3部間話 邪神に関する何とやら
ほ、本当に騎士様がたは討伐に行っているので?
……そう、そうですか。それは良かった……それなら少しは安心出来ます……え?
あ、ああ。あの町の事を……?
は、話すよ。話せば楽になるだろうしな。でも、俺が話した事は誰にも言わないでくれよ、今も怖いんだ。何時か奴らが町を広げて、俺を喰いに来るんじゃないかって思っちまうんだ。
臆病だって言いたいなら言ってくれ。俺はあの町で地獄を見た。恐ろしい世界を見てしまったんだからな。本当は思い出したくも無いんだが……あんたにだけは話しておく。
俺達があの町へ入ったのは、数日前の事だった。旅をしながら商いをしていてね、その土地の名産品やらを買い取って、余所で売ってたんだ。
盗人の対策もあって、俺達の中には戦いに慣れた奴も居たし、何より異国の恐ろしい物と相対する覚悟も出来ていた。だからこそ、あの町はおぞましい物だったんだが……
周囲の森に迷い込んだ俺達は、あの町の化け物……あの時は人間だと思ってたんだが、に案内されて町へ入った。今思えば、森で迷った事も奴らの策略だったのかもしれねえ。
でも、その時の俺達は全く疑ってなかった。これ幸いと町に入って、そこで待っていたのは今まで受けた事も無い大歓迎だったんだ。
まるで王侯貴族に庶民が出来る限りの歓迎をしたみたいだった。俺達は少しの間疑問を持ってたんだが、あんまり来訪を喜ばれるんで良い気になって、すっかり警戒を抜いちまった。
仲間の顔から完全に警戒心が抜けきったのは、三日目くらいだったかな。その頃には町民達に大喜びされる事にもう慣れていた。
その時は不思議に思っていたんだが、連中は俺達を大歓迎しても売り物を買う事は無かった。どれだけ売ろうとしても、まるで欲しい物は別に有る、みたいな顔をして断るんだよ。
でも、俺達は疑問に思っただけで町から逃げなかった。町全体が俺達を歓迎してるんだ、逃げるなんて欠片も思い浮かばなかった。
その考えが変わったのは、歓迎会も一通り終わった辺りの頃か。
他の連中は全く疑問に思ってなかったけど、俺だけは違った。奴らの歓迎は余りにも凄過ぎて、逆に怖くなってきたんだ。もしかすると、俺達を利用して危険な事でもさせるつもりか、と思ってな。
世の中には余所者を神の生け贄にする宗教も存在する事は知っていたから、俺は少し不審に思った。
それが、俺達の生死を分けたんだ。
その日の夜、俺は少しの間だけ、仲間や奴らの目を盗んで外へ出た。一体、どうして俺達がこんな扱いになるのかを調べようと思ってな。
最高の判断だったし、最低の判断だったとも思うぜ。あの時、自殺するか逃げていればあんな恐ろしい物を目にする事は無かった筈だ。
俺は夜の町中を漂う吐き気のする様な空気に耐えながら、町を探り回った。余りにも嫌な空気だったんで、途中から鼻と口を押さえて歩いたけど、それでも嫌な気分になるのは止められなかった。
まあ……結局何も見つからなかったんだけどな。散々吐きそうになって得られたのは、町の大方の構造くらいだったよ。
気のせいかと思って俺は仲間の歓迎されている家に戻った。心配し過ぎだと思ったし、本当に良い扱いだったからな、戻って酒を飲みたくなった。
だけど、な。家の前まで戻った俺は途端に嫌な予感を覚えた。中から悲鳴とかが聞こえてきた訳じゃない、いや、違うな。静か過ぎたんだ。
中に入る事は危険だと思えたから、窓からこっそりと部屋の中を覗いてみた。人生で一番恐怖を覚えた光景がそこに広がっていたよ。気絶しなかったのが不思議なくらいだ。
奴ら、町の奴らが居て、何かの像の前で座り込んでな、気持ちの悪い笑い声をあげ、あげてた。その像は、邪神の像だよ。そ、そうだ。『嘲笑する邪神』とか言われる、ああ、そんな奴だ。
幸い、いや不幸にも俺、俺は嘲笑する邪神とか言われる奴の像を見た事があった、た、た。ガキ、幼い頃の子供だった時期に一回だけな、この歳になっても夢に見るくらいに恐ろしい像だったから、忘れなかった、んだ、ああ、忘れられなかった。
そうだ、その像に向かって連中は祈りを、祈って、捧げていた。目を逸らしたくても、体が全く動かなかった。
俺が、倒れそうになって、そうしていると、奴らは人間を連れてきた。そこで悲鳴、ああ、悲鳴を上げなかったのは俺にとっての大手柄だったな、その人間達は俺の仲間達だった。
仲間達は体を切り刻まれて、食べやすく『調理』されて……顔だけは完全に残されてたが、表情は酷い物だったぜ。怯えとか恐怖とか、そういうのを固めて作ったおぞましい芸術みたいな何かに加工されて……ああ……ああっ!!
奴らの、奴らの姿が変わったのさ!!
訳が分からなかった。何だったのかも分からなくて、俺、分からな、知らな、あれは一体、理解できなく、出来ないんだ。かい、怪物、そうさ……そうさ!
奴らは俺の仲間を、食って、貪り、うわ、あ、っあああああぁぁぁっ!!
……悪い、取り乱した。
俺は、それを見た瞬間から必死で逃げたよ。町の構造を覚えていたのが良い方向に働いてな。幸い、俺は町から脱出する事が出来た。何の知識も無しに逃げていたら、今頃俺は死んでるよ。
俺が記憶を保てたのはそこまでだ。気がついたら、あんたの家で寝ていた。森を逃げた時は、きっと必死過ぎて記憶を維持する余裕も無かったんだろう。
え、その町は何だったのかって……?
あれは、そう……じゃ、邪神からの祝福なんだよ。あの町の住人は狂ってるんじゃない、邪神の祝福を得て人間を喰う怪物の町なんだ。俺はその姿を見た、見ちまった。
きっと殺される。あの連中が騎士に殺される訳がない。邪神の配下達が単なる人間に負けるなんて、あり得ない。
連中は人間の事を食料としか思ってない筈だ。中には人間を喰わない奴も居るのかもしれないが、大方の奴らは喰うんだろうな……逃げる途中、とんでもない美人が居た気がするんだが、きっとあの人も今頃……いや、もう考えたくないな。
悪い、話は止めてくれ。この事はもう話したくないし考えたくないんだ。町から出たんだから、もうあの町の事は記憶しておきたくない。出来れば、記憶から消し去って欲しいくらいだ。
……ああ、泊めてくれてありがとうな。俺、森の側で転がってたんだろ? 身ぐるみ剥がされなかっただけ、ありがたいぜ。
食事まで寄越してくれたんだ。文句なんて言わないさ。
それにしても、あんた……良い笑顔してるよな。
それに、何か……その嘲笑
あ
この話だけは完全な一人称です。一回やってみたかったんですよね。




