「エピローグ:ラン! お姫様! ラン!」
~~~パトリシア~~~
「はあー……」
化粧の間の大鏡の前で、パトリシアはその日何度目になるかわからないため息をついた。
今日は半年に一度の舞踏会の日だ。
近隣諸国のお偉方が華やかに着飾ってエルズミアの王城を訪れ、料理に音楽にダンスにと催し物を楽しむ日だった。
「めんどくさい……」
しかし、それに対するパトリシアの態度は明白だった。
人より多少お転婆な彼女には、それらは耐えがたい苦痛だったのだ。
「もう、姫様ったらため息ばっかり。ダメですよー。気持ちは肌に出ちゃうんですから。お化粧のノリが悪くなっちゃう」
「そうですよそうですよー。今日はセンチュリア神聖国のランバート王子様もお見えになるんでしょう?」
「わたしだったら一世一代の格好で乗り込むのにー」
「このお召し物はたしかに素敵ですけどー。前回も前々回も前前々回も同じの着てたじゃないですかー。たまには新しいの着ましょうよー」
「──ああもううるさいわね!」
口々に言い募ってくるお化粧係のメイドたちを、パトリシアは一喝した。
「いいのよわたしはこれで! 他国の方にどう思われようと知ったことじゃないし! 国内的にはほとんど諦められてるだろうし! そのランバート王子だってどうでもいいし! 髪の毛サラサラ爽やか美男子に好かれようなんて気はさらさら無いし!」
「今、サラサラとさらさらで韻を……」
「──うるさい! そういうことを言っるてんじゃないの!」
的確なツッコミを受け、パトリシアはさっと顔を赤らめた。
「そもそもわたしは自分の色恋にはまったく興味が無いの! そういったことはアゼレアやヴィーリアに任せて、年老いて死ぬまで気楽な独り身でいたいの!」
「姫様……第一王女なのに……」
「妹君様たちに全任せとか……」
「……正直、無いと思います」
「──それでもよ! 嫌だと言ったら嫌なの!」
ランバート王子と自分をくっつけようという周囲の意図が覗えるのもまた、パトリシアが舞踏会に乗り気になれない理由のひとつだ。
「そもそもわたしは殿方が好きじゃないの! やたらと男らしさを強調してきたり! キザったらしい台詞で口説いてきたり! いやらしい視線でなめ回すように見つめてきたり! 一緒の空間にいるのすら嫌なのに、結婚するとか子供を作るとか考えただけでゾッとするわ!」
するとメイドたちは、顔を見合わせて口々に言った。
「男らしさが無く……」
「欠片も気取らず……」
「性的欲求をまるで感じさせない……?」
「それもう、タカミチ様しかいないじゃないですか……」
「──な、ななななな……!? 違いますよ! 何言ってるんですかあなたたちは!」
図星を指されたパトリシアは、頭から湯気を出しながら立ち上がった。
「この……!」
腹立ちまぎれに拳を振り上げると、メイドたちはキャーキャーと逃げ散っていく。
そこへ──
「姫様! 大変です!」
メイドがひとり、息せき切って飛び込んで来た。
「たたたたた大変です! 大変なんですよぉー!」
メイドたちの中でも一番年下のエーコだ。
今月十三歳になったばかりの少女が、わたわたと手を振って慌てている。
「まあなんですかエーコ、はしたない」
「そうよそうよ、それじゃまるで姫様みたい」
「はああーっ!? なんですってえーっ!?」
「とにかく大変なんですってば! お願いだから話を聴いてください!」
小さな体を一杯に使った大声で、エーコは叫んだ。
「信じられないかもしれませんけど! 今向こうに! メディ様と! タカミチ様が! ご到着されたんです!」
「……!?」
一瞬、心臓が止まった。
喉がカラカラになり、唇が震えた。
膝が揺れ、倒れそうになった。
「……へ?」
「……はあ?」
「そんなわけないでしょ。他の誰かと見間違えたんじゃない?」
「というかそもそも、あなたおふたりの顔覚えてるの? もうあれから五年も経ってるのよ?」
先輩メイドたちに口々に否定されたエーコが、泣きそうになっている。
「覚えてますよ! 旅立ちの日に白い飾り花を振りかけてたのわたしですもん! たしかに小さかったですけど、忘れるなんてありえません!」
「……エーコ。ふたりは今どこに?」
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、パトリシアは訊ねた。
「やった! 姫様信じてくれた!? あの……そのあの……ええい落ち着けわたし!」
自分自身の頬を張って気合いを入れると、エーコは叫んだ。
「謁見の間においでです! メディ様とタカミチ様と! 玉のようなお子様がひとり! あとフードを被った怪しげな人がいて……!」
「──わかった」
エーコの言葉が終わらぬ内に、パトリシアは化粧の間を飛び出た。
「……姫様!?」
「ちょっと……本気にしないほうが!」
「そうですよ! きっとこのコの見間違えで!」
「きっといつもみたいに寝ぼけてたんですわ! ねえ、姫様ったら!」
メイドたちの制止の声には取り合わず、パトリシアはドレスの裾をたくし上げると、半端に履いていたヒールを蹴り飛ばすように脱ぎ捨てた。
「姫様急いで! 頑張れ頑張れ!」
エーコが声援を送ってくる。
「王様とお妃様とアゼレア様とヴィーリア様と近衛隊長様と、とにかくみんなおいでです! 向こうの光景が映る魔法の板みたいなものをご覧になっていて! すごく楽しそうで……!」
言葉のひとつひとつが、パトリシアの胸に突き刺さってくる。
「メディと、タカミチ様ですって……?」
長い回廊を入りながら、途中何度もひとりごちた。
「玉のような子供がいて、あとなんだか怪しげな人もいて……? みんなと一緒に魔法の板を見てるですって……? そんな……そんなの……っ」
エーコの言葉のすべてを信じたわけではない。
何せそそっかしいコだから、誰かと見間違えたり、あるいはホントに寝ぼけて夢でも見てたという可能性は十分にある。
だけど、パトリシアは思っていた。
そんなことがあったらいいなって。
ずっと、ずっと。
魔道の粋を極めたタカミチが『次元転移』を自由に使いこなせるようになって、エルズミアに遊びに来れるようになって──
とっくに結婚しているふたりの間には玉のような子供が産まれていて、それを自分に見せようとして──
大好きなふたりのことを、パトリシアが心から祝福してあげる──
そんな未来があるなら最高だなって、思っていたのだけれど……。
「そんなの……っ」
本当に起こった?
エーコの勘違い?
それとも……誰かの見た夢?
「そんなの……っ」
そのいずれでも構わないと、パトリシアは思った。
「そんな楽しそうなこと、自分たちだけで楽しんでるんじゃないわよ!」
叫びながら、ついつい浮かんでしまった目尻の涙を拭った。
「わたしが行くまで捕まえておきなさい! 絶対逃がさないで! これは命令よ!? 命令なんだから!」
パトリシアは走った。
日の当たる回廊を全力で。
裾を翻し、はしたなくも素足で。
メイド長に見られたらさぞや怒られるだろうが、それでも構わないと思った。
様々なリスクを負ってもなお、そんな未来が見られるのであれば釣りが来る。
そんなことを思いながら。
彼女は走った。
~~~Fin~~~
ここまでお付き合いただき、ありがとうございます。
「くっころ女騎士さんが鬱で死にそう」
これにて完結でございます。
そのうち番外編として何か書くかもしれませんが、いずにしろ。
今日のところはここでお別れとさせていただきます。
それでは皆様、ご機嫌よう。
またどこかでお会いしましょう(=゜ω゜)ノシ