「元勇者には責任がある?」
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~~~タカミチ~~~
「……ううーん、しかし困ったもんだな。せっかく快方に向かってきてたってのに、すべて振り出しに戻っちまった」
離れの2階で寝てるようメディに言い聞かせると、僕はひとり母屋へ向かった。
本来ならばずっとそばについていてやりたかったのだが、責任者としてはそう勝手ばかりも言ってられない。
「ええと、今日のお客さんはどんな予定になってたっけ……? いけない、ドタバタしてたから全然調べてないや……」
言い訳になるけど、メディ宛ての小包が届いたのが昨夜遅くのことで、それからずっと大変だったんだ。
泣きじゃくるメディを慰めたり、おくすりを過剰摂取しようとするのを止めたりさ……。
「……まあいいか、細かいとこはあとで宿帳でも見れば。にしても誰だよちくしょう。あんな陰湿な嫌がらせするの……。メディの本名と現在の居場所を知ってる奴なんて、それほど多いとは思えないのに……」
中身もひどいものだった。
よくもまあこれだけ集めたものだなというぐらいに、金髪の女騎士が凌辱されるソフトばかりが詰め込まれていた。
「当然外見もわかってやってるわけだろ? それでいて、メディがそういったものに拒否反応を示すのも知ってる……」
まだ見ぬ犯人像を脳裏に思い描いていると、ちょうどバンがやって来た。
母屋の玄関前に横付けすると、まずはノッコが、続いてキッコが降りて来た。
最後に降り立ったのがお客さんだろう。
小さな女の子がひとりだ。
しかも日本人じゃない。
綺麗な銀髪で、肌は雪の白さ。
瞳は氷河のように冴えた色をしていて、顔の造りは神の造形物みたいに整っている。
手荷物はショルダーバッグがひとつのみ、黒ゴスが超似合ってる……って違う、そうじゃない。
問題はそこじゃない。
「そんな……ウソだろ……っ?」
状況を理解した瞬間、ドバっと冷や汗が出た。
衝撃のあまり、その場に崩れ落ちそうになった。
「お、おま、おま、おま、おまえは……っ」
思わず指差し、叫んでいた。
「ラフィーニャ!? なんでこんなところにいるんだ!?」
「ほう……勇者か」
僕の存在に気づいたラフィーニャは、ゆらぁりと幽鬼めいた動きで僕を見た。
「なぜこんなところにとは、ご挨拶だなぁー……?」
ふらぁりふらりと、頭を左右に振りながら近づいて来る。
目にはなぜだろう、恨めしげな光がある。
「貴様のせいでこうなったというのに……」
「な、なんだよ僕のせいって……?」
「しかも知らぬ存ぜぬを決め込むと来た。さても面の皮の厚いことよ……」
「おい、止まれよ。止まれったら。それ以上近づくなって」
元勇者現一般人の僕としては、子供とはいえ魔王の娘の暴力に抗う術はない。
手を突き出して止まるように呼び掛けていると……。
「止まれ、と言ったぞ?」
どこからか声が聞こえた。
次の瞬間、上から何かが降って来た。
ズドンと地面に。
僕とラフィーニャの中間地点に。
降って来たのはメディだ。
騒ぎを聞きつけたのだろう、パジャマに裸足のままで、二階の窓から飛び降りて来たのだ。
「……ふん、メディベリーナ・リーリング・ジェリーか。騎士殿は相変わらず、務めに忠実なことよの」
「それ以上近づけば、即座に斬る」
メディは聖剣グランザッパーを腰だめに構えている。
右手を柄に当て、いつでも抜ける体勢だ。
メディの抜き打ちの速さを知っているラフィーニャは、さすがに表情を固くして足を止めた。
「そんなもの、こちらの世界では持っているだけで銃刀法所持違反。振るえば殺人罪だぞ? それでも構わぬと申すか?」
魔王の娘としての矜持なのだろう、なおも煽るように訊いてくるが──
「タカミチの命には代えられぬ」
即答するメディの声には、迷いも、そして発作の名残りも無かった。
魔王の娘を相手どることで騎士時代の感覚を取り戻したのだろう、裂帛の気合いに満ちている。
「……っ」
ごくり、唾を呑んだのが誰なのかはわからない。
ともかく、僕らの間にはテンションぎりぎりの糸のような緊迫感が張り詰めていた。
「こおーら、あんたらなぁにやってんだぁー? こんなとこでぇー。ほら、落ち着けってば。メディさんなんて裸足でねえのー」
僕らがケンカをしていると思ったのだろう、ノッコが仲裁に入ってきて……。
「ら、ラフィちゃん……その外見で厨二病を患ってるの? どんだけ属性盛ってるのよっ。ってああもう……尊いっ、尊みが深すぎるわっ」
一方キッコは、謎のつぶやきを漏らしている。
「……ふん、なんとも小うるさい人間どもよ」
水を差された格好のラフィーニャは、ふんと大仰に肩を竦めて見せた。
「興を削がれたわ。その非礼、今日のところは大目に見てやる」
「いや大目に見てやるっていうか、非礼を働いた覚えなんかまるでないんだけど……」
「まるでない……だと……っ!?」
僕のツッコミに、ラフィーニャはさも心外というような顔をした。
「貴様……余をこれほどの目に遭わせておいてまるで自覚無しと申すか!?」
「うん、全然」
「こ……この男……っ!?」
僕の返答がよほど気に食わなかったのだろう、ラフィーニャのこめかみにミシミシと青筋が浮かんだ。
「よ……よかろう、教えてやる。ウジ虫以下の脳みそしか持たぬ貴様でもわかるように、事細やかにな」
ひっひっふーとなぜかラマーズ法で呼吸して気持ちを静めてから、ラフィーニャは始めた。
「まず貴様が母上を倒しただろう? そのせいで魔王軍は総崩れとなった」
「うん」
そのために僕は、エルズミアに召喚されたのだから。
「余は近臣と共に逃げておったのだが……その中に邪心を抱く者が現れたのだ。というか、ほとんどの者がそうなったのだ。母上は何せ、カリスマとかではなく暴力で抑え込むタイプの方だったからな。それを恨みに思う者たちが束になって襲い掛かって来た。母上への恨みと、余の持つ財宝や余のわがままボディへの欲求を全部まるっと一気に解消しようと襲い掛かって来て……だから余は必死に逃げたのだ。谷を下って、川を渡って……向こうの世界ではどこにいても狙われるような気がしたから、最終的にこちらへ来たのだ」
「……なるほど」
わがままボディかは別としても、昨日までの配下に襲われるという展開はさすがにえげつない。
魔王の娘といえどもまだ年若いラフィーニャが向こうの世界に絶望し、こちらの世界に希望を託すのも無理はない。
「一番最初に出会ったのがキョウカだ。余の境遇に最初は同情を示してくれて、同居させてくれてな。いい奴だと思ったのだが……そのうち態度が変わって来てな。学校にも行かない働く気もない。ただただ家を散らかして騒ぐだけならいっそ出て行けと抜かしおってな……」
「……ん? それってつまり、おまえはキョウカ姉さんの家に厄介になっていて、だけど厄介すぎたから追い出されたってこと?」
「だ、誰が厄介だ! 余は向こうにいた時と同じように振る舞っていただけだ! 好きなものを好きなように食って! 頼んで! こちらの世界は何せ便利だからな! ケータリングは充実してるし、アマズンに頼めばホントになんでも送って来てくれるしな!」
「ああー……」
時期としては、たぶん僕たちの後なのだろう。
こちらの世界に転移してきたラフィーニャは、キョウカ姉さんの家に住んでいたのだ。
基本どんな国のどんな人種でも受け入れる度量の広さのあるキョウカ姉さんだが、素行不良な者に対しては情け容赦がない。
わがまま気ままに振る舞うラフィーニャと折り合えるわけもなく、結果として追い出されたと。
「だから僕のせいだって言いたいのか」
「そうだ!」となぜだかラフィーニャは、小さな胸を張って大威張り。
「貴様は余に対して責任があるのだ! かつてのように優雅で快適な暮らしを提供する義務があるのだ! 参ったか!」