「女騎士さん、やっぱりハイ〇ースされる」
~~~タカミチ~~~
その月の最後の客は、明らかに異質だった。
七十前後と思われる白髪の老紳士は、初夏だというのにグレーのスリーピースをビシッと着こなして、なおも涼しい顔をしている。
三十後半の野性味のある美女は、雌豹のようにしなやかな肉体にベージュのパンツを穿き、真っ赤なニットビスチェを身に着けている。
明らかに年齢差のあるふたりの間には、一種独特な冷たい空気が漂っている。
「なんだかサスペンスな匂いのするふたりだなあ……」
俺のつぶやきに、ノッコとキッコは口々に同意した。
「あああー、あれは有名なふたりだものー」
「これで三度目なんだけど、いつもまったく楽しそうじゃないし、ケンカばっかりしてるんだよね」
男性の方は榊功一、かつては大手キー局の取締役まで務めた人で、唸るほどの個人資産があるのだとか。
女性の方は榊茶子、若い頃はそこそこ有名なジャズシンガーだったのを、功一さんが金の力にものを言わせて買い取ったのだとか。
「ま、どこまでホントかはわかんねえけどな」
「見るからに不安を煽る夫婦ではあるよね」
とても田舎暮らしなんかしそうには見えないふたりだなと思って眺めていると……。
「タカミチ、タカミチ」
メディが食堂のほうからやって来た。
「食器をすべて洗い終わったぞ。しかも今日は一枚も皿を割らなかった」
「おお、偉いぞメディ。よく出来ましたっ」
ニコニコ笑顔のメディを褒めてやろうと頭に手を伸ばしたが、さっと横に避けられた。
おやと思って振り向くと、メディが壁に手をついてふるふると頭を振っている。
避けたのではなくふらついただけらしいが……。
「どうしたメディ? 具合でも悪いのか?」
心配して顔を覗き込むと、わずかに青白い。
「大丈夫だ。ただちょっと……眠たいだけで……」
はふう、とあくびなどしているところを見ると、単純に寝不足なのだろう。
昨夜は遅くまでお楽しみでしたね……なんてことはなく、普通の時間に就寝したはずだけど……。
「環境の変化もあるし、疲れてるんだろう。いいから休んで来な」
「でもタカミチ……」
「いいからいいから。なあメディ、体を休めるのも仕事の内だぞ? 無理しすぎて倒れられるほうが大変なんだから」
「そう言われると……」
後ろめたい部分があるのだろうメディは、大人しく引き下がった。
「それではお言葉に甘えるとしよう」と言い残し、離れの方へ歩いて行った。
「んー……ちょっとずるい言い方だったかな? でもあれぐらい言わないと、メディはどこまでも無理しちゃうしなあ……」
「なぁんかさ、思うんだども……」
ノッコがぽつりと、つぶやくように言った。
「ちょっとさ、上手くいきすぎてるんでねえべか?」
「……上手くいきすぎてる?」
どういうことだと目顔で訊ねると、ノッコはなぜか口を尖らせている。
「あんましこういうこと言うと、変に思われるかもしんねえがら言いたくなかったんだども……」
いつだってストレートなノッコにしては珍しく、前置きをした上で話し出す。
「メディさんは心の病を持ってるんだべ? タカ兄ぃがわざわざ職も都会も捨てなきゃなんねえほどの。それがたった一か月やそこらで治るもんだべか?」
「いや、まだ治っては……」
「でもかなり、いい風に見えるねが」
「いい風に見える?」
不意を打って放たれたその言葉に、俺は背筋をぞくりとさせた。
「噛み噛みながらもきちんと接客して、しでかしながらもそれなりにこなして、お客からの人気もあって。ああ、これならいけるなと思ったべ。タカ兄ぃも、あたしらも。でも……なあ? ホントにそんな簡単なもんなんかい?」
「それは……」
どっと冷や汗が噴き出た。
答えはノーだ。
鬱ってのはそんなに簡単に治る病気じゃない。
「……ちょっと、メディの様子を見てくる」
離れのほうへ行こうとした瞬間、ドルルンッという車のエンジン音が聞こえてきた。
「あれ? 今のって……」
「……うちのバンでねえが?」
「え? なんで? 誰が運転してるの? というか鍵は?」
「いや……かけっぱなしだども……」
「いやいや、なんでよ」
「そもそもかけたことなんかねえし……」
「いやいやいや、おかしいでしょっ」
慌てて外に出たが、その時にはすでにバンは敷地内を出ていくところだった。
「え……っ?」
「げ……っ?」
「ウソ……ッ?」
三人、絶句した。
一瞬だけ見えたけど、運転席には茶子さん。
そして助手席にはあろうことか、メディが座っていたのだ──