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冥王記  作者: 夜人
序章
2/2

内なる力の覚醒

 店は町から少し離れた空き地に建っており店から町までは森をまっすぐ歩いておよそ30分という道のりだ。森の中もこの店から町までや町から近くの村までそして近隣の町までの林道は道がしっかりと整備され馬車や荷車で行き来できるようになっているので林道から外れさえしなければ迷うこともない道である。

 そんな道のりを歩き終えようやく町に到着する。

 レイドルフ森林の中にある商業の町レイドレフは背の低い外壁が円形に町を囲み外壁には強力な保護魔法が施され悪魔の侵入を拒んでいる。

 外壁の中は五つの区画に別れており中央を噴水広場若しくは中央区と呼び外壁同様円形に広がり、そこから扇状にほぼ同じ形の区画が4つ並んでいる。各区画の間には大きな道がありそれぞれを別けている。区画の名前はそれぞれの方角により呼ばれ中央区の北側に有るものが北区、西に有るものが西区である。ガラハッド達はその西区の門から入って来たのだ。

 門から入れば中央区の噴水広場まで真っ直ぐ道が延びている。

 そして中央区には教会がありそこの管理を任されているのが冥屋の一員でもあるパーシヴァルである。ガラハッド達が向かうのはこの教会であり暫くはここで生活をしようという魂胆である。

 真っ直ぐと中央区に向かう一行であったが西区の中程まで進んだところでガラハッドが異変に気がつく。

「……やけに静かだな」

 そう。町にしては静かすぎるのだ。現在はそれほど遅い時間ではない。恐らくまだ午後九時かそこらである。

 ガラハッドらは主にこの街で依頼を承けるため依頼の達成が遅くなり同じような時間に町を訪れた事もしばしばあるのだが町がこれほど静かだというのも珍しい。

 いや、ガラハッドの記憶には無いことだ。

 辺りを見回しながらそこまで思考したときだった。ふっと町の街灯が消えていき町から光が消え闇が包む。

 町の街灯は棒が地面から伸びその先端にガラス玉のような物が接着されその中には光石と呼ばれる特殊な石が入れられている。

 光石とは日中に日の光をたっぷり浴びることで光を吸収し夜になったり辺りが暗くなると自ら発光する石の事である。

 時期による日照時間の違いにより夜の発光時間も変わってくるのだが少なくとも午後十時頃まではどの時期でも輝いている。

 今は五の月であり天気は晴れであった。現在を午後九時頃と仮定すると後一時間半程輝くはずである。ならば考えうる理由はただひとつ。何者かの手によって街灯の光が奪われたのだ。

 その時、獣のような低音の吠え声が静寂を引き裂く。

「これってまさか…」

 ロゼイアはそれだけ呟くと噴水広場にむかって走り出す。それを見たガラハッドとケイは目だけを合わせ同時にロゼイアの後を追って走り出す。

 三人の記憶違いでなければ先程の吠え声はおよそ三十分程前に何度も聞いた咆哮に似ていた。

 しかし何故。

 普通どの町にも町の中心街に国が設立した教会があり月に一度教会に住む司祭や術者によって保護魔法がかけられるため悪魔が入ってこられないようになっている。

 考えられる理由はいくつかある。保護魔法を上回る程の上級悪魔の襲来。高位の術者による保護魔法の打ち消し。単純な保護魔法のかけ忘れ。何者かによって悪魔が町に召喚された場合。

 だが今回のそれはどれにも該当しないだろう。ロゼイアをケイと並んで追走するガラハッドがそこまで考えたとき町の中央区、噴水広場に到着した。ロゼイアは息を整えつつ左、右と広場から続く大路を見る。広場からは東西南北の門まで他の道よりも幅の広い路が通っており荷馬車が4台並んでも余裕があるほどである。

「ロゼイアどう──」

 どうした。ガラハッドがそういうより早くロゼイアが両手を広げるとパンッと両掌で柏手をうち目を閉じふぅっと息を吐く。その瞬間ガラハッドとケイは何かを感じる。それは風となりふわりとガラハッドの頬を撫で町に広がっていく。

 ──精霊術か?

 とロゼイアは息を止めていたのか大きく息を吸うと掌を合わせた状態をとくと振り返りケイ、ガラハッドと顔を合わせると右手を上げ右の大路つまり北の門へと続く道を指差す。

「こっちと、あっちと向こうから悪魔の気配を感じる」

 ロゼイアは西大路以外の大路を北、東、南と順番に指差しながら告げる。ガラハッドは聞きたい事もあったが今はそれどころではない。この町に悪魔の気配がするというのだ。だとすれば町民は何処か──恐らく教会へ避難している。教会ならばそこには術士が居る。町民の事は教会に任せ、自分達がすべきは悪魔退治だ。一応教会に行きその旨を伝えようかと迷ったがその必要はないと判断した。

「ロゼイアさんが悪魔が最も少なく感じた場所はどこですか?」

 ケイの言葉で思考を中断させられるガラハッド。

「えっと。こっち、かな?」

 と北大路の方向を指す。

「でしたらそちらをお願いします。我々は残りの二つを片付けます。悪魔殲滅後もう一度この場に集まる。それで良いですね?」

 ケイが一息にそれを言い終わるとガラハッドとロゼイアは黙って頷く。ケイの案は実に合理的である。まだ悪魔との戦闘が拙いロゼイアを最も悪魔の少ないところに向かわせ、自分とガラハッドの二人が迅速に殲滅しロゼイアを手伝いに行く。例えロゼイアが悪魔すべてを殲滅出来ずとも少ない量ならば敗北することも無いだろう。それにロゼイアの拳闘術には目を見張るものがある。恐らく拳闘術や武術などの近接戦闘ならケイ以上のものがある。と言ってもケイは銃士であるため近接戦闘は苦手としている。それでも万が一に備えそれなりには鍛えている。だがやはりガラハッドや冥屋の他のメンバーと比べれば劣っていることも自覚している。そしてケイが見る限りではロゼイアの拳闘術はガラハッドに負けず劣らずと言ったところである。

「ケイ、俺は東へ行くから南を頼む」

 ガラハッドがケイに声をかけ東大路の方へと走り去っていく姿を見てケイも南大路の方へと駆け出そうとする。ふと見るとそこにはもうロゼイアの姿もなかった。

 ──二人ともご無事で。

 ケイは心のなかでそう言って南大路へ駆け出した。


 ──東大路・ガラハッド──

 東大路の中程まで来たところでガラハッドは立ち止まる。ロゼイアが感知できたとしても町全体を感知できはしないだろう。ということは感知できて中程まで、と高を括って走ってきたはいいものの悪魔の姿がいっこうに見えなかった。

 となれば自分も感知するしかないのだが生憎ガラハッドはそういう能力に長けていない。が、それでも多少は分かる。ふうっ、と息を吐き出して目を閉じ感覚を研ぎ澄ませる。

 ロゼイアのそれと似ている、と言うよりもほぼ同一のものだ。ただし、ロゼイアが何かの術を使っていたとするとガラハッドのこれは本当に感覚を研ぎ澄ませるだけのものである。両目を閉じ呼吸を止めることで視覚、嗅覚を遮断し聴覚や感覚をより強くする。幸いな事に町は静寂に包まれている。これなら音を聞き分けるのは簡単──

「!!くる……っ!」

 咄嗟に体を右にかわすとガラハッドの左側を何かが駆け抜ける。それに続いてガラハッドに体当たりしてくるもう一体を鞘に納めたままの剣で受け止める。

 数秒間はそのまま動かなかったがガラハッドがそれを押し返し横面に蹴りをする。そうすることで悪魔は逃げて距離をとる。次の瞬間に右から襲ってきた悪魔の爪を剣を抜き様に受け止める。まるで剣と剣がぶつかりあったような金属音が響く。爪を受け流し悪魔の胴体を斬ろうとするも間一髪逃げられる。

 ぐるるるるる

 と唸る悪魔が月明かりに照らされその姿を見せる。四本足で立ち、足からは四つの鋭利な爪が生え唸る口からは強靭な牙が見える。尻尾は長く垂れる程伸びている。その姿は犬のそれに似ている。この事からこの悪魔を「ハウンド」と呼ぶ。ハウンドとは獣猟犬の事である。ラビットとは異なり大きさは普通の犬と変わらぬ程。が、ラビットにない俊敏さと獰猛さを持ち合わせている。ハウンドもラビット同様下級悪魔の部類であるがベースとなっているのが草食動物のラビットと違い肉食動物の犬がベースであるためその分幾らか狂暴である。

 ガラハッドは鞘を背負うと剣を右手に持ち中段に構え体も半身に構える。ハウンドはガラハッドの前方に二体、後方に一体いる。ロゼイアの向かった北大路の悪魔の量が一番少ないとすればここの悪魔の数が三体と言うことは無いだろう。ラビットよりもハウンドの方が気配が強いため勘違いしたという可能性もある。どちらにしろ挟み撃ちにされた状態で更に他の悪魔が来れば部が悪い。ロゼイアが勘違いしたとすれば北大路の悪魔が多い可能性もある。だとすればガラハッドが今もっともすべきことは迅速に三体のハウンドを倒し他の悪魔を探しいないようであれば一度噴水広場に戻り北大路を目指すこと。

 ガラハッドは精神を集中させる。体内で魔力を生成し練り上げる。それを大気中に存在する火の精霊に与える事で精霊の力を借りることが出来る。そしてその力を剣に纏わせると剣を赤い光が包む。更に魔力を風の精霊に与え両手足を精霊の力がライトグリーンの光となり包みこむ。

 これも精霊術の一種である。火と風の精霊術はガラハッドが最も使用する精霊術である。火の精霊術は威力を上げる「破壊力」があり風の精霊術は速度を上げる「増速」の力がある。

 ぐるるるるる!!!

 腹の底に響くような低い唸り声がガラハッドの耳に届くのと同時に前方のハウンドが一体跳びいかかってくる。それを右に避けてかわすとハウンドの横腹を斬り裂く。

 だが浅くそれで倒すには至らない。が着地に失敗し態勢をを崩す。と前方と後方から同時にハウンドが跳びかかってくるのをギリギリまで待ち大きく左に跳躍して避ける。二体のハウンドは互いに頭からぶつかりその場に倒れる。

 ガラハッドは跳躍したとき先程斬ったハウンドの近くに着地する。剣を逆手に持つと剣先を下に向けハウンドを突き刺す。ハウンドは断末魔の叫びと共に霧散していく。

 残った二体のハウンドは並んでガラハッドを睨むと威嚇の唸り声をあげる。ガラハッドはそれを見ると剣を持ち直し中段に構える。ハウンドは吠えると同時に二体同時に正面から並んで跳び掛かってくる。

 ガラハッドはその場にしゃがみこみ足に風精霊の力をため前方に跳ぶ。地面と平行に跳びハウンドの真下を通過するとき体を捻り剣を振るう。剣が二体のハウンドの腹を斬り裂く。その後地面に手をつき宙返りするとハウンドを正面に見据えるように着地する。その時、二体のハウンドが霧散する。

 ガラハッドが与えた一撃はどちらもハウンドを倒すには至らない程の攻撃であった。事実一番最初に倒したハウンドはこれだけでは消滅しなかったのだ。

 ならば何故。ガラハッドがそう思っていると霧は渦をまき球形となる。更にどこからか霧が集まり渦へと飲み込まれていく。渦が大きくなったかと思えば今度は一気に小さくなる。が、次の瞬間爆発するように渦は膨れ上がり中から悪魔が現れる。姿形はハウンドと似ているがハウンドよりも大きな体躯はガラハッドを優に越える大きさだ。頭が三頭に別れその姿はケルベロスと酷似している。

 が、これはケルベロスではない。ただの下級悪魔であるハウンドが集まって生まれたもの。ガラハッドもこのようにして悪魔が別の悪魔へと変容する様は初めて見た。ましてや下級悪魔が集まり中級悪魔へと変容するとは思いもよらない。これは下級悪魔のハウンドが集まって出来た中級悪魔「サーベラス・パピー」である。サーベラスとはケルベロスの別称。パピーとは仔犬の事。つまりこのサーベラス・パピーはケルベロスの仔犬という名前なのだ。勿論パピーがこれ以上大きくなりケルベロスとなることは無いが見た目はケルベロスの子供といった様子である。

「くそっ!急がないといけないときに……っ!!」

 ガラハッドはもう一度剣に火精霊の力を纏わせる。更に足にも風精霊の力を纏わせ、駆け出したその時。ガラハッドの前に黒いローブで顔を覆い隠した男とも女とも分からぬ者が降り立つ。その右手には大剣が握られている。そして。下段から左上へ斬り上げる。ガラハッドはそれを上段から右下への斬り下げで受ける。丁度両者の目の前で鍔迫り合いの形となる。が、直後ガラハッドは押し返される。剣を弾き後方へと大きく跳躍して距離をとる。

「何者だ!?」

「さぁな」

 ガラハッドの問いに短く答える黒ローブの声は男性のそれである。黒ローブの男は大剣をジャキッと音をたてる。ガラハッドは先程の鍔迫り合いをして分かったことがある。それは今のガラハッドではこの男には勝てないということである。それだけでは無い。この男の後ろにはサーベラス・パピーがいる。まさに絶対絶命である。

「来ないのならばこちらから行くぞ」

 そう言って駆け出すローブの男。ガラハッドとの距離が中程まで詰められたところでガラハッドも剣を構えようとする。が、それより早く二人の間にまた一人乱入者が現れる。

 その男は右手にもった細剣で黒ローブの男の大剣を受け止める。そして細剣で大剣を弾き返すと細剣を引き絞り目にも止まらぬ速さで突き出す。ライトグリーンの軌跡が残っていない。ということは風の精霊術無しであれほどのスピードを出したのである。

 対する黒ローブの男は突き出されるほんの数瞬前に弾き返された反動を利用して右に体を傾けてそれを避けていた。その後は後方へと退き距離を開ける。細剣の男は銀の短髪にしなやかな体ながら無駄なくと筋肉のついた腕。それはガラハッドのよく知る人物だった。

「ランスロット……?」

 ランスロットと呼ばれた男は首と僅かに上体を捻らせガラハッドを肩越しに見ると、ふっ、と笑う。その後厳しい顔で視線を前方のサーベラス・パピーと黒ローブの男に戻す。

「ここは任せろ」

 ランスロットはそれだけ言うと細剣を中段に構える。ガラハッドが訳も分からずそのまま棒立ちしていることを気配で察知したランスロットが再び声をかける。

「どうした。急いでいるだろう?」

「ぁあ!そうだ!ロゼイアが!!……ここは任せても?」

「そう言った」

 ガラハッドはランスロットの口からそれだけ聞くと踵を返して噴水広場へと駆け出した。それを確認したランスロットは再度中段に細剣を構え直し黒ローブの男の方へと走り出した。黒ローブの男もランスロットへ向かって走り出す。ランスロットが大剣の間合いに入ると黒ローブの男は大剣で横薙ぎに斬りつける。それをしゃがんで避けるとランスロットの髪の毛を数本大剣が切り落としていくがそれを気にせずランスロットが突きを出すも避けられる。黒ローブの男が上段の構えから降り下ろしてくる大剣をランスロットが細剣で受け止めると静寂に包まれた町に金属音が響いた。



 ──南大路・ケイ──

「ハウンド、ですか……」

 ケイが南大路を真っ直ぐ走り出してからすぐだった。ケイが気配を感じ立ち止まると小路からハウンドが五体現れる。気配に気がついて立ち止まらなければ丁度真横まで走ったところで両脇から襲われていただろう。ハウンドは群れで行動する習性を持つ悪魔である。基本的に1つの群れでハウンドが五体~十体いる。ロゼイアは三方向から悪魔の気配を感じた。ならばこの町にハウンドの群れが三つは来ているということか。それとも──

 そこまで考えたときケイはあることに気がつく。

 ハウンドの群れが三つも来ているのにこの町の教会には冥屋の一員でもあるパーシヴァルが居るはずなのにじっとしているだろうか。更に教会にはパーシヴァルの弟子でもあるネロという女性や国から派遣されている正規の司祭又は術者がいる。司祭や術者の実力までは分かりかねるがパーシヴァルとネロの実力ならばこの程度の量のハウンドを倒すなど簡単なことのはずである。しかし三方向から感じた悪魔の気配は未だ健在のはずだ。パーシヴァル達が悪魔の気配を感知出来ないというのもじっとしているというのも考えづらい。

 ──いったい何が……

「考えていても仕方ないですね」

 どうやらここにいるのはハウンド五体だけのようだ。とにかくこのハウンド達を殲滅し教会に行かなければならない。これだけの異変が起きていて二人がじっとしているとなると二人の身ひいては教会にも何かがあったということだろう。とにもかくにも急がなければ。

 ケイはそこで思考を戦闘に切り替え前方のハウンドを注視する。どのハウンドも威嚇するように唸るばかりで動こうとはしない。こちらの動きを伺っているようだ。どうしたものかとケイが腰のホルスターのハンドガンに手を添えた直後横並びのハウンドが一体を残して走り出す。

 四体のハウンドの内一体がケイの目の前で止まり残りの三体はケイの両脇、そして真後ろへ一体陣取る。ケイが左、右、後ろ、前と順番に視線を向けた直後前方のハウンドのせいで死角となった位置から最後のハウンドが飛びかかってくる。それを左に九十度回転し半身で避け左手に握ったハンドガンで狙うと次は後方の位置にいるハウンドが飛びかかってくる。それをしゃがんで避ける。ハウンドがケイの上空を通過した直後左右のハウンドが襲いかかってくるのを真上に跳躍して避ける。とケイは縦回転をして頭が地面、足が天を向く。そのまま腕を伸ばし二丁のハンドガンを構えると三発ずつハウンド二体に放つ。銃弾を食らったハウンドは断末魔の叫びとともに霧散する。もう一度回転し着地するとそれを狙ったように襲いかかってくるハウンドに左手のハンドガンで二発撃つと先程と同じように半身でかわす。両手を広げ右手のハンドガンで次に襲って来ようとしたハウンドに一発撃ちそれと同時に左手のハンドガンで着地後に襲ってきたハウンドを撃つと静かに霧散した。その後残った二体のハウンドに向き直り右手と左手を手首と肘の中間辺りで交差させて交互に撃つ。ちょうど三発ずつ撃つと二体同時に霧散していく。

「ふぅ。さて、と。教会に向かいますか」

 ケイはそれだけ言うと踵を返して駆け出す。少しして噴水広場に到着すると東大路から駆けてくるガラハッドを見つける。ガラハッドもケイを見つけるとケイの方へ駆け寄ってくる。

「そちらは!?」

 ケイの問いにガラハッドはしどろもどろしながらも東大路での出来事を告げる。そのあらましを聞いたケイは顎に手を当てて少し考えた後

「やはり、これは人為的なものですか……。悪魔を三分させこちらをはなれさせる。そして各個撃破、というわけですね」

「あぁ、そのよう……ってまて。どうして黒い男は俺達が三人であることを知ってるんだ?」

 ガラハッドの言葉にケイは確かにと驚く。ケイ達は元々ガラハッドとケイの二人だけであった。それを約三十分前にロゼイアが成り行きで冥屋に加入したのだ。ならばガラハッドと対峙したその黒い男は事の成り行きを知っていた事となる。

「何処かで見ていた…?」

「そうだ!黒いローブ!狙いは、ロゼイア!!!」

 二人ともこの異常事態に忘れていた。何故だかロゼイアが狙われていることを。前回は悪魔を引き寄せる術式で。だが今回は三手に分かれていた。だとすれば何者かによって悪魔が操られていたということになる。悪魔を操る方法など悪魔との契約の他聞いたことはないがそもそも下級悪魔たるラビットやハウンドとは契約出来ない。中級悪魔ですら人語を理解できる個体でなければ契約は出来ないのである。その時、爆発音が町の静寂を割る。

「今度はなんだ!?」

「……教会の裏手からの様ですね。彼方には私が向かいます。ロゼイアの方はガラハッドさん、頼めますか?」

「あぁ!勿論!」

 二人は互いに見つめ頷きあうとそれぞれの場所へと走っていく。


 ──中央区・教会・パーシヴァル──

 教会内を男女が歩いていく。男の方は四十代程の風体である。女の方は背の中程まで伸び緩くカーブしたブロンドの髪をした二十代半ばの年頃の女性。黒を基調とした服を着用し腰には二十センチ程の魔法用木製杖を提げている。女の名をパーシヴァルといった。パーシヴァルは冥屋の一員でありながらその魔法や精霊術の実力の高さが評価されこの町の守護術者として選出されたのである。一方の男は教会の専属司祭である。冥屋の仕事で度々町を出るパーシヴァルの代わりにと選ばれた。

 ふと、パーシヴァルが立ち止まり、振り返る。隣の女性が立ち止まったことにすぐには気がつかなかった男がパーシヴァルよりも十歩程度進んだ先で男も立ち止まり振り向くとパーシヴァルに語りかける。

「パーシヴァル様?どうかなさいましたか?」

「……いいえ。何でもありません。そうだフォルカ様、直ぐにネロを私の執務室に呼んでいただけますか?」

 パーシヴァルは怪訝そうにしかめていた顔を二度横に振るといつもの優しい面持ちとなり、司祭──フォルカに告げる。

「はい、分かりました」

 司祭はそれだけ言うと走り去る。パーシヴァルも執務室の方へと歩いていく。


 パーシヴァルが執務室に到着し椅子に腰かけた数分後、扉が三度ノックされる。パーシヴァルは横目でちらりと見ると直ぐに書状に視線を戻し扉の外の者に入るよう声かける。扉の外にいた女性は失礼しますと短く応え扉を押し入室する。腰まで伸びる黒髪にそれと同色の瞳。パーシヴァルと同様黒を基調とした服を身にまとい腰に魔法用木製杖を提げた女性──ネロは入室後パーシヴァルに一礼する。

「早速だけど貴女にはこれからガラハッド達の所へ向かってもらうわ」

 パーシヴァルの突然の言葉に少々混乱したネロは困惑しながらも

「え?またどうして??」

「……なにか、良くないことが起こりそうなの」

 パーシヴァルの答えにネロの困惑した顔が真剣な物へと変じる。パーシヴァルの勘、若しくは予感と言えるそれは非常によく的中する。更にここでガラハッドら冥屋の名が出ればそれは十中八九悪魔関係の事である。

「分かりました。直ぐに向かいます。ですが、私が向かうよりも風言を使った方が速いのではないですか?」

 風言とは風の精霊術の一種であり専属契約した風の精霊に伝言、もしくは書状を届けて貰う術である。風と同じ速さで運んでくれる為重宝される。

 それを聞いたパーシヴァルは首を横に振る。

「貴女に向かって欲しいの。何か他にすることがあったのなら私が代わりにやっておくけれど?」

「いいえ。お気遣いには及びません。私も丁度暇をしていたので。直ぐに」

「ありがとう」

 それだけ会話をするとネロは再び礼をして部屋から出ていく。それを微笑みながら見送ったパーシヴァルはふと窓から夜空を仰ぐ。


 それからどれ程時間が経っただろうか。執務室で書類を書いていたパーシヴァルは何かを感じて手を止め立ち上がる。その勢いで椅子は倒れてしまうがそんなことはもうパーシヴァルの意識の外である。パーシヴァルは急いで窓に駆け寄り窓を開けようとするがいくら力を込めても開かない。そうしていると執務室の扉がドンドンと大きく叩かれる。咄嗟に腰の杖に手をかけるパーシヴァルだったが扉の外から聞きなれた司祭の声がする。

「パーシヴァル様!私です!フォルカです!」

 それでもパーシヴァルは警戒を解かずに慎重に扉を開けるがその向こうにいた見なれた四十代の男をみて胸を撫で下ろす。

「よかった。フォルカ様ご無事だったのですね」

「パーシヴァル様もご無事そうで何よりです。あぁ!そうだ!異変を感じて町に出ようとしたら扉が開かないのです!」

「そちらもですか!?こちらも今窓が開かないことに気がついて……」

 パーシヴァルはそこで驚愕する。それは教会に何か術がかけられている事もあるがそれ以上に目の前の男が自分より早く異変に気がついていたことである。いつもなら自分の方が先に異変を察知している。が今回は司祭の方が先に異変を察知している。いつもと違う、という観点でみれば司祭を疑うのが普通ではあるがパーシヴァルは司祭との付き合いが長い。司祭がこのような事をするような人間には到底思えない。加えれば司祭の術をパーシヴァルが破れないはずがないのである。

「フォルカ様は教会内の者を集めて安全な所へ。私はこれを破ってみます」

 パーシヴァルは司祭に告げると執務室を出ていく。後ろから司祭のお気をつけてという言葉が聞こえた。


 少し歩き教会の外壁にそっと触れると目を閉じて意識を壁に集中させる。外には出られないが中は行き来できる。ということは術は教会の外壁を覆うようにかけられている。その力の流れを感じる。そしてその力の流れが最も小さい場所。つまり術の効果が最も弱い場所を攻撃して術を破るのが作戦である。

「あっちか。教会の、裏手…!」

 パーシヴァルが駆け出してから数分で教会の裏に到着する。そこでまた壁に手を触れ集中し最も弱い場所を探す。

「ここか!」

 パーシヴァルの目線よりもやや高い位置。地面からおよそ二メートル程か。パーシヴァルは腰の杖を抜きそこに先端を向ける。そして何やら詠唱すると杖の先端に空気の球ができる。その球の中で空気はぐるぐると回転している。

 風系統魔法「ウィンディボール」である。風の球はふわっと杖先から離れて先程見つけた最も弱い場所へと進み壁に当たる直前で停止する。それを確認したパーシヴァルは続いて次の詠唱をする。今度は杖先に猛火の球が出来上がる。火系統魔法「フレイムボール」である。

 火の球が杖の先から放たれ風の球へと進む。パーシヴァルは火の球を放った直後に身を潜める。そして火の球が風の球に触れた瞬間。凄まじい爆音が教会を、いや町を包む。火の球は風の力で一気に燃え上がりそれが爆発となって壁に衝撃を与えたのだ。それによって教会の外壁は煙をあげながら崩れ落ちる。と同時に教会の外壁にかけられた魔法も消える。もうもうと立ち込める煙の中パーシヴァルは立ち上がり教会の外へ出る。左、右と見回すと。右斜め前方に後ろ手に組んだ右手に三十センチほどの木製の杖を持ったやや細身の黒いローブに身を包んだ人物が立っている。

「ほう。やはりこの程度の術は破りますか」

 声音から察するに四十代半ばの男性か。その男が右手を動かそうとした瞬間にパーシヴァルは杖先を男に向けて睨む。

「動かないで。動けば遠慮なく貴方に魔法を放ちます」

 パーシヴァルが声を発した一瞬は動きを止めるも尚もその動きを止めない男に対しパーシヴァルは宣言通り魔法を使用する。瞬時にパーシヴァルの杖先に猛火の球が出来る。と同時に男に向かって飛ぶ。対する男の杖先には風が集まる。その瞬間に杖を一息に振り上げる。集まった風が上空へ流れ壁と成る。火の球は風の壁に当たると風にのって上空へと流れる。しかしそれを見越していたパーシヴァルの次の魔法、風系統魔法「ウィンドカッター」が火の壁となった物を引き裂き男に向かって飛ぶ。その風の刃をまたも男は杖先に集めた風で振り払う。パーシヴァルが次の魔法を使用する前に男の杖先には砂が集まる。その周りに風が集まり砂と風が混ぜ合わされる。男がそれを地面へとぶつけると周囲を土煙が包む。

「このッ……!!」

 パーシヴァルは風系統魔法「ウィンディ」で土煙を吹き飛ばす。視界が回復するもそこに男の姿はなかった。いや、一人いる。先程まで男がいた右斜め前方とは逆の左斜め前方にパーシヴァルの見慣れた男が立っていた。

「大丈夫ですか?パーシヴァルさん」

 男──ケイの言葉に短く頷くとパーシヴァルは再度周囲を確認し杖をしまう。と、ここでパーシヴァルはある疑問が浮かぶ。どうしてここにケイがいるのか。もしやこれもあの男の魔法か。パーシヴァルが先程しまった杖にそっと手をかけてから問う。

「どうして貴方がここにいるの?」

「それには事情がありまして…」

 ケイはこれまでの経緯を説明し終えるとふうっ。とため息をはいた。この短期間で色々起こりすぎてケイもまだ状況の整理が完璧ではないのだ。パーシヴァルも暫く険しい顔をしていたかと思えば深く息を吐いた。

「狙いはそのロゼイアって少年だけでは無さそうね。少年が狙いだとしたら町全体に魔法かけるような大がかりなことや術で悪魔を誘き寄せるなんて回りくどい仕方はしないはずよ。あのレベルの術者や今ランスロット様が戦ってる大剣使いなら尚更ね。だとしたら何か裏があるはず…」

 パーシヴァルはそのまま暫し考えていたが、ここでじっと考えていても仕方ないと判断したのか。

「とにかく、その少年の所へ向かいましょう。もしさっきの術者が二人の所へ行ったとしたら危険だわ」

 それだけ言うとロゼイアのいる方へと走っていく。

 ──あの術者、もしかして……いいえ。きっと違うわよね。


 ──北大路・ロゼイア──

「この辺、だよね…」

 ロゼイアは誰に問うでもなく独り呟く。どれ程走ったろうか。噴水広場から随分走った気がする。ロゼイアは息を整えながら周囲を確認するも悪魔の姿は見えない。まだ先か。しかし、このまま走って行けば町から出てしまうのではないか。だとすればそれが狙いか。いや、そもそも下級悪魔にそこまでの知能があるのか。

「誰かが操っている……?」

 いったい誰が。自分が狙われる道理は無いはずだ。何故なら──

「悪魔の気配…っ!!」

 ロゼイアは咄嗟に足に魔力を溜めて真横に跳ぶ。その瞬間そこにラビットが降り立つ。毎回毎回人を踏み潰そうとしやがって芸の無い奴め。何度目だ。ロゼイアはそう考えつつも距離をとって息を吐いて気合いをいれる。どうやら一体だけのようだ。もしかすれば何処かにまだ潜んでいる可能性もあるがとりあえず今は目の前のラビットを倒すことに専念しよう。

 ロゼイアは目の前のラビットに意識を集中させつつも周囲にも気を配る。感じた気配は一体だけのものでは無かったのだ。ならば他の悪魔も確実にいる。考えにくいがこのラビットは囮である可能性もあるのだ。だが、

 ──一撃で決める!!

 そう。一撃で仕止めれば良いだけである。ロゼイアはラビット目掛けて走って行き中ほどまで近づいたところで足に溜めた魔力を使って真っ直ぐ前に跳ぶ。左手を前に突き出し右手を引き絞ると右手に魔力を集中させる。ラビットの直前で左足を地面につけ着地するも勢いを殺しきれず数センチ地面を滑る。そして止まりかけたその瞬間によりいっそう右手に魔力を力をこめて右足を踏み込むと同時に右手の渾身の一撃で真上へ殴り上げる。家よりも高くあがったところで静かに霧散して消える。


「魔力を集中させる??」

 冥屋跡地から町へ向かう道中、打撃では悪魔を退治できないため自分も何か武器を持とうかと言ったロゼイアにガラハッドが魔力を集中させろと言ったのだ。

「あぁ。打撃でもその攻撃に魔力を込めれば悪魔相手にも有効だ。まぁ魔力に拘らなくても精霊術を纏えばそれも有効になる」

 魔力も使い方次第で自分より体の大きな物を吹っ飛ばしたり大きく跳躍したり大地を殴ったり蹴ったりで割ることも可能だと続けた。


「とりあえず一体っと。他には……」

 ロゼイアが辺りを見回すも現れるどころか気配すら感じない。

 いや微かだが感じる。だが姿は見えない。だとすれば考えられる場所は

「上!?」

 足に魔力を集中させて一気に後方に跳躍するとロゼイアが寸前まで立っていた場所に巨大な何かが硬質の音をたてて落ちてくる。土煙の中ロゼイアが見たものは箱形にまとまった頭胸部に5対の歩脚があり、このうち最も前端の1対が鉗脚となる。触角は2対あるが、どちらもごく短い。それは正に蟹のそれであった。しかし異常に大きい。荷車程はあろうか。この蟹の名を「ジャイアントクラブ」という。中級悪魔である。鉗脚──ハサミによる切断と打撃攻撃に加え堅牢な甲羅に覆われており他の中級悪魔に比べ防御力攻撃力共に最高クラスであるが。蟹ゆえの特性として前後方向の動きは非常に遅い。しかし。他の中級悪魔達と比べ圧倒的に違いがあるのは、

「泡!?」

 そう。水属性の泡攻撃である。攻撃、といってもやはり泡なのでダメージは無いが火の魔法や精霊術の力が低下するばかりかクラブ自体が水属性を持っているため火属性の攻撃は効きにくい。つまり、火の精霊術の特性である破壊力は期待できないのである。しかしそんなことはロゼイアには関係ないのである。何故ならこれもまた冥屋跡地から町に向かう道中での話になるのだがロゼイアには精霊術の才能があまりないと言うことが判明した。

 精霊術の才能とはすなわち精霊の力を如何に引き出せるかというものである。普通は精霊術を駆使したところで大した攻撃にはならずほとんどが使用者の補助程度である。

 しかし、精霊術の才能があれば戦闘で使用できるばかりか精霊のクラスが上がれば魔法に代わる程の力も期待できる。精霊にも階級がある。いたるところに存在する「微精霊」と「精霊」。精霊は通常不可視の大きさであるが各属性の長ともいえる「大精霊」ともなれば大きさこそバラバラではあるが黙視できる大きさになり引き出せる力も精霊の比ではない。

 そして魔法、精霊術共に各属性には特性がある。基本的な特性は「地属性の硬化」「水属性の鎮静」「火属性の破壊」「風属性の増速」であるが、この他にも様々な特性がある。

 このクラブの泡攻撃は水属性。この泡が体に付着すると水の鎮静特性により他の属性の効果を鎮静、つまり軽減させてしまう。それをロゼイアが知るよしもないがロゼイアは足に魔力を僅かに集中させて泡を避けると同時にクラブの方へと飛び魔力を集中させた右手の拳で殴る。が、頑丈なクラブの甲羅には傷ひとつ付かない。

「さすがに堅いなぁ」

 クラブの甲羅に着地してからそれを足場にして跳躍し距離を取る。

「でも。大丈夫、きっと。できる!」

 ロゼイアは深呼吸をしてそう呟くと自分を奮い立たせる。

 クラブは器用にゆっくりと百八十度旋回してロゼイアの方を向く。毒々しい紫の巨体は月明かりをぬらりと反射し不気味に赤く光る眼球がロゼイアの姿を捉える。低級と中級悪魔は知能が低いがこのクラブはそれが顕著である。ロゼイアの方向を真っ直ぐ向いたところで横方向にしか動けないのだから意味がないではないのか。そちらの方がロゼイアには都合がいいのだが。

 そこで思考を中断しクラブに真っ直ぐ走り出す。クラブは右のハサミを振り上げて攻撃圏内に入るとハサミを振り下ろす。ハサミは町の地面に当たると硬質な音を立てる。地面には保護魔法がかかっているのか無傷だがそうでなければ確実に抉れていただろう。ロゼイアはハサミをギリギリの所で真横に避け足に魔力を集中させて跳び上がる。右の拳に魔力をありったけ集中させると同時に地属性の精霊術も施す。確かにロゼイアに才能はないけれど使えない訳ではない。僅かでも効果があるのなら使うにこしたことはない。

 クラブは左のハサミを広げる。切断攻撃だ。空中のロゼイアはそのハサミに切断される前にハサミを蹴ってクラブの背中へと跳ぶ。ハサミがガシャン!と空中で音を立てるのを背にロゼイアは真っ直ぐ跳びそして、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 右手の渾身の一撃を背中の甲羅へと加えると手首と肘の中程まで貫通する。それを力ずくで引き抜くとそこから霧状のものが吹き出しクラブもすぐに霧散する。

「はぁはぁ、うっ…」

 右手に痛みを感じ見てみると右手が僅かに紫に変色していた。が、すぐにそれは消えていき痛みも消えていく。

「なんだったの?」

 後でガラハッドかケイに聞いてみよう。それが懸命だろう。自分で考えても分からないのだ。それより他に悪魔はもういないだろうか。集中しても悪魔の気配は全く感じない。ならばもうここにいる理由もないので中央区の噴水広場に帰ろうと踵を返した時。

「へぇ。中級悪魔のジャイアントクラブを倒すとはなぁ。でも障りが消えたのはどうして?」

「っ!黒ローブ!!」

 声の方を向くとそこには黒ローブを羽織顔を隠した人が一人立っていた。声音から察するにロゼイアやガラハッドとそう歳も変わらぬであろう少年の声だ。ロゼイアが以前出会った黒ローブの男とは別の。少年は腰に提げた2本の湾刀──ククリを手に取ると逆手に持ち構える。

 その瞬間ククリ使いの黒ローブはロゼイアの方へと走ってくる。その足には風の精霊術が──

「はやっ……」

 上体を後ろに反らすと目の前をククリの切っ先が横に薙ぐ。ロゼイアは地面を蹴って後ろに跳び手を地面について更に跳ぶ。それで距離をとると共に向き直る。

 ──まずいな。さっきので魔力結構使っちゃったし。

 倦怠感が体に残る。魔力を消費しすぎると体力もついでに消費してしまうのだ。圧倒的に劣勢である。噴水広場まで逃げるという手もあるのだが相手が風の精霊術を使うとなれば逃げきるのは難題だろう。だからといってこの状況で戦って勝てるとは思えない。ならば時間稼ぎしかないだろう。帰るのが遅ければガラハッドかケイが応援にくるはずである。それに丁度聞きたいこともあったのだ。

「あ、すごいすごい。流石は冥屋の騎士ってところか。少しは楽しめるかな」

「どうして僕を狙う。目的はなんなの?」

「いずれ分かるよ。いずれ、ね」

 言い終わらぬ内にククリ使いが突進してくる。右手の横薙ぎをしゃがんでかわすもすぐに左手の追撃がくる。

「くっ!!」

 咄嗟に真後ろに跳んで避けるがそれを見越していたククリ使いは前に跳んで距離を詰めようとする。

 が、次の瞬間ククリ使いとロゼイアの間に何かが飛来する。飛来したそのなにかは地面に突き刺さる。

 果たしてそれは針だった。針、といっても布を縫い付けるような針ではない。筆と同じくらいの長さがあり地面に突き刺さっているのと反対の方も尖っている。

 更に飛来する針をククリ使いは避けながら後退しロゼイアとの間に距離ができる。

「そこまでよ!貴方達何者?町をこんな風にしたのはどっちかしら?」

 声のする方を向くと屋根の上に女性が立っている。背中の中央ほどまで伸びた美しい黒髪が夜風を受けてそよぐ。

「おねぇさん誰?邪魔するなら──殺すよ」

 ククリ使いの言葉を意に介さずロゼイアとククリ使いを交互に見る。手に持った杖の周りには赤いオーラの様なものが渦巻いている。恐らく火系の魔法だろう。

「待ってくれ!!ネロ!」

 声と共にロゼイアの真横を一陣の風が吹き抜ける。風は緑色の光の残滓を残していた。ロゼイアがそれを認識した直後剣と剣がぶつかり合う様な金属音が目の前からする。はっとして前を見るとククリ使いと対峙するガラハッドがそこにいた。

「2対1か。部が悪いな……」

「3対1だ…!!ロゼイア!!」

 ガラハッドがククリを弾くのと同時にククリ使いの死角からロゼイアが出てくる。ロゼイアは拳を固く握り脇を閉め正拳突きをするがそれはかわされる。が、それを先読みしていたようにネロの火魔法、「ファイアーボール」がククリ使いを襲う。それをもろにくらうも両手のククリを盾にする。が、そこそこのダメージがあったようでククリ使いのローブが燃え始めたのでククリ使いはそれを脱ぎ捨てる。中から出て来たのは少年だった。金にも似たクリーム色の長い髪を首の後ろで括っている。顔立ちは幼くロゼイアと同じ年頃かと思われる。

「ちっ、そろそろ潮時かなぁ…」

「待てっ!!」

 後退していくククリ使いをガラハッドが追いかけようとするがククリ使いはすぐに闇に消える。代わりに現れたのは3体の大きな影。

 果たしてそれは、中級悪魔「ハウンドウルフ」である。普通の狼より大きいがそれほど巨大と言うことはなく成人男性と同じほどの大きさである。

「まだいたのか……!!」

「違うわ、これはさっきのククリ使いが召喚したものよ!」

「なっ……!!」

 悪魔の召喚には代償が必要となる。その代償とは悪魔によっても様々であるがその多くは「魂」または「命」である。精霊術の使用にも代償が必要となる。が精霊術の場合は平均20年で1日分など極僅かであるのに対し悪魔の召喚にはその代償が大きい。上級悪魔を召喚し契約すれば人の一生の半分以上を消費する。上級悪魔を例としたがそれは中級悪魔であろうと大差は無い。

 それを平然とやってのけるククリ使いとは一体何者なのか。そしてそうまでして冥屋を狙う理由とは何なのか。そこまで考えた所でウルフが襲ってくる。

 一番先に襲ってきたウルフの爪を剣でガラハッドが防ぐと残りの2匹はガラハッドの脇をすり抜け、一体はガラハッドの後方のロゼイアを狙い、一体は屋根上のネロを狙って跳躍する。

「こっちは大丈夫!!」

 ネロはそう叫ぶと詠唱する。すると杖先から炎が吹き出す。火系統魔法「フレイム」である。

 それを顔面にくらったウルフは呻き声を上げながら地面に落下する。一方のロゼイアはウルフの爪を間一髪の所でかわす。

「こっちも、なんとか」

 ロゼイアもそう言うも実際のところ魔力はほとんど底を尽きている。その状態でウルフに勝てる筈がない。が、3対3であるならロゼイアが相手をするしかないだろう。ガラハッドもネロも自分の事で精一杯だろう。ケイの援軍も期待は出来ない。

「どうしよう……」

 魔力が残り少ないので無駄使いは出来ない。1発で決めるしかない。

 迫り来る次の爪攻撃をもう一度避けて今度は右足で蹴る。それで吹っ飛び怯んだ所に右手の正拳をくらわす。そして倒れると同時に魔力を込めた右足で渾身の踵落としをしようとするも一瞬の差でかわされる。

「くそっ!」

 硬直したところにウルフの頭突きを腹にくらって吹っ飛び壁にぶつかる。

「ロゼイア!!」

 ガラハッドがロゼイアに駆け寄ろうとするがそれをウルフが阻む。

「邪魔だ……っ」

 剣を中段に構え横に薙ぐが伏せて避けられる。すぐに切り返し叩き落とすように垂直に切り下ろすも股の間を潜られ避けられる。

 1つ奥の細道ではネロのものと思われる魔法による音が聞こえる。

「くっ!こんのっ!!」

 ガラハッドは踵を返して応戦する。

 ロゼイアは暫く呻いていたが目前にウルフが迫る。

 ぐるるるるるる

 と腹に響くような低い唸り声を上げ今まさにロゼイアに襲いかかろうとしたとき。

「死、神…?」

 ロゼイアとウルフの間にボロボロのローブに身を包み右手に大鎌をもった何かが現れる。その姿はまさに死神を思わせる典型的な出で立ち。ウルフは動きを止めている。と言うよりも動きが止まっていると言った方が正しいだろう。飛び上がったその瞬間で固まっているのだ。

 一体どうしたというのだろう。ロゼイアがそう思っていると、

「汝に、力を──」

 恐らく死神の声か。それが聞こえたと思った瞬間に世界は再び動き始める。

「力…?」

 世界が時を進めたのに一瞬遅れてロゼイアを光が包む。精霊術のものではない光だ。その光にウルフは怯む。

 光が収縮したとき、光の中から出て来たのは大鎌を持ったロゼイアであった。

「なに、これ?力が湧いてくる」

 不思議なことに魔力が僅かに回復している。更に魔力の消費による倦怠感もなくなっている。

 怯んでいたウルフは首を振って飛びかかってくる。それを大鎌で防いで受け流し壁にぶつける。そして距離をとるために跳躍する。

「体が軽い……」

 ブンブンと大鎌を振り、構える。走ってきたウルフをまたも大鎌で受けとめ弾き返して蹴り上げる。空中で身動きがとれなくなったところを大鎌で両断する。

 咆哮と共にウルフが霧散し消えていった。

「なんだったんだろう…?」

「恐らく、修羅でしょうね」

「修羅…?」

 ロゼイアの問いかけに答えたのはネロだった。

「えぇ、修羅。簡単に言えば内なる己の力の事よ」

 ネロ曰く修羅を平たく言えば個々の特殊能力や超能力等とも言われる力で己の心を具現化し力とする事であるらしい。個人によっても大分違いがあるらしくロゼイアのように武器として具現化するものもあれば何らかの形で力として具現化するものもあるのだとか。

「内なる己の力……」

 だとすれば先程見た死神が内なるロゼイアの姿なのだろうか。

「すごい力だよ。誰でも扱える訳じゃない」

 そこに戦闘を終えたガラハッドも合流する。

「とりあえずケイ達と合流しよう。状況の整理もしたい」


 ──翌日──

「そう。つまり現段階では敵は3人ということね」

 ロゼイアを術式によりラビットに襲わせ町全体に術を掛けて町民そして町に被害が出ないようにした術者。実力者でパーシヴァル相手にも余裕綽々と闘っていたという。

 ガラハッドの前に現れた大剣使い。しかもこの大剣使いもかなりの実力者であり、国一番の騎士とも目されるランスロットに手傷を追わせている。

 そしてロゼイアと対峙したククリ使いの少年。実力の程は未だに未知数であり少なくともガラハッドと同等の実力の持ち主である。

「……とりあえず敵という表現をしたけど結局のところどうなの?奴等の狙いはロゼイアなのか冥屋なのか」

 ネロの問いかけにはケイが答える。

「ロゼイアさんが狙われているのは確定ですね。冥屋の方はそうですね。ロゼイアさんが加入したから狙われ始めた、という線もありますからね」

「ロゼイアと冥屋両方を狙っていると考えたら良いだろうな。ロゼイア一人のために町全体を術にかけるなんて規模が違いすぎるだろう」

 ケイの考えを否定するようにガラハッドが発言する。

「そこも気になってるのよね。ロゼイアを殺そうとしていた連中のわりに町や町民に被害が出ないように計らったりと行動に不明な点が多いのよ」

 ネロの言葉に皆が考え込む。確かに人の命を狙うような者達が町の被害の事まで考えるものだろうか。

「若しくは、ロゼイアが狙われるだけの悪事をした、とか?」

 ガラハッドの言葉で皆がロゼイアを見る。が、それを否定したのは思わぬ人物だった。

「そうは、見えないがな」

 そう言ったのはランスロットだった。その言葉にガラハッドは笑いながら

「冗談だ。俺も本気では言ってないよ」

 そう言いながら笑う。

「現状では分からないことが多すぎるわね」

「あぁ。とりあえず情報収集も兼ねて近隣の町村を尋ねてみようと思っている。先ずはそうだな……ベクツール村に行こうと思ってる」

 ガラハッドがそう言うとパーシヴァルが何かを思いつき教会の掲示板の方へと歩いていき紙を1枚取ってくる。それをガラハッドに差し出す。

「そういえばベクツール村から依頼が来てるわよ。ついでに済ませて来たら?」

 差し出された紙は依頼状だった。依頼場所はベクツール村であり、依頼主は村の村長であるフリジット・ベクツールである。肝心の依頼内容はと言うと湖の異変調査との事である。この程度ならわざわざガラハッド達が受注せずとも町の自警団や調査団が依頼をこなしてくれる筈であるがどうせ村へと赴くならそのついでにこなしてしまうのも悪くはないだろうし何より発注日が1日前、ロゼイアがラビットに襲われ、町に術が掛けられ悪魔が現れたその日である。因果関係があるのかは不明だが何かの手がかりとなる可能性もあるだろう。

「あぁ、分かった」

 ガラハッドは頷くと立ち上がる。そして1度伸びをすると。

「さて。そろそろ行こうか」

「そうですね」

「うん」

 ケイとロゼイアの方へ声かけをして剣をとる。

 ガラハッドの言葉にケイとロゼイアが頷き立ち上がりケイは銃のホルスターを腰に装着すると教会の出口に歩いていく。

「気を付けろよ、3人とも」

 ランスロットの心配そうな言葉にガラハッドは立ち止まり振り返ると

「心配ないよ」

 それだけ言って手をあげてまた出口に向かって歩き始めた。

「待って、ロゼイア」

 ロゼイアを呼び止めたパーシヴァルは皆で座っていた机の隣の机の上から籠手を取りロゼイアへ駆け寄って籠手を渡す。

「これは?」

「私からの餞別よ。これから悪魔達と闘うなら必要になるだろうと思って。術が掛けてあるから昨日みたいに魔力を籠めずとも悪魔を倒せる筈よ」

 パーシヴァルがそう告げるとロゼイアは籠手をまじまじと見た後装着し短く礼を言う。

 そしてまた教会の出口に向かい歩みを進める。

「気を付けろよ。本当に…」

 そのずっと後ろ。ランスロットは誰にも聞こえないほどの声でそう囁いた。


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