画面から出てきた旦那様
小さい頃からお母さんと5歳離れているお姉ちゃんの影響で家には漫画やアニメ、グッズといったものがたくさんあった。
それらを僕はいつも一緒に見ていたし、たまにイベントにも連れていってもらった。
でも嫌だと思ったこともなかったし、むしろ僕も好きになっていった。
それは高校生になった今でも変わることはない。
「ちょっと!?なんであたしの部屋からBL本無くなってるの!?」
廊下からお姉ちゃんの声がする僕の部屋は二階建ての一軒家の二階部分の角にある。階段と僕の部屋との間にあるのがお姉ちゃんの部屋。
「ごめーん、ママだわー」
そんな声が下のリビングが聞こえてきた。どうやらお母さんが勝手に持ち出していたらしい。僕も読むけど持ち出して読もうものならお姉ちゃんに怒られる。それがわかってるからそんなことはしない。
「一言言ってよ、もー。あ、そうだ、優ちゃん」
ガチャッと勝手に部屋のドアが開かれお姉ちゃんが顔を出した。
「なーにー??」
「明日のイベント、手伝ってくれるよね?」
「うん、いいよ。自由時間があれば!」
明日はお母さんとお姉ちゃんが共同で本を作ってるのでそれを売りに行く、僕は買いに行くイベントの日。
''学園の花嫁''という乙女ゲームのオンリーイベント。僕はその中に登場する主人公のクラスの担任の先生「佐山慎二」という男性キャラが好きなのだ。
別にゲイというわけでもなく、佐山慎二というキャラが特別なのだ。
初めてお姉ちゃんから借りた乙女ゲームが''学園の花嫁''だった。元々男子校だった高校に主人公が初の女子生徒として入学する。そこで色んな男子生徒や先生と出会い、恋愛をしていくゲームだ。佐山慎二は1番最初に出会うキャラで主人公を校門へ迎えに行き、教室へ連れていくだけ。話を進めていく度に登場はするもののそのキャラの性格もあってか攻略対象には入らない。
佐山慎二は俺様なのだ。そしてめんどくさがりで主人公やクラスメイトにあーだこーだという割に自分は動かない。教師なのに王様みたいに振る舞う人だった。
でも授業はわかりやすいし、優しいところもたまに見える。考えていないようで考えてる大人俺様キャラなのだ。
''お前が初の女子生徒か?俺は担任の佐山慎二だ。いいか、絶対俺を巻き込んで面倒事を起こすんじゃねぇぞ?後悔するのはお前だからな??''
これが一言目のセリフだった。
黒髪で、耳の周りから襟足にかけて刈り上げられていてすっきりとした、でも清潔感があって爽やかな髪型。目は切れ長でちょっと目つきが悪いけどほんの少しタレ目。眉は綺麗に整えてあって、鼻筋はすっとしていて、いかにもイケメンといった容姿だった。声はちょっと低めで威圧的な感じだが、どこか甘さがある。
威圧的なセリフの中に見える遠回しに主人公を心配する優しさとその容姿と声に僕は一目惚れしてしまった。
それからというもの、他の攻略キャラには目もくれず、佐山慎二というキャラに会うためだけに攻略キャラたちを進め、イベントも全て攻略した。数少ないながらもグッズも全て集め、部屋にはポスターもある。
明日のイベントは攻略対象外の佐山慎二の二次創作グッズを手に入れるために僕は行く予定だった。だからお姉ちゃんたちの手伝いをするのはいいけど、買い物に行く時間がほしい。絶対に。
「買い物する時間ね?それは確保してあるわよ、安心しなさーい」
「じゃあいいよ!売り子でいいの??」
「そうよ。明日は主人公役でよろしくねー」
「え?」
主人公役???どういう意味??
「女装よ、女装!あんた、あたしよりも小さいし華奢だからぴったりだと思うのよねー」
「そんなの聞いてないよ!やだ!!」
「は?そんなのお姉ちゃんが聞き入れると思ってるの??」
「僕、高校生になったんだよ?女装なんて無理だよ!」
聞いてない、聞いてない!!
女装なんて絶対嫌だ!!!
「優ちゃんの旦那様が来るのに?」
「え?」
旦那様とは僕が好きな佐山慎二のこと。日頃からポスターに向かうと目が合ってしまうので恥ずかしくて直視出来ない僕はいつも全身ポスターの脚を見ながらおはようからおやすみまで挨拶をする。それをある時お姉ちゃんに目撃されてしまってそれから佐山慎二のことを僕の旦那様と呼ぶ。しかもお母さんもだ。恥ずかしい。
「佐山先生が来るってどういうこと??」
まさか画面から出てくるわけじゃないよね?
「あたしの友達がコスプレイヤーしてるんだけど、その子のお兄さんがあまりにも優ちゃんの旦那様にそっくりだから引きずってでも連れてくるって言ってるのよー。」
「…」
「どう??着る??」
本人じゃないけど似てる人。会ってみたいかもしれない。でも佐山先生に似てるってことはイケメンだ。男の僕じゃ相手されないかもしれない。出来れば少しでもいいから話してみたい。じゃあ僕がしなくちゃいけないことは
「着る。」
これしかないじゃないか。
_____________
昨日の夜、急遽女装することを決めた僕は大きなキャリーバッグを持ってお母さんとお姉ちゃんと会場に来ていた。お父さんはお留守番だ。
荷物の中身はもちろんコスプレに使う服とか小道具たち。メイクやウィッグなど自分じゃとてもじゃないけど出来ないものは更衣室を出てからお姉ちゃんたちのスペースでやってもらうことになってる。
学園の制服は白のブレザーに赤チェックの大きなリボン、白いシャツと紺と緑のチェックスカートだ。髪は長い黒髪で顔はないのでほんの少し化粧をしてもらう。
普段から男に見られないんだからあまり化粧をする必要がないと昨日お母さんに言われた。どうやら昨日の話はお母さんも一枚噛んでいたらしい。ひどいよね。
段々と会場に人が増えはじめ、いよいよイベントがスタートした。
お姉ちゃんの友達はお昼頃来るそうなのでそれまでに買い物を済ます。佐山先生のキーホルダーとオールキャラ本をいくつか買って自分のスペースに戻ろうとした。
「ねーねー君、ひとりなの??」
「え?」
後ろから肩を叩かれ知らない人に声をかけられた。
「もしひとりなら、こんな所出て俺達とご飯でも行かない??なんならその制服のままでもいいからさ!」
どうやらナンパ?みたいだ。制服のままでってどういうこと?僕、女の子って勘違いされてる!?
「あの!僕、男なんですけど」
「あはは、そんな嘘で断るの?買い物も終わったんでしょ?ほら、行こ!」
「ほんとに男なんです!!」
がしっと腕を掴まれて逃げられなくなった。どうしよう、どうしよう!
「離してください!」
「さー行こう行こう!ご飯奢るからさ!」
ずるずると引きずられていく。周りを見てもみんな自分や周りに夢中で誰も助けてくれない。運悪く運営さんも警備員もいない。このままじゃ外に出ちゃう!佐山先生に会えない!!
「離してくださいってば!!」
「おい、手を離せ。」
横から誰かわからない腕が僕を掴んでいた腕を捻った。
と同時に佐山先生の声が聞こえる。僕、とうとうおかしくなったの?って思ったのは仕方ないと思えるくらいそっくりだった。
「いってーな!何すんだよ!」
ナンパをしてきた男が腕を捻った相手を見る。僕はその相手を見て周りの景色が、音が、空気が止まったように思えた。
黒髪ではなく少し染めた茶髪、襟足は刈り上げられてないけどサイドは刈り上げられていて前髪は斜めに流してる。そこから見える目は切れ長で今は機嫌が悪いのかかなり目つきが悪いけどほんの少しタレ目。眉は綺麗に整えてあって、鼻筋はすっとしていて、とってもかっこいい。そしてそれは僕が好きで好きでたまらない佐山先生に似ていた。
白いVネックのシャツに暗い色のジーンズ。こんな会場に履いてくるのには不似合いな革靴。ナンパ男を捕まえていない方の手には暑かったのか脱いだ黒のジャケットを持っている。
シャツの上からもわかるくらいしっかりした身体と僕よりもはるか上にある頭。
「嫌がってる女に手ぇ出すんじゃねぇよ。他当たれ。」
「はぁ!?てめえには関係ねぇだろうが!!」
「何なら警備員でも呼ぼうか??嫌がってる女を無理矢理連れ出そうとしたって。」
「…くそ!!」
僕がぼーっとしている間にナンパ男は逃げたらしい。僕はそれすら気付かなかった。ただただ目の前の男性を見ていた。
「お前も気をつけろ。そんな格好してんだから。」
声をかけられた。とってもいい声だ。佐山先生とは少し違って威圧的な感じはしないけど低くて甘くて好きな声。
「お前、大丈夫か??」
あ、心配してくれてる。優しい声になった。
「おい、何か言え「お兄ちゃん!」…真理、はぐれるなよ。」
何か言おうとしたのを可愛い声が遮る。僕よりも年上の女性だろう、佐山先生の腕を掴んで何か言ってる。
「買い物するって言ったでしょ?聞いててよ!さ、次は優香さんと優希ちゃんのとこ行くよ!」
「ちょっと待て。こいつ大丈夫か?」
「ん?あれ?その制服、学園の花嫁のだよね??」
会話の中にお母さんとお姉ちゃんの名前を聞いて、はっとした。
「!?あの…えっと…助けてくださってありがとうございます!」
ペコっと頭を下げた。するとぽんぽんと頭を撫でられた。え、誰??
顔を上げると佐山先生が僕の頭を撫でてる。え、僕死んじゃったの?佐山先生に会った驚きのあまりに??
「ありゃ、この子可愛い子だねー」
「真理、お前行く所あんだろ。俺はこの子送ってくわ。」
「いや多分この子も同じ所に行く気がするんだよねー。だから連れてこ!」
「ふぇ!?あの!?」
僕がまたもやぼーっとしている間に話は勝手に進んでて、気づいたら佐山先生に手を引かれお姉ちゃんたちのスペースに戻ってきていた。
「優希ちゃん!」
「あ、真理!あんたタイミング悪いわー。うちの花嫁がまだ帰ってきてないのよー」
「もしかしてこの子のこと??」
佐山先生のことをお兄ちゃんと呼んでいた女性が僕のことを見る。
「なーんだ、一緒だったの。しかも旦那様に手繋がれてるわけねー」
お姉ちゃんがにやにやしながら僕を見てる。手??繋ぐ??手!?!?
「あああの!ごめんなさい!」
佐山先生が繋いでくれていた手を慌てて離そうとしたけど
「お前、ここの子だったんだな。なら良かった」
にこっと人当たりの良さそうな顔で微笑まれて僕は手を離すどころか何も言えなくなった。
「あーもうだめだね、優ちゃん。ありゃ落ちたわ。」
「そりゃあ目の前に旦那様がいるんだもの。仕方ないわよー」
「優希ちゃんと優香さんが言ってた子って優ちゃんのことだったんだねー! お兄ちゃん、その子が紹介したかった子だよ」
「へーこの子が…」
僕がまたしてもぼーっとしてる間に会話が進む。お母さんは真理さんというお姉ちゃんの友達と話していて、お姉ちゃんは佐山先生に僕のことをあれこれ話している。
そういえばまだ名前も知らない…
「あの…」
まだ繋いだままでいる手をちょいちょいと引いてみる。
「なんだ?」
お姉ちゃんと話していたのを切り上げ、僕の方を振り返ってくれた。
「格好いい…」
「「「「え?」」」」
「え?…あ、いや、あの違くて、あ、格好いいのは違くなくて!あの!」
「落ち着け」
またぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「えっと…名前を教えてください!」
「菅原晃だ。お前は?」
「佐藤優です。」
名前を教えてくれたのと聞いてくれたのが嬉しくてほにゃっと笑顔になりながら答えた。
「なぁ真理」
「なに、お兄ちゃん」
「この子もらっていい??」
「「「どうぞどうぞ!!!!!」」」
「え!?」
今、菅原さんなんて言った!?お母さんとお姉ちゃんと真理さんなんて言った!?
「なぁ優」
プチパニックになってたら菅原さんに声をかけられる。しかも下の名前呼ばれた。僕はそれだけでなんかほわほわする。
「着替えてデートしよっか?」
え?
「さ!!優ちゃん着替えてらっしゃい!!!!もう手伝いは大丈夫だから!」
「残りの買い物はお姉ちゃんがしとくから!!!」
「お兄ちゃん、無理矢理したらダメだからね?」
「んなことしねーよ。」
お母さんとお姉ちゃんは大興奮してる。真理さんは冷静に見えるけど言ってることがなんかおかしい。
でもと考える。着替えるということは男に戻ること。菅原さんに嫌われる。絶対嫌われる。ふとそれが頭をよぎってどんどん暗いなっていく。
「優、ちゃんとわかってるから大丈夫だからな?」
それが繋いでる手から菅原さんに伝わったらしい。
「え、知ってたんですか!?」
「ここに来る前から真理には言われてたからな。まさか女装してるとは思ってなかったけど、それも似合ってるし可愛い」
「か、かわ!?」
ほんとにパニックになってきた。菅原さんは僕が男だと知ってるのに手を繋いでるの?知っててデートに誘ってるの??ほんとに何が起きてるの?
「優ちゃん、早く着替えてきな。晃さん待ってるわよ?」
「お姉ちゃん…何これ夢?」
こんなセリフが出てくるのだって仕方ないじゃないか。自分でも信じられないんだもん。
「あはは、夢じゃねーよ」
隣で菅原さんが笑う。
そもそも佐山先生似の菅原さんに会えたのだって夢みたいなもんだ。なのにデートだなんて。
「えっと。着替えてきます…」
「ちょっと待て。更衣室まで送るわ。さっきみたいなのに会ったら嫌だろ?」
「さっきみたいなの?」
僕がナンパされたのを知らないお母さんとお姉ちゃんが知りたいって顔してる。絶対なんとなくわかってるくせに。
「さっき、優がナンパされてたんですよ。」
「え!そうなんですか!」
なんて嘘臭いお姉ちゃん。目がキラキラしてるし。
「あら。じゃあ助けていただいたのね。ありがとうございます」
「いえ、そんな大したことしてないですよ」
今度はお母さんだ。もうやだ。この母娘。
それに対して菅原さんは謙虚な感じで答えてる。でも僕にとっては大きな出来事だった。初めて女装して、ナンパされて、助けられて。しかも助けてくれたのは佐山先生似の菅原さんで。どんなゲームだよと自分でも思う。
それでも怖かったし嬉しかったのは本当だ。
「優、行くぞ」
「あ、はい!」
お姉ちゃんに着替えが入ってるキャリーバッグを渡されたんだけど、菅原さんに取られた。荷物を持ってない手は僕の手を繋いでる。もうなんか恥ずかしいを通り越してる。わけがわからない。ほんとに何これ。
口調は俺様っぽく雑な感じだけど、声は優しくて。
僕よりも20cmは大きいだろう身長からは威圧的な感じがしないし、むしろ包み込んでくれそうな気さえする。
佐山先生に似て女の子にもモテそうな顔は今は僕に向いていて
「優、ぼーっとすんな。迷子になるぞ?」
優しく笑ってる。
「はい」
置いていかれないように僕は追う。
これから着替えてデートだなんて。信じられないし、夢かもしれない。でも今はそれを楽しみたい気持ちが大きくなってきた。
この先デートして、実は2人とも一目惚れしてたなんてわかるのはまだ先のこと。
僕は画面から出てきた旦那様と出会ったのだ。
いや、本当の旦那様は菅原さんの方だったのかもしれないけど。
「なぁ優、お前男の格好してても可愛いのな」
「ふぇ!?」
end
読んでくださり、ありがとうございました!
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