「褐色娘は困惑している」
いつもお読みいただきありがとうございます(*´ω`*)新章突入です
~~~ノッコ~~~
「しっかしあれはなんだったんだべなあー……」
ハンドルに顎を載せながら、ノッコはつぶやいた。
バンの車中である。
お客を迎えるためにキッコとふたり、駅前で待機しているところだ。
当初の予定ではタカミチとメディが来るはずだったのだが、直前でメディが発作を起こしたために交代したのだ。
「たしかに、色々と謎だよね」
助手席のキッコが大きくうなずく。
「住所も電話番号もでたらめで、筆跡をごまかすためなのかめちゃめちゃ下手くそな字で。さらにはメディさん宛てで。あまつさえ中身が……ふ、ふふ……ふふふふふ……」
「……そこ笑うとこかい? あたしはただただぞっとしたけんど……」
宅配物の中身──金髪の女騎士の描かれた漫画や小説、DVDやゲームが満載されていた──を思い出して、ノッコは怖気を振るった。
「わざとメディさんに似たのを選んで送り付けて来たんだべ? 嫌がらせにしても相当手間かけてなあ……ホントにおっかねえごど……」
「そうそう、モチーフが全部くっころ女騎士でね。たしかにメディさんてそういう雰囲気あるからね」
「くっ……ころ……?」
「ああいや、なんでもないの。言い間違え言い間違え」
キッコはなぜだか焦ったように手を振った。
「とにかくええっと、お客さんだよお客さん。今回のはどんな人たち? 日程は?」
「お、おう……ちょっと待ってな……」
口早に訊いてくるキッコを奇妙に思いながらも、ノッコは宿泊予定者の情報の記された書類に目を通した。
「いやあこれがなぁ、おかしな客なんだぁー。キョウカさんの肝入りだで問題ないとは思うんだけども……」
「……おかしな客?」
「うんとな……まず人数はひとり」
「へえ、珍しい」
普通は家族単位で来るものだ。
「宿泊日数はとりあえず一年間で、順次更新」
「へえ、めずら………………うん? 一か月とかじゃなくて?」
「自分で言ってても不思議なんだけども、間違いなく一年間なんだわ」
ノッコだって、そこは疑問に思ったのだ。
間違いではないかとキョウカに確認もしたのだが……。
「とりあえず一年間宿泊して、本人次第ではさらに延長することもあり得るって」
「しゅ……宿泊費は?」
「前金で全額払い込み済み。なんなら一生住み続けても構わないぐらい貰ってるって……」
「……超セレブが高級ホテルに住むみたいなイメージ?」
「そうなのかもなあ……もっともうちは、そんな大層なとこじゃねえけども」
「ふうーん……? なんだか狐につままれたような話だねえ……」
半信半疑といった風にキッコ。
「あ、そうだ。それで性別は? 男? 女?」
「女、年齢は11歳」
「え、今なんてっ!? なんて言ったのノッコ!?」
「え、何その勢い……」
「いいからいいからっ、今のもう一回お願いっ」
「だからぁ、女で、11歳だでば」
「幼女!? 幼女ね!? 幼女が来るのね!? しかもひとりで!? 田舎にワケ有りで!? ふぉおおおー! 何そのシチュエーション! 超ぉぉぉぉ滾るんですけど!」
「やがましねったら! なんだかわかんねえけどとにかく黙れ!」
ノッコが一喝したが、キッコは止まらない。
「無理よ無理無理! こんな美味しいシチュエーションを前にして黙ってなどいられようか! かっこ反語! ほら、わかったらその紙こっちに寄こしなさい!」
「何言ってっかわかんねえ……ってあああっ!? あんた何すんだあー!?」
暴走キッコが、ノッコの手からものすごい勢いで書類を奪い取った。
「ええっと、何々……? 名前はら、らふぃ……ラフィーニャ・ルカ・ドゥールカ……外国人!? しかもこの語感だと北欧系!? ってことは色白天使系!? ふぉおおおおー! どうしようどうしようどうーしよう! 想像しただけで鼻血出そうなんだけど!」
「落ち着け! 落ち着けでば!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐふたりの視界の隅を、何かがゆらりと横切った。
「……うん? あれは?」
「来た!? 来たの!? わたしのラフィちゃんがやって来ちゃったの!?」
押し合うようにしながら窓に張り付いたふたりの目の前で、少女は立ち止まった。
銀糸を梳いたような美麗な髪が背中に垂れている。
緩やかな弧を描く眉の下で、氷河色の瞳が冷たい輝きを放っている。
顔立ちは綺麗可愛いを通りこして、いっそ恐ろしいほどに整っている。
背は年齢相応に低い。体は細く、肌は抜けるように白い。
どこか妖精じみた気配があり、黒パンプスにコルセット付きの黒ワンピースというゴスロリスタイルがよく似合っている。
「天使……っ、降臨……っ」
興奮しすぎたのだろう、キッコはぶばあっと鼻血を流して意識を失った。
「いやいやいや、気絶するほどのもんかね……。たしかにめんこいとは思うけども……」
ノッコとしてはむしろ目の色の冷たさや、口元に漂うふてぶてしさのほうが気になった。
「まあいっか……お仕事するべ」
気を取り直してバンを降りると、広場の真ん中で所在なげに立ち尽くしているラフィーニャに声をかけた。
「ハロー……でいいんかな? えっと、ら、らふ……ラフィーニャさん? あたしは『陽だまりの樹』の……」
「様だ」
ラフィーニャはジロリとノッコを睨み上げてきた。
「はい?」
「さんではない。様をつけろデコスケ野郎」
鈴を鳴らしたような綺麗な声で、しかしとんでもないことを口走った。
「はあぁぁぁー……?」
たかだか11歳の少女にここまで尊大な態度をとられるとは思っていなかったノッコは、怒るよりもまず呆然とした。
「えっと……なんだい、ラフィーニャ様って呼べばいいんかい?」
「うむ」
素直に言い換えたノッコの反応に満足したのだろう、ラフィーニャは満足げにうなずいた。
「余はラフィーニャ・ルカ・ドゥールカである。先の魔王ベリフィナ・ルカ・ドゥールカの娘である。つまりそなたの考えも及ばぬほどに偉いのだ。本来ならばこの場で拝跪させ、血の出るほど強く額を地面に擦りつけさせるところだが、道中ゆえ省略してやろう。ありがたく思うがいい」
困惑するノッコの鼻先に、バシバシと意味不明な言葉を投げつけてくる。
「わかったらさっさと案内せえ。余は長旅で疲れたぞ」
勝手にバンに乗り込むと、窓をバンバン叩いて出発するよう促してくる。
「こ……こりゃあまた……変なのが来たもんだことぉ……」
メディ以来の珍奇な人間の訪れに、ノッコは嫌な予感を覚えた。