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くっころ女騎士さんが鬱で死にそう。  作者: 呑竜
「第四章:女騎士さん、覚醒す」
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「魔王の娘は待っている」

いつもお読みいただきありがとうございます(=゜ω゜)ノ

終わりに向けてのカウントダウンは始まっています。

鬱病女騎士と引きこもり魔王の娘の迎える最高のエンディングを、どうぞお楽しみに!

 ~~~ラフィーニャ~~~




 夜明けと同時に『陽だまりの樹』を出た。

 部屋に備え付けの懐中電灯を持ち、リュックサックを背負って。


 装備もきちんと調えた。

 携帯食としてのチョコレートとスナック菓子、水分補給にはスポーツドリンク。

 山歩き希望の客のための地図をフロントから拝借はいしゃくし、手には軍手、ゴスロリルックの下にはダサいけれどジャージを履いて、パンプスの代わりには長靴を履いて。

 虫除けスプレーもきちんとして、準備は万端。


 行程も順調だった。

 休憩を挟み挟み、登山道を二時間弱。

 目印となる東屋あずまやから獣道に入り、さらに三十分。

 

 深い藪を抜けると、垂直に切り立った崖が現れた。

 主成分は凝灰岩で、右に行けば古い採石場跡がある。

 

 左に向かって少し歩くと、アマハトの岩屋いわやが見えてきた。


「おお、これが……っ」


 いったい如何なる者の手によって作られたのか、最長百メートルにも及ぶ広大な横穴である。

 入り口にはトラロープが張られているが、くぐれば問題なく中に入ることが出来る。 


「……と、危ない危ない」


 ふらっと中に入りそうになったラフィーニャは、慌てて首を横に振った。


「風向きでガスが表へ出てくることもあるとキッコが言っていたな」


 自らに言い聞かせるようにつぶやくと、さらに先へと進んだ。


「えーと、看板を過ぎたら小さな沢に突き当たるまで歩いて……突き当たったら浅瀬を選んで渡って、沢沿いに登って……」


 ぶつぶつとつぶやきながら歩いていると、やがてぽっかりと開けた空間に出た。


「あ……っ」


 ラフィーニャは思わず地図を取り落とした。


 湾曲した岩肌に取り囲まれた円形の空間に、カスミソウに似た黄緑色の花──天若生てんじゃくせいが群生していたのだ。


「やった……これで……っ」


 興奮しながらしゃがみこみ、さあ採取しようと思ったその矢先のことだ。




 グゥルルルル……




 低く唸るような声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこにいたのはエゾヒグマだ。

 北海道にのみ分布する種で、全長は三メートル、体重は五百キロ近い。

 基本は雑食だが、肉食を好む傾向がある。


「なんだ熊か」


 その巨体を目にしても、ラフィーニャはことさら危険だとは考えていなかった。


 なぜなら彼女は魔王の娘だから。

 身の内から自然と溢れ出すマナが獣どもを恐れさせ、ひれ伏せさせるはずだから。


「──ってこら、入って来るなっ。願い事を叶えるにはもっと大量に必要かもしれんのだから、表に出ていろっ」


 天若生を踏みしめながら近づいて来るのを見て、慌てて制止の声をかけた。

 しかしヒグマは言うことを聞かない。


「入って来るなと言ってるのに……!」


 ムカッとしたラフィーニャは、無造作にヒグマに近づくと、その前足を蹴った。

 体重も武術のたしなみも無い子供の蹴りでどうにかなるわけもないが……。


「この! この! さっさとあっちへ……っ!」


 渾身こんしんの力で蹴ってやろうと足を引いた瞬間、ヒグマがのそりと前に出た。

 頭を下に下げ、すくい上げるような動作をした。


「ってうわああああっ!?」


 何か特別な技を使われたわけではない。

 鼻先で突き飛ばされただけ。


 それだけなのだが、体重の軽いラフィーニャは凄まじい勢いで転がった。

 後ろ向きにゴロゴロと数メートルも転がり、岩肌にぶつかる直前でギリギリ止まった。


「なんで……っ!? なんで逃げない……っ!?」


 身を起こしてヒグマの様子を確認した──その瞬間、ようやく気がついた。

 エルズミアのそれと違ってマナに慣れていないヒグマは、感覚器が十分に発達していないという事実に。


「鈍いから恐ろしさがわからないということか……!? で、でもそれだと……!」


 ──マナで従えることが出来ないのなら、自分はただの娘でしかない。

 ──つまりはただの餌だ。

 

 状況を察したラフィーニャが全身を粟立あわだたせていると、さらに二頭のヒグマが現れた。

 合わせて六対の黒々とした目が、獲物として(・ ・ ・ ・ ・)彼女のことを見つめてくる。


「ひっ……!?」






 ラフィーニャは必死に走った。


 もともと足の早いほうではない。

 運動神経も無いに等しく、山中での行動に慣れたヒグマから逃げるのは不可能に近い。


 ただひとつ有利だったのは、体の小ささ。

 背が低く、体が細く、どんな隙間でもすいすいと通れることだった。


 三頭の間を転がるようにすり抜け、沢筋を下った。

 体のあちこちを打ち、擦り剥いたがそれは無視した。


 頭は意外と冷静だった。

 このまま下ってもどこかで追いつかれるだろう。

 登山道まで出て誰かに助けを請うのが最上だが、速度的に叶わないだろうという判断も出来た。

 

 そして、その判断は正しかった。

 ヒグマの足は早い。急坂を下るのも問題無いし、平地なら時速五十キロを超す速度で走ることすら出来る。

 まともな競争なんて出来るわけがない。


「ここだ……!」


 ラフィーニャが隠れ場所として選んだのは、アマハトの岩屋だ。


 立ち入り禁止の看板を無視して、トラロープをくぐった。

 奥まで入って振り返ると、ヒグマたちがこちらを窺っているのが見えた。


 トラロープによるバリケードなんて、ヒグマにとってはなんの意味もなさない。

 だけど中に入って来ようとはしなかった。


 鋭い嗅覚で、有毒ガスの存在に気づいたのだろう。


「……よーし、いいぞ。そのままだ」


 ほっと一息つくと、ラフィーニャは岩陰に隠れて座り込んだ。

 リュックサックの中からマスクとタオルを取り出すと、タオルを口に巻いて、その上からマスクを装着した。

 有毒ガスに対してどれほどの効果があるかはわからないが、しないよりはマシだろう。


 あとは呼吸を落ち着けること。

 じっと焦らず待ち続けること。


 ヒグマがいなくなるのを。

 あるいは、助けを。


「……ふん、こちとら引きこもりだ。根競(こんくら)べでは負けぬわい」


 自分で言って、自分で笑った。


 ただの強がりだ。

 今にも泣き出しそうなのを、恐ろしさで死にそうになったのを、なんとかこらえただけ。


 だって、助けなんて来るわけがないのだ。

 ここへ来ることは誰にも告げていないし、書き置きすらしていない。

  

「タカミチ……っ」


 でも──ラフィーニャは、呪文のようにタカミチの名をつぶやいた。


 勇者ではなく、タカミチと。

 かつてレヴィンの森でそうしていたように。


「タカミチ……っ」


 ひとりで、じっと。

 彼が来るのを、待っていた。


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