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謎の異世界にトリップした人間達の話  作者: 曇天紫苑
那由他の果てに無価値を求めて
33/40

エピローグ部3話 出会う勇者

 城の内部では暴風が吹き荒れている。比喩ではない、本当に巨大な風が室内を破壊しながら動いているのだ。

 それは自然に生まれたものではなかった。誰が想像するだろう、その風を引き起こしているのは、たった一体の『動く物』だった。

 その外見を一言で表すのであれば、『ドラゴン』と呼ぶのが相応だろうか。若干の鳥らしさを感じさせる形だが、その背に生えているのは蝙蝠の物に近い翼である。

 翼らしき物が動くと、そこから巨大な風が発生する。それは異常に巨大な室内を埋め尽くし、全てを破壊しながら吹き飛ばす。

 例外は、たった一つだった。


「雑魚、野郎が!」


 吹き荒れる風を空間ごと切り裂き、ナガレは無理矢理に『動く物』の攻撃を無効化する。

 彼の肉体は攻撃は無意味だと言わんばかりに風を弾き飛ばし、その全身から溢れる力が相手を一撃で葬ろうという意志を見せつけていた。

 『動く物』には意志など無いが、機械的な思考で危機を感じ取ったのか、遙かに離れた場所から今までより更に強い風を放った。


「効かねえよ、バァカ!」


 だが、その風をナガレは防ぐ事すらせず、声だけで弾いて見せる。

 この部屋に設置された『動く物』の想定を二周り以上越える程に、ナガレは突破的で恐ろしい実力を持っていた。それはまさしく、化け物と形容するべきだったのだ。

 『動く物』が更なる危険に対応しようと動き、城の一室というには広すぎる場を埋め尽くす程の台風を巻き起こした。それは局地的だが、人一人に向けるには大げさな程に巨大だった。

 台風は瞬く間にナガレを飲み込み、そのまま部屋の壁や床を崩壊させる。下の階が露出する事は無いが、それでもこの風の強力な力は伝わるだろう。

 そんな物を受ければ人間の身など簡単に滅ぶ、筈なのだが。



「馬鹿の一つ覚えか」



 台風の中から声が響いたその瞬間、何よりも素早く風の間からナガレが飛び出した。

 言語では表せない程の速度で『動く物』へ迫ると、彼は軽く腕を振る。それだけで対象の翼は落ち、同時に首が無くなった。

 だが、そもそも生命体でも『怪物』でもない『動く物』に弱点や急所は存在しない。それは首が落ちても思考を続ける事が出来る。

 ただし、それはナガレも分かっていた事だ。彼は振った腕をそのまま突きに使い、相手の中央部へ腕を突き刺す。

 思考と反撃は可能だ。『動く物』は刺さる腕を無視して防御に転じようと体を動かしたが、それは出来なかった。


「あばよ」


 ナガレの言葉が響くと同時に、『動く物』のドラゴンの様な体が崩れる。中央に刺さった手を起点にして、崩壊が起きている。

 小石程度の大きさにまで分解されて、『動く物』の思考が止まる。『動く物』はそのまま崩れていき、ついには体の全てが床へ転がった。




「……ふん、それなりに面白かったか」


 笑みを浮かべ、ナガレは手を軽く振った。

 もう風が発生する事は無く、他の何かが現れる事も無い。全てがすっかり破壊し尽くされて、部屋の中に設置された他の物も半ば崩壊した状態で転がっているのだ。


「どうにもな、この城は訳が分からん」


 戦いを終えた事を確認し、肩を竦めてナガレが部屋を見回す。

 彼がこんな部屋に出たのは単なる偶然だった。ただ、彼は適当に目に付いた部屋へ飛び込んでいただけだ。

 侵入者に対する迎撃として設置されたのであろうドラゴンの様な物体に攻撃を仕掛けられたが、ナガレは特に驚かなかった。


「そこそこに強いのは強いが……ふむ、物足りないな」


 肩を竦め、彼は『動く物』の残骸を見つめる。風を起こす以外には何の特徴も無く、外で起きれば大災害になる台風を作り上げると言っても、ナガレにとってはそれだけの小さな能力に過ぎなかった。

 むしろ耐久力に乏しく、速度もそれほどではない。まるで『それなり以上の相手に突破される為に配置された存在』の様だ。


「踊らされるのには慣れてるが……」


 邪神の封印を解いた時と同じ臭いを感じて、ナガレは若干眉を顰める。

 だが、特に怒りを覚えている訳ではなかった。彼にとっては『暴れられればそれで良い』のだ。


「ま、いいか。この釈然としない気分は城主にぶつけるとしよう」


 あっさりとこの城に関する疑念を放り出して、ナガレは笑みを浮かべる。

 この城に何らかの存在が居る事を察知していた為、彼はそれと戦う事だけを楽しみにしているのだ。


「さあ、他の部屋はどうなってるのか、っと……」


 開き直った様子でナガレは周囲の様子を観察した。

 そこは城の一室とは呼べない広大さで、局地的とはいえ台風を一つ許容できる程のスペースが有るのだ。どう考えても空間を拡大させているとしか思えない。

 だが、ナガレは空間に干渉する技術には興味など持たず、ただ自分が入ってきた場所を見つける。


「……ああ、有った有った。広すぎるんだよ、この部屋」


 ナガレは独り言を呟きながら扉に手をかける。

 一枚の扉が壁に張り付く様に作られていた。あれほどの風を受けても全く損傷が無く、とても綺麗な状態だ。

 恐らくは部屋の内部と扉の間に何らかの力が働いているのだろう。

 だが、気にせずナガレは扉を開く。その先に有るのは広大な渡り廊下だった。


「さて、次はどの部屋かね」


 廊下には数百に届かんばかりの扉が設置されている。その全てから嫌な雰囲気が発せられており、何らかの罠や『動く物』が仕掛けられている事が分かった。

 しかし、ナガレとしては大した物でもない。彼は更に強い存在を探して、廊下の先へ進んだ。


「扉、扉、扉……デザインが違う癖に、本当に良さを感じないな」


 ナガレが『上下』左右に存在する扉を見て、若干の関心を口にする。

 芸術的な装飾と宝石の施された物から、単なる木の板、果ては全面に眼球が縫いつけられた物まで、廊下を彩る扉は多種多様だ。

 しかし、それらの扉からは『無価値』さしか感じられなかった。どんなに作り込まれた物であっても、素晴らしいとは思えない。腐った木の板と黄金の塊が同じ物に見える。

 別に、ナガレの審美眼が腐っている訳ではない。本当に、城のありとあらゆる物から価値を感じられないのだ。まるで、設計者の思想を反映したかの様に。


「余程おかしい野郎だな、この城の主は」


 自分の事は棚に上げて、ナガレは城主の事をそう評価した。

 それでも彼の足は先へ進む。むしろ、相手がおかしい存在だと知って期待が強まった様だ。



「ん?」


 そんな彼が、ふと扉の前で立ち止まる。

 それは何の変哲もない扉だった。材質は木でドアノブだけは鉄で出来た、少々安っぽい代物だ。

 一見すると足を止める価値など全くない扉だったが、ナガレはその先に存在する『何か』に気づいていた。


「……」


 ナガレは警戒しながら、それでも躊躇無くドアノブに手をかける。

 押し戸だ。彼は勢い良く扉を押し開けた。


「ぁいたっ!!」

「……ん?」


 その瞬間、扉が何かとぶつかる様な感触と一緒に、女の声が聞こえてきた。

 どうやら、扉の前に誰かが居たらしい。ナガレはもう少し扉を開けて、その先に居る者の姿を見る。


「っつつぅ……」

「……お前、誰だ?」

「あ、あなたこそ……」


 そこに立っていたのは一人の女だった。扉で頭を打ったのか、額を頻りに撫でて呻き声の様な物を上げている。

 客観的に見て、凄まじい程に美しい女である。薄緑の髪がとても幻想的で、この場の無価値さを覆す程だ。一見して人間ではなく、何処かの女神だと言われた方が納得出来る。

 特徴的なのは、その長い耳だ。先の尖った様な形をしていて、彼女の人間らしくない印象を更に強めている。


「悪いな、痛かったか」

「いや、大丈夫だけれど……ちょっと驚いて」


 額を押さえつつ、ナガレの質問に女が答えた。

 超越的な美人で、精霊を側に侍らせ、何より長い耳をしている。エルフの身体的特徴だ。だが、エルフと呼ぶにはその女の姿は異質だった。

 その身体は薄く光り輝いて、現世から逸脱した存在としての雰囲気を強烈に纏っているのだ。どちらかと言えば、外見的特徴にエルフを持つ『何か』と扱うのが一番だろう。


「……」

「あの、どうかしたんですか?」


 相手がエルフではない事を理解したナガレが黙り込むと、彼女は不思議そうに小首を傾げた。


「いや……まあ、何でもないさ」

「そうなんですか? なら構いませんが……」


 歯切れの悪い調子で答えるナガレの姿で更に疑問を強めたのか、彼女は納得していない様子だ。

 それでも追及するつもりは無いのか、彼女は優しげに微笑んで見せた。


「それで、貴方はどうしてこの城に?」

「俺は……そうだな、観光、とでも言っておくか?」


 おどける様に肩を竦めて、ナガレが笑みを浮かべる。冗談めかした口調だったが、大まかに言えば嘘ではない。


「あんたこそ、どうしてこんな城に居るんだ?」

「え? ええ、そうですね……」


 聞き返すと、エルフの様な女は迷う様に目を泳がせた。言葉を選んでいるのが傍目にも分かりやすく、嘘の吐けない類の人物である事が伝わってくる。

 単なる観光という訳ではない様だ。ナガレが目を細め、女の顔をじっと見つめた。


「私は……そう……」


 呆れるくらいに考え込んでいる為か、彼女は視線に気づいていない様だ。

 ただ、じっと返事を待つナガレではない。彼は女の居る部屋の中を覗いていた。だが、その奥は靄がかかった様に見通しが効かず、内部の様子を窺う事は出来ない。

 しかし、その中で動く物が有る事をナガレは辛うじて見て取った。


「……ん?」

「ええと、私がこの城に来た理由はですね……」


 ナガレの声にも気づかずに、女はまだ悩んでいる。

 彼はもう女の事は気に留めず、部屋の中で存在する何物かを観察する。それは少しずつ、だが音も無く近づいてきていた。形を特定する事は出来ないが、確かに距離を詰められている事は分かるのだ。

 数秒もあれば、姿が見えるだろう。ナガレの目は既に女の背後だけを見ていた。


「そう、知り合いがこの城に……」


 距離を詰めていた何かは、女の背後まで来ている。まだ姿は見えない、しかし、何処か危険を感じさせる挙動である。


「おい」

「え……はい?」

「危ないぞ」


 ナガレが警告をすると同時に、背後に居た何かが女に襲いかかった。

 そこで初めて『動く物』が姿を見せる。顔は鰐の物であり、足は犬、背中は蜥蜴と何らかの昆虫が一体化した様な雰囲気が見て取れた。何処か悪夢的であり、同時に『無価値』な存在である。

 それは凄まじい早さで女に噛み付こうと接近している。とても危険な存在だったが、ナガレは特に助けに動く事は無かった。


「あら?」


 たった今気づいた、そう言わんばかりの声が女の口から漏れる。

 その瞬間、正体不明の光り輝く翼が女の背中から沸き出した。

 それは視界を覆い尽くす程に巨大かつ圧倒的な力が含まれていて、発生すると同時に背後の存在を呑み込んでいる。女に攻撃を仕掛けた物は軽々と消え去り、その存在は完全に抹消された。


「……ほう」


 ナガレが関心した様子で息を吐く。

 予想していた以上に強烈な攻撃、いや攻撃とも言えない単なる動作で相手を葬った女に対して、彼は賞賛にも似た気持ちを抱いていた。


「あの子、こんな城を造って……」


 翼を背中から消し去ると、女は虚空に向かって悲しみとも喜びとも取れる様な複雑な表情を浮かべる。

 それを聞いたナガレはじっと女を見つめた。


「……お前、この城の主を知ってるのか」

「ええ、まあ……そうね。ちょっとした知り合いよ」


 少し迷った様だが、女は誤魔化せないと悟って素直に答える。丁寧な口調が消えていたが、恐らくはこちらが彼女の素なのだろう。

 それはともかく、この城の主が気になっていたナガレは興味を持った様子で女に尋ねる。


「で、城主に用事が有るのか?」

「そうね、その通りよ。余り知られたくは無かったのだけれど……」


 先程の彼女が答えに迷っていたのはそれが原因だったらしい。だが、もう言葉を濁す様子は無かった。

 ナガレは彼女が嘘を言っているとは思えず、じっとその挙動を観察する。常人であれば強烈な美しさに気をつけなければ心を取り込まれかねないが、彼には関係の無い事だ。

 ナガレの関心事は女の外見ではなく、その存在や背中から発生した翼などの正体なのだから。


「何なら、一緒に行くか?」


 女の正体を見抜く為に彼は提案をする。

 それを聞いた女は少し首を傾げたが、次の瞬間には遠慮がちな声で尋ねてきた。


「……良いの?」

「ああ、勿論だ」


 言いつつ、ナガレは片手を前に出す。

 それが握手をしようという意図だと気づいて、女は少し迷いながらもその手を取った。


「ん……じゃあ、そうしましょう」


 握手を交わしながら女が微笑んでいる。混じり気のない嬉しそうな表情は、誰かと共に行動出来る事を喜んでいる様にも思えた。

 そんな顔を見つめながらも、ナガレはまだ名乗っていなかった事に気づき、握手をしたまま自分の名前を口にする。


「よろしく、ナガレだ」

「よろしくお願いね。ナガレさん」


 暖かな微笑みを浮かべ、女はナガレの手を優しく握った。

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