プロローグ
じわ、じわ、じわ、蝉の音が聞こえる。うるせえなぁとぼやきながら、蜂蜜男は棒アイスを齧った。
「たった1週間の命なんだし、許してあげてよ」
「1週間!はは。そうか、もうすぐ死ぬのか、こいつら。」
彼の無知には驚かされる。本当に知らないんだ。蝉の寿命すら。
知らないことを知るのは嬉しいよね。知識が増えるのは楽しいよね。
蜂蜜男は、本当に幸せ、って顔で笑う。贋作じゃない。愛おしくすら思える、その笑顔。
ほんの少しの間、瞬き3回分の時間だけ見られる表情……。
「ザマアミロ」
ふとすると、そこに笑顔はない。いつのまにか3度も瞬いていたらしい。
「蝉に言ったの?」
「そうだ」
冷めた視線の先には、蝉の死骸。この虫ケラに邪魔されたのか、私の幸せな時は。
「蜂蜜男さん、今日はもうお別れにしよう」
「お前が勝手にとなりにいたんだろう」
「本当は、一生添い遂げるつもりでとなりにいたのだけど」
「……」
目をつぶって、そんなにお天道様が明るいかしら。それとも照れているのかしら?
それも違うなら、私が嫌いなのかしら。もしそうなら、言わなくていいよ。言われない限りは、そばに居れるもの。
結局なにも言わないまま、蜂蜜男は溶けていなくなってしまった。
1人でベンチに座りたくない。惨めだから。彼がいなくなってすぐ、私も席を立つ。お灸を据えねばならない。
もう6時なのに、太陽はまだ沈む気配を見せない。蝉の鳴き声も、あと1週間は止みそうもない。
この音が、彼を笑わせてくれた。笑みがこぼれる。
残されたアイスの棒は、私のものだよね。
もう鳴かない蝉を5,6回踏みつけて、私も家路についた。
もう6時なのに、太陽はまだ沈まない。蝉も鳴いている。
蜂蜜男。私の憧れの……
「ピケッタ・スリフさんですか」
「え」
スーツの男が私の名前を呼ぶ。連ねて言うには、私を逮捕するらしい。
逃げ場はないらしい。数十人で私を囲っているらしい。
異世界人召喚の疑いって、なに、それ。
太陽は沈まない。蝉が鳴く。蜂蜜男も泣いてくれる?