ヘキサグラム エクスチェンジ 01 皇換者ーエクスチェンジャー Ⅳ
まず始めにこのページを開いて頂いてありがとうございます。
さてさて、ようやく話の核となる三人の主人公たちが邂逅しました。ここからようやく異能力バトルものとして、話が展開していきます。
よろしければ読んでやってください。
それではまた後書きでお会いできますように。
05 敷島双一朗のお宅訪問
20250206
さて、被検体RS-102がラボから失踪して8時間。情報班と技術班を不眠不休で総動員し、未完成だったシギントを無理矢理稼働させて足取りを掴んだ終着点がまさか此処とは...悪い冗談だ。
とは言っても、二の足を踏んでいる状況でもないし、天霧暁良に関しての報告書を見るに、十中八九被検体を保護していると考えて間違いない。
万が一の事態も加味して保険も用意してある。
何処までの情報開示を行うべきか、その線引きを考えあぐねている内に、玄関口のインターフォンから反応があった。
「はーい、どちら様ですか?」
こちらを警戒しているのか、していないのか。いや、この状況からして無防備であれば、彼女に白羽の矢が立つことはありえない。
私の後方で身じろぎ一つせず待機している"保険"に目を向ける。
「早朝にお訪ねしてしまい申し訳ありません。私、国連直轄独立治安維持部隊 ヘキサフォース 情報部所属 特務少佐の敷島双一朗と申します。」
一瞬の空白の後、
「お寒い中、御足労いただきましてありがとうございます。只今、お伺いします。」
やや間を置いて、扉が開けられる。
「申し訳ありません。このような格好で。」
扉から現れた、天霧暁良はTシャツにジーンズという出で立ちだった。
「申し遅れました。特区治安維持局 第一機動部隊 隊長 天霧暁良です。着任は明日0900という話でしたが、本日はどの様なご用件で?」
玄関前で腹芸をしていても埒が空かない。本題に切り込む。
「今朝がた、この隊員寮に失踪中のE被検体ステージ1の少女の姿を確認し、その確保に参りました。身柄の確認をさせて頂きたい。」
天霧は一瞬眉をひそめ、露骨に顔をしかめた後、口を開く。
「了解しました。...がその前に、後ろのキミ、その袖口の物騒なモノをしまった方がいいと思うけど。」
彼女の目が細まった刹那、背筋に悪寒が走り、肌が粟立つ。身じろぎ一つ許されぬ程の絶望的なプレッシャーが玄関口に満ちて......毛穴が無理矢理押し広げられ、その一つ一つに殺気の針がねじ込まれて、息が詰まる。
―――――――――――――――――殺される
ただの特安局員でないことは百も承知だが、それでもこの女は異常に過ぎる。
そんな中、私の背後で待機していた"保険"が口を開いた。
「それはお互い様だ。お姉さん。あなたこそ、その殺気とポケットの中の暗器はしまった方が、今後の話がスムーズになると思うが。」
「そうね、ゴメンゴメン。てっきりロシアのマフィア連中辺りが彼女を取り返しにきたのかと思っちゃって。ついつい、殺る気スイッチが...というか、キミ、今朝の自販機のキタロー君じゃない!」
あれだけ重苦しくなっていた空間の圧が一気に霧散する。
なぜ平然とあれだけの殺気を放っていた人間が、次の瞬間にはヘラヘラと笑っていられるのか。やはり、天霧暁良は普通ではないのだ。この女の評価を改めなければ、こちらが喰われる。
だがこちらも、子供の使いで此処に来た訳ではない。
「不躾な真似をしてしまい申し訳無い。彼には私の警護を任せていたもので。」
「いえ、お気になさらず。彼は優秀ですよ。極力悟らせない様にしていた暗器を即座に見抜くあたり、目は相当いいですね。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ。私からもお聞きしたいこともありますし。」
彼女に案内されるがまま、足を踏み入れた。
レストスペースに備え付けられたソファーに腰を落ち着け、出された緑茶を口に運べば、先程の焦げ付いた空気からの焦燥や緊張は次第に小さくなっていった。
「それでは彼女を連れて来ますので、こちらで少々お待ち下さいね。」
そう残してスリッパの音を響かせながら、階段口のさらに奥へと姿を消す天霧。
「...へパイストス、貴様は天霧暁良と接触したのか?」
「偶然だ。今朝、ランニングの最中に道を訪ねられた。それが彼女だったたけだ。俺もその時は普通の学生として振る舞っていたし、その時点で何かを勘付かれていた可能性は皆無だ。」
「そうか。彼女は...」
扉の軋みとともに、足音が2つ。ややゆっくりとした歩調で、天霧に手をひかれた被検体が姿を現す。
「すみません。お待たせしてしまって。あなた方がお探しだったのは、この娘で間違いありませんか。」
天霧は生硬い声をこちらにかける。
「ええ、その個体で間違いありません。丁重な保護、痛み入ります。」
社交辞令をさらりと流し、天霧は対面のソファーに被検体と共に腰を下ろした。
「さて、ご無礼は承知していますが、その上でお訊きしたいことは山程あります。」
開口一番、本題に切り込んでくる天霧。
「まず彼女、いやリーリアは一体何者なのか?そして彼女を中心とした、ここ最近のこの日本特区で燻っているキナ臭い火種について...」
どうやら馬鹿ではないらしい。ただで持ち帰るというのは、ムシが良すぎたか...
仕方がない。ここで下手を打って、最悪引渡しをゴネられでもしたら、それこそいい笑い者だ。
「わかりました。ここから先の話はこの日本やロシアだけではなく、実験調査特区の高官たちの不実が形になった、恥部そのものです。」
息をつく。
「それではまず、被検体RS-102 リーリア・グラツカヤの特異性からご説明します。彼女がエクスチェンジャーとして保護されたのは2022年4月。エクスチェンジャーという存在がある程度世間に認識され始めた頃のことです。」
天霧は指を組んだ手をテーブルに乗せ、続きを促してくる。
ややぬるくなった緑茶で喉を湿らし、言葉を繋いだ。
「彼女には一般的なステージ1の症例が認められたが、奇妙な事にその能力は、ある被験体と同種のものであることが分析の結果明らかになった。エクスチェンジャーが発生して間もない当初、各個体は原則として、必ず固有の異能に目覚めるという認知はまだありませんでしたが...」
「それで、そのある被検体というのは...」
「[オリジン ワン]、始まりのエクスチェンジャー。今現在、確認されている個体の中で唯一のステージ3。コード ニュクス...ヴェロニカ・ラリオノヴァです。」
微かに天霧が息を飲む。
流石に無理もない。情報だけが一人歩きし、最早都市伝説と化してしまった[オリジン ワン]。
そもそも、それは人の形を保っているかすらあやふやなまま、一切の情報が秘匿とされた原初の交換者。否、[皇換者]だ。
「...まさかそんな大物の名前が出てくるとはね。それはロシアの連中も目の色変える訳だ。でもそのリーリアがどうしてこの日本特区に運ばれてきたんです?そこがわからない...」
社会人として申し訳なさ程度に被っていた仮面が億劫になってきたのか、砕けた口調で天霧が当然の疑問を口にする。
「...それこそが、実験調査特区の高官達の腐りきった現状の破廉恥極まりない結果によるものです。」
口に出すのも憚られる、破廉恥で愚かしい俗物共の尻拭いをさせられている我が身を呪いながら口を開こうとする、刹那
「ねぇ、リーリア。お腹空いてない?」
あっけらかんとした声が、吹き抜けになった天井を介してレストスペースに響く。
「アンタ朝から何も食べてないでしょ?そういえばさっき作って上げるなんて言ってそのままだったからね。ゴメンゴメン。あぁ、敷島特佐は朝食ってもう済んでますか?そこのキタロー君も。良ければ一緒に用意しちゃいますけど...」
いきなりなにを言っているのか、この女は。空気を読めないどころの話ではない。全ての言動が振り切れ過ぎている。
そんな困惑を余所に、天霧は続ける。
「とは言ってもこんな状況なんで、簡単な食事しか用意出来ないですけど。どうします?なんか話長くなりそうだし、ここらで休憩も兼ねて...」
思えば昨日の被検体の失踪から何も口にしていない。いい加減何か口にしなければ、込み入った説明をしている最中に腹の音が鳴り響くという不様を晒しかねない。
どうせ恥をかくのなら、開き直ってご相伴に預かるとしよう。
「お言葉に甘えさせて頂きます。」
......クソ、どうしてこうなった。
「そうですか、了解しました!ほら、キタロー君も食べるでしょ?どうせキミもエクスチェンジャーなんだし、燃費悪い体なんだから、入れられるもんは入れといたほうがいいって。」
さも当然の様に、天霧はへパイストスに声をかける。
「キタローというのが俺を指すのであれば...そうだな。いただきます。」
こちらの胸中など歯牙にもかけず、へパイストスは淡々と自分の欲求を口にする。
「了解、了解。追加オーダー承りました。少々、お時間いただきますねー。...ほら、リーリアも手伝ってくれる?働く者喰うべからずよー?」
天霧暁良はカラカラと笑いながら、被検体の手を引きキッチンへと姿を消した。
ぽつねんと残された私とへパイストスは、キッチンから漂ってくるパンとチーズの焼ける匂いを嗅ぎながら、ただ所在のない沈黙を手に、座って待っているだけだった。
06 天霧暁良のクッキングタイム
20250206
「さぁ、ちゃっちゃと作っちゃいましょうかね。リーリア、この食パンをナイフで切ってもらえる?」
リーリアとキッチンに立って、お料理開始。余りもので作れそうなのは、うーん。ピザトーストあたりかな。
リーリアの様子を伺ってみると、ナイフを握った状態で固まっていた。
後ろからリーリアの手を握り、ナイフを食パンに滑り込ませる。
「いーい、だいたい厚さは1.5センチくらいのやや厚切り。これと同じくらいのヤツをあと5枚くらいかな。お願い出来る?あと、自分の手は切らないように。」
リーリアの目を覗きこんで、自分の作業へ。
具材はオーソドックスにピーマンとタマネギ。あとサラミはないので、晩酌用に買っておいたチョリソーで代用。アンチョビとかもあればよかったんだけど、流石に朝食には重すぎるか...
こちらもまな板に皮を剥いたタマネギを乗せて、さくりさくりと切っていく。となりに目を移せば、きっちり厚切りにされたパンが6枚。
「よーしよしよし、グッガールグッガール!そんじゃ、次はこのパンにこのソースを塗っていきましょう!ちょっと多めくらいでいい感じになるからね。分量的にはこんな感じかな。出来る?」
手本として、私がパンにピザソースをぶっかけバターナイフでならしていく。続いてリーリアもそのあとに倣う。
よしよし、あれなら心配ないでしょ。
タマネギに続いてピーマン、チョリソーもざっくり切って...
リーリアも丁度終わったみたいだ。さてさて、あとは色々乗っけてオーブンへ。
チーズは多めのボリューム重視で。食べた分は動けばいいのです!
流石、隊員寮なだけあって色々大型の道具が揃ってる。まさか一気に4枚焼けるとは。
「ハイハイ、お疲れさま。リーリア。あとは焼けるの待つだけだからここでちょっと待ってよっか。君には報酬として、美味しいオレンジジュースをプレゼントだ。」
オレンジジュースを注いだコップをリーリアに渡す。
両手で支えたコップをちびちび口に運び始めた姿を横目に、ちょっと一服。
換気扇の下で紫煙をくゆらながら、特佐が言っていたリーリアの過去に思考を巡らせる。
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[オリジン ワン]と同じ能力に目覚めてしまったリーリアは、その希少性からして、各国の研究者達が目の色を変え、こぞって研究分析されていたのは容易に想像がつく。
彼女の手に刻まれた傷は、大方痛みをトリガーにしてステージ2に覚醒させようとした時のものだろう。ホントにヘドが出る。
だが、問題はその先だ。敷島特佐は"特区高官達の不実"と言っていた。おそらく利権絡みか、それすら下回る下劣極まりない取引の結果なのか。
それがなんであれ、そんなリーリアが私のもとに転がり込んできた。彼女は何も語らないし、泣きも笑いもしない。だけど、それが独善だって偽善だってなんだっていい。
この世界に産まれたエクスチェンジャーは大なり小なり過酷な運命が待っている。そんな彼女たちを全員救うことなんて、自分一人では出来やしないことだってわかってる。それでも自分の手が目一杯届く範囲で彼女達を守りたい。
ありきたりだけど、その思いを原動力にして今まで走ってきた。それはこれからも変わらない。
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チーンとやや間抜けな音が響く。焼けたかな、どれどれ。
よしよし。いい感じにはみ出しかけのチーズがとろーりじゅくじゅく。チョリソーの油も熱を放ちながらパチパチ音を立てていい匂い。ピーマンの彩りもいいアクセントだ。
「うんうん。上出来上出来。さて、お皿に乗っけて冷めないうちに持ってっちゃおう。」
おかわり分の残り2枚をオーブンに突っ込んで、両手にお皿を持ってキッチンを後にする。リーリアは一人分の皿を持って、アヒルの親子よろしくトコトコついてくる。
さて、第2ラウンドが始まる前にしっかりお腹いっぱいにしとかなきゃ。よし、と下っ腹に軽く気合いをこめて、客人が待つレストスペースに足を運ぶ。
待ってろ、敷島特佐。その鉄面被にこのピザトーストで旨いと言わせてやるぜ。おてて洗って待ってなさい!
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。
ハイ、ようやく異能力バトルものとしてそれらしい単語を出せるようになりました。
なるべく早く次の投稿を目指しますので、もし目に止まってときは是非読んでやってください。
それではまた次回の投稿で皆様にお会い出来ますように。