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謎の異世界にトリップした人間達の話  作者: 曇天紫苑
那由他の果てに無価値を求めて
32/40

エピローグ部2話 突入する勇者

 その城の前に、ナガレが立っていた。

 空中で姿勢を変える事で落下先を定めた彼は、見事にこの城の目の前に着陸している。


「凄い城だな」


 城の外観を眺めたナガレの口から、そんな言葉が漏れた。

 森の中に突如現れたというには、余りにも荘厳で恐ろしい物だった。数十の年月を費やさなければ作れない程に作り込まれた城だ。

 外壁には全て彫刻の様な物が施されていて、入り口を囲む様に配置された像は怪物らしき物で、じっと眺めていると心をかき乱される様な感覚を味わうだろう。僅かに見える内部も、相応の内装らしい。

 しかし、それらの装飾からは制作者の熱意を全く感じ取る事が出来なかった。まるで、既存の物をそのまま写して作ったかの様だ。全てが見事な作りではあるが、とても素晴らしい芸術作品とは言えなかった。

 余りにも丁寧に、しかしどこか無気力で無感動に作られた事が伝わってくる。それは奇妙極まる城であった。


「あの邪神絡み……ではないな、『魔王』の城というのが一番近いか」

 

一番近い物を頭に浮かべて、ナガレはじっとその城を睨んだ。

 ナガレは多数の『魔王』を見た事がある。怪物達を従えた彼らは、この様な城を好んでいた。

 中には到底常人には理解できないセンスの物も有ったが、あくまで例外だ。此処に有るのはナガレにとっては珍しくも無い『魔王』の城、の筈だ。

 だが、その城から感じられる雰囲気は荒涼とした砂漠よりも『無』を感じさせる物で、生命の気配も怪物の雰囲気も存在しなかった。


「怪物無し、生物……無しか? 動く物……は、膨大か」


 持ち前の探知技能でナガレが内部の存在を探る。

 怪物や生物の存在は捕らえられなかったが、何故か内部で蠢く物の姿を彼は感じ取っていた様だ。

 その事からも、城の内部に仕掛けられた罠などが存在する事は明らかである。が、ナガレは特に危機感を覚えた様子は無く、むしろ面白がって笑みを浮かべる。


「面白い。上等じゃないか」


 猛獣を遙かに越えた化け物の如き笑みである。

 城の中から感じる無感動だが確かな危険を受け取って、彼の心は熱意に満ち溢れていた。未知への恐怖や空虚なおぞましさなど彼は覚えない。


「さて、入り口は……」


 恐ろしい城へ潜入する為、彼は入り口を探す。城の外側は全面的に物理的な壁が施されていた。それは完全に何らかの術で補強されていて、かなりの強度を感じさせる。

 それだけなら堅牢な防壁だが、城の内部に入るのはそう難しい事ではない。何せ、壁は余り高くなく、少し登ればすぐに進入が可能なのだ。

 ナガレであれば一度の跳躍で入り込む事が出来るくらいの、まるで『進入されるのもどうでも良い』と言いたげな状態だった。

 だが、ナガレは壁を乗り越えて進入する事は考えない。


「入り口が無いなら、作るだけだ」


 入り口が何処にも無い事を確認すると、ナガレは外壁に蹴りを入れる。

 建造物の爆破解体でも行われているのではないか、と思える程の轟音がその場に響いた。

 蹴られた壁の一部がいとも簡単に飛び、巨大な砲弾の様に凄まじい勢いで城の内部を粉砕しながら直進したのだ。

 それが止まった時には、ナガレの前には一種の道の様な物が出来上がっていた。その見えるのは城の向かい側に在る森だった。どうやら、勢いが強すぎて壁が城を貫通してしまったらしい。


「……邪魔するぞ」


 派手な衝撃と音で城を破壊したナガレは、その結果に満足した風でもなく、ただ当たり前の様に城の内部へ入り込む。


 町に居た黒色を何処かで感知したが、彼は楽しげに息を漏らすだけで、何も言わなかった。


+


 同じ頃、室内ではイクスが準備をしていた。

 普段からのダークスーツは変わらぬ着こなしで身に纏っているが、その靴はスーツとは大凡不釣り合いなデザインで、どこか古めかしい革靴の様に感じられる。

 彼女は更に灰色で大きめの中折れ帽を被っていた。そこから斜めに流れる黒髪が普段よりも艶やかに強調されていた。

 ただ帽子を被って靴を履き変えただけで、彼女は印象の全く異なる人物となっている。外見から沸き出す様な圧迫感はまるで、今から抗争に行くギャングの様だ。

 そんな印象を受けたかどうかはさておいて、少年は不安そうな目でイクスを見つめる。


「ほ、本当に行くの?」


 少年は困惑した様子で声をかけていた

 城を見た瞬間から、イクスは事態に混乱する少年を放って虚空から帽子や靴を取り出し、身仕度を整え始めたのだ。


「ああ、任せておくんだ。最低でも生き残る」


 しゃがみ込んで靴の紐を結び、立ち上がったイクスが返事をする。その目に少年は写っていない、何処か遠く、いや間違いなく城を両目が捉えているのだろう。


「でも、危険だと思うよ? 突然現れるなんて、明らかに異常なんだから」


 心配そうに少年が忠告めいた事を口にする。

 森を引き裂く様に出現した城は、その存在自体が何処か空虚で寒気のする物だった。少年が危険性を覚えるのも当然だ。

 そんな少年に向かって、イクスが不敵さと力強さの籠もった笑みを見せる。


「心配はしないで良い。まあ、余程じゃなければ生きて戻る。というか、無事に帰らなくても君にとっては大した事じゃないだろうに」

「……いや、まあ、そうなんだけどね。それを言われるとちょっと困るっていうか……」


 少しだけ居心地が悪そうに少年が目を逸らした。

 この二人は特に友人という訳でも無ければ、強固な絆で結ばれている訳でもない。ただ、少年の両親を助けたい、という点で一致しているだけだ。

 それを指摘されたからか、少年の纏う空気が暗くなっている。


「はは、悪い悪い。君の心配は受け取っておこう。そのまま捨てるが」

「もうっ……」


 流石に悪いと思ったのか、イクスが軽く謝罪を口にして空気を明るくした。

 少年は僅かに不機嫌そうな声を上げたが、軽く息を吐いて普段の調子を取り戻し、覚えた疑問を口にする。


「それにしても、何だか随分と乗り気っていうか……」

「面白そうだからね」


 少年が尋ねると、イクスは最初から準備をしていたかの様に素早く答えた。

 それが嘘ではない事を証明するかの様に、彼女の笑みの中には好奇心にも似た感情が浮かんでいる。彼女がそんな表情をする対象と言えば、『人間以外』が関わっている時に他ならない。


「……もしかして、怪物が沢山住んでるの?」

「いや、あそこからは『何も感じない』。私の苦手な気配は何処にも無いよ。好きな気配も無いけど」


 言いつつ、イクスは自分の目で城の姿を捉える。遠くから見える城の外観は優美さと邪悪さを兼ね備え、まさに『魔王』の城と呼ぶに値する空気を纏っていた。

 だが、もう少し深く探ってみれば分かるだろう。城から発せられる全ての雰囲気は、どこか空虚で無価値なのだ。

 だからこそ、イクスはそこへ行く。『人間』の居る場所ではない為というのも有るが、何より城を見ていると何となく心の奥底が騒ぐのだ。

 この時にナガレ、いや、町へ襲撃を仕掛けてきた男が城の中に居ると気づいていれば、もしかすると彼女は城へ行かなかったかもしれない。

 心に背を押される形で、今の彼女は城へ向かう事を決め込んでいた。


「それじゃ、行ってくるよ」


 軽く片手を挙げて、少年から背を向ける。すると、何の前触れも無く、音も無くイクスの姿が消え去った。

 移動を行ったのだろう。既に彼女は城の目の前に立っている筈だ。それを理解しても、少年は特に驚かない。これが初めてではないのだ。

 イクスが完全にこの場から消えた事を確認すると、少年は軽く息を吐いて上を見た。そこには木製の天井が有るのみだったが、少年の目が捉えている物は、城だった。


「……一体、あの城に何が有るんだろうね」


 その言葉は殆ど無意味な物として響き、それの答えが返って来る事は無かった。


+



 そんな二つの『勇者』が城へ進入している事を、この城の主は察知していた。

 そこは玉座の間である。様々な調度品が設計通りに置かれ、混沌とした悪意が最初から設置されている。壁の装飾は僅かにも同じ形が無いが、何故か画一的な物を感じさせる。

 何とも無価値で無意味な空間だった。確かに素晴らしく作り込まれた城だったが、作り手の機械的な感情は隠しきれる物ではない。

 玉座に適当な姿勢で座っているのは、一人の少年だった。彼は緩やかで価値の無い笑みを浮かべ、虚空を見つめている。

 到底、この世の存在とは思えない雰囲気だった。


「……ふーん」


 足を投げ出す様に座る少年が、虚ろな声を漏らす。

 二つの『勇者』は別々に城へ進入している。片方はかなり派手に、滅茶苦茶な攻撃を仕掛けて城の内部に存在する敵を突破している。それに対して、もう片方は警戒心が強いのか静かにゆっくりと近づいてきていた。

 対照的な様で、二つの動きは酷似している。そもそも、この城に侵入する事を決める時点で似ているのだ。

 城の内部には進入者に対応する様々な『動く物』を仕掛けられているが、それらの前では紙屑も同然だろう。少しの時間が有れば、どちらの『勇者』も少年の目前に現れるだろう。


「……まあ、どうでも良いんだけどさ」


 それでも少年は何の感情も覚えず、小さな呟きで心の全てを表す。

 余りにも、そう、余りにも不気味で空虚な雰囲気だった。

短いので、一時間後に続けて投稿します

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