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くっころ女騎士さんが鬱で死にそう。  作者: 呑竜
「第三章:女騎士さんジャス〇行こうよ」
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「元勇者は天に召されそう」

いつもお読みいただきありがとうございます。

 ~~~タカミチ~~~




 布団の中で目が覚めた。

 けれど起きるにはまだ早い時刻で、僕らはふたり裸のまま、しとしと降り注ぐ初夏の優しい雨音に耳を澄ませていた。


天恵雨てんけいうだよ。もっとも、この辺だけの呼び方だけどね、この時期に降る雨は作物にとっては天の恵みだから、そう呼ぶんだ」


「ほう……そうなのか」


 メディはぎゅっと、僕の腕に抱きついてきた。

 興味深げな言葉とは裏腹に、目は全然窓の外を見ていなかった。


「……あまり、天気のことには興味ないかい?」


「いいや、あるさ。あるけど今は……タカミチの顔を見ていたかったんだ。この地の雨のことを語る、タカミチの顔が」  


 破瓜はかの痛みと恐怖を乗り越えた彼女は、憑き物でも落ちたみたいに晴れやかな顔をしている。

 そのせいだろう僕を見る目はとろけんばかりであり、スキンシップはより熱烈なものになっている。今も布団の下では僕の片足にメディの両足が絡みついていて……正直ヤバい。


「ん? どうした? そんな顔して」


 腕には豊満な胸の感触、足にはむっちりした太股の感触。

 鼻腔をくすぐるのは乾いた汗と香水が入り交じった濃厚な香り。

 とどめとばかりに甘い言葉まで囁かれ、僕は急速にたかぶってしまった。


「くっ……」


 ならばもう一戦致そうか、とはいかない。

 さすがにそれはがっつきすぎというものだろうし、アラサー男子としての見栄もある。


「メディメディ、悪いんだけど、ちょっと離れてくれないか?」

  

 空いた手でトントンとメディの肩を叩いた。


「え、なぜだ?」


「いや、なぜというか……」


「何かわたしがくっついていてはまずい事情でもあるのか?」


 と言いつつ逆に力を強めてくるメディ。


「君……わかってやってるだろ?」


「え? なんのことだ? なあタカミチ、わたしがタカミチにこうしてくっついていることの、いったい何がどうまずいんだ?」


 ニヤニヤ笑いを浮かべるメディは、たぶん男子特有の事情を察している。

 その上で僕をもてあそびたいのだろう。


 昨日の今日でこれ(・ ・)だとすると、このコはこの先いったいどんな風に育ってしまうのか……。

 色々な意味で、僕は将来に不安を覚えた。


「ああもう……いいから離れなさいっ」


 とにかく止めなければと思ってデコピンすると、メディは「えへへっ」と子供みたいに無邪気な照れ笑いを浮かべた。





 僕が落ち着くのを待って、メディは話しかけてきた。


「なあタカミチ。起きるにはまだ早いし、もっと話をしてくれないか? わたしの聞いたことのない、タカミチの今までを」


「僕の? 言っとくけど普通だよ? エルズミアに行くまでの僕の生活なんて、それこそなんの変哲もない……」


「なんでもいいんだ。ホントに、なんでも」


「じゃあ……」


 請われるがままに、僕は自分のことを話した。

   

 小さかった頃のこと。

 家や近所のこと、畑のこと。

 吹いた風のこと、降った雨のこと。

 ノッコやキッコ、健吾や亮太と遊んだ思い出。

 ゴーイングマイウェイなキョウカ姉さんに振り回され続けた思い出。

 小中高に大学、初めての勤め先の話。

 亡くなった両親のこと。


 いたって普通で、どこまでも平坦な。

 面白くもなんともないだろう話を、メディは最後まで聞いてくれた。

 時にうなずき、時に笑い、時に目を細めて。


 ──ああ、そうか。


 ようやく気がついた。

 こんな他愛ないことすらも、僕は話していなかったんだ。 

 だからこそメディは、僕との間に距離を感じていたんだ。

 

 もちろん僕だって、ただ意味もなく話さなかったわけじゃない。

 ひとりでこっちの世界にやって来たメディに、疎外感を与えたくなかったんだ。

 だけど結果的には……。


「……僕は、バカだな」

「そんなことない」


 情けなさに歯がみする僕の肩に、メディが額をくっつけてきた。


「タカミチの優しさに、わたしがどれだけ救われてきたことか……」


 そのままぐりぐりと擦るようにしてきた。


「でも、もし悪いと思うのなら……」


 顔を上げ、まっすぐに僕の目を覗き込んできた。


「これからもタカミチのことを聞かせてくれ」


 パティのそれと並んでエルズミアの双玉と称されるエメラルド色の瞳に、情けない僕の顔が映っている。

 

「いいけど、そんなに面白い話は出来ないよ?」


「言っただろう? なんでもいいんだ。タカミチのことだったら、わたしはなんでも面白いんだ。知れるというだけで嬉しいんだ」


「……っ」


 どこまでもまっすぐなメディの瞳が美しすぎて見ていられなくなって、僕は顔をそむけようとした。


 だけどメディは許してくれなかった。

 僕の顔を両手で挟み、至近距離から喋りかけてきた。


「知って、知って、全部知って。そうしたら今度はわたしのことも知ってもらいたいんだ。わたしの全部を。それが終わったらまたタカミチのことを知るんだ。それを互いに延々と繰り返していくんだ。そうしたらきっと、もっとすごいことになるぞ? 今でさえ体全体がぽかぽかして、ふわふわ浮くような感じがするのに、それがもっと進んだら……なあ、どうしよう?」


「うん……どうしようね」


「幸せすぎてけしからんって、天に召されてしまうかも?」


「それは……大変だね」


 君より先に僕が召されるよ、とはさすがに言えず……。


 僕はひたすら耐えた。

 メディの放つ好意の連打を、真っ向から受け止め続けた。

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