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1部2話 好意の反対は?

 彼女がその場に到着した時には、既に先客が存在した。そこに居る物を見た彼女は思い切り眉を顰め、呻き声を上げる。


「くっ……!」


 それは、おぞましい形に調整された熊の様な怪物だった。『勇者』と思わしき少年はその少し前に居て、じっとその怪物を見つめている。

 本来の熊の物より遙かに長く鋭い爪を持った怪物は、恐ろしい魔の力を纏ってその拳を振り挙げていた。攻撃に移る予備動作だ。それだけで、数本の木々が巻き込まれてへし折れる。

 凶悪なまでの怪力だ。素の状態で攻撃を受ければ、リーリアであっても即死は免れまい。

 だが、彼女の目に恐怖は無く、代わりに少年への心配が浮かんでいた。


「下がって!!」


 丈夫な木ですら予備動作で破壊する怪物だ、攻撃されれば少年の小柄で華奢な体など簡単に消し飛ぶ。

 それを理解した彼女は神速の勢いで熊の様な怪物に迫った。

 超高速に入った彼女の視界が停止したかの様な状態になる。その中で彼女は弓を取り出し、矢を放つ。その動作は目にも留まらず、精霊を置いていく程の素早さだ。

 瞬く間に迫った矢を避けられず、怪物は目を射られる。瞬間、耳を破壊しようとばかりに気味の悪い鳴き声が響いた。


「ひゅっ……!!」


 その隙を見逃す彼女ではない。既に目の前まで接近していた彼女は、息を一度だけ吐いて腰に着けられたナイフを取り出し、軽やかに一線する。

 怪物の首が何の抵抗も無く吹き飛び、血が噴き出す。だが、彼女の目は一気に危機感で一杯になった。

 最後の執念だったのか、怪物は自分の体を少年の方向へ倒していたのだ。そう、触れただけで激痛の走る血を噴き出して。


「じっと、してっ!」


 彼女の体が凄まじい勢いで少年へ向かい、彼を両手で抱える様に押し倒す。間一髪と言うべきか、紫色の血は一瞬遅れて少年の居た場所へ垂れ流される。

 その時には既に彼女はある程度の距離を取っていた。熊の様な形の怪物は体を崩壊させながら倒れていき、その場の全てを腐らせていく。

 しかし、今度ばかりは彼女も木々や草花を心配する余裕は無く、自分と少年に血が付着しなかった事だけを確認する。


「あ、危なかったぁぁ……」


 無事を確認した彼女は安堵の息を吐いた。少年は無気力な様子で彼女の顔を見て、礼の言葉を告げる。


「ありがとう、助かったよ」


 何とも無価値かつ無感動で無気力な、事務的な上に機械的でもある声だ。どの様な人生を送ってきたのか、それだけでも理解が及んでしまう。

 しかし、彼女はその点を今だけはあえて無視し、極力相手を気遣う声をかける。


「怪我は無い?」

「うん、無いね」


 あっさりと、何の心配も要らない調子で少年が答える。一切の苦痛を思わせない空虚な声があの血を一滴も受けていない事を表していた。


「そう……良かった」


 相手の無事を完全に確認したリーリアは肩の力を抜くと同時に、腐っていた筈の木々へ目を向ける。そう、腐っていた『筈』の木々だ。


「……?」


 木々の様子を見て、彼女は思わず顔に疑問を浮かべる。

 何時の間にか、木々が元の状態に戻っていた。草花や土も含め、あの怪物によってへし折られた物までが完全な状態に復元されている。

 いや、戻った訳ではない事が彼女には分かった。その木はどこか空虚なのだ。精霊が宿る様子もなく、生命の欠片も感じられない。機械などの人工物にすら、『この世界の物であれば』宿る筈の精霊達が全く存在しないのだ。

 ぼうっとして木を見ていた彼女を、少年は表情は訝しげに、だが目だだけは空虚に覗き込む。


「お姉さん?」

「え? あ……ええ。何かしら?」


 声をかけられた事で彼女は気を取り直し、少年の方を見た。少年は周囲を見回し、興味の無い様子であっても至極当然の質問を口にする。


「ここは、どこかな?」

「……そうね、山の中よ。ほら、木が沢山生えているでしょう?」


 少年の質問に彼女は努めて安心させる様な笑みを浮かべながら答える。子供を相手にしているからか、腰を少し降ろして目線を合わせている様だ。

 だが、少年は特にリーリアへ親しみを持つ訳でもなく、ただ首を傾げた。


「いや、そういう話じゃなくて……思ったより天然さんなんだね」

「え?」

「……ここがどういう場所なのか、じゃなくて、どこなのかを聞いたんだけど」


 少年が若干呆れた様子でリーリアと目を合わす。すると、彼女の顔が妙な回答をした事への恥で少し赤くなった。

 どこかいたたまれない空気がその場に発生した。余りにも間の抜けた事を言ってしまった彼女は、その空気に耐えられずに咳払いをする。


「んんっ! あ、ああ。此処の事ね? 人間は『エルフの山』なんて呼ぶ所よ、あなたが『勇者』なら……此処は、異世界ね」


 気を取り直し、彼女は真剣な表情で改めて質問に答えた。

 それは彼女が知る限りでは最も少年の置かれた状況を表す内容だ。『勇者』達はわけのわからない何かによって異世界から呼び込まれるのである。

 しかし、少年にとっては余り飲み込める話ではあるまい。分かった上でこの世界へ来ても、即座に怪物に襲われたのだ。パニックを起こしても仕方がない。

 そう考えた彼女は、いざとなれば気絶させてでも少年をこの山から助け出そうと心の準備をしていた。だが、幸い無駄に終わった様だ。

 少年は彼女の回答を聞いて、少しだけ考え込む姿を見せていた。


「……そっか、同じ所か」

「同じ? それは……」

「何でもないよ、お姉さん。気にしないで」


 独り言だったのか、彼女が聞くと少年は誤魔化す様に首を振って見せた。

 そんな態度はリーリアにも伝わっていたが、彼女は少年の心に下手に足を踏み入れる事を躊躇し、それ以上は聞かない事を決める。


「そう……何か分からない事が有ったら、質問してね」


 言いつつ、彼女は少年の姿を改めて観察する。

 目が空虚でなければ、普通の少年である。いや、普通とは言えないかもしれない。彼女は少年の姿を見てそう感じた。

 何せ子供らしい感情の一つも顔に浮かべず、表情だけが張り付いた様な笑みを作っているのだ。まるで世の理の全てを悟った仙人の様だ。いや、それですら少しは気持ちという物を表現するだろう。

 リーリアは精霊と意志を交わす事が出来る。今も彼女へ暖かく優しい笑みを浮かべて来ているのが、精霊達だ。それらは決して動植物の類ではないが、生きている。生きて、意志や感情を持っている。

 だが、少年はそうではない。それならば、少年は『生きていない』。そう表現するのが一番正しい表情だろう。

 しかし、彼女は少年へ嫌悪の類を向けなかった。


「ねえ……」

「ん?」

「自己紹介、しましょっか」


 少年の事を不気味に感じた自分を消し飛ばしながら、彼女は優しく微笑んだ。


「私は、リーリアよ。趣味は……精霊との会話、かな。気軽に呼んでね?」


 有無を言わせない調子で、彼女は少年と自分の背を比べて肩を撫でる。まるで、自分がこんな小さな少年を異質な『何か』だと認識した事を恥じているかの様だ。

 そんな意志が伝わったのかは読み取れなかったが、少年は相変わらず無気力で無価値そうな薄笑いで挨拶を返してきた。


「僕の事は……そう、ジョンとでも呼んで欲しいな」


 何となくだが、それが偽名だと分かった。


+


「ふーん……エルフ、ね」

「そう、私達の種族はね、『エルフ』と呼ばれているの。これも『勇者』が名付けたらしいわ」


 自己紹介を終えた二人は、軽い様子で会話を交わしていた。今話しているのは、リーリアの種族に関する物である。

 本人の言う通り、彼女達の種族は『エルフ』と呼ばれている。長命である事と長い耳や自然と一体になる所、それに弓の扱いを得意とする姿を見た『勇者』がそう呼んだのが最初だったらしい。

 少なくとも、彼女は両親からそう聞かされて育っている。


「この呼び方、私も好きよ。エルフってね、良い響きだと思うの」

「僕もまあ、そう思うかな。語源は知らないけど、広めたトールキンは偉大だと思うね」

「ふふ、そうね。残念ながら、その方は文献上の名前でしか知らないんだけれど……」


 リーリアの表情は極めて柔らかな笑顔で、少年の笑みはやはり空虚なままだ。それが二人の内心の差を表している様だったが、彼女はそれに気づいていても努めて笑顔を維持する。

 自分まで虚しい顔をしては、少年が何かの気持ちを見せる瞬間を見逃してしまう。そんな考えから来る物だ。


「それで、私達エルフは精霊や自然に干渉するのが役割よ。だから、基本的に魔物や怪物達とは敵対しているの」

「お姉さん自身はそうでもないみたいだね」

「……あら、バレた?」


 驚きながらも表情には出さず、リーリアは軽く舌を出して悪戯っぽく微笑む。

 見透かす様に、あるいは『昔行った会話をなぞる』様に、少年は彼女の内心を言い当てて見せたのだ。相手の感情など気にも留めていない筈の少年に読みとられたのは、少し怖い。

 が、それは勿論言葉にはしない感情だ。驚愕も恐怖も内心だけで処理し、彼女は軽く息を吐いて表情を緩んだ物にする。


「そうね。出来れば、私もみんなも幸せになれる道があれば良いのに、なんて思うわ」


 明るく、人も自然も隔てない優しい慈しみの意思が彼女の声の中から溢れていた。それだけで、心にどんな傷を負った人間でも癒されてしまいそうだ。そう、少年の空虚な顔をどうにかしようと、彼女は努力をしているのだ。

 それでも少年には届かないのか、彼は何の感情も無い笑みを浮かべて返事をしてきたが。


「自分も他人も愛してるんだね、お姉さんは」

「……確かにそう、私はみんなが大好きで、大切だと思ってるわ。私自身も含めてね」


 相手に気持ちが届かない事をもどかしく思いつつ、彼女は心からの本心を口にする。頭の中には里の仲間や山々の精霊が浮かび上がっていた。

 同時に、彼女は少年の顔を覗き込む。


「貴方もその一人よ、ジョン君」


 それも、心からの言葉である。少年にもそれが伝わったのか、彼は少しだけ緩んだ表情になる。


「ありがと」

「どういたしまして」


 何とも無気力な礼の言葉であっても、リーリアは嬉しそうに応えた。

 この少年がどんな生まれをして、どんな人生を送ってきたのか。泥沼の様に濁りきった瞳を見て、彼女は大まかな事を察している。こんな小さな少年が、あんな表情をしなければならない環境で生きてきた事は彼女にとって自分の事の様に心が痛む物だった。

 同時に、少年がこの世界に呼ばれた事に疑問を抱いていた。何の望みも感じられない、無感動な物だったのだ。


「ねえ、あなたはどうして此処に来たの? そういう望みがあった、とか?」

「……この世界に呼ばれるのは、自分の居る世界を全く愛していない人だよ。つまり、あなたとは対照的な人が呼ばれるんだ」


 意外な程に明確な回答が来た。

 少年は想像しているより、遙かにこの世界の事を理解しているらしい。彼女は少し訝しげに彼の目を見たが、空虚過ぎて読み取る事が出来ない。


「……そう」

「そうなんだよ」


 小さく呟く彼女へ、少年は相槌を打つ。何ともどうでも良さそうで、彼女の姿を見ていなかった。

 思わず溜息を吐きそうになる口を押さえ、リーリアは何となく少年を後ろから抱き締める。


「なあに?」

「いや、柔らかいなぁ、って」


 子供をあやす様に、ぐりぐりと頭を撫で回す。仲間の子供達の世話をした事も有るので、手慣れた物だ。少年が嫌がる様子は無い。子供扱いされている事が明らかでも、気持ち良さそうに目を細めている。

 初めての反応に、彼女が更に嬉しそうになって頭を撫でる。すると、少年は何かに気づいた様に虚空を見つめた。


「……離れて」

「あ、ごめん。気持ち悪かったかな?」

「そうじゃなくて、離れた方が良いよって、事っ!」


 とん、と。警告の様な言葉と同時に、彼女の体が軽く押された。思ったよりも強い力に彼女は抵抗出来ず、少年の側から少しだけ引き離された。

 何のつもりだろうか、彼女は少年の顔を見ようとする。あるいは、無理矢理抱き締めてきた女へ嫌悪の一つでも向けてくるのだろうか。

 無感動な少年にそんな期待をして、自分が今まで居た場所を、犬の様な形をした何かが通り過ぎるのを見た。


「あれは……!」


 自分のすぐ隣を通った犬らしき何かを見て、リーリアが息を呑む。

 それは確かに犬型の生物に見えた。だが、形が似通っているだけで姿は生物の範疇から外れる程に恐ろしく、異様な殺気をまき散らす様子は紛れもなく怪物の物だ。獰猛で、補足した相手を噛み殺すまでは絶対に止まらないだろう。

 更に、人の体などを操る事もあるらしい。自身の存在を隠蔽する力は精霊達ですら誤魔化す程だ、実際、リーリアも怪物の接近に気づいていなかった。


「テンダス、だったかな?」


 少年がぽつりと呟いた。

 確かに、その犬のシルエットの何かは人間やエルフから『テンダス』と呼ばれている。

 ……名付けた『勇者』が戦闘中に曰く、『鋭角から出てこないパクリ野郎、ィとロを抜いてやったぜどうだてめぇ』らしいが。

 しかし、そんな無駄な雑学は今の彼女には関係無い。彼女にとって重要だったのは、この世界に来たばかりの少年がその名前を口にしたという事だ。


「どうして……」


 知ってるの? そう口にしかけたが、そんな事をしている場合ではない。怪物は少年の方に向かって突進していたのだ。

 自身への衝撃を無視した凄まじい高速である、その怪物が居るのは到底人間に反応が出来る世界ではないのだろう。


「っ危ない!」


 が、エルフ族で最も強烈な力を持った彼女は、テンダスと呼ばれた怪物と同じ世界に入り込む事が出来た。

 彼女の視界に、完全に停止したかの様な世界が広がる。超越的な彼女の目は凄まじい性能を誇り、怪物ですらその視界ではゆっくりと動いている。その怪物を迎撃するよりも彼女は少年を助ける事を優先し、体を動かす。

 しかし、その足が何かで滑って彼女は姿勢を崩してしまった。


「なっ……!?」


 彼女の世界がどれほど素早かろうが関係ない、足下に氷の膜が出来ていて、彼女の足を滑らせたのだ。

 「どうして、こんな所に氷が?」彼女の心がその疑問で一杯になる。その氷に生命が宿っていない事に気づく余裕すら無い。

 集中を切らせた彼女の視界が元の物に戻る。怪物の動きは彼女としてはまだ遅い。転けた状態であっても、弓矢だけで攻撃する事は可能だ。

 そう判断した彼女は背に負った弓に触れた。


「くっ……ぁぁっ!」


 その途端、彼女の口から呻き声が漏れ出した。激痛が再び彼女の体を苛んだのだ。どうやら、あの紫色の血はまだ彼女の手の動きを阻害していたらしい。身構えていなかっただけに、痛みは数倍に思える。

 思わず手を引いて、彼女は思い切り唇を噛んだ。その痛みで激痛を無視して怪物を射ようと言うのだ。

 だが、それよりは怪物の方が流石に早い。


「ふーん……そうなるか」


 彼女の動きを静かに見ていた少年が、急接近するテンダスの方へ向き直る。特に抵抗する訳でも、逃げる訳でもない。熊の形をした怪物に襲われた時と同じ様に、彼は静かに相手を見ていた。

 その時、リーリアはようやく弓を握る事に成功する。だが、もはや間に合わない。

 己の無力を痛感し、彼女は歯を食いしばった。

なろう初の感想が付いた事でテンションが六倍に跳ね上がって電撃小説大賞に送る作品の印刷をミスって印刷料金が無駄になった悲しみが吹き飛びました。

ニ,三日に一回更新すると言って、前回は土曜日だった。今は一応月曜日重点だ。決して嘘ではない、いいね? とか忍殺ネタを言いつつ、投下です。

特に言うまでも無いと思いますが、テンダスの元ネタは『ティンダロスの猟犬』です。SAN値が下がる見た目なのは同じですが、角から出てきたりはしません。角から出てこないので、ィとロを抜かれて別の怪物になりました。

次はまあ、水曜日辺りで。

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