「女騎士さんの、そう夢でもない未来」
いつもお読みいただきありがとうございます(=゜ω゜)ノ
完結まであと2話……にしようかと思ったんですが、長くなりすぎるので3話にしました。
悪しからず。
~~~タカミチ~~~
村の近くで飛行の魔法を解き、目立たないように徒歩で帰ることにした。
「それ行けタカミチっ、進めや進めっ」
僕の背中でキャッキャとはしゃぎながら指示を出すラフィーニャ。
「お……おい、なんだかやたらと元気じゃないか。ホントは貴様、もう歩けるんじゃないのか? おい、おいったら」
毒のことを気遣ってだろう今まで黙認していたメディが、僕からラフィーニャを引き剥がそうと躍起になっている。
「さっきのはなんだったんだべ……? 外国人さんらのやる親愛的表現とかいう意味でのあれかなあー? だどなあー。さすがに十一歳の女の子とタカ兄ぃがなんてあり得ねえべし……」
眉間に皺を寄せて考えこむノッコ。
四者四様で森を抜けると、ちょうど『陽だまりの樹』の裏に出た。
「え……何これは」
辺りは大変なことになっていた。
人が溢れ、車が溢れ、上空にはヘリまで飛んでる。
「消防関係警察関係マスコミ関係……? にしてもすごい量だな……」
母屋の影からこっそり表を覗くと、大量の消防車やパトカーが前広場を埋め尽くしていた。
ヒグマのいる山で幼女が行方不明になったのだから当然といえば当然だが、母屋に捜査本部が設置されているらしい。
仕出しのバンやバイクが路肩に駐車しているのは、捜査本部向けの食糧の配達に来たのだろう。
「……なあ、タカ兄ぃ? こういう時の費用ってのはいったいどこ持ちになるんだ? まさかうちに掛かってきたりはしねえどな?」
青くなって立ち尽くすノッコ。
「大丈夫だよ。民間のボランティアなんかを動員してない限りは公的機関持ちだ。猟友会の姿もあるけど、ヒグマ駆除を必要としてるのは僕らじゃないからな。幼女遭難とはまた別件扱いだろう」
「そっか……ならいがったあー」
「……なあタカミチ。他にも何か、民間人の姿が異様に多いような……」
人が多いことで怯えているのだろう、メディが青い顔で僕の袖を引いた。
「ああ、たしかに……」
言われてみると、公的機関でもマスコミでも仕出し屋でもない一般人の姿が多く確認できる。
立哨警官がいるおかげで『陽だまりの樹』の敷地入り口に設置されたバリケードから中へは入って来ないものの、外側から盛んにスマホの砲列を向けてきている。
「これはいったい……?」
「あああーっ! タカ兄ぃさんだあー!」
困惑しているところにキッコが駆け寄って来て、ラフィーニャの無事を確かめると万歳して喜んだ。
「ラフィーニャ様もいる! やった! やったね!」
「おおキッコ。この騒ぎはいったいなんなんだい?」
「ふぉおおおー!? ラフィーニャ様が男物のシャツ着てる! これってタカ兄ぃさんの!? 幼女に男物のぶかぶかシャツ着せるとかわかってるねぇー君ぃー!」
「なあキッコ……」
「ああー尊い! 尊い! これは資料に残して毎日毎晩拝まねば! はああああああーんっ!」
「話を聞きなさいっ」
べちんと頭を叩くと、ようやくキッコは正気に返った。
「はっ……わたしはいったい……っ?」
「……それは僕にもわかんないよ。いいから、状況を説明してくれるかい?」
ため息をつきつき訊ねると、キッコはさも意外そうに言った。
「ええー? だってタカ兄ぃさんが言ったんじゃない。『朗報を期待しててくれ! なんなら宴会の用意をしててくれてもいいんだぜ!?』ってどや顔で」
……言ったけど。
「だからわたし、たーっくさん人を呼んだのっ。消防に救急に警察にテレビ局……は勝手に来るから放っといてえー。村中全員呼んじゃって、お祝い用に出前もとれるだけ取っちゃってえー。人もね、SNSで拡散出来るだけ拡散しちゃったのっ」
「それがこれ……?」
「うん!」
……いや、うんじゃないが。
「ラフィーニャ様のあどけない寝顔の写メを載せて、『幼女がクマーに襲われて大ピンチです! 大人の友達助けてあげてー!』ってやったらもうみんなすごい食いつきでねっ」
言われて見ると、どうも一般的ではない服装の人が多い。
迷彩服に身を包んで、電動ガンを持って……。
どこへ行って何をする気なのかはわからないが、絶対ろくなことにならなそう。
「……今すぐ解散するように言いなさい」
こめかみに手を当てて頭痛に耐えていると……。
「タカミチ! タカミチ!」
僕の肩をバシバシ叩きながら、ラフィーニャが嬉しそうな声を出した。
「これ全部、余のために集まった民衆か!? 余の威光に恐れおののき集まったのか!?」
「……半分は合ってるけど、半分は大間違いだな」
「余の威光のせいということか! もうーしかたないなあー! これだから愚民どもはあー!」
いや半分ってのはそっちじゃねえよ。
と思ったけど、めんどくさいのでツッコむのはやめた。
「ヒグマのいる山で幼女が遭難とか、普通に大事件だからな……。ある程度はわかるけど……にしても多いような……?」
マスコミにしたって、テレビ局や新聞誌だけじゃなく、週刊誌や地方のミニコミ誌の記者の姿まである。
「もちろんわたしだけの拡散力じゃないよ? 山根さん家の翔太君とー……ほら、あの人のツテも利用したの」
「おお、翔太君とそれに……?」
キッコの指さすほうを見やると、見覚えのある人物がこちらに向かって駆けて来ていた。
「茶子殿!?」
驚きの声を上げたのはメディだ。
「ちょっとメディ、大丈夫なの!? こんなに血まみれになって……っ」
ヒグマの返り血が拭いきれていないメディの凄惨な姿に、顔を青ざめさせる茶子さん。
「問題ない、わたしの血は一滴たりとも流れていない」
メディは平然と答えた。
「これはすべてヒグマのものだ」
「え」
固まっている茶子さんに事情を説明すると……。
「え、倒したの? ヒグマを? 逆に? はあー……」
茶子さんは感心したようにうなずき、「じゃあまあ……ちょうどよかったのかな」と謎めいた言葉を口にした。
「ええと……ちょうどよかった、というのは?」
「ああ、それはね?」
聞けば茶子さんは、キッコからの連絡を受けた時点ではメディの身が危ういと思っていたらしい。
功一さんに頼んで集められる限りの耳目を集めて、ラフィーニャともども保護しようと頑張っていたらしい。
「あれでなかなか顔が広い人だからねえ。メディのためにって話をしたらこれよ」
茶子さんは満足げにほほ笑むと、『陽だまりの樹』に集まった人たちのほうを見やる。
「んで、ちょうどいいってのはね。あんたのお披露目になるってことよ」
「わたしの……お披露目?」
ポンポンと肩を叩かれ、困惑の表情を浮かべるメディ。
「だってあんた、帰化を考えてるんでしょ?」
「……なるほど、そういうことか」
僕はようやく気がついた。
「帰化にあたって有利になるってことですよね?」
通常、無国籍者が国籍を取得するにはいくつかの条件がある。
住所に能力、素行に生計、重国籍防止に憲法遵守等々。
毎年多くの外国人が日本国籍を申請していて、一万人前後が取得している。
不許可になる割合はせいぜい一割といったところだが、万全を期すに越したことはない。
「そういうこと。こういうところで好印象与えておいたほうが受理もされやすいでしょ。一発ドカンと有名人になっちゃって、なんだったら大帰化までいっちゃってもいいけどね」
帰化には普通帰化、簡易帰化(日本人と婚姻関係にある場合)、大帰化の三つがある。
このうち大帰化というのは日本に特別の功労のある外国人に与えられる一発免除の裏技だが、国会の承認が必要ということで、ほぼ形だけのものになっている。
「それはさすがに夢ですね……」
僕は苦笑しながら否定したが、茶子さんは呑気に笑った。
「そーう? あながち無理でもないと思うけど」
笑いながらメディを見た。
いまだに状況が飲み込めていない彼女の、不思議そうな顔を。