「元勇者は覚えていない」
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~~~タカミチ~~~
ラフィーニャが去った後──
みんなで話し合いになり、僕はノッコとキッコに事の経緯を明かにした。
ここにいたっては、さすがにもう隠しようがないとの判断からだ。
「……あたしの言ってたのは、じゃあ半分は当たってたってことだな?」
ため息をつきながらノッコ。
「うん、今まで黙っててごめん」
「いや、謝らなくてもいいべ。さすがにそんなの、いきなり話たって誰も信じねえもの」
「だね。今でも正直半信半疑というか……七信三疑くらいなんだけど……」
キッコがノッコに同意した。
「つまりはこういうことでしょ? 向こうを追われてこっちへ来たラフィーニャ様が、こっちでよろしくやってるタカ兄ぃさんとメディさんに嫉妬した。ネットリテラシーの欠片もないメディさんが個人情報丸出しで某大型掲示板にいるのを発見したラフィーニャ様は、そこから延々と粘着してると」
「そういうことみたいだ」
「……ねっとりてらしーの欠片もなくてすまない」
メディは肩を落としてしゅんとしているが……。
「いや、メディは悪くないよ。脇が甘いのは事実だとして、本当に責められるべきはラフィーニャだ。ラフィーニャ……なんだけど……」
僕は拳を握った。
ぱっと開いて、ぐっと握った。
それを何度か繰り返した。
もしメディを苦しめている犯人が見つかったら、殴ってやろうと思っていた。
思い切り顔面に拳を叩きこんでやろうって。
だけど、いざ犯人がわかったら……。
それがラフィーニャだとわかったら……。
「……タカミチ」
隣の席のメディが僕の拳に手を触れてきた。
優しく撫でて、開くよう促してきた。
「わかってるよ。ラフィーニャをどうこうしようっていう気はない」
拳を開き、逆にメディの手を握ってやると、メディはほっと安堵の表情を浮かべた。
「よかった。怖い顔をしていたから……」
「え、何もしないんだか? ここまでされて?」
ノッコが不思議そうに僕たちの顔を眺め渡した。
「ゲンコツ一発ぐらいはいいべえー? メディさんあんなに苦しんでらんだものー」
「はいはい脳筋さんは黙っててー」
キッコが目をつむりながらノッコの肩を叩いた。
「誰が脳筋さんかっ!?」
「外野がとやかく言うことじゃないでしょ。タカ兄ぃさんとメディさんがそうはしないと決めた以上、それを尊重しないと」
「そりゃあんたはあのコと仲良いけどなあー?」
「ありがとう、ノッコ、キッコ。僕らのことで頭を悩ませてくれて、感謝してる」
ふたりが言い合いになる前に止めた。
「だけど僕らは、このことでラフィーニャを責める気はないんだ」
僕の言葉に、メディが続けた。
「正直言うなら、もやもやしたものはある。だけど同時に、晴れ晴れした気持ちもあるのだ。何よりも相手が明確になった。ネットの向こう側の謎の誰かではなく、ラフィーニャという個人になったことで、安心したような気持ちがあるのだ」
胸に手を当て、心情を吐露していく。
「その上で、復讐はすべきでないと感じているのだ。たとえ戦争だったとはいえ、ラフィーニャにとってのわたしたちはまぎれもなく敵なのだから。こうしている今だって、剣を持って襲いかかって来られても不思議はない。もちろんそんなことになったら返り討ちにするつもりではいるが……おそらくそうはならないだろう。心根はねじ曲がっているが、ラフィーニャはまだ子供だ。だからこそ、わたしは融和したいと考える」
融和。
メディの口から出たその言葉を、僕は心の中で繰り返した。
とけてまじりあうこと。
うちとけて互いに親しくなること。
勇者である僕と女騎士であるメディと、魔王の娘であるラフィーニャが。
エルズミアを遠く離れたこの日本で。
そんなことが、本当に可能なのだろうか……。
「心を開いて、受け止めたいと思う。わたしにタカミチが、皆がしてくれたように」
だが、メディの顔に迷いはない。
「だから頼む、皆。わたしに力を貸してくれ」
メディは僕らの顔を順番に見渡し、そして深々と頭を下げた。
「そりゃまあ、そう言われたら協力するけども……」
「融和って、具体的にどうすればいいのかなあ……?」
口々につぶやくノッコとキッコ。
「仲良くしてけろっていうのも変だし……」
「いきなり謝罪するっていうのもね……」
「ううむ……」
僕も判断に迷った。
ここまでこじれた関係を、いったいどうやって修復したらいいのか……。
「ひとつ気になったことがあるのだが……」
皆がうんうんと唸る中、メディが疑問を口にした。
「タカミチは、そもそもラフィーニャと知り合いだったのか?」
「僕が? ラフィーニャと?」
「さっき言っていたではないか。『貴様は昔からそうだ! まったく変わっていない!』と」
「たしかに……」
その直後に、「……やってしまった!」みたいな顔してたんだよな。
「んーでも、まったく覚えがないんだよなあ……」
「大丈夫だか? タカ兄ぃ、酔っぱらった時にたまたま道端で出会って襲いかかったとか」
「おまえの中ではどんな鬼畜生なんだよ、僕は」
いくら酔っぱらってたって、そこまで人倫に悖る行為はしないよ。
「それで思い出したんだけど……」
「え? ここで? この流れで思い出しちゃったの?」
キッコが何を言うのか身構えていると……。
「ラフィーニャ様って、タカ兄ぃさんのことすごい好きじゃない? あれってそもそも、何がきっかけなの?」
『……え?』
とんでも発言に、僕らは驚きの声を上げた。
「いやいやいや、ねえべよー。それはねえべー」
「そうだぞキッコ殿。さすがにそれは、いくらなんでも……」
「だよなあ。あれだけ絡んできて……」
するとキッコは、ハアと大きなため息をついた。
「皆、ホントにわかってないんだね……」
しょうがないから教えてやる、という風に語り出した。
「あのね、わたしだったら、本気でどうでもいい相手には絡もうとすら思わないわ。本気で憎んでる相手だったら、触れるどころか口をきくのも嫌ね。メディさんに嫉妬や疎外感を感じさせる目的があったとしても、ラフィーニャ様がタカ兄ぃさんにしたことは、あれは論外だと思う」
『……』
「ね、思い出してみて? ラフィーニャ様のわがままって、どれもこれもタカ兄ぃさんに甘えるようなものだったじゃない? 自分の部屋まで食事を持って来させて、ふーふーさせて、あーんさせて。足がダルくなったらマッサージさせて、耳掃除もさせて、夜中にトイレに行きたかったらついて来てもらって。わたしにはあれは、恋人が恋人にするようなわがままに見えた。さて、これを踏まえてさっきの発言」
キッコはキランとメガネを光らせた。
「『余のものになれと言ったらなるのか!?』ってラフィーニャ様は言ったわ。ね、これってほとんど、愛の告白みたいに聞こえない?」
『…………!!!?』
僕らは一瞬、言葉を失った。
まさかそんなことがあるなんて思ってなかったから、なおさら驚いた。
あのラフィーニャが、まさか僕を……?
しかし、どうして……。