ!? ずるい!」 


 思ってもみなかった反応に驚く僕と、なぜか不満そうなノッコ。


「っていかん。ヤバいヤバい……っ」


 ハッとしてメディの方を見た。

 またさっきみたいに泣き出されたらかなわないと思ったのだけど……。


「ううむ……」


 椅子に座ったメディは、じっとりと額に汗を浮かべている。

 唇を噛み、何かに必死に耐えているように見える。


 目の前にあるのは労働契約書とペン、印鑑と印鑑用の朱肉だけなのだが……。


「これはあれか……あれだな……」


「な、なんだい?」


 今度はいったい何がどこに引っ掛かったのかとびくびくしていると……。


「サインした瞬間にAVへの出演契約が成立してしまうやつだな。慌てて断ろうとしても時すでに遅しで、隠れていた男たちに両腕を抱えこまれてテーブルに抑えつけられ、そのまま無理やり手籠めにされて、その画像をネタに脅され、さらなるAVへの出演を約束されて……」


「僕の田舎をなんだと思ってるの!?」


 メディのアクロバティックな妄想に、僕は思わず頭を抱えた。

  

「いいかい? これはメディと会社の間の取り決めの書類なんだ。休日とか勤務時間とか業務内容とか給与とかが書かれてる。とくにメディの場合は業務内容が重要なんだけど、要約するならば旅館の住み込み従業員だ。旅館内外及び客室、浴場の清掃業務。地元のお母さんたちが作った料理の配膳業務。ね? 普通でしょ? どこにもおかしなとこはないでしょ?」


 この他に僕はフロント業務や施設管理業務もこなすのだけど、メディにはなるべく負担をかけないようにシンプルなタスクのみを任せることにしている。


「そ、そうか……男たちは潜んでいないのか。でもその……旅館の従業員ということは、浴室の清掃には実はお風呂でお客の体をくまなく洗う行為が盛り込まれていたり、配膳には自らの体を使って料理を提供する行為が盛り込まれていれたりするんだろう?」


「全国の旅館従業員さんに謝ろう! 今すぐ謝ろう!」


 僕たちのやり取りに、キッコはドン引き。


「タカ兄ぃさん……。ずいぶんとユニークな女の人を捕まえてきて……」


「まあその……説明すると長くなるんだけどな……」


 ノッコが疲れたようにため息をつきながら、これまでのいきさつを説明してくれた。


「はあ……なるほど、都会生活で精神的に病んでしまったからこっちへ来たと?」


「んだ。だから働くにあたっても色々気を使っていかねばなんねえんだ」 


「そう……だとすると困ったな……」


 キッコはメディを横目で見ながら、表情を曇らせた。


「困ったって、どういうことだい? 何か問題でも?」


 僕が訊ねると、キッコはおそるおそるといったように口を開いた。


「その……この後なんだけど、村長らの音頭取りで飲み方(飲み会)が開かれることになってるの。ひさしぶりに帰って来たタカ兄ぃさんを歓迎してやろうってみんな張り切ってて。婚約者がいるんだったらもちろん同席してもらう必要があって……でも……」


 その調子で酒の席なんかに出て大丈夫なのかと、目顔で訊ねてくる。


 答えはもちろんNOだ。

 こんな状態のメディにアルコールなんか飲ませるわけにはいかない。

 アルコール自体は飲まなくても、酔っぱらった男どもの前に連れ出したりなんかしたらどうなるか……。


「ん? どうした? タカミチ?」


『くっころ』から戻って来たメディが、青ざめた僕たちを見て不思議そうに首を傾げた。


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