「元勇者さん、やっぱり天に召されそう」
新年あけましておめでとうございます(*´ω`*)今年もよろしくお願いします。
というわけで更新です。
かつ三章終了で、四章への引きとなります。
順風満帆に見えたメディの目の前に暗雲を垂れこめさせたのは何者なのか?
その正体は、次話で。
~~~タカミチ~~~
その夜を境に、メディは変わった。
今まで同様にミスやとちりはあるし、発作だってなくなったわけではないものの、目に見えて回復が早くなった。
お薬の量も格段に減った。
理由は僕、ということになるのだろう。
僕の体から発せられている特殊な微粒子には、接触あるいは呼吸によって体内に取り込まれることで彼女の神経シナプスに作用し、神経伝達物質セロトニンの濃度を急上昇させ、強い幸福感や超越的満足感をもたらす効果があるようだ。
これは一部の抗うつ・抗不安薬のそれと同様のものであり、顔面の筋肉の弛緩、脳活動の低下、さらには強度の依存といった副作用も伴うが………………うんごめん、はっきり言おう。
愛サレスギテ怖クナリマシタ。
え、何贅沢言ってんだって?
ふざけんな殺すぞって?
わかるよ。
わかるけど、僕にだって言い分はある。
例えば視線を感じて振り返ったら目が合って、にぱっと笑顔で手を振られて。
例えば廊下を歩いてたら物陰に引きずりこまれて、熱烈にハグされて。
例えば周りに人がいる時にちょんちょんと脇腹を突かれて、表情に出ないように頑張っているのをくすくす笑われて──
堰を切ったような好意の嵐の中で、僕は改めて気づかされたんだ。
メディがいかに魅力的な女の子であるかが。
笑顔のまぶしさや慕情の深さが。
それらはしがないアラサー男子には受け止めがたいことだ。
具体的には、もう少し控えてもらわないと幸せすぎて死にそうだ。
さらに言わせてもらうなら、将来への恐れもある。
今のメディは、強度に僕に依存している。
それこそ僕がいなければ夜も明けないような状態だ。
もし何らかの事故に遭い、ふたり離れ離れになってしまったとしたら。
その時彼女はどうなってしまうのだろうか──
「考えてもしかたのないことではあるんだけどさ……」
ある午後、僕は食堂の隅でため息をついていた。
──最近じゃ具合の悪くないところのほうが少ないときてる。だからこそ、ひとりで残すあれのことが気にかかった──
自らの死後のことを考えた上で放たれた功一さんのあの言葉が、耳から離れない。
「そもそもこんなことで悩む年齢でもなし……」
そう考えて割り切ろうとするのだが、そのつど心配の虫が騒ぐ。
茶子さんと違って、メディは異世界から来た人間だから。
こちらに身寄りはなく、無国籍で、鬱まで抱えているから。
計り知れないリスクを思うと、キリキリ胃が痛む。
「おや、こんなところにいらっしゃった」
外から戻って来た功一さんが、日焼けした顔で話しかけてきた。
貸し出し用の濃紺のジャージの上下、首には手ぬぐい頭には麦わら帽子という格好だ。
「お帰りですか。どうでした? 農作業のほうは」
健吾の家での農作業の手伝いに、功一さんは茶子さんとメディと三人で行っていたのだ。
「ええ、芋掘りをして来ましたよ。昨日は渓流釣りで、一昨日は山菜採り。なんとも、田舎暮らしというのは大変なもんですな。だが充実感もある。おおげさなようですが、生きてるという感じですな。日々若返っていく気分ですよ」
コップで水をがぶ飲みして、麦わら帽子で顔を扇いでいる。
全身に暑さと疲労がにじみ出ていて、グレーのスリーピースでビシッと決めてた老紳士の面影はどこにも無いが、どこか清々しさのようなものも漂っている。
「それはよかった」
ほっこりした気分になっていると、メディの悲鳴が聞こえてきた。
なんだと思って声の方を見やると、玄関脇の洗い場で長靴の底に付着した土を落とそうとしていたメディに、茶子さんがホースで水を浴びせかけている。
「や、やめ、やめてくれ茶子殿ぉーっ」
「あっはっは、いいじゃない暑いんだからっ」
逃げ惑うメディを、茶子さんがホース片手に追い回している。
「ずいぶんと仲良くなりましたなあ」
功一さんが目を細めた。
「……ええ、ホントに」
出会い方が出会い方だっただけにどうなることかと思ったふたりだけど、今じゃ従姉妹みたいに仲良くしてる。
「助かっておりますよ。あれは難儀な性格で……メディさんがいなければ、今頃どこかのホテルに滞在してることでしょう。ここでこんな風にしてるのは、言うならば奇跡みたいなものですよ」
「お役にたてているのならよかったです」
「つきましては」
ごほん、と功一さんが咳払いをした。
「……今晩、お話をしようと思ってたんですがね」
打ち明け話でもするみたいに声のトーンを落とした。
「実は、決めようと思っております」
「……というのは、スローライフをするかしないか?」
「ええ。ここに住まわせていただこうかと」
……ん?
「ここに、というのは……」
「上代村に、です。空き家になった家を土地ごと買い取らせてもらって、家は建て直して」
「そ──」
突然のことに、声が掠れた。
「それはその……もしかして……メディがいるから……だったりするんですか?」
おそるおそる訊ねると、功一さんは厳かに首肯した。
「そんな理由で決めるものなのか、とお思いになるかもしれません。土地ではなく人で決めていいのかと。土地は動かないが、人は動くのにと」
僕らが今すぐどこか別の土地へ行く、というのはあり得ない。
だがそう言い切れるのは、あくまで僕らの事情であるからだ。
功一さんにとっては他人の家の事情であり、そこに賭けるのはあまりにも……。
「軽率であるのは百も承知ですよ。だが、それでいいと思ったんです。あれがあんな表情を浮かべて生きていける場所があるなら、万難を排してでもそこに住みたい」
「そこまで……」
過疎化に悩む村の人間として、ありがたい申し出なのはたしかだ。
『陽だまりの樹』としても、山根さん一家以来の成功ケースが出来るのは喜ばしいことだ。
メディにとっても嬉しいことに違いはないはずで──
僕はふたりの方に目をやった。
びしょびしょになったメディの肩を茶子さんが抱いて、お風呂に行こうと誘っている。
他の女性と一緒にお風呂に入ったことのないメディは顔を真っ赤にして拒んでいたが、やがて押し切られたようで、ふたり一緒に歩いて行く。
その姿を見ていたら閃いた。
「……いや、わかりますよ」
突然、すべてのことが腑に落ちた。
「僕らは土地が合わなくて移動して来たんですが、もし人が合えば、残っていたかもしれない」
東京にいた頃は、僕らは僕らだけで生活していた。
僕の行動範囲は家と会社とスーパーぐらいで、メディに関しては家のみだった。
「メディに茶子さんみたいな友達がいれば……そう思ったことが何度もあります。そうしたら、僕がいない間も寂しくないだろうにって。もし僕がいなくなったとしても、なんとか生きていけるだろうにって」
もちろん、自分はひとりでだって生きていけるという人もいるだろう。
だがメディはそういうタイプではない。
人の輪の中にいなければたぶん、寂しくて死んでしまう。
ならば僕がすべきことは、何をおいてもまずメディの住みやすい人間関係作りなのだ。
そしてそれは、功一さんの悩みとも同質のものであり……。
「わかっていただけますか」
「ええ、大いに」
勢いこんで答えた。
「歓迎しますよ。是非お越しください」
「ありがとうございます。建て直しが済み次第すぐにでも」
僕らはバチリと視線を合わせ、うなずき合った。
ガッシと力強い握手を交わし合った。
メディと茶子さんのふたりが一本の線で繋がったように、僕らもまた繋がった。
──以上が、僕とメディが移住した月の最後に起きた事件の顛末だ。
これをきっかけに、メディを取り巻く環境は大いに変わった。
仕事の大成功によって彼女の評価はぐんぐんと上がり、村の人が友好的に接してくれるようになった。
東京へ戻ってからも茶子さんが頻繁に連絡をくれるようになり、メディにひとつ楽しみが増えた。
病のほうも改善方向へ向かい、このままいけば遠からず断薬出来るようになるのではないかとすら思われた。
──しかしその矢先に、さらなる事件が起きた。
『陽だまりの樹』に宅配便が届いたのだ。
僕宛てではなく、メディ宛てに。