「魔王の娘は引きこもっている」
いつもお読みいただきありがとうございます(*´ω`*)
女騎士が鬱なら、魔王の娘は引きこもり。
そんな感じの物語でございますが、どうか最後までお付き合いください(平身低頭)。
~~~キッコ~~~
その日とうとう、ラフィーニャは部屋から出て来なかった。
翌日も出てこようとはせず、仕方なく食事は部屋へと運ぶことになった。
廊下に置いて去って、しばらくしてから確かめると、いつの間にか量が減っている。
そんなことがしばらく続いた。
「ラフィーニャ。僕らは怒ってないから、部屋から出て来なさい」
「そうだぞ。わたしは貴様を許す」
タカミチとメディが辛抱強く話しかけたが、ラフィーニャは従おうとしなかった。
「……ウソだ。そんなことを言ってドアを開けた瞬間殺すつもりだ」
「ウソなんかじゃないよ。そんなことしないってば」
「……ウソだ。こうしてる今も、後ろでは騎士殿がグランザッパーを握っているはずだ」
「握ってなんかない。ウソだと思うなら確かめてみろ」
「そうやって誘き出すつもりだろうっ、その手は喰わぬぞっ」
どう説得してもダメ。
頑として、首を縦に振ってくれない。
「……いかん。完全な引きこもりになってしまった」
タカミチは顔を手で覆った。
「うむむ……いったいどうすれば……」
メディは眉間に皺を寄せて思い悩んでいる。
「そんなの、無理やり引きずりだせばいいべ。鍵はあるんだから」
「はいはい脳筋さんは黙っててー」
「誰が脳筋さんかっ」
手をひらひらさせてノッコを黙らせると、キッコは言った。
「とにかく無理やりってのは無しね。そんなことしたら余計にこじれるだけだよ。こういうのはね、辛抱強く、決して押し付けないことが大事なの」
「なんだい、知った風に」
ノッコが不満そうに唇を尖らせるが……。
「知ってるよ。経験者だもの」
キッコはさらりと言い放った。
「え、そうだっけか?」
ノッコが驚き──
「ああ、そういえば……」
タカミチが、今思い出したという風につぶやいた。
「タカ兄ぃさんは覚えてるかな。中学校の時、わたしが暗い中泣きながら帰って来たの」
「……そうだった。バスにも乗らずに、歩いて帰って来たんだよな。学校まで十キロ近くあるのに……」
隠れて書いてた漫画を男子生徒に見つかり、奪い取られて音読された。
創作活動に理解のないクラスのみんなは、ここぞとばかりに大爆笑だ。
クラスメイトだったノッコは空手の全国大会で留守にしていて、だからキッコを守ってくれる者はその時誰もいなかった。
今考えてみれば他愛のないことだけど、当時のキッコにとっては世界が崩れるような出来事だった。
「たしかあの時僕は大学生で……」
「八月の終わりの頃ね。長い夏休みでこっちに帰って来てたんだよね」
不登校になったキッコを見かねて、タカミチは辛抱強く励ましてくれた。
毎日毎日通ってくれた。
夏休みが終わってもしばらくの間残ってくれた。
「だからわたしは知ってるんだ。どれだけ心をこめたって、直接的な害を与えた人の言葉なんて聞けないよ。聞く気になるのは関係ない第三者で、自分の気持ちをわかってくれそうな人。つまりこの場合、タカ兄ぃさんとメディさんはダメ。ノッコは無神経だからダメ」
「言い方ひどすぎるんでないかいっ?」
悲鳴を上げるノッコはさて置き、キッコは自慢げに胸を張った。
「つまりここは、わたしの出番というわけなのです」
その日から、キッコはラフィーニャの元へ通い始めた。
部屋の中へは入れてくれないので廊下に座布団を敷いて、傍らにお盆を置いてお茶も置いて、辛抱強く話しかけた。
出て来いというのではない。
もっと違う、明るい話をした。
昨夜テレビで何を見たとか、今日畑で何があったとか。
他愛もない話を延々と続けた。
ラフィーニャは相槌も打たず返事だってしてくれなかったけど、キッコは諦めずに繰り返した。
何日かした頃、ラフィーニャが初めて返事をしてくれた。
「ああ」とか「うう」とか、明瞭なものではなかったけど、たしかな進歩だ。
さらに何日かすると、相槌を打ってくれるようになった。
さらにさらに何日かすると、会話までしてくれるようになった。
それでもまだ、キッコは核心には触れなかった。
──まだ早い。
──もっともっと、懐に入れるようになってから……。
自分の時は、そもそもタカミチとの間に親交があった。
だけどラフィーニャとの間にはまるで無い。
とにかく距離を縮めることを考えた。
決して焦らず、少しづつ、けれど着実に。
「……なあ、キッコ?」
ある時ノッコが、ラフィーニャの元へ向かうキッコに話しかけてきた。
頭をガシガシかきながら、罰が悪そうに。
「その……悪がったな。なんも気がつかんで。あん時のあたしは、空手のこと以外何も考えてなかったから」
「いいよ別に。部屋を出られたのはタカ兄ぃさんのおかげだけど、学校へ通えるようになったのはノッコのおかげだもん」
「……あたしの?」
「そうだよ。あんたのいる前でわたしをバカにする奴なんていないもん。おかげでわたしは真っ当な学生生活ってやつをおくることが出来たんだよ。悪くなんて思ってないよ。むしろずっと、感謝してる」
「……そうかい。そいつはまあ……いがったな……」
照れくさそうにそっぽを向くノッコに手を振り、キッコはラフィーニャの元へ向かった。
「……ふふっ」
廊下を歩きながら、キッコは親友の顔を思い出して笑った。
昔からちっとも変わらない、男の子みたいな態度を頭に思い描いて、くすくすと。
楽しい気分が伝わったのだろうか。
その日はラフィーニャの機嫌も良く、ふたりあれこれといろんな話が出来た。
──そしてとうとう、核心に触れることが出来た。
「……じゃあ、タカ兄ぃさんのことをそこまで恨んではいないんだ?」
「恨んでないと言えばウソになる。だけどそれだけでもない。だってあれは戦争だったし……余は戦争が嫌いだったから……」
魔族なのに戦争が嫌い。
それは意外な本音だった。
「なんで戦争なんてするのかと思っていた。今のままでも十分なのに、なんで進んで傷つけ合おうとするのかと。家臣どもも兵たちも、母上も……あの時はなんだか怖くてな……」
「なるほど……」
甘やかされたせいもあるのだろうが、彼女は魔王の娘とは思えぬほどの優しい性質を持って育ったのだ。
「勇者が召喚されたと聞いた時、一度顔を見てやろうと思った。ペリオントロイの婆様の所に寄ったついでにな、学院で魔法を学んでるというその横顔を拝んでやろうと思った」
「……それは、どうして?」
「どういった存在ならこの戦争を終わらせることが出来るのかと思ってな。単純な興味だ。それ以外には何もない」
「……見て、どう思った?」
「なんと情けない顔をした奴なのだと驚いた。ホントにこんな奴に戦争が出来るのかと」
「ぷっ……」
鋭い感想に、キッコは噴き出した。
「そうだね。タカ兄ぃさんってのんびりしてるもん。いっつもぼーっとしてて、争いごとなんか向きそうにないもん」
つられてだろう、ドアの向こうでラフィーニャも笑い声を上げた。
「だろう? だから余は最初、こやつは違うのではないかと思っていたのだ。間違って召喚されて、困っているのではないかとな」
「間違い勇者召喚か、最低だねそれは……」
目尻に浮いた笑い涙を拭いながら、キッコは訊ねた。
「ねえ、ラフィーニャ様? タカ兄ぃさんと、どうしたい?」
確信を突いた質問に、一瞬ラフィーニャは息を呑んだ。
数瞬の沈黙の後、つっかえつっかえながらも口にした。
「…………………………仲直りしたい。もう一度、あの頃みたいに話したい」
答えを聞いたキッコは、思わず口元を綻ばせた。
「わかりました。ラフィーニャ様。このわたくしめにお任せください」
胸を叩きながら、自信満々そう告げた。
告げたのだけど……。
──翌日、ラフィーニャは部屋から姿を消したのだ。