「魔王の娘は逃げ出した」
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作中ではメディを苦しめ続けた犯人が明らかになりましたが、なんとまさかの……?
~~~メディ~~~
その日メディは、調子が悪くて床に臥せっていた。
まだ夜開けやらぬ中にタカミチが部屋を出て行くのを見送り、昼過ぎになってようやく起き出した。
「タカミチは……買い出しに出かけているのか……」
ラインのメッセージを確認すると、メディはポツリとつぶやいた。
ノッコと一緒にジャ○コへ行って来る。
お昼ちょっとには戻るから、昼食は自分で用意してくれても、あるいは帰りを待ってくれてもいいと記されていた。
「お昼ちょっと……」
曖昧な表現だが、時計の無いエルズミアで育ったメディにはそちらのほうが逆にありがたい。
「……もう少しかな」
母屋の食堂に移動すると、窓際の椅子に腰掛けた。
コップに半分の水をひと口ずつゆっくりと飲みながら、掃き出し窓の外に目を向けた。
青とピンクの紫陽花棚の先に『陽だまりの樹』の入り口があるのだが、そこが一番車の出入りがよく見える位置なのだ。
「うう……」
まだ少し熱っぽいが、日常生活に支障をきたすほどではない。
頭痛もあるが、薬は出来れば食後に服用したい。
「一日三回、一度に三錠……。一日三回、一度に三錠……」
茶子にさんざん念を押されたことを呪文のように繰り返しているうちに、少しづつ状態が良くなってきた。
「ねえねえラフィーニャ様ラフィーニャ様っ」
けたたましい声を上げながら、ラフィーニャとキッコが食堂に入って来た。
「プリンっ、プリン食べましょっ。タカ兄ぃさんでなくわたしが『あーんっ』ってしてさしあげますから。ね? ね? いいでしょっ? んで出来れば、その後わたしにも同じことしてくれまんせかねっ? ひとつのプリンをふたりでつつき合って食べさせ合うってよくないですかっ? ね? ね? いいですよねっ?」
キッコはラフィーニャの後ろから肩を掴んでにっこにっこと笑っている。
足はぱたぱた、忙しなく床を叩いている。
このふたりは見るたび一緒にいるが、どうやらそれはキッコの片思いらしく……。
「う……うん、なんだかそなたは圧が強くて苦手だな……」
ラフィーニャはめんどくさがってキッコの手を振り払った。
「苦手……ですって……っ!?」
拒絶されたことがよほどショックだったのだろう、キッコはその場に崩れ落ちた。
「……ラフィーニャか」
「おやおや、騎士殿は浮かない顔をしているな。何か心配事でもあるのかな?」
ラフィーニャはにやにや嫌らしい目でメディを見てくる。
「……別に」
むすっとしてそっぽを向くと、ラフィーニャはずずいと回り込むようにして無理矢理視界に入ってきた。
「なあ、教えてやろうか? そなたの想い人が今何をしているか」
「タカミチなら買い出しに……」
「それは半分正解、半分間違いだな」
「……なんだと?」
眉をひそめるメディに、ラフィーニャが煽るように言ってくる。
「勇者は余のために買い出しに出たのだ。究極の食べ物、至高の柔らか物体であるところのプリンをな」
「プリンなら冷蔵庫に……」
「そこらのこぢんまりした店で買えるようなチャチな品ではない。北海道直送の限定品だ。この辺ではジャ○コでしか買えないやつだ。それをわざわざ買いに行ったのだ。他の誰でもない余のためになあ」
「……何が言いたい?」
もったいぶった言い回しに、メディはイライラとして柳眉を逆立てた。
「わからんか? 勇者が、魔王の娘のために働いているのだ。投げた骨を拾ってくる忠実な犬のように頭を垂れるのだ。なんとも胸のすくような光景ではないか」
「貴様……そんなことのために毎日毎夜、面倒な頼み事を……?」
そんな小さな虚栄心のために、タカミチは振り回されていたのか。
「そうだぁ。気持ちがいいからだぁ。勇者がふてくされながらも言うことを聞いてぇ、貴様が嫉妬に身を焦がす姿を眺めるとぉ、余はゾクゾクしてくるのだぁ」
巻き舌の小バカにしたような口調に、メディの中に怒りがわき上がる。
「悪魔め……っ」
「そのとおーりぃ、魔王の娘さぁー」
「この──」
メディが拳を握って立ち上がると、ラフィーニャはひらり、舞うように後ろへ跳んだ。
「おおっと、どうする気だ騎士殿ぉ? 殺すのかぁ? あの時のように余に対してグランザッパーを向けようというのかぁー?」
平たい胸に手を当てると、ラフィーニャはおかしくてたまらないといったように高笑いを上げた。
「出来まい、出来まいよぉ。郷に入っては郷に従えだ、こちら側へ来てしまったからにはこちら側の法が適用されるのだぁ。余を殺せば漏れなく極刑、向こうへ戻ろうにも、貴様らには戻る方法があるまいぃ」
「ぬぬぬぬぬ……っ」
メディが歯噛みして悔しがっていると……。
「なるほどね、そういうことだったのか」
食料品の入った段ボールを肩に担いだタカミチが、戸口に姿を現した。
「げげ……勇者っ? いったいいつからそこに……っ?」
「究極の食べ物、至高の柔らか物体のところからかな」
段ボールを床に降ろすと、タカミチはラフィーニャからメディを庇うような位置に立った。
「おまえが僕に絡んでくる理由がようやくわかったよ。あれは僕だけじゃなく、メディへの嫌がらせでもあったんだ」
聞かれたのがよほど悔しかったのだろう、ラフィーニャは顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
「その上で言わせてもらうよ。なあラフィーニャ。僕のことは構わない、望むならどんなわがままだって叶えてやるよ。だけどメディに絡むのだけはやめてくれないか? 魔王のことで恨む気持ちはわかるけど、だったら相手は僕だけでいいだろう?」
「どんなわがままでも……だとおぉー?」
タカミチの台詞のどこがそんなに気に食わなかったのかはわからない。
だがラフィーニャは激怒した。
とにかく早口でまくし立てた。
「だったら余が死ねと言えば死ぬのか!? 余のものになれと言ったらなるのか!? 母上を返してくれと言ったら返してくれるのか!? 出来もしないことを言うな! 無責任な発言をして期待を持たせるな! 夢みたいなことばかり言って! 貴様は昔からそうだ! まったく変わっていない!」
「昔から……?」
「あ──いや……っ」
しまった、とばかりに顔を硬直させるラフィーニャ。
「なんでもないっ、今のはその……ホントになんでもないのだっ! だからそんな顔して余を見るな!」
ぱたぱた両手を動かしてごまかそうとしているが、まったくごまかせてはいない。
「バカ者め! バカバカバカバカバカ者め! きょとんと間抜け面をさらしおって! そんなだからこんなのに引っ掛かるのだ! 戦う以外の生き方を知らなくて! 日常生活に役立つ技術が何もないポンコツ娘なんかに! しかも知ってるか!? こやつのHN、『誇り高き女騎士』というのだぞ!? いったいどんなセンスをしてるのか、親の顔が見た……あ──?」
再度のやらかしに、ラフィーニャの顔色が赤を通り越して青くなった。
ちらりタカミチの顔を見ると、大慌てで逃げ出した。
ラフィーニャの姿が見えなくなってから、メディはタカミチに呼びかけた。
「タカミチ、今のはまさか……」
「……ああ、どうやらそうみたいだ」
タカミチは重々しくうなずいた。
「ラフィーニャが、さんざんメディに絡んできた犯人だ」