「魔王の娘からは逃げられない」
いつもお読みいただきありがとうございます(o´∀`)b
完結まであと3回です!
~~~タカミチ~~~
治療を済ませた僕は、足腰の立たないラフィーニャに自分の着ていた服を着せ、背中におぶった。
「……なあ、タカミチ」
僕の首に手を回したラフィーニャが、耳元で囁くように訊いてきた。
「さっき……余ではなくその……違う女の名を呼んでなかったか?」
もじもじと照れくさそうな口調。
「ああ、聞こえてたのか。うん、呼んだよ。ニーナって」
「そっ……それはその……っ。ななななんで……かな?」
とぼけているつもりなのだろう。
ふすーふすーと鳴らない口笛を吹いている。
「……見たんだ、手紙」
ゆっくりと、僕らの間に流れた五年間を噛み締めるように言った。
「間違いない。あの手紙は、僕が書いたものだ。ニーナに宛てた手紙」
「ああ……うん、そうか……」
照れているのだろうか、ラフィーニャはもごもごと盛んに口を動かしている。
「なあ、覚えてるだろ? レヴィンの森でのこと。僕はニーナの身が心配で森の老蛇ペリオントロイを倒したんだけど、その後急に、ニーナは待ち合わせの場所に姿を見せなくなった」
「……うん」
「どうしてなのか、さっぱりわからなかった。単純に僕に飽きたのか、何かで怒ってるのか、それとも引っ越し? わからないまま魔法学院を卒業する日が来た。このまま終わりじゃあんまり切ないから、手紙を残したんだ。魔王を倒したら、また会いたいなって。そして実際に魔王を倒してあの場所に行ってみて……やっぱり手紙は無くなっていなかった」
「……うん」
「今となってはよくわかるよ。姿を変えたのは変化の術法だろう? 当時の僕はまだまだ未熟だったから見抜けなかったんだ。あの場所に来なくなったのは僕が老蛇ペリオントロイを倒してしまったからだ。魔王軍の幹部のひとりを倒した男と会うわけにはいかなかったんだろ? 魔王軍が壊滅してからは逃げるのが大変で、あの場所に行く余裕はまったくなかった。だから手紙は長いこと放置されていた。ようやく行けた時には僕はすでに日本に戻って来ていて……だから……」
「だって……」
ラフィーニャはぐずりと鼻を鳴らした。
「約束……したもん……」
いつの間にか涙声になっている。
「『僕が戦を終わらせる』って、『そしたらふたりでどこかに遊びに行こう』って。『僕らっていつも森ばかりだから、今度は街がいいかな? それとも海?』って、タカミチは言ってたもん」
「僕が……?」
「言った。だから余も言ったのだ。タカミチの世界に行ってみたいって。タカミチの育った国や街が見てみたいって。そして出来れば、そこで一緒に暮らしてみたいって。平和で、手ぶらで歩いていてもモンスターに襲われる心配が無くて。飲みたい時に水が飲めて、食べたい時に美味しい食べ物が食べられる。娯楽がいっぱいあって、退屈する暇もない。そんな夢みたいなところで、一緒に……。なのに……なのに……」
「ラフィーニャ……」
思い出した。
僕らはたしかにそんな約束を交わしていた。
魔王との戦いやその他の雑事の中で忘れてしまっていたのだが、ラフィーニャは忘れていなかったのだ。
大切な宝石のように、抱きしめてくれていたのだ。
なのに僕は……。
「気がついたら女騎士を娶ってて、ふたりでさっさと日本へ行ってしまって……。余だけがひとり取り残されて……。みんなにいっぱい責められて……何度も死にそうになって……」
ラフィーニャの目からこぼれ落ちたものだろう、僕の首筋を、熱い涙が伝う。
「……ごめん。ホントにごめん」
この埋め合わせはどうやったら出来るのだろうかと考えていると……。
「……余のほうが先なのに。……先に目をつけたのに」
………………ん?
「目をつけた……とは?」
「女騎士よりも先に、余のほうがいいなと思ったということだ」
ブスッとした声でラフィーニャ。
「ああ、そういう……」
「覚えているか? 約束だって、余のほうが先にしたのだぞ?」
「ん? 約束?」
「結婚の約束」
「──っ」
一瞬、呼吸が止まった。
そうだ。
そういえばそんなものもしてた。
平和になったら日本に連れて帰って、結婚してくれって言われたんだ。
当時六歳の子供との他愛ない口約束だからと思って簡単にOKしたんだけど……。
まさか……まさか……。
「……あれ、本気にしてたり?」
「──約束だからな」
食い気味にラフィーニャ。
「さっきのも含めて、責任はとってもらうから」
「さっきのって何って言うか、や、ちょっと待って。責任とるったって……」
「知ってるか? タカミチ。魔王の娘からは逃げられないのだ」
どうやって言い逃れようかと慌てている僕に、ラフィーニャは断固たる口調で言い放った。
さらに僕の顔に手をかけ自分のほうに振り向かせると──そのまま有無を言わせず唇を重ねてきた……。