「元勇者のCPR」
いつもお読みいただきありがとうございます。
当作品は、小説と一緒にCPR(心配蘇生法)も学べるPTA推奨品です|д゜)
~~~タカミチ~~~
はたしてラフィーニャは、入り口から三十メートルほどのところにぐったりとうずくまっていた。
防毒用に使っていたのだろうタオルやマスクが地面に落ちていて、今は鼻にも口にも、何も当てられていない。
「ラフィーニャ! ラフィーニャ!」
肩を叩いて呼びかけるが、反応は無い。
呼吸も無く、明らかに危険な状況だ。
「待ってろ! すぐに治してやるからな!」
ラフィーニャの体を大急ぎで表へ運び出すと、地面に寝かせて清浄なる光の結界を張った。
両の乳房の間に掌を当てると、素早く胸骨圧迫を始めた。
「ラフィーニャちゃんは大丈夫かい!?」
「意識がないのかっ?」
「……」
横目でふたりのほうを確認する。
ヒグマのものだろう全身に返り血を浴びているメディと、結界のおかげで傷ひとつないノッコ──考える余地も無い。
「ノッコ! CPR(心肺蘇生法)は!?」
「で……出来るけど……!」
日頃から道場で子供たちの相手をしてるノッコだ。
CPRが出来ないわけがない。
「なら胸骨圧迫を頼む! ほら! 一、二、三!」
「お、おう……っ」
困惑しながらもスムーズに胸骨圧迫を交代してくれるノッコに感謝しながら、僕は目を閉じて精神を集中させた。
頭の中で呪文を練り上げ終えると、目を開いた。
「……よし! 行くぞ! ノッコ、そこをどけて!」
ノッコを避けさせると、僕はラフィーニャの衣服を剥いでいく。
「ちょっ……タカ兄ぃ!?」
「……っ!?」
動揺するふたりは無視して、ドレスの前部分を下着ごと引きちぎり、白い肌を露にさせた。
さらに右手をラフィーニャの左の脇腹に、左手を右の肩に当てた。
「雷よ!」
短く唱えると、両手の指先からバチリと電流が迸った。
雷法によるAEDだ。
五指十本の電流を体の両サイドから突入させ、心臓の辺りで弾けさせたのだ。
「ラフィーニャ!」
名を呼びながら、胸骨圧迫に移行した。
一分間に百回ペースの、規則正しいリズムで押し込んでいく。
「ラフィーニャ!」
手を止めると、人工呼吸を開始した。
ラフィーニャの小さな唇の上から、自分のそれをかぶせるように息を吹き込んでいく。
三十回の胸骨圧迫、二回の人工呼吸。
三十回の胸骨圧迫、二回の人工呼吸。
雷法による除細動。
それを延々、繰り返した。
「ラフィーニャ!」
何度も呼びかけた。
「ラフィーニャ! 戻って来い!」
呼びかけるうちに──いつかの光景を思い出した。
五年前。まだ魔法学院に通っていた頃。
僕は毎日レヴィンの森を散歩していた。
故郷の森に似た雰囲気があるというのがその理由だったが、いつからか目的は変わっていった。
ニーナに会うためだ。
ニーナは毎日僕に会いたがった。
一緒にお話をし、一緒に食事をとり、一緒に昼寝をしたがった。
たまに行かないと、次の日は激おこだ。叩かれ抓られ、大変だった。
他愛もない日々だった。
だけど今から考えると、大事な日々でもあったのだ。
当時僕は、ストレスに苦しんでいた。
異世界に召喚され、無理やり魔王と戦わされる羽目になったのが辛かった。
魔法学院には意地悪な生徒が多く、日常面でも相当に追い込まれていた。
ニーナの存在が無ければ、メディ同様に鬱になっていたかもしれない。
魔王を倒せず、まだ向こうにいたかもしれない。
戦火の中で死んでいた可能性すらある。
「……ニーナ!」
気がついた時には、僕はラフィーニャではなくニーナの名を呼んでいた。
「ニーナ! 僕だ! タカミチだよ!」
「──ぷはあっ!」
直後、ラフィーニャは息を吐き出した。
「はあ……っ! はあ……っ! はあー……っ!」
細い体をふたつに折って、何度も咳き込んでいる。
苦しいのだろう、目に涙を浮かべている。
「はあ……っ! はあ……っ! …………あれ? たしか余は……」
混乱の収まらないラフィーニャに、状況を説明する。
聖剣グランザッパーを供物に捧げ、一時的に魔法を使えるようにしたこと。
飛行の魔法でここまでやって来て、近くにいたヒグマはメディが退治したこと。
岩屋の中で死にそうになっているラフィーニャを運び出し、CPRを行ったこと……。
「……しーぴーあーる?」
「胸骨圧迫とか人工呼吸とか除細動とか、要は心肺蘇生法のことだよ」
「……なるほど胸骨圧迫か。きょうこつ……胸の骨……胸の──?」
一瞬、ラフィーニャの呼吸が止まった。
自らの体を見下ろし──ぺたぺたとたしかめるように触り──僕の顔を見上げ──辺りにいるメディとノッコを見やり──そして……。
「ひぎゃあああああああああーっ!?」
絶叫しながら、ラフィーニャは僕の頬を思い切りぶった。
「バカバカスケベ! ひっ……人が寝ておれば、好き放題してくれおって!」
「待て待て、待てって! そんなに動いたら毒が……!」
「お気に入りの服だったのに! し……しかも圧迫したということは触ったのだな!? 貴様はその穢れた手で、余の柔肌に触れたのだな!?」
「触れたよ! だってしょうがないだろ!? そうじゃないとおまえは死んでたし! とにかく心臓をマッサージして、息を吹き込まないといけなっかたんだよ!」
「だだだだからって…………ん? 息を……吹き込む……?」
ラフィーニャは唇に両手を当てると、「ぼふん!」と頭から湯気を出した。
「ななななななななんああななななななんんななんあなあああななあんあああああ……っ!?」
「落ち着け落ち着け! なんかバグってるぞ!?」
「バグりもするわい!」
心配して差し伸べた僕の手を、ラフィーニャは思い切り叩いた。
「裸に剥かれて! 乳房をなで回されて! 唇まで吸われて! 冷静でいろというほうが無理だろうが!」
涙目で、顔を真っ赤にして、ラフィーニャは早口でまくし立てる。
「だだだ誰にも許したことなどなかったのに! それをこんな人前で! しかも貴様……ききき貴様などに!」
バシバシと僕の胸を叩いてくるラフィーニャ。
「こら、そんなに動いたら毒が回って……っ」
「うるさい! そんなこと言って……そんなこと言っ……ふにゃあああー……」
最後まで言い終えることが出来ずに、ラフィーニャはくたりと横になった。
「ほら言わんこっちゃ無い!」
僕は再びラフィーニャの上に乗ると、両手の指に神経を集中させた。
「き、貴様その手で何をする気だ!? まさかまた胸をなで回すつもりでは……!」
「なで回さないよ! ちょっと触れるだけだ!」
「ちょ……ちょっととはどのくらいの……」
「ああもうめんどくさいなあ! ちょっとって言ったらちょっとだよ! 恥ずかしいのはわかったけど、治療のためなんだから我慢しなさい!」
「うう……わかった。わかったからそんなに怒るな……」
毒の危険性をさんざん聞かせて脅しつけると、ラフィーニャはようやく大人しくなった。
両手でスカートを握りしめ、両目をぎゅっと閉じて羞恥に耐える姿勢をとった。
「よーしよしよし、いいよいいよー。それでいい」
野生動物を手なずけるように声かけしながら、僕は治癒の術法を開始した。
おとがい、肩上、鎖骨の付け根、乳房の間、へその上、脇腹……マナの通り道となるポイントを指先でつつきながら、『力ある言葉』を口にしていく。
「ふ……ふああああ……っ!?」
くすぐったいのだろうか?
あるいは単純に、僕なんかに触れられて気持ち悪いのだろうか?
ラフィーニャは悲鳴を上げた。
「やめ……っ、そこは……っ!? いやああああっ!?」
ジタバタ暴れようとするので、僕は膝の位置を移動させ、ラフィーニャの両腕の自由を奪った。
「うう……っ? 手が……? あああああ……」
身動きの出来なくなったラフィーニャは、泣きそうな顔で僕を見上げてくる。
「お……お願いだから、もうこの辺でやめにしてくれ……。これ以上はその……保ちそうにないから……」
眉を八の字に歪めて哀れっぽく懇願してくるが……。
「ダメだよ。絶対やめない。体の中からしっかり排出させないと、後々苦しむことになるんだから」
「あ……悪魔か貴様は!」
「悪魔じゃないよ、勇者だよ」
「そういう問題では……!」
「はいはい、わがまま言わない」
僕は構わず、術法を続けた。
「ひうっ……!? ひゃああああーっ!?」
ラフィーニャはその後も何度も叫んだ。
びくんびくんと体を震わせ、悶え苦しんだ。
すべてが終わる頃にはぐったりしていて、「……責任はとってもらうからな」などと意味不明なことをつぶやいた。