「女騎士さんはハイ〇ースされない」
エルズミア出身のメディには、当然ながら国籍がありません。
法律上の結婚が出来ず、だからふたりはまだ婚約者となっているのです。
当面のふたりの目標は金銭的精神的に安定したスローライフの実現ですが、最終的には帰化によるメディの日本国籍取得と、法律上問題無き結婚を行うことになります。
~~~タカミチ~~~
舗装された峠道を、役場のワゴンが登って行く。
運転手はノッコで、助手席には僕。
メディは僕の後ろの席で、そわそわと落ち着かなげにしている。
道すがらふたりに説明した。
メディに対してはノッコの素性を。
同じ村の出身で家族ぐるみの付き合いだったこと。
今は役場勤めで、東京住まいのキョウカ姉さんとも頻繁に連絡を取り合っていて、今回の僕の帰郷アンド転職計画にひと役買ってくれていること。
ノッコに対してはメディの素性を……さすがにありのままには言えないので、適度にボカすことにした。
僕が行方不明だった時期に世話になった人であり、今現在は婚約者であるということ。
理由あって現在は無国籍状態であり、将来的には日本へ帰化し、正式に結婚するつもりだということ。
「電話で言ったろ? 大事な人を連れて帰るからって」
「……まあ、言ってたけんども」
ノッコは複雑な表情を浮かべた。
「ちぃと、予想と違ったなあー……。もっとこう、いかにも東京者ってのが来ると思ってたんだども……」
ルームミラー越しに、チラリとメディの姿を見やる。
「まさかの外国人さんで……しかもあんな……」
さきほどの出来事を思い出しているのだろう、眉間に皺を寄せている。
「忘れてくれってのは無理だろうけど、慣れてくれると嬉しいね」
「……ああいうの、しょっちゅうあんのかい?」
「おそらく、としか」
僕はゆっくりとかぶりを振った。
「悪いコじゃないんだよ。ただちょっとボタンの掛け違えが起こることがあって……だからなるべく近くにいて、フォローしてあげたいんだ。都会で忙しく働きながらだとそれは難しいから、こうして里帰りしたってわけ」
「そりゃまた難儀だこと……」
「ノ……ノッコ殿っ」
明らかに緊張した声で、メディがノッコに話しかけた。
「このたびはご迷惑をおかけしてすまない。仕事や住まいまで用意してもらって、こうして車まで出してもらって……。本当に、いったいどうやって恩返ししたらよいものか……」
「ああー、そのことなら気にせんでいいよー」
ノッコはひらひらと気楽な様子で手を振った。
「『人口流出に歯止めをー』とか、『都会に出て行った若者を呼び戻せー』とかよ。過疎化対策の運動をあたしらぁ昔からやってっから。ひとりでもふたりでもよ、来てもらえるのはありがてえことなんだわ。しかもメディさん二十歳なんだべ? 若い人はなかなか来てくんねえから、なおさらありがてえわ」
「そう言ってもらえると……」
メディはほっと安堵の息を吐いた。
「まあーでもよ、ただただお客さんってわけにはいかねえから。それなりに覚悟はしておいてけれ。色々としてもらうことはあるからよ」
「覚悟……色々としてもらうこと……はっ? まさかこの〇イエースが実は本物の、いわゆるそういったハ〇エースで……つまりわたしたちはこのまま山奥の廃工場に連れ込まれることに? そこには怪しげな笑みを浮かべた男たちが待ち構えていて、手錠で拘束されたタカミチの目の前でわたしを凌じょ──くううぅっ?」
「はいストーップ」
助手席から身を乗り出して、メディの頭をぐりぐり撫でた。
「こ、こらやめろっ。人前でそんな破廉恥な真似をっ」
「はいはい全然破廉恥じゃないからねー」
頭を撫でられると動揺するという謎の習性を利用して『くっころ』を止めた。
というかなんすか、本物のハイ〇ースって。
「あ、あはははは、まんずにぎやかだこと……」
引きつり笑いをするノッコにはますます誤解されたかもしれないが、これ以上続けるよりはマシだろう。
「ところでさ、なあノッコ。さっきの話の続きだけどさ、働くのって僕だけじゃないのかい?」
メディが落ち着くのを待って、ノッコに訊ねた。
「キョウカ姉さんはそんなこと言ってなかったぞ?」
「そのキョウカさんから聞いたんだども……」
「ううむ……マジかあの人……」
わざと黙ってたんだな。
あの人、他人の動揺するのを眺めて笑う悪癖があるからな。
かく言う僕も、あの人には何度泣かされてきたことか……。
って駄目だ。
嫌なこと思い出してへこんでる場合じゃない。
「なあその話、ちょっと待ってくれないか? 仕事と住まいまで用意してもらっておいてさらに注文つけるのもあれなんだけど、正直まだメディに仕事はさせられない」
「やるぞ、わたしは」
食い気味に、メディが割り込んできた。
「もうタカミチには迷惑をかけられないからな。早くこっちの空気に馴染むために、是非とも仕事をさせてくれ」
「待ってメディ、それでさんざん苦労したの忘れたの? 仕事とひと口に言ったって様々なものがあるんだ。人によって合う合わないもあって。だからここは慎重に選別していかないと……」
釘を刺すが、メディは引かない。
「わたしは本気だ。今度こそやってやる。頑張って働いて、タカミチにふさわしい女になるんだ」
「まるで今はふさわしくないみたいに言うのはやめて欲しいね。君は最高だ。美しく可愛らしい、僕の彼女だ」
「あの……」
「いーや、全然ダメだな。ただでさえタカミチは過剰に人を褒めちぎるところがあるから。話半分に考える必要がある」
「ちょっと過小評価しすぎでしょ。君、鏡見たことある?」
「なあ……」
「おっと、ずいぶん容姿にこだわるじゃないか。何か? タカミチはわたしを籠の鳥にしておきたいのか? ただ愛でられるだけの存在でいろと? そんなの嫌だ。わたしはタカミチに置いて行かれたくない。いつだって傍にいて、背中を守り合える関係でありたいんだ」
「誇り高さは君の数ある美点のうちのひとつだけど、さすがに日本とエルズミアじゃ勝手が違いすぎるだろう? いずれはそういった関係になるのだとしても、今はまだその時期じゃない。だからここは僕に任せてくれ。それとも君は、僕のことが信用出来ないのかい?」
「ちょっと……」
「バカを言え。タカミチはわたしの相棒で、共に生死をくぐり抜けてきた仲だ。実力的にも人間的にも、タカミチほど信用出来る者は他にいないと断言出来る」
「その僕が言ってるんだよ。ねえ、親愛なる騎士様」
「ふ・た・り・と・も!」
ノッコがバンバンとハンドルを叩いた。
「ナチュラルにイチャイチャすんのはその辺にしてもらえねえかなあー!? 彼氏のいないさみしーい女もここにいるで!」
ストレートなクレームに、メディはこれまたストレートに謝罪した。
「こ、これはすまないことをした。ノッコ殿の事情も考えずにべらべらと……」
「素直か!」
「お、おう……悪かったな、ノッコ。そうだよな。おまえもそんなことを気にするような歳になったんだもんな……」
「しみじみ気遣うのやめろ!」
僕たちの謝罪に、しかしなぜかさらに怒り出したノッコは……。
「ったくよう、対抗しようと思ってせっかく頑張って洒落た格好してきたのによう……。全然話にもなんねえし……。割って入る隙なんかカケラもねえし……」
僕たちには聞き取れないような小さな声で何事かをつぶやいた後、ゴホンゴホンと盛大に咳ばらいをした。
「と・も・か・く・だ!」
ノッコがぐっとアクセルを踏み込むと、ワゴンは跳ねるように峠の頂上を超えた。
杉林が途切れ、視界が一気に開けた。
眼下に広がるのは四方を山に囲まれた盆地だ。
川には清い水が流れ、田んぼには青々とした稲が実っている。
道路をのんびりとトラクターが進み、山際の牧草地では牛がのんびりと草を食んでいる。
家屋は道路の周りに集中しているが、それほど多くはない。
せいぜい300戸ちょっとぐらいのものだろう、人口も1000人に満たない。
いかにも日本の、過疎化の進んだ田舎の風景。
「おお、これがタカミチの……っ」
「うわあ、懐かしいな……」
「改めて!」
口々に感想をつぶやく僕たちに向かって、ノッコはやけ気味に歓迎の言葉を告げた。
「お帰り、タカ兄ぃ! ようこそ、メディさん! これがあたしらの、そしてあんたらのものになる──上代村だ!」