エピローグ部5話 勇者、戦闘合流戦闘する
「雑魚ばっかりで、馬鹿らしくなって来たな」
大量の屍、いや残骸の上でナガレが肩を竦めていた。
その間にも山の様な数の意志無き『動く物』が攻撃を仕掛けている。人間型の物から不定形の物まで、その形状は数百種を越えている。
攻撃手段も豊富だ、ある犬の様な顔をした人型はその牙で噛み付こうと飛びかかり、その横に居る巨大な四角形に三つの目が有る物は精神に重圧を掛ける空間を広げていた。
そのどれもが即死に近い威力を誇っていた。しかしながら、ナガレはそれを全て受け、全てを突破する。
「本当に、弱いな」
楽しげに暴れつつも僅かな退屈を滲ませて、ナガレが軽く腕を振る。本当に軽い手刀だったが、それは受けた物を全て粉砕した。
「凄いわ、貴方、本当の本当に人間なの?」
傍目から見物する様に眺めていた女が、感心した様子で口笛を吹く。
その音に釣られて彼女を攻撃対象にする物が居たが、それらは攻撃動作に入った時点で体が崩壊し、床へ転げ落ちた。
「……いや、人間じゃないとかお前が言うなよ」
「私はほら、人間ではないし、生き物でもないから」
軽く手を振って、彼女はまた自分の体を薄く輝かせる。すると、また女を狙った物が瞬く間に壊れて落ちた。
「人間じゃないにしても、お前は特別だよ」
今度はナガレが口笛を吹く番だった。
『それ自体が世界の一部』と言われる精霊だが、その力は巨大とは決して言えない。良い所で便利な小間使い程度の扱いだ。
しかしながら、彼の目の前に居る女は違う。ナガレの猛悪な力の気配を軽く受け流し、それを上回る程の自然的な、あえて言うなら『世界的』な力を放出しているのだ。
「……」
ナガレの目に、何やら楽しげで暴力的な色が宿った。
彼はもう、周囲に居る物達を視界に入れていない。その目は女の挙動へ集中していて、攻撃のタイミングを狙っている。
そう、彼は自分の力を存分に使いたいのだ。この女もまた、ナガレと戦いが出来る存在だった。
「私、貴方の敵では無いのよ?」
女が、茹だったナガレの頭に冷水の様な声を浴びせかける。
自分が攻撃目標として扱われている事を不満に思ったのか、彼女がナガレに向けているのは余り良い視線ではなかった。
「それに、気をつけるべきだと思うわ」
彼女が言葉を続けると、無謀にもナガレに襲い掛かろうとしていた物達が遙か遠くまで吹き飛んだ。
攻撃を受けても問題無いので、特に助けられた訳ではない。だが、少し冷静になったナガレは謝罪と感謝を込めて軽く頭を下げた。
「悪い、ちょっとお前が魅力的過ぎてな。危うく襲い掛かる所だったぜ」
「……え……私、その、ごめんなさい。とても嬉しいけれど、遠慮させて貰うわね」
「分かってて言ってるだろ、お前」
嘘ではないが冗談めかしたナガレの言葉に対し、女は僅かに頬を赤く染める事で応えた。
当然の事だが、それも冗談だ。ナガレの指摘を聞いた女は軽く舌を出し、面白がって微笑んだ。
「さあ、どうでしょうね? それより、これ、ちょっと数が多いわ」
「ああ、この数は流石に面倒だな。で、遠慮した理由は何だ?」
「引っ張るわね……えっと、好みじゃないから?」
「……そういう対象じゃなくても、傷つく物だな。男ってのは悲しい生き物だよ」
軽く肩を竦めつつ、ナガレは殆ど冗談の様な動きで攻撃を避けた。
回避不能な物すらその体が空間を無視して避けてしまう。あらゆる攻撃が届かず、全ての攻撃が一撃必殺となる。ナガレは実質的に無敵なのだ。
「その気持ちは分からなくも無いわよ? 気にしなくて良いわ、それは男女差じゃなくて、個人差で感じる事だから」
対して、女はそもそも攻撃を避けてすらいない。
相手が攻撃を仕掛けようと動いた瞬間には壊れる為に、彼女の元へ攻撃が来た事は一度も無いのだ。まさしく絶対の存在と言わざるを得ない。
そんな二人と戦うのだ、『動く物』達にとっては間違いなく悪夢以上の現実であり、想定出来る最悪を二周り越える最悪だろう。彼らに意志が無いのは、幸いだ。
「っと、なあ」
軽く腕を振って『動く物』を二十体程一気に消し飛ばしつつ、ナガレが女へと顔を向けた。
「なあに?」
「お前、広域に攻撃出来たりするのか?」
「出来なくも無いけれど……それが?」
微妙に察しの悪い様子で女が首を傾げてる。すると、ナガレは悪鬼の様な笑みを浮かべ、邪悪な気配をその身に纏う。
「面倒だから、こいつ等をそろそろ全滅させようと思ってるんだが……俺はその手の攻撃が苦手でな。頼めるか?」
嘘である。
彼女に頼るまでも無く、ナガレは軽々と『動く物』を全て破壊する事が出来た。それをしないのは、女の力を見る為だ。
どうやら、冷静になっていても彼の心は大して変わらないらしい。
「……まあ、良いわ。うん、じゃあ……やるわねっ!」
女は訝しげにナガレの顔を見つめていたのだが、少し考えてその気になったのか、強烈な笑みを浮かべて見せる。
その瞬間、彼女の身体から滅びに最も近い気配が沸き出した。
「な……!」
「これだけじゃないわ!」
流石のナガレも驚きを隠せずに声を上げたが、その気配はまだ終わっていなかった。
背中から生える羽根は光り輝くと言うよりも崩壊しながら再生していく様で、黒くおぞましく発生し続けている。あらゆる滅びと新生が羽根の中で渦を作り、纏め上げられているのだ。
それはまさしく世界の終わりを表現した現象であり、全ての存在が恐怖を覚える終幕を引き出す力であった。
「これは、こいつは……凄いじゃねえか!!」
それでもナガレは最高に機嫌良く、その現象を見守った。
世界が滅んでいく姿すら彼にとっては意味の無い事で、彼はただ凄まじい力を操る女へ感激し続けていたのだ。
彼がそんな反応をしている間にも、終わりは広がっていった。広がり、広がり、広がり続けて、遂にナガレの身体まで包み込んだ。
それが消えた時には、『動く物』達は何処にも居なかった。
「……すっげえ、いや、本当に。お前、凄いな」
世界が終わった後の様な惨状になっている城を見て、ナガレが感嘆する。
それは最早一個の存在に許される攻撃を越えていた。同じ範囲に居る敵を破壊する事はナガレにも可能だが、この力はそういう物とは性質が異なるのだ。
概念的で無形で、破滅的で終末的な一撃である。攻撃範囲内に居たナガレに被害が行っていない所を見るに、敵味方の識別すら可能なのだろう。
「……そんなに凄い? 余り褒められると照れるのだけれど」
女は照れた様子で頬を掻き、賞賛を受け取っていた。
あれほどに強烈で絶対的な力を行使したというのに、その顔には疲れ一つ感じられない笑みが浮かんでいる。その表情が、彼女の強者としての全てを表している様に見える。
それを見たナガレの表情が、僅かに強ばった。
――……あー……やばいな、これ
少しだけ冷や汗を浮かべて、ナガレは眉を顰めている。
その目は逃さない様に女の姿を見つめ続けていて、何処か危険な雰囲気すら感じ取れた。
そう、ナガレは感動する程に女の力に夢中だった。冷静さを保ってはいるが、それでも邪悪な笑みが浮かびそうになっている。
あらゆる常識を越えた現象を引き起こした存在を、彼は恐れない。ただ、『どうすれば戦えるのか』だけを考えていた。
「あの……ナガレさん?」
「……ん、ああ……何でもない」
不審そうな女が、じっと自分を見つめてくるナガレへ声をかける。
ナガレはまた冷水を叩きつけられる様な気分となった。女が敵ではないという事が再認識させられ、彼は思わず肩を竦めている。
冷静になっている彼には、敵ではない相手と戦う気は無い。
「そうだな……ああ」
しかしながら、女の力はナガレにとって余りにも魅力的で誘惑的であった。やがて我慢出来ずに攻撃を仕掛けてもおかしく無い。
この女から離れなければ、自分は間違いなく暴走する。そう直感したナガレは、僅かに焦って移動する口実を考える。
「そういえば、さっき誰かが俺を見ていたな……」
その口実はすぐに見つかった。ナガレは最初から視線に気づいていた。空虚では無く、どちらかと言えば怯えが含まれた物である。
本来であれば放置を決め込む程度の目だ。実際、彼は今まで気に留めていなかった。が、移動する理由にはなるだろう。
「俺は追うぞ、何か知ってるかもしれねえ」
「なら、私も」
視線に興味を持ったのか、女はナガレに着いて行こうとする。
だが、すぐにナガレが振り向いて首を振っていた。
「いや、お前は先に城主の所へ行ってくれ」
「……え、ええ。分かったわ」
妙な威圧感を漂わせたナガレに気圧されたのか、女は思わず頷いていた。
自分がどれほど凄まじい事をしたのかを全く理解していない様子である。余り自分の能力に感心を持たない類の人物なのだろう。
その手の者は、時に危険だ。頭の片隅でそんな事を考えつつも、ナガレは女から離れようと歩み出す。
「ねえ」
そんなナガレに向かって、女が軽い調子で声をかけて来た。
気安い雰囲気であり、剣呑で危険な物はとても感じられない。どちらかと言えば、暖かな気遣いの込められた言葉だ。
「……何だ?」
「余り無理をしてはいけないわ。死んでしまったら元も子も無いのよ」
ナガレが軽く振り向いて顔を見ると、彼女は明るい笑みを浮かべていた。
彼女のそれは、優しげに背中を押す言葉である。聞いただけで勇気が沸き、行動しようという気持ちにさせるのだ。
「分かってるさ、そんな事くらいは」
鼻で笑う様にしながらも、ナガレの顔はそれなりに真剣だった。
移動する理由は女から逃げようとする物だったが、それでも、彼は笑みを浮かべたのだ。
ナガレが廊下の先へ消えていく姿を捉えつつ、彼女は笑みを維持していた。
その顔は虚空へ向けられていて、何やら妙な空気を纏っている。今だけは、どこか艶やかで妖しげな女に見えるだろう。
「……本当に、頑張ってね。ナガレさん」
ほんの僅かに楽しげに笑い、彼女は応援を口にする。
透き通る様な声でそう言われれば、きっと世界中の全てが動いてしまうだろう。もしも彼女の性格がとても悪ければ、今頃世界は彼女に支配されていた筈だ。
「さ、行きましょうか。待っていてね、ジョン君」
素晴らしい笑みを浮かべると、そのままナガレの行った方とは逆の道へ向かっていく。
もしかすると、彼女は城主の居場所を知っているのかもしれなかった。
そんな彼女が道を曲がると、その先から一人の女が歩いてきた。
「ん?」
「あら、こんにちは」
目の前に来ていた女に、彼女は軽く手を挙げて挨拶をする。
相手は僅かに驚いて目を見開き、警戒で僅かに身を固めた。だが、すぐに相手の正体に気づいたのか、女は雰囲気を緩めて目を細めた。
「……おや、君は……人間ではないね、でも、エルフでもない」
「ええ、貴女は良い勘してるわ」
相手の目が自分の耳に向けられている事を理解して、女が嬉しそうな声を上げる。
その耳を見ても、相手は彼女がエルフではない事を見破ってみせたのだ。同姓だからか、ナガレに対するよりも喜ばしい気持ちになったらしい。
「そうか……こんにちは。イクスだ」
ほんの僅かに女を観察した者、イクスは微かな安堵を滲ませながら手を伸ばした。
それに対して、女は握手を返す。やはり、ナガレの時よりも慣れ慣れしく時間の長い握手である。
二人は美女であるという事以外は殆ど接点が感じられなかった。髪の色は薄緑に対して純粋な黒であり、その格好は農村の娘とダークスーツだ。雰囲気に至っては、完全に気の合わない相手と言えるだろう。
「……格好いいわね、その帽子とか」
「ほう、分かるのか」
「ええ、そのスーツも素敵よ。手入れがきちんとしてるのね」
しかし、二人は何やら機嫌良く会話を交わしていた。
特にイクスは嬉しそうで、普段の不敵な笑みが浮かんでいない。女が人間では無い事はとても素敵な事実だった様である。
「あ、埃……取ってあげるわ」
「助かる、あなたは良く気づく人だね」
「それほどでも無いわよ?」
肩に付着した埃を払うと、二人はクスクスと笑い出した。一瞬にして仲の良い友人の様になっていて、第三者が入り難い空気を作り上げてしまっている。
「そうそう、この辺りで凄い力が発生した気がするんだが……」
「ああ、それ私よ」
「へーぇ……それは凄いじゃないか」
「それ、さっきも言われたわ。そんなに凄いのかしらねえ」
廊下で発生した世界が終わる様な力の発現。それが目の前の女によって引き起こされた物だと知っても、イクスは感心するだけだった。
むしろ、相手が更に人間離れしている存在だと知って喜んでいる様にすら思える。何しろ、足下の黒色が思わず蠢く程だ。
そんなイクスは相手の人間らしからぬ手の感触を味わいながら、僅かに周囲を見回す。そこには人間の気配が残っていた。
「……なあ、さっきまで此処に人間が居たんじゃないか?」
「ええ、今までは居たんだけれど、ついさっき出て行ってしまって……それがどうしたの?」
「いや、何でもないよ。居ないなら良いんだ」
内心の安堵を隠しつつ、イクスは首を傾げる女へ手を振って見せた。
その態度は本当に軽く、人間に怯えている事には気づかないだろう。しかし、この女は何かを見て取った様だ。
「大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だが……?」
「なら良いけれど……」
困惑したイクスが返事をすると、女は釈然としない顔で言葉を飲み込んでいた。
「貴女はどうしてこのお城に?」
「何となく気を引かれたから、かな」
嘘は言っていない。イクスは本当に気を引かれて、釣られる様にこの城へ来たのだから。
それを聞いた女が喜びを顔に浮かべる。握った手が心なしか更に暖かな物となり、包み込まれる様な安らぎをイクスに覚えさせていた。
「ねえ、一緒に行かない? 一人で行くのはやっぱり寂しいわ」
とても弾んだ声での提案だった。
仮に断ったとすれば、きっと彼女は悲しそうに離れていくだろう。どうあっても断れない気持ちにさせてしまう。そして、そもそもイクスにはその言葉を断るつもりなど欠片も無い。
「……そうだね、うん、行こう」
空いている片方の手で握手をしている女の手を包み、イクスは出来るだけ友好的に微笑んだ。
相手が人間ではないから、断らない。それも確かに彼女の中に存在する考えだ。だが、それだけが理由では無かった。
イクスはこの城の内部を常時探索していた。城主の姿は見えずとも、それ以外の存在は全て確認していたのだ。イクスが城の中で知らない物など、基本的には無い。だが、目の前の女だけは別だった。
両目で見るまでは、その存在に気づく事すら無かったのだ。
――人間じゃないどころか、生き物ですら無いな。
気色満面の女を見つめて、イクスはそう考える。
女はエルフの形をしていたが、間違いなく生き物ではない。どちらかと言えば超自然的な概念と呼べる存在だった。
その正体を確かめる為に、イクスは女と行動する事を決めたのだ。
「ありがとう! さ、行きましょう!」
そんな思考に気づいているのか、いないのか。女はどちらにせよイクスの手を握ったまま歩き出した。
「ここは……」
女から離れたナガレは奇妙な空間に迷い込んでいた。
方向感覚を麻痺させる為に作られた様な、距離や向きという物を感じさせない場所である。そこに居るだけで目眩や吐き気を覚える者も居るだろう。
「ふん」
とはいえ、ナガレは独特の感覚や優れた五感でその場を理解している。迷う事は一切無い。
道は延々と続いていて、その先は暗闇である。そこに有る物を見通す事は、ナガレであっても叶わなかった。
それでも彼は不安を覚えず、ただ前を向いて進んでいた。止まる必要をまるで感じていないのか、廊下の形をした空間の異様な雰囲気にも動じる事は無い。
それどころか、とても面白がって笑みを浮かべる始末だ。
「俺にこんな仕掛けが利くとは……思ってないらしいな」
ナガレはこの仕掛けの意図を理解し、挑発する様に笑う。
この空間は確かに常人の神経では耐えられないだろうが、ナガレや他の『真っ当ではない』者であれば感嘆に通る事が出来る。一定以上の者であれば感嘆に突破出来る物など、侵入者に対する迎撃としては意味が無い。
つまり、この城の仕掛けは全て相手の実力を試す物なのだ。最初から相手を撃退するつもりなど欠片も見受けられないのである。
「ま、俺には入城資格が有るらしいが」
試されていると分かっていても、彼は先へ進む。
相手が何の目的で城を作ったのか、そんな事はナガレにはどうでも構わない事である。
数十秒程、彼は正直に進んでいった。その空間には人を迷わせる為の歪みが幾つか存在したが、彼は正確に見抜いて先へ行く。
すると、何らかの巨大な空間が辺りに広がった。
そこは見るからに価値の有りそうな、だが価値の無い調度品が幾つも存在し、その中央には奇妙な陣が浮かび、更には巨大な椅子が置かれていた。
見るからに城の中枢だと分かる場所である。それを見て取ったナガレが、口元に化け物の如き微笑みを浮かべた。
「ほう、ここは……」
「玉座の間、と言っておこうかな」
関心した様子のナガレの言葉に応える者が居た。
高めの少年の声である。声変わりの感じられない声質からも、その年齢は何となく察する事が出来る。
「そんな物は見れば分かるんだよ、バカが」
虚空から響くその声に、ナガレは嘲笑を浮かべて応えた。何処か挑発的な態度が目立ち、見る者を腹立しい気分にさせていた。
それに応えるかの様に、少年が虚空から現れる。
「初めまして、あなたは誰かな?」
そっと床へ降り立って、少年は笑みを浮かべる。
どこまでも形式的で無価値を極めた表情である。とても笑みとは思えず、何よりもこの城の主にふさわしい顔をしていた。
「俺は俺だ。お前は、この城の主か?」
「そうだよ、だから?」
目の前に立つ少年はナガレの質問に躊躇無く頷いた。
何の興味も感じられない、至極どうでも良さそうな返答である。
しかし、それを聞いたナガレは期待の籠もった瞳を少年に向けた。絶対者は、大抵が人間を道端に転がる塵くらいにしか思っていない物なのだ。
「俺の用事はただ一つ、お前は……強いのか?」
「さあね、まあ……あなたよりは強いかも」
少年が、無関心なままナガレを挑発した。
その瞬間、ナガレの身体が破壊的な速度で少年の頭を掴み、今にも握り潰しかねない様な力が加えられる。
「ほう、俺より本当に強いのか?」
「うん、まあね」
少しでも力を加えれば頭を握り潰される状態でも、少年は何の意味も感じさせない動きで頷く。
「っ!」
悪寒の様な何かを感じたナガレは即座に少年の頭から手を放し、凄まじい勢いで距離を取った。
だが、それも少年は読んでいたのか、ナガレが立った位置に『何か』が起きる。
巨大な力そのものがナガレの居場所に『発生』し、飲み込もうとした。それは一種の空間であり、触れた物を完全に滅ぼす悪夢的な力だ。
そして、その力は何よりも無価値であった。
力の空間から抜け出して、ナガレは叫ぶ。
「成る程なっ! その力で城を造ったのか!」
彼は一瞬で力の本質を見抜いていた。それと同時に、その少年が一体何処から現れた存在なのかも、理解出来ていた。
少年の雰囲気は完全な無価値と無気力であり、あらゆる事に興味を持っていない事は明らかだ。到底人間とは思えないが、そんな要素もナガレにとってはヒントである。
「ああ、お前『勇者』か!」
「うん、よく分かったね」
「馬鹿みたいに変な奴で変な力を使うんだ、誰でも分かるさ」
自分が『勇者』だと、少年は軽く認めた。彼にとっては大した事ではないのだろう。
それは、ナガレにとっても大した事ではない。だが、ナガレは面白がると同時に獰猛な顔をした。
「そうか、『勇者』か……久しぶりに、戦うな」
少年が『勇者』である事はナガレにとって歓迎すべき物である。
何せ、『勇者』は基本的に恐ろしい力を虹色の怪物から渡されているのだ。余りにも凶悪な存在であるが、ナガレの頭に有るのは相手が『強い』という、ただそれだけの事実だった。
化け物の笑みを浮かべたナガレが、全身から怪物らしさすら感じる圧倒的な雰囲気を放った。
「……ちょっと、戦わせて貰うぜ」
腕を持ち上げる事も無く、ただその場に立っているだけだ。
しかし、我慢も自重もしないナガレは何もしていなくとも危険だった。そこに居るだけで何もかもが震え、絶対の力が空間を歪めるのだ。
「ふーん、どうぞ。好きにすれば?」
気絶してもおかしくない空間の中に置かれても、少年はどうでも良さそうに手を振っている。
すると、ナガレの足下と真上から無価値だが破滅的な光の柱が発生した。




