第31話 王女様の噂
ディリタニア王国王都でポーション屋を開いて6か月の歳月が流れた。
開店して何か月かは、客の出入りはなかったが、時が経つにつれ一人、また一人と客が増えていった。
ただ、客が押し寄せてくるようになることはないだろう。
なぜならここは薬屋、いざという時に訪れる店だからだ。
今日の客は、あの時から仲良くなった冒険者のフィルが1人で店を訪ねてきていて話し込んでいた。
「そういえば、今日、隣国の王女様がこの王都に来るらしいって知っているか?」
この男は、何の脈絡もなくいきなり話を変える癖があるよな……。
しかし、王女様か……。
「隣国の王女様? 確かディリタニアの隣国って三つあるけどどこの王女様だ?」
「南の『ニルベルン王国』だよ。
小さな王国なんだけどな、国内にあるダンジョンで質の高い宝石が取れるとかで繁栄している国なんだよ。
ただ、そのダンジョンのおかげで周りの国から狙われていてな。
特にさらに南にある『オーベス皇国』がうるさいらしくてな、今回この国に来たのは同盟の話をするためとかいう噂だ」
オーベス皇国、確か『ジュシリーン』という女神様を敬う宗教国家だっけ。
女神を敬い、敬虔な教徒には優れた加護とスキルが与えられ幸せになれるとか。
かなり胡散臭い国ではあるが、あの国の騎士団が強いんだよな……。
何でも、死なない兵士を女神様から賜ったとか……。
「ん、どうした?」
お、黙って考え込んでしまっていたか。
「いや、オーベスといえば『死なない兵士』が有名かなって……」
「あ~、あの国にはそれがいたな、確か……」
フィルもどうすればいいか分からない顔だな。
「でも、南から来た冒険者が言っていたけどそんな兵士は見たことがないってよ。
オーベスは、ここ100年程『アステリア王国』と戦争しているが、そんな兵士を使った戦場はないって噂もあるしな。
元からいないか、いるけど使えないか、どっちかじゃねぇか?」
「確かめようがないな……」
「それよりもだ、ニルベルンの王女様の話だが、まだ独身だそうだぜ?」
王女様が独身だから、なんだっていうんだ?
「おいおい、フィルが狙っているのか?」
「ぶっ! そんなわけあるか! それに、身分が違い過ぎる。
そうじゃなくて、ディリタニアの王子の1人とどうだって話があるらしいんだよ」
この国の王子の1人とか……。
確かこの国には王子が7人いるらしい、第一王子はこの国の跡継ぎになっているから除外される。
第二王子、第三王子、そして第四王子辺りが候補に挙がるかな?
「噂では、どの王子が候補になっているんだ?」
「巷の噂じゃあ、第六王子だな」
第六?! 確か第六王子って十歳の子供だったはず。
………あれ? ニルベルンの王女様っていくつだ?
「なあ、ニルベルンの王女様っていくつだっけ?」
「王女様か? 確か今年で十七になるはずだ。
……まあ、レオンの考えていることや言いたいことはわかるがよ、俺はいい話だと思う」
政略結婚というやつか。
このディリタニア王国はこの辺りでは大国だ。
オーベス皇国から守ってもらうならこの国しかなかったんだろうな……。
俺が店の中で話をしているとき、ふいに店の入り口のドアが開き、ドアに付けられている小さなベルが鳴った。
そして、店に入ってきたのは立派な白い軍服を着た男の人だ。
「すまない、ポーションを1つ売ってもらえるか?」
何か焦っているような感じだ。
でも、冷静に対処しようと頑張っている……。
「どんな用途でお使いになるのですか?」
「打ち身のケガに効くポーションがあればお願いする」
俺がポーションを用意している時、フィルは入ってきた軍服の人を観察していた。
そして、用意したポーションを箱に入れようとすると軍服の人に止められる。
「箱はいらない、すぐに使うからそのままもらえるか?」
「わかりました、銀貨20枚になります」
軍服の人は、腰のポーチから銀貨20枚を取り出すとカウンターの上に置く。
俺はそれを素早く数えて、ポーションを軍服の人に渡すと、軍服の人はホッとしていた。
「ありがとうございました」
走ることなく急いで店を出て行く軍服の人。
店のドアが小さなベルの音を鳴らして閉まると、カウンターの椅子に座っていたフィルが口を開く。
「あれ、ニルベルンの儀式用の軍服だぞ。
……と言うことは、あの男ニルベルンの軍人ってことになるな」
「軍人? 騎士団長とか近衛師団長とじゃなくて?」
「おいおい、何時の時代の話をしているんだレオン。
今や、国の軍隊で剣や槍で戦うなんて魔物相手じゃなければ使わないぞ?」
フィルが俺を見て呆れているな……。
確か、図書館で近代軍事って本を読んだはずだ。
今から500年程前に召喚された勇者たちによってもたらされた、近代兵器。
それは『銃』と呼ばれる対人兵器。
日々成長と進化を繰り返す魔物相手には効力を発揮しなかったが、国家間の戦争に絶大な成果を上げたことで取り入れられることになる。
ただ、火薬の生成は錬金術師の領分となり、さらに錬金術師の質で火薬の威力が変わるためすぐに銃を魔道具化し『魔導銃』が生まれた。
『魔導銃』はダンジョンの宝物からも出ていたが、対魔物には威力を発揮しないため放置されてきたが、ここにきて対人戦闘の戦争に日の目を見た。
……だったかな。
「すまん、今思い出した。
それにしても、軍人が王女様の護衛に来たってことかな?」
「だろうな、王女様一行の誰かが怪我をして、この店にポーションを買いに来たってところか」
俺は王女様がどんな人か考えつつ、オーベス皇国がどこまでニルベルン王国のダンジョンを欲しがっているのか気になってしまった。
第31話を読んでくれてありがとう。




