「女騎士さんジャス〇行こうよ」
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~~~茶子~~~
上代の空は青く青く澄んでいた。
森林を抜けてきた風は涼しく、森の香りを含んで香しかった。
小川を流れる水が清く目に沁み、鳥のさえずりが耳に心地よいリズムを送り届けてきた。
いい土地だと思う。
ムカつくほどの、いわゆるいい土地だ、と。
「嫌いなのよね。田舎も、田舎者も」
都会生まれ都会育ちの茶子には、田舎への郷愁などない。
文明のない土地をありがたがり、不便を承知で移住しようとする者の気持ちなどなお知れない。
にも関わらず旦那が──功一が田舎暮らしを押しつけようとするものだから、ふたりは来るたびケンカしていた。
「じゃあね、とりあえずは来たからいいでしょ? あんたはここで好きにしたらいい。あたしはあたしで好きにするから」
功一に言い捨てると、茶子はさっさと母屋を出た。
後ろで叱責するような声が聞こえたが、無視した。
「……とは言え、三回目ともなるとさすがに困るわね」
全部で一週間の予定だが、一回目の時は三日でリタイアして県庁所在地の駅近くのホテルで過ごした。
二回目の時は二日目まで頑張ったがやはりダメで、日本海側のリゾートホテルで過ごした。
三回目はもう、一日たりとも頑張る気はない。
しかし行き先がなかなか思いつかない。
「都市部は行ったし海も行った。だったら山で温泉? ううん……それもねえ……。山って虫とかいるし……」
ぶつぶつとつぶやいていると、視界の隅を金色の物体が横切った。
「……え?」
思わず目で追うと、その正体は髪の毛だ。
まばゆいほどの金髪をポニーテールに結った外国人が横切ったのだ。
『陽だまりの樹』の藍染め半纏を羽織っているところを見ると、この宿の従業員なのだろう。
以前に来た時は見かけなかったから、おそらくは新人。
しかし──
それにしても──
なんと美しいのだろう、と茶子は内心驚嘆していた。
肌の白さは抜けるようだし、瞳はエメラルドのような輝きを放っている。
顔の造りも実に見事だ。
神話に出てくる妖精が現実のものとなったような、神秘的な感覚すらある。
「ちょっとあんた……」
気づいた時には声をかけていた。
離れへと移動していたその女を──メディを呼び止めていた。
「あわわわわ……どどどどうしてこんなことに……」
茶子の運転するバンの助手席で、メディは真っ青になっている。
「まったく、田舎暮らしのくせに運転免許もないとか、どういうことなのよ」
「すすすすまない、いずれ取ろうとは思うのだが、色々と問題があって……」
「珍しいとこに外国人がいたもんだから、きっと面白いことを知ってるんじゃないかって声かけたら何も知らないしさあ」
「むむむ無知ですまない……」
「もういいわ。ほら、さっさとお茶に行くわよ。そうね、ショッピングセンターがいいわ。小さなのじゃなく、大きいの。あるでしょ? 田舎特有の郊外型の。さすがにそれぐらいならわかるでしょ? 宿の従業員だったらその程度は基本情報でしょ?」
「ももも申し訳ない。その……山向こうにジャス〇というのがあるとしか知らなくて……」
「使えなっ」
茶子は思わず天を仰いだ。
「この車はこの車で今どきナビもついてないし、従業員はポンコツだし、なんなのホントにもうっ」
「すすすすまないっ。今すぐ戻って、タカミチに代わりを頼むからっ」
「……戻るぅ? あそこにぃ?」
メディの提案に、しかし茶子は低く唸った。
またぞろ功一と顔を合わせるのはごめんだ。
「もういいわ、このまま行くわよ。どうせ田舎の道なんて単純でしょ? 駅前の大きな道を左右どっちかに行けば、そのうち看板なりなんなりが見えてくるでしょ?」
「ま、まあ……そうかもしれないが……」
メディは不思議そうな顔をした。
「そこまでしてお茶をしに行かなければならないものなのか? 宿でも一応お茶や紅茶、コーヒーぐらいなら出せるのだが……」
「そういうのじゃないの! あたしはちゃんと豆から挽いたコーヒーが飲みたいのよっ!」
「すすすすまないっ!?」
茶子の剣幕に、メディはびびって身を硬くした。
「それとあれよ、ヘアアイロンも欲しいのよ。いつも使ってるのを忘れちゃったのから」
髪の毛先をいじくりながら茶子。
この先どこへ逗留するにしても、それだけは必須だ。
「へああいろん……」
「……わからないって顔ね。そりゃあんたは素直な髪質でいいでしょうけどねえ、あたしは癖っ毛だから大変なのよ。グラマー製のじゃないとぐちゃぐちゃになるんだから……とか言ってたらだんだんムカついて来たっ」
「痛い痛い痛いっ。わかった、わかったから髪を引っ張らないでくれえっ」
「ああもう、何よこの金髪っ、キラキラしてて金細工みたいじゃないっ。肌もつやつやでもちっとしてて若々しくてっ。なんだかもう全部が妬ましいわっ。このっ、このこのっ」
「ひぃ……っ? そ、そんなところに手を突っ込んだら……ひゃうぅぅんっ?」
「変な声出すんじゃないわよっ、おかしな気分になってくるでしょっ? あたし別に、そっちの気はないんだからねっ?」
「わわわたしだって……っくぅぅぅんっ?」
大騒ぎするふたりを乗せたバンは、しかし順調に走った。
茶子の言ったように駅前の国道にはジャス〇への方角と距離が書かれた看板がいくつも設置されており、迷うことなく到着した。
「ふう……やっと着いた……というかおかしくないっ? 『この先三十キロ右折』とか明らかにおかしいでしょ。田舎者の距離感覚っていったいどうなってんのよっ」
駐車場にバンを停めると、茶子は荒々しくドアを閉めた。
「ほ……ホントに犯されるかと思った……」
ふらふらしながらメディも降りて──そしてカチンと硬直した。
「まったく人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ。あんなのただのコミュニケーションでしょコミュニケーション。そりゃあちょっと悪ノリしたのは認めるけど……って、どうしたのよあんた。顔色悪いわよ?」
「あわ……あわわわわ……」
メディは青くなった。
その目に映るのはジャス〇だ。
ジャス〇はジャス〇社が運営するスーパーブランド。
衣料に雑貨に家具に家電に食品、レストランにアトラクションとなんでもござれのショッピングセンターだ。
その規模は田舎に行くにつれて大型していく傾向があり、中でも上代周辺にあるその店舗は東北屈指のサイズを誇る。
利用客も多く、隣県から二時間以上かけて訪れる者までいるほどだ。
単位面積辺りの密度は都会のそれとは比べ物にならないが、ここひと月ほどの上代暮らしで人ごみへの免疫が薄れていたメディにとってはキツいものがあり……。
「その……茶子殿……ままま誠に申し訳ないのだが、わたしだけ車で待っているというのは……」
「はあ? ダメに決まってんでしょ。ほら来なさい、道案内は出来なくても荷物持ちぐらいはしなさいよ」
茶子はメディの手を強引に引っ張り、店内へと連れ込んだ。