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くっころ女騎士さんが鬱で死にそう。  作者: 呑竜
「第四章:女騎士さん、覚醒す」
34/35

「元勇者、未来を語る」

明日でラストです(o´∀`)b

 ~~~タカミチ~~~



 

「えー……と、これは何?」


 ちょっと涙目になってぶすくれながらもラフィーニャがテーブルの上に置いたのは、古びた手鏡だった。

 なんてことない真鍮製で、装飾は申し訳程度、鏡面はどんより曇って何も映っていない。


 これをグランザッパーの代わりにメディにくれるというのだが……。

 

「一応言っておくが、不用品の処分とかではないぞ? 『はるの手鏡』という、ちゃんとしたマジックアイテムだ」


「うーん……ちゃんとしたってのはなんとなくわかるんだけど……」


 グランザッパーと引き換えにして得たマナはもう残りわずかだけど、一見してすさまじい品だということはわかる。

 地味な外見のわりに、放たれているオーラが半端ない。


「何かいわれのある品なのかい?」


「毎晩0時になると、一番苦手な人が鏡に映って自分を罵ってくる」


「呪いのアイテムじゃないか!」


 即座にクレームをつけたが、メディは真面目な顔で鏡を覗き込んでいる。

 そこには何も──メディの顔すらまともに映ってはいないのだが……。


「……ラフィーニャ。貴様にとって、苦手な人というのはどんな人物だ?」

  

 鏡から目を離すと、これ以上ないまっすぐな瞳をラフィーニャに向けた。


「うっ……?」


 ラフィーニャは、明らかに弱った。

 痛いところを突かれたというように、顔をしかめた。


「誰だ?」


 しかしメディは、追及の手を緩めなかった。

 断固とした口調でラフィーニャに訊いた。


「………………母上」


 一方ラフィーニャは、バツが悪そうにこれに答えた。

 膝をもじもじさせ、前髪をいじりながら。


「そうか」


 メディは短く答え、しばし黙考した。

 時計の針の動きがじれったく感じるほどの時間が経過した頃……。

 

「わかった……ありがとう」


 メディの感謝に、ラフィーニャはひどく慌てた。


「ちょ……ちょっと待て! 何がありがとうなのだ!? それはの謝罪……とか言いつつ巧妙に押し付けようとした呪いのアイテムなのだぞ!? グランザッパーとの釣り合いなんかまるでとれないゴミアイテムなのだぞ!?」


「うん、わかってる」


「いやいや、わかってないだろう! 全然わかってる感じじゃないだろうが!」


「わかる。というかわかってきた。おまえがどういう人間なのか」  


 言い終えると、メディは微かに目を細めた。


 そして──


 ボーン、ボーン、ボーン……。

 食堂に設置されている柱時計が十二回鳴った。


 午前0時になった瞬間、それは起こった。

 鏡の表面が波立ったかと思うと、数瞬後には、ここではないどこかの画像が映っていた。


 映っているのは白い花(メリーポピー)の咲き乱れる庭園だ。 

 中央にある白い噴水の縁に、水色のドレスを身にまとった女の子がひとり、腰かけている。


 歳の頃なら十五、六。

 背中まで垂れる髪はライラックを思わせる薄紫色で、瞳は永遠の時を閉じ込めたような琥珀色。

 唇を尖らせ、眉をしかめているのにも関わらずなお、顔立ちが神の造形物みたいに整っているのがよくわかる。

 

「………………パティ」


 メディが息を呑んだ。


 パティ──パトリシア・ウル・エルズミア。

 それは紛れもない、エルズミア王国の姫君にしてメディの元主君の姿だった。


 ──あーもう、今頃どうしてるのかしらね、あのコは。


 裸足の足をぶらぶらさせながら、パティはぶつぶつとつぶやいている。


 ──どうせあのコのことだからノロノロしてるんだわ。勇者なんてガツンと一発迫ってしまえばイチコロなのに、色々余計なことを考えて上手くいかないでいるんだわ。ああもうっ、やっぱりわたしが一緒について行ってあげればよかった。窮屈な王城生活(こんなの)すべて投げ出して、向こうで暮らせばよかった。ああーもうっ。


 足のぶらぶらをさらに激しくさせて、鬱憤を爆発させるパティ。

 しかしあまりにも考え無しにやったせいで、勢い余って噴水に背中から落ちてしまった。


「パティっ?」


 メディが心配の声をかけるが、向こうには届いていないようだ。


 パティはずぶ濡れになりながら立ち上がると、縁に座り直した。

 がっくりと肩を落とし、うつむいて。

 放心したように、そのままじっとしている。

 

 白い花(メリーポピー)の咲き具合を見るに、季節は五月か六月といったところだろう。

 日本とよく似た季候のエルズミアだが、さすがに噴水に浸かれば寒いはずだ。


 だけどパティは動こうとしなかった。

 水を滴らせながら、その場にひとり佇んでいる。


 ──……ああーもう。


 腕を動かして目の辺りをゴシゴシ擦った。

 ぐずりと鼻をすすって、もごもご悔しそうにつぶやいている。

 



 やがて──映像は始まった時と同じように波立ち、何も見えなくなった。

 鏡面に戻った頃には、もう何も映っていなかった。




「パティ……っ」


 メディの目から、ぽたりと大粒の涙が落ちた。

 ぽたりぽたりと、それは連続して続いた。


「メディ……」


 名を呼びながらメディの肩を抱きしめたが、なかなか泣き止んではくれなかった。


 改めて気が付かされた。

 姉妹同然に仲の良い彼女たちの、断絶の深さを。


 


「現在の映像ではない」


 説明するように、ラフィーニャが口を開いた。


「ちょっと前の、少し昔の、時には自身でも覚えていないような遥か以前の、持ち主にとって大事な人の映像がランダムで映し出される。余は母上に怒られてばかりいたから、自然とそういう場面が多かった」

 

 ……なるほど、「苦手な人が毎晩罵ってくる」というのは一面では真実なわけだ。


「だけどそういうことばかりだったわけではない。ホントに小さな頃は……戦が始まるちょっと前までは、優しくされることだってあったのだ。褒めてくれたり、撫でてくれたり……だからその……」


 手の指をもじもじさせながら、ラフィーニャはメディをチラ見した。


「それではその……釣り合わないだろうか?」


 グランザッパーは聖剣だ。

 鉄を断ち、古竜の鱗すら羊皮紙のように裂いてしまう強力なアイテムだ。

 純粋な価値でいうなら、それこそ比較になるわけがない。


 だけど問題はそこじゃない。

 ラフィーニャにとって『遥か見の手鏡』は、母親との大事な繋がりなのだ。

 メディにとってのグランザッパーと同じように。


 だけど──

 たぶんだからこそメディは──


「実にくだらんアイテムだな。こんなものがグランザッパーと釣り合うわけがないだろうが」


「え……? でも……」


「うるさい黙れ、わきまえろ」


 吐き捨てるように言うと、戸惑うラフィーニャに突き返した。


「わたしには要らないものだ。おまえが持っていろ」


「え……でも……余にはこれぐらいしか……」


 手鏡を突き返されたラフィーニャは、困ったようにつぶやいた。

 床に置いてあったバッグをごそごそ探っているところをみると、他にも何か用意して来たのだろうか。


「あと目ぼしいのというと……えーっと……。耐眠の指輪に防御の首飾り……他には巻物(スクロール)が何枚か……」


「スクロールって、魔法のスクロールかい?」


 僕が訊ねると、ラフィーニャはこくりとうなずいた。


 特性の紙に『力ある言葉』をしたためマナを籠め、魔法の使えない者でもインスタントに使えるようにしたのが魔法のスクロールだ。

 中には高級な品も多かったりするのだが……。


「うむ。『火竜砲』と『隕石落とし』と……」


「殺意高すぎるだろおい……」


 魔法使いたちが集団で行使するような大規模せん滅魔法ばかりだ。

 言うまでもない高等魔法だが、使い所が限定されすぎている。


「ううーん、そんなこと言ってもなあー……。あとは平和そうなのはええと……『次元転移』ぐらいかな?」


「……ん? 今、なんて言った?」


「え? 平和そうなのは?」


「そこじゃない、もっと後っ」


「えっと……『次元転移』ぐらいかな?」


「それだよ……ってかマジかよ……」


 通常の『転移』の魔法は、同じ世界の中を移動するものだ。

 対して『次元転移』は、違う世界との行き来を可能にするものだ。

 僕とメディが日本へやって来れたのもその『次元転移』のおかげなのだが……。


「100人からの魔法使いたちと多くの供物を捧げてやっと出来るようなものだぞ? それを一本のスクロールに納めただって?」


「失われし大魔法使いラムジーが開発した『圧縮記述』の技術だ。問題はラムジー以外誰も再現出来た者がいないところだが……ほら、祭祀書にも書いてあったはずだぞ? まあそこまで読み込む暇はなかっただろうがな」


「マジかよ……」


 マジかよ続きで申し訳ないが、本気で語彙を喪失するくらいに驚いている。


「……うわホントだ。行き先は魔王城の西の森になってる」


 開いてみて驚いた。

 そこに記されていたのは精細で緻密な、いにしえの秘儀だ。

 紙自体は千年霊樹を砕いて作ったものだろうか、薄いものを何枚も張り合わせることで、多層的に『力ある言葉』を書き込むことに成功している。


「祭祀書のほうも見るか?」


「おう、見る見る」


 ラフィーニャがバッグの中から取り出した祭祀書のページをぺらぺらと繰っていく。


「なあタカミチ、このスクロールを使えばエルズミアに帰ることが出来るのか?」


 そわそわしながら、メディがスクロールを開いている。


「まあ理屈としてはそうだけど……」


「ふん。日本こっちで何かあった時のためのとっておきだったのだがな、それがいいというなら譲ってやらんこともないぞ? なんなら貴様ひとりで行って、もう帰って来なくてもいいのだぞ? タカミチの面倒は余に任せてな」


「……なんだと?」


 もったいぶった言い方プラス、僕との別離を差すような言い方に、柳眉を逆立てるメディ。


「まあ待て、メディ。あとラフィーニャも。頼むから静かにしてくれ」


 ふたりに静かにしてもらい、僕は集中して祭祀書を読みふけった。


 結果としてわかったのは、僕にもこれが実現出来るかもしれないということだ。

 もちろんそんなにすぐではないけれど、何年か、ひょっとしたら十年以上かかるかもしれないけれど……。


「メディ、もしかしたらなんだけど……」


 慎重に言葉を選びながら口にした。

 低くはない可能性を。


 僕もメディも、ラフィーニャもパティも。

 みんながみんな幸せになれる、バカみたいに幸せな未来の話を。


 次の瞬間、メディがどんな顔をしたか。

 どんな声を上げたか。


 それは秘密だ。

 話すべき誰かに会った時のために、とっておく。

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