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1部8話 無関心が来たりて笛を吹く

「俺は、ずっと君が好きだ。過去へ転生する前の『魔王』として君臨していた時から、ずっと、ずっと!」


 そんな配下の気持ちを知ってか知らでか、男は自分の正体を晒したと同時に、叫ぶ。

 魂の底から吐き出すかの様な深い声だった。絶対的な存在感は背後に従う怪物達にも届き、彼らを震えさせる。例え単なるエルフに成り果てても、それは確かに『魔王』だ。

 しかし、正面からそれを聞かされたリーリアは、自分の意識が理解を拒絶したかの様に震えていた。


「な、なにを、言って……」

「この辺りの山を攻めようと配下に偵察を命じて……君の顔を、心を知って、生き方を知って……魂を貫かれる気持ちになった! この、人には邪悪の権化と呼ばれ、精霊には憎悪された『私』が! たった一人のエルフに心を囚われたのだ!」


 幼馴染みに愛の告白をする気持ちは、どんな状況にあっても恥ずかしいのだろう。どこか自棄になっているのか、顔を赤くしながら男は語っている。

 若干の甘酸っぱさと深すぎる魔王の空気が混じり、混沌とした空間を作り上げていた。

 男とリーリアはそんな雰囲気に気づく余裕は無く、特に男は今まで言えなかった物を全て告げるかの様に話を続けるのだ。


「だから、君が『勇者』を守って死んだと聞いた時……俺は、私は! 君を無価値に死なせたクソガキを殺してやろうと思った! 『魔王』としてではなく、君に片思いをした一人の男として!」


 自分の思考を吐き出して、少しだけ疲れたのか男は深く息を吸う。それと同時に、彼の表情には絶望に近い感情が現れた。


「……だが、駄目だった」


 苦しげな声を発すると、彼の目は倒れ伏して動かなくなった少年へと向けられる。

 男の表情は、何とも言えない物だ。こんなに簡単に少年を殺す事が出来てしまったのだから。


「そこのガキは化け物よりも化け物だった。心も体も、力もだ。全てを捨てて戦っても、私は敗北して力の大半を失った。残ったのは、俺が骨の髄まで『魔王』だと証明する『彼ら』を操る力だけだ」

「……」

「それでも私は諦めなかった。魂を過去へ飛ばし、エルフとして生まれ変わり、君の幼馴染みになって、無茶をする君を守ろうと思った」


 黙って話を聞き続けるリーリアに向かって、男は悲しげな、どこか自虐的な表情になる。


「だけど、生まれ変わった俺は弱くてなぁ……エルフだというのに、魂が『魔王』だから精霊にも嫌われた」


 自分が弱い者として生まれてしまった事を男は心の底から憎悪していた。

 そんな気持ちを吐き出して、彼は一度深呼吸をする。そして、次に口を開いた時には達成感と喜びが混ざった嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「俺が、君を守るなら……その手段はたった一つしか、無い!」

「……」

「『勇者』になったばかりの奴なら、殺せる筈だ! 力の使い方もまだ未熟の筈だ! 俺は遂に、コイツを殺せた!」


 今にも大きな笑い声を上げてしまいそうな表情で、彼は少年の死体を指さす。彼女が命を尊ぶ事など知った上で、彼は自分の気持ちを隠さずに表した。

 それが、彼の全てだった。

 リーリアへの依存的で曲がり歪み深くなり過ぎた愛情と、エルフに転生した事への自虐と、『魔王』としての自分。それらが混ざって、今の彼を作り上げているのだ。

 言われるまで気づかなかった、思えば幾らでもその可能性は有ったというのに。リーリアは自分の鈍感さが起こしてしまった罪を認識し、自虐的に微笑んだ。


「……そっか、私に生きていて欲しくて、そうしたのね」

「ああ」


 自分の身に罪を刻み込むかの様に、リーリアが呟いている。そんな事は男にも分かっていたが、彼はただ頷くだけだ。

 彼女は魂にまで幼馴染みを苦しめていた事を叩き込む。そして、その背中から、壮絶なまでの光の羽が現れた。


「その為に……沢山の命を、奪ったのね」


 次に彼女が発した声は、とても冷たい物だった。

 自分の罪を認識した上で、相手の事を許せない。そんな目をしている。そうだ、彼女は怒り狂っていた。気づけなかった自分にも、自分を生かす為に多くを犠牲にした男にも。

 そうだ、この男は、あの里の少女から両親を奪ったのだ。

 羽が、それに応えるかの様に輝く。軽く羽ばたくだけで男の存在すらも消し飛ぶだろう。超越的で概念すら改変する化け物の前では、魂すら残るまい。

 それでも、男は恐怖を感じずに一歩、リーリアの元へ進む。


「俺を、殺すのかい」

「……」

「良いよ。魔王だった時、君が討伐に来たら何もせずに殺されるか、気持ちを伝えて死のうと思っていたんだ。どちらも果たせて、俺は満足だよ」


 今までとは違う淡い笑みを浮かべ、男は腕を広げる。リーリアの攻撃であれば、彼はきっと避けないだろう。大人しく受け止めて、安らかに消えていくに違いない。

 羽が更に強く輝き始める。一つ一つの光が恒星の爆発の様な質量を持っていて、最早言語化の及ばない現象が幾つも彼女の中で沸き起こっているのが分かる。

 それでも、彼女はリーリアだ。幼馴染みの潔い言葉を受け取って、ただ悲しそうに頷いている。


「そう……」

「ああ、そうさ」


 小さな呟きに優しく返事をすると、男は目を瞑った。羽は彼女の意志を表すかの様に動き出し、凄まじい勢いで刃と思われる形を取る。

 そのまま、羽は男の方へ迫っていく、受ければ自分が一瞬で滅びると分かっていても、目的を達成した男は静かに受け入れるだけだ。

 だが、本当は分かっていた。迫り来る羽は、目の前で止まるという事を。


「私が殺せないのを、知ってる癖に……」


 悲しげな声と共に、羽の動きが本当に止まった。羽を構成していた光は瞬く間に消えて、後には俯く女だけが残る。

 彼女は絶望の色を浮かべ、静かに膝を崩した。自分が守ってきた物も、共に居たいと思っていた者も、全てを失った気分になっていた。

 そんな彼女を予想していた男が、静かに近づいて肩を叩く。


「俺は、君の命を助ける為に君から沢山の物を奪ったんだ。命一つじゃ償えない。だから、一生賭けて償いたいんだ」


 今までの数百倍も優しげな顔をして、男が彼女の背をそっと抱き締めた。

 振り解かれない事は分かっている。弱りきった彼女の体は小刻みに震えていて、見ていられない気持ちにさせられるのだ。

 自分が原因だと知っていて、それでも男は何とか彼女を支えようと手の力を強め、自分の口を相手の耳元へ近づける。


「前から、ずっと言いたかった。こんな事を言う資格なんて無いのかもしれないが……」


 彼女の中の精霊が男を引き剥がそうとするも、彼は腕を放さない。

 そして、男はゆっくりと告げた。


「ごめん……でも、ずっと好きだ」


 リーリアの震えが、止まった。

 制御できずに溢れていた光が少しずつ彼女の体へ戻っていき、男に敵意を向ける精霊達も動きを止めていく。

 数十秒もすると、リーリアの顔付きに生気が戻った。とはいえ、男へ向けられるのは幼馴染みへの親愛を感じさせる物ではない。

 そんな彼女は、静かに男の顔を見た。


「……酷い人」

「ああ、俺は酷い奴だ。何せ、魔王だからな」


 ニッ、と男は笑う。自分の行動がどれほど彼女を傷つけたのかを知りながら、それでも生きていてくれた事への祝福を心に抱いて。



 じっと、少年の死体が二人を見つめていた。




























「……まあ、どうでも良いんだけどさ」


 その死体が消えて、どこかから気味の悪い雰囲気の煙が溢れた。

 声は煙の中から聞こえてきた物だ。それは少し高めの声変わりをまだ迎えていない子供の物だったが、確かに声の主が少年だと理解させる。

 いや、何よりもその声には完全な無関心が宿っていた。他者の愛も自分の命も鼻で笑う、そんな化け物の無関心が現れていたのだ。

 当然の事ながら、『魔王』もリーリアも声の主が誰なのかに気づいている。『魔王』に至っては、その声を聞いただけで圧倒的な憎悪を向ける程だ。


「陳腐な恋愛劇、お疲れさま。エィストなら拍手喝采してくれるよ」


 そして、煙は影となり、影は人に変わる。

 挑発的で侮蔑を感じさせる発言をしていても、その顔はこの世を全く見ていない。

 先程死んだ筈の少年と同じ表情だ。それはつまり、少年が死んでいなかった、あるいは死んだというのにそこに立っているという事実を表していた。

 殺したと思っていた『リーリアの死因』が今もそこに立っている。思わず、男は乾いた声を響かせた。


「何故、生きている……!?」

「生死の垣根なんて、何の意味があるのかな? 僕が死んでいようが、今ここで喋っているんだから」


 虚空を見ながら少年が告げる。そこには自分の命を奪おうとした男に対する感情など無い。命に頓着する様子は一欠片も見当たらない。

 驚きの余り、リーリアは硬直していた。ただ、彼女の『存在』は理解している、少年が何を行ってそこに立っているのかを。

 そう、彼は自分の命を自分の中に『発生』させたのだ。現在の自分が死んでいる事など無価値な物として、ただ無価値に結果だけを『発生』させたのだ。

 過去も現在も未来も関係なく、何もかもを無価値とする彼だからこそ、世界の中へ無価値な何かを『発生』させる事が出来る。それが、少年の能力と呼べる何かだった。


「そう……私とは、正反対か」


 リーリアの口が勝手に動き、声を発する。

 自分が何を言っているのか、リーリアには分かっていた。彼女が『この姿』になった事で使用出来る力は『改変』だ。精霊という世界の概念の欠片と同化し、それを作り替えているのだ。

 新しく作り出す少年と、元々存在する物を変える女。どちらも強大という言葉すら遠く感じられる程の力だが、内容としては正反対と言えるだろう。


「凄いね、お姉さんは。エィストさんみたいだよ」


 紛れもない賞賛が少年の口から漏れる。

 エィスト、またその名前が出た。だが、今のリーリアはその名前に嫌な物は感じない。それが意味する所を知ってしまった為だ。


「ふっ、ざけるなぁ!」


 少年が本当に生きている事を理解して、男は罵声と怒声を同時に口にした。

 怒り狂う対象は少年だけではない。相手が本当に死んだと確信してしまった自分にもあった。これほどの少年型の化け物が、殺されたくらいで死ぬ筈が無いというのに。

 『前』ならそんな油断はしなかったかもしれない。だが、今の彼の側ではリーリアが生きている。安堵で、心が緩んでしまったのだ。

 そして、少年がこの様な状況でも平気で復活出来る事は男の心に強い恐怖を与えている。あれほど怪物に喰われても、死んでいない。

 それは、もしかしたら絶対に殺せないのではないか、という不安を抱く事には十分な物だった。


「だが……それでも、俺はやるんだっ!」


 だからどうしたと男は覚悟を決めて、配下の怪物達へ合図を出す。すると、背後で男に従っていた怪物達が素早い動きで行動を開始した。

 少年はまだこの世界に現れたばかりだ。付け入る隙が有るとすれば今しかない。少なくとも男はそう考え、怪物達を突貫させる。

 命令を受けた彼らは、跳躍して『魔王』の上を通る。横へ動く時間すら今は惜しかったのだ。


「ふーん」


 そして、その瞬間、少年はやはりどうでも良さそうに怪物達を見た。どんな種類のどんなおぞましい怪物であっても、彼は関係なく見つめた。

 そう、何もかもを発生させる少年の目が、『男の上方に跳躍した』『その血を浴びれば命の危険の有る』怪物達の胴体を捉えたのだ。

 そして、少年が力を軽々と使いこなしている姿を『今の』彼はまだ見ていなかった。


「ダメぇぇぇぇっ!!」


 少年を観察していたリーリアが、今更ながらに全てを察して動き出す。

 彼女の姿が一瞬だけ光になったかと思うと、形振り構わず人型に戻って男の方へ飛び込み……


 前世が魔王で、それでも自分を愛してくれた愛しい幼馴染みに、彼女は勢い良く覆い被さった。




 ……羽を発生させれば良かっただろうに。しかし、今のリーリアにはそんな余裕など無かったのかな。

 もしかすると、幼馴染みへの、あるいは『恋人』への心配が爆発したのかもしれないけど……それは、今までで一番の選択だったに違いない。自分の身体か、幼馴染みか、ってね。


 きっとそれは、普通の人なら自己犠牲と呼ぶべき物だろう。しかし、彼女の場合は……


 狂気、そう呼ぶのが一番だろうね。

オバロ更新の喜びで更新しちゃうの!

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