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ヘキサグラム エクスチェンジ  作者: ktrb(かたりべ)
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ヘキサグラム エクスチェンジ 01 皇換者ーエクスチェンジャー Ⅴ

まず始めにこのページを開いてくれた皆様、ありがとうございます。

よろしければ読んでやってください。


前回から引き続き、天霧さん家の朝食をお楽しみ下さい。


それでは、また後書きでお会い出来ますように。お楽しみ下さい。

07 敷島双一朗(しきしまそういちろう)の仮面

20250206



「...うまい。」


我知らず呟く。

天霧(あまぎり)が運んできたピザトーストにかぶりつく。昨夜から何も口に入れていないことを差し引いても、かなりのものだ。


しっかり焦げ目のついた多めのチーズの下には、食感を残した粗めのタマネギにピーマン。さらにアクセントとして加えられたチョリソーがほのかな辛味を主張して、もう一口と後を引かせる。


「それは良かったです。有り合わせで作ったんですけど、上手くいったみたいで安心しました。」


どこかいたずらっぽい笑みを天霧は浮かべる。


となりに座っているへパイストスも目を丸くしながら、時折うなずいてはトーストを黙々と口に運んでいく。


「キタロー君はどう?美味しいかい?おかわりも一応二枚分用意しているけど。」


そう言って、天霧はへパイストスに視線を向ける。


「味の的確な表現は上手く出来ない。だが、とても旨い。普段パンを食べる時は何もつけないから。こんなに旨くなるものなんだな。」


「そうかいそうかい。お姉さんも頑張った甲斐があったよ。おかわり欲しくなったら、いつでも言ってね。」


そんな、祖母が孫にかけるような台詞を吐いて、天霧は横にいるリーリア・グラツカヤの頭を撫でる。


「このトースト作るのにこの娘も手伝ってくれたんですよ。別に能力があろうがなかろうが、そういうところは普通の女の子と変わらない。...ってアンタ、もう食べちゃったの?この場で誰よりも速いじゃない。こりゃおかわり追加かな?」


「ならば俺もいただいてもいいだろうか?」


顔色一つ変えずに、しれっとへパイストスが口を挟む。


「ハイハイ、りょーかいりょーかい。特佐はどうします?新しく作ればどうにか出来ますけど。」


流石にそれはメンツが立たない。


「いえ、私は一枚で十分です。お気になさらず。」


「はい。それじゃあ、とってきちゃいますね。少年少女たち、待ってなさい。」


そう残して天霧はキッチンへと向かっていった。


トーストと一緒に出されたアイスコーヒーで喉を潤す。と同時に今の自分の姿を省みる。


確保すべきエクスチェンジャーを含んだ二人の異能者(エスクチェンジャー)に囲まれて、呑気にコーヒーを啜っているこの状況。


想定していたものと大きく乖離した現状。まずい、あちらのペースに飲まれている。ここでしくじる訳にはいかない。


「お待たせしましたっと。さぁ、たんとお食べなさい!」


キッチンから戻ってきた天霧が姿を見せる。


「あぁ、ところでキタロー君。キミの名前はなんて言うの?いつまでもキタロー君じゃ、さすがに失礼だから。」


へパイストスの皿にトーストを乗せながら、天霧は含みを持たせずにまっすぐに問う。


「...へパイストスだ。」


「ヘパ...うん、長いし。そういうんじゃなくて、キミのコードじゃないホントの名前。見た感じ日本人だし、それっぽい名前。」


二枚目のピザトーストを中央で二分割する手を止めずに、淡々とへパイストスは答える。


東雲(しののめ)...東雲シュウという名前らしい。」


「らしいって、他人事みたいに。」


天霧が呆れた声を出す。


「実際、へパイストスには他人事としかとれないんです。ステージ2に目覚めた段階で、彼はそれ以前の記憶を全て失っていた。戸籍自体は残っていましたが、それだけです。中には記憶を保持したままステージ2に覚醒する個体もいるようですが、へパイストスはそうではなかった。」


「そう。そっか...それはとても寂しいことね。」


ここにきて初めて天霧はその声色を曇らせた。


「ねぇ、シュウってどんな漢字で書くの?あつめるヤツ?それともワシ?」


「金に寿だ。」


「金に寿...なんか、お金がいっぱい貯まりそうね。そうか、(しゅう)。シュウ君か。うん、やっぱへパイストスより断然こっちの方がしっくりくるわ。よろしくねシュウ君。」


天霧は満足そうな顔をして、声の調子を元に戻した。


「好きに呼んでくれて構わない。俺の指揮権は近いうちにアナタに移る。」


危うく口に含んだコーヒーを吹き出しかける。


「へパイストス!それを伝えるのはまだ...」


口をモムモムさせながら平然とへパイストスは言葉を繋げる。


「何故だ、特佐。どうせ遅かれ早かれ、詳細な部隊構想が貴方の口から説明されるはずだ。下手にもったいぶるより、この機会に説明してしまった方が効率的だ。」


「それを判断するのは貴様ではなく、私だ。」


「そうか。すまない。...ご馳走さまでした。」


最後の一口を飲み込み終えたへパイストスが両手を合わせる。


...駄目だ。ようやく然るべき栄養を取り入れたはずの胃が、キリキリと痛んできた。


「はい。お粗末様でした。んで、えーと私の指揮権がなんだって?」


同じく二枚目を完食していたリーリア・グラツカヤの口元をナプキンで拭きながら、天霧が言葉を返す。


こうなったら、もう収集はつくまい。事前に立てていた計画も打算も全て棄てて全部ぶちまける。ままよ。


「詳細は伏せておくつもりでしたが、致し方がありません。端的にご説明します。」


当たり障りのない文官としての仮面を外す。


天霧暁良(あまぎりあきら) 貴官には戦闘訓練を施されたステージ2のエクスチェンジャーから成る実験部隊の隊長(ケースオフィサー)として、超法規的作戦行動の指揮、及び隊員の教練指導の任についてもらう。尚、この情報は国家間機密事項にあたり、いかなる状況に於いても秘匿とされる。」


一息で淀みなく、一言一句違えずに言葉を紡ぐ。

数瞬の空白の後、


「まいったね、こりゃ。」


苦虫を噛み潰した顔と声色で、天霧暁良が反応を示す。

無理もないだろう。


こんな馬鹿げた部隊の新設、ましてや運用など。


「多少は予想してましたが、想定の斜め上でした。まさか、エクスチェンジャーで構成される部隊なんて...推察するにその部隊員の一人目がそこにいる東雲シュウ君だということでよろしいでしょうか?」


ミシリ...と何かが軋む音がした。


「貴官の推察通りだ。ここにいる東雲鋳は、エクスチェンジャーのステージ2 コード へパイストス。有する異能は磁力操作。その対価は...」


「そういうことを聞いているんじゃない!!!!」


空間そのものがその言葉の圧に激震する。


「そんなもん、あの事件以降に現れた腐れ戦争屋どもの発想と何にも変わらない!特佐、貴方はまだ成人もしていない彼等を前線に、飛び交う銃弾の前に立たせて、必要になったら人を殺せとそう言っている!貴方は高官達を破廉恥だとおっしゃったが、それは貴方も同類だ!!確かに彼等には異能が備わっている。だけど、それだけを見て一つの戦闘装置としてしか見ていない貴方達はみんなまとめてクソッタレだ!!!」


肩を震わせ、天霧暁良は吼える。この実験調査特区が誕生してからのあらゆる不義や不徳不実その全てに、断じて否とその牙を剥き出しにした。


「貴官の怒りはもっともだ。だが、その怒りを持ちえた貴官だからこそ、エクスチェンジャーを一つの命として、この世界に生きる無辜の民を守る剣として導く資格があるんだ!彼等エクスチェンジャーを兵士としてではなく、守り手として成長させることが出来るのは貴方だけなんだ!天霧暁良!」


彼女の真摯な怒りに触れ、私自身の仮面もひび割れていく。この世界を守らんと飛び込んだ汚泥の中で、徐々にこの身に固まり堆積し形を成していった全ての不実。その全てをかなぐり捨て、生の感情が口から溢れる。


「現在、ロシア アメリカ 中国を初めとした大国本土で特区設立から甘い汁を啜り続けていた要人 高官達が次々と暗殺されている。その手口は銃器や毒殺もあるが、それ以上にエクスチェンジャーの異能と思われる痕跡がメッセージのように残されている。まるで世界に自分達の存在を刻み付ける様に。」


普段出し慣れていなかった言葉の熱のせいか、喉がはりつき口中がカラカラになっていくが、構わず続ける。


「正直、俺だってあんな家畜染みた妖怪どもの生き死になど、どうだって構わないさ!だが、もしもその犯行を重ねるエクスチェンジャー達がテロリズムに訴え始めたら、この世界の様相は一変する!ステージ2に至った連中なら尚更だ。通常の軍、警察では対処のしようが無いんだ。だからこそ、その抑止力としてこの部隊の新設の認可が下りた!ここで事前に策を講じておかなければ、いざ襲撃があった場合の人的被害は計り知れなくなる。」


ここで全部吐き出してしまえ。今までの後悔も義憤も失われた友誼も全て。

足を踏ん張り、丹田に力を込める。みっともなかろうが破廉恥だろうが知ったことか!


「改めてお願いしたい。天霧暁良。我々、独立治安維持部隊 ヘキサフォースに協力してはもらえないだろうか?!」


...あぁ、やってしまった。だが、これでいいんだ。小手先のロジックや方法論では彼女を動かすことはきっと出来ない。


もうなるようになってしまえ、と白熱した頭で考えをまとめ、彼女の視線に向き直る。


天霧の鳶色の瞳に見据えられた数瞬の後、出し抜けに彼女は大きく息を吐き出した。


「フー。すいません敷島特佐。感情そのままに大きな声を出してしまって...子供達の前でみっともない。」


「いえ、私も同様ですから、お互い様です。」


自然と口元に笑みが浮かぶ。あぁ、この解放感は実に心地がいい。


「んっ?敷島特佐...今、笑いました?見た?シュウ君!?」


「俺の方でも確認した。特佐が笑っているのは初めて見た。」


もういい。もう疲れた。今更、仮面を被り直すのは不可能だ。


「余計なことは言わんでいい。鋳。」


へパイストス...いや、鋳が目を丸くして俺の顔を見つめてくる。そうか、お前も驚いたりするんだな。そんなことさえ見えなくなるとは...


「...そうか。へパイストスではなく鋳と呼ばれるのも存外悪くないな。」


その一言であれだけ張り詰めていた空気が、ゆったりと流れ始める。


「敷島特佐ってタバコ吸いますか?よければ御一緒しません?今の話のお返事もそこで...」


そうきたか...顔に再び現れた苦笑をこらえて、


「そうですね。しばらく禁煙していたんですが、今なら旨い煙が吸えそうです。御一緒しますよ。」


「奇遇ですね、私もです。」


そう言って彼女も苦笑を返す。


キッチンに向かう彼女の後を追う私の足取りはいつになく軽く、踏み出す度に活力が充ちていくのが感じられた。




20250206

09:45



「...あらら、なんか丸く収まっちゃったみたいね。」


壁一面複数のディスプレイに包まれ、月光に照らされたような蒼一色の部屋の主は涼やかな声を響かせる。


「...あの人の言ってた通りだ。聞いてたー?陽兄(ように)ぃ。遊び相手の能力はね...」


後ろでふんすふんすと腕立て伏せに励んでいた影がゆらりと立ち上がり、続く言葉を遮る。


「あーあーあー!言わんでよろしい、マイシスター!!そんなん聞いたら面白さ半減でしょ!せっかくここまでお膳立てしたんだから、全部まるっと美味しくいただかないとウソでしょう?!」


ひどく明るい、否、バカ丸出しの声が、一切空調をつけていない部屋に熱をともす。


「なに言ってんのさ?お膳立てしたのは全部私じゃん?!陽兄ぃはロシアからの積み荷ブンどって、テキトーなチンピラの溜まり場に荷物置いてきただけだし。もしかしたらリーリアちゃんの貞操も危なかったっていうのに。」


「それはダイジョブだったのです。連中のボスを目の前でタコ殴りにして、ちょっと適当な机燃やしたら、みんな手ぇ出さないって首ブンブンヘドバンしてくれましたよ。ホルモンも真っ青です。」


「ナニ?ホルモン...?まぁいっか。んで、何時(いつ)から始める?多分全部アドリブでもどうにでもなるけど...」


「んー、とりあえず向こうさんがしっかり落ち着いた頃でいいんじゃない?それにこう、アレだ。真っ昼間からっていうのも雰囲気っていうか...そう、ムードが大切なんです!」


「そっ。私的にはどうでもいいし、好きにしていいよ。にしたって、あんまり近付いてこないでよ。ただでさえ陽兄ぃあっついんだから!」


「おぉ、こりゃ失敬。親しき仲にも礼儀が必要ですもんね!だもんね!」


「ハイハイそうですねー。じゃあ、とりあえず服着よっか。あぁ、その前に汗臭いからお風呂入ってきて...」


「了解したんだぜ!魅月(みつき)ちゃん!!」


パチンパチンとパンツのサイドを引っ張りながら、男はシャワーに向かっていく。


「うーん。アレで私の兄貴っていうのは...二卵性とはいえ、こうも違うモノなのかしら。」


そう呟いた少女は、口に残っていたロリポップを噛み砕きながらゴーグル型のディスプレイを掛け直す。


「さてさて、もう少し潜っときますかね。」


そう残して、少女は自身の機能を変革させるための祝詞を紡いだ。


「[励起(ドライヴ)]」






斯くして第一幕の役者は揃い、その幕は上がっていく。何を犠牲とし、何を掴むのか。


未だ何も語らぬ彼女(セイレーン)の歌は誰にも届かず闇の中へと融けていく。


彼女の歌が響く時、世界のテクスチャーは暴かれひび割れる。


ただその時を待ちながら、たゆたう水面にこの身を預ける。


まずはここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。お疲れ様でした。


というわけで、ようやく一章の導入部を書ききれました。ここから、物語が本格的に動き始めます。


ようやく異能力バトルらしい展開になっていきますので、よろしければお付き合いください。


それではまた次回お会い出来ますように。

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