「女騎士さんが思ったよりもずっと重症」
~~~タカミチ~~~
今でこそこうして婚約なんかしているけれど、出会った当初の僕らは最悪に仲が悪かった。
気が強くて口よりも先に手が出るタイプのメディと、何かと理屈っぽい僕。
まったく反りが合わず、事あるごとにケンカになった。
まあケンカと言っても僕が一方的に追い回されていただけだけども。
剣や拳を躱しながらの旅路は時に魔王軍との戦闘そのものよりもスリリングだった。
……ホント、本気で(遠い目)。
「あっははは! 悪い悪い! ひさしぶりすぎて勢い余っちまって! まんず許してけれ!」
ノッコが秋田弁丸出しで快活に笑った。
待合室の床に仰向けになった僕のお腹の上で。
「こっ……」
これはいかん、と思った。
最後に会った五年前と変わらぬ女子力ゼロのノッコのままならともかく、今の彼女は綺麗に成長している。
着ている服はジャージではなく、白い小花がプリントされた黄色いワンピース。
履いている靴はサンダルではなく、リボンのあしらわれたコルクのミュール。
体つきも大人っぽく丸みを帯びている。
小顔から鎖骨までのすっきりした曲線、ささやかながら形の良い胸、きゅっと引き締まった腰、むっちりと肉のついた臀部……。
「タカミチ……その女は?」
メディが震え声で説明を求めてきた。
「こっ……」
これはいかん、と思った。
彼女は手荷物の他に聖剣グランザッパーを竹刀袋に入れて担いで来ている。
そして目の前にはノッコと密着している僕がいる。
昔のメディだったら、有無を言わせず斬りかかってくるはずだ。
そして昔のままでない僕には魔法が使えず──つまりその一撃を防ぐ手だてがない。
「これは違うんだメディ! こいつはノッコっていって、同じ村で育った幼なじみで! 言うならば妹的な存在で! こんなに気安いのもそのせいであって! というかそもそもこの体勢自体が勢い余ってのことであって! こいつ空手とかやってるから行動がいちいち激しくてさ! だから特に深い意味はないんだ!」
必死になって誤解を解こうとするが……。
「なるほどそういうことか……まあそうだな。考えてみれば当たり前だ」
「お願いだからその剣を納めてくれ……ってあれ? 抜いてないのか? というか怒らないの? くだらぬ言い訳をするなとかそういうパターンじゃないの? ほら、昔よくあったさあ」
思ったような反応が返って来ないことに、かえって戸惑ってしまう。
「いたしかたあるまい。自然の成り行きというものだ」
メディは怒るどころか、むしろガックリとうなだれている。
「そもそもあのタカミチがわたしひとりで満足すると思うほうがおかしいのだ。人畜無害な顔しておいてやたらと女にモテて、男嫌いな姫にすら気に入られていたぐらいだものな。田舎に帰れば現地妻のひとりやふたり、いて当然」
あのがどこに掛かるのかは置いておいて。
「や、ちょっと待って。それはおおいなる勘違いで……」
「いいのだ。無理するな」
寂しげな笑いが胸に痛い。
「考えてみれば、こちらへ来てから迷惑をかけ通しだしな。仕事も家事もろくすっぽ出来ず、ついには田舎に引きこもることになって……。これを機に現地妻に乗り換えられても文句は言えまい。……ふっ、すると残されたわたしはどうなるのだろうな?」
「ねえちょっと……メディ? メディさん?」
「この無駄飯喰らいめと家を追い出されて路頭に迷って……ということになるのだろうな。今さら向こうへ戻れるでも無し……となれば行きつく先は娼婦宿か。この恥知らずに育った肉体を売り歩いて生きていくしかないと。ふ……ふふ……ふふふふふ……っ」
「ちょっとメディ──」
『くっころ』モードを止めようと声をかけた瞬間、メディは膝から崩れ落ちた。
「ううううー……。やだあー……そんなの嫌だああー……っ。タカミチ以外となんて嫌だああーっ」
誤解しか生まないような発言をしながら、わんわんと子供みたいに泣き出した。
「お願いだからっ、お願いだからわたしを捨てないでくれえーっ」
「大丈夫だよメディっ。捨てないからっ、絶対そんなことしないからっ」
僕は必死になって声をかけた。
赤ん坊をあやすように、辛抱強くなだめ続けた。
「……」
その間ずっと、ノッコは引いたような目で僕らを見てた。
「タカ兄ぃ……しばらく見ねえ間にいったいどういう女と……」