「女騎士さんが思ったよりも重症」
引っ越し荷物は運送会社に頼んで、ふたりは青春18切符を使って移動したという設定です(*´ω`*)こういう地道な移動好き
~~~タカミチ~~~
エルズミアは、いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界だった。
召喚の魔法があるくらいだから飛行や転移の魔法も当然あったが、それらは消耗が激しすぎた。
自身の体力精神力の他に秘儀用の供物まで消費するので、日常の使用にはとても適さなかった。
長距離の移動は馬で行われることになるのだが、僕は運動神経に関してはからっきしなので馬車に乗っていることが多かった。
馬車が立ち入れない地域を通過する時は、メディの操る馬の後ろだ。
女騎士の真後ろが定位置。
そこだけ聞くと役得みたいに思われるかもしれないが、どっこい地獄だった。
なぜって、道がろくに舗装されていないからだ。
たまにされているところがあっても凹凸が激しくて、腰痛持ちの身には厳しかった。
日本に戻って来てからそれらが無くなり、ほっとしていたのだが……。
「さすがにフルで鈍行使うのはキツいな……」
電車から降りると、僕は「あ痛ててて……」と腰を擦った。
東京から大宮、宇都宮、黒磯、新白河、福島、仙台、小牛田、一ノ関、北上、横手を経て、目的地は秋田県最南端にある上代駅。
乗り換え十回、十一時間強にも及ぶ電車行は腰にきた。
新幹線を使えばもっと速いし楽だったんだけど、それにはNGが出たのだ。
メディ的に「速すぎる乗り物」はダメらしい。
あと、「空飛ぶ乗り物」は論外らしい。
それらは僕たちの感覚でいう最怖ジェットコースターと変わりないものなのだそうだ。
「……ってあれ? メディ?」
ふと気がつくと、メディがない。
いったいどこに行ったのかと思って辺りを見回すと、まだ電車の中にいた。
ピリリリと出発のベルが鳴る中、「待て待てっ、待ってくれっ」と慌てたように飛び降りてきた。
「ふう……良かった。置いて行かれずに済んだ……」
ホームに降り立つと、安堵のあまりだろうへなへなとしゃがみこんでいる。
「いったいどうしたんだ? 電車の乗り降り自体は何度もしてるし、今さらそんなびびるようなことでもないだろう?」
「や、その……降りる間際になってだな。ふと気づいてしまったのだ。窓ガラスに映った乗客の目がすべてこちらに向けられていることに。特に男どものそれがだな……じろじろと舐め回すような感じで……。それが恐ろしくて、動けなくなっていたのだ」
……重症だ。
「こらタカミチっ。残念なものを見るような目をするなっ」
口を手で押さえて首を横に振る僕を見て、メディは心外だとばかりに声を荒げた。
「タカミチにはわからんのだっ。もしわたしがここで降りられずに電車の中に取り残されでもしたら……っ。きっとあの男どもは舌なめずりしながら立ち上がって来るだろう。数人がかりでわたしを取り囲んで他の乗客から見えないようにして、扉に押しつけるようにして体の自由を奪って、ブラウスの上から胸を鷲掴みに……くううぅっ?」
電車内で襲われるパターンもあるんだ……。
って、感心してる場合じゃない。
「大丈夫だよメディ。大丈夫。電車は終わりだから。もう乗らなくていいから」
「終わり? え、終わり? ホントかっ?」
するとメディは勢いよく振り返った。
「もう乗らなくていいのかっ?」
「いいんだよ。よく頑張ったね」
僕の言葉に「ほお……」とメディは胸を撫で下ろした。
すると余裕が出て来たのか、キョロキョロと物珍しそうに周りを見渡し始めた。
「空は……青いな。山も……大きい。ビルが無くて自然が多くて……。そして何より……人がいないっ」
のしかかってくるような青空や奥羽山脈の偉容を目の当たりにしてテンションが上がってきたのか、急速に目を輝かせ始めた。
「まあいないよね。そもそも無人駅だしね」
「むじん駅?」
キョトンと首を傾げるメディ。
「ほら、見なよ。ここには自動改札が無いんだ。駅員さんの検札も無くて、代わりにあるのがほら……」
錆びついた回収ボックスがひとつだけ。
「ここに切符を入れて降りるんだ。ICカードを使ってる場合なんかは次に乗る時に駅舎内にある乗客駅証明書の発行機で……」
「そ……そんなことでいいのかっ? それで捕まったりしないのかっ?」
「しないしない」
不正乗車し放題のシステムであることは認めるけども。
「田舎だからさ、そもそも緩いわけ。互いの信頼関係で成り立ってるというか……」
「おお……おおおっ」
メディは身を震わせるようにして感動している。
「素晴らしいっ、素晴らしいな田舎はっ。最高だっ」
「そ、そこまで喜んでもらえるとは……」
「そもそもわたしはあのじどー改札という奴が気に入らなかったのだ。無愛想な顔して切符を飲み込んで。バタンバタンとうるさく閉じたり開いたりしてっ」
「無愛想な顔……?」
メディ独特の世界観に戸惑っているところへ、後ろから声がかけられた。
「タカ兄ぃ!」
体育会系特有の、元気ハツラツな大声。
「おおー、ひさしぶりだなあー……」
振り返ると、こちらに向かって柿崎紀子──ノッコが駆けて来ていた。
すんなりと伸びた四肢、健康的に日焼けした肌。
髪は肩の辺りでバッサリ切りそろえられ、整った顔立ちの中で双眸が光を放つように輝いている。
年齢はメディと同じく二十歳。
テレビ通話した時にも思ったけど、じかに見るとホントにびっくりするような美人さんに育っている。
「ノッ──」
でも、一番びっくりしたのは……。
「コォォォォォオオオ!?」
ラグビーのタックルみたいな突進だ。
僕は出会い頭にいきなりノッコに抱き着かれ、そのままその場に押し倒された。