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謎の異世界にトリップした人間達の話  作者: 曇天紫苑
シュ=オートスノムを覆う影
25/40

3部6話 黒と虹色とアンハッピーワールド

 町の中では地獄が広がっていた。


「はっ……はっ……」

「急げ! 殺される!」


 二人の町民が必死になって逃げていた。彼らの周囲に有る家には火を放たれ、退路を断つ様に即席の壁が作られていて、二人は絶望的なまでに追いつめられている。

 町民達は常人よりは優れた身体能力を持っている。しかし、敵はそれを遙かに上回る強者ばかりであった。

 それでも町民達は逃げる。時折地面に仲間が血を流して転がっているのが見えたが、それでも助け起こす事は無い。同胞を助ける余裕すら最早存在しなかったのだ。


「く……うぅ……」

「畜生!」


 必死に走っているが、逃げ場に心当たりが有る訳ではなかった。

 森まで行けばある程度逃げきれる確率も高くなるが、凶悪な虐殺者達の前にはそれすらも断言出来ない、いや、むしろそれを予測して森の近くで待ち構えている可能性も有る。


 今日という日は彼らにとっての悪夢だった。朝一番に現れた者達が、次々に町民を殺し始めたのだ。性別も年齢も関係無く、その中には赤子すら含まれていた。

 一片の慈悲も無く、まるで災害に巻き込まれたかの様に町民達は為す術も無く殺されていった。抵抗しようと戦った者も居たが、それらの者達は真っ先に殺されてしまって、後に残った者は全員が逃げ惑っている。

 ここに居る町民もその内の二人だった。仲間が殺されていく中、彼らは自分達が生き延びる為に全力で逃げたのだ。

 それでも、追っ手は来る。町民は悲鳴を上げて、気絶しそうになる体を何とか支えた。


「俺達が、何をしたって言うんだ!」

「……お前達には『この世界に生まれた』という最大の罪が有るじゃないか」


 理不尽極まり無い言葉と共に、追っ手が町民達を捉えた。

 それはたった一人の騎士だった。全身に返り血を浴びた姿からは悪意が見られず、機械的に町民を殺し尽くした事が明らかに理解出来る。

 二人の町民はその姿を見て、走る早さを数倍にまで引き上げた。


「クソッ! 追いつかれるな!」

「……遅いな、お前達」


 しかし、騎士にとっては彼らの足など大した物ではないのだろう。彼は抜き身の剣を自然な形で握り、一歩前に踏み出す。

 その瞬間、騎士の体は町民達のすぐ側に来ていた。

 尋常ならざる踏み込みの早さで距離を詰めたのだ。町民達は驚いて体の動きを硬直させてしまう。それは、完全な隙だ。

 騎士が軽く剣を振る。まるで棒を振るかの様に適当な、どうでも良さそうな手つきで。だが、それを受けた町民の足が簡単に断ち切られた。


「ぎゃ……! あ、がぁぁぁぁっ!?」


 自分の足が無くなった事を理解して、町民の口から酷い声が発せられる。一種の哀れさすら誘う姿だが、騎士は剣を止めない。

 もう一度、騎士が剣を振る。避ける事すら許されない絶対の速度を持った一撃は簡単に町民の体を引き裂き、肩から腰までを完全に断ち切った。


「あ……阿……」

「さらばだ」


 無様に転がった町民の頭を、騎士は無慈悲に踏み潰す。

 熟れた果実の様に頭は粉砕され、騎士の足に飛び散った夥しい血がその残虐な行いを表していた。



「ひっ……ひあっ……」


 まだ生きている町民は腰を抜かして、必死で逃げようとする。だが、その足は何時の間にか断ち切られ、無くなっていた。

 足が無い事に気づかないまま、町民は立ち上がろうとしていた。勿論、無い足を使って立つ事は出来ない。無様に転がるのが精一杯だ。


「や、やめてくれ、許してくれ、頼む、頼む」


 町民は命乞いを始めた。

 痛みも麻痺しているのか、足が無くなっても苦痛を訴える様子は無い。それが町民がどれほど恐怖を覚えているのかを如実に表している。


「ご容赦を、嫌だ、許し……」


 町民は必死に平伏し、許しを乞い続けている。だが、騎士から感じる機械的で作業的な殺意は微塵も揺るがず、剣を握るだけだ。

 それでも若干の哀れみを覚えたのか、町民の側に近づいた騎士は剣を振り上げながら口を開く。


「悪いが、何処まで逃げてもお前達を助けてくれる者など居ない」

「ひ、ひぃっ!」


 町民が涙を流して呻いた。騎士の言葉通り、周囲には誰も居ない。居たとしても、皆逃げている。

 掲げる様に振り上げられた剣が動けば、町民の体など簡単に引き裂かれる。

 そして、騎士は剣を振り下ろした。


「安らかに、死ね」


 痛みも感じさせない超高速の斬撃が迫る。凄まじい速度の乗った一撃は町民の体を裂き、地面までも断つだろう。

 町民はまだ自分に剣が迫っている事にすら気づいていない。恐らくは死ぬまで理解する事は無く、町民は簡単に殺される。



「助けてくれる奴は、居るよ」



 筈だった。

 剣が一瞬の内に町民から遠ざかる。いや、騎士が大きく吹き飛ばされたのだ。


「っ何だ!?」


 町民を斬る前に何かが懐へ飛び込んできて、そのまま自分の身を遙か彼方へ弾き飛ばした事を、騎士は数秒遅れて理解する。

 何が自分に攻撃を仕掛けたのか、騎士の目は体制を立て直すよりも早く動き、敵の姿を捉えようとした。


 虹色、いや黒い人型がそこに在る。


 それは絶望的なまでの美女だった。だが、騎士が人型を女だと認識したのはかなり遅れての事で、数秒間は騎士の目を悪夢的な黒色が支配していたのだ。


「……大丈夫かな?」


 騎士の警戒を籠めた視線を受けつつも、女は不敵な笑みを浮かべて町民へ手を差し伸べる。

 傷一つ無い手は思わず状況を忘れてしまう程に町民の本能を刺激していた。町民は息を呑んで、自分の足が無くなった事も忘れて女の手を取ってしまう。


「ああ、大丈夫だな。立てるだろう?」


 町民が手を取ると、女はとても優しい笑みを浮かべて腕を引いた。

 すると、釣られる様に町民の体が持ち上がり、立ち上がる事に成功する。足は無い筈だというのに、何故か立ち上がったのだ。


「……あ、れ?」


 町民が恐る恐る自分の足が在った場所を見る。いや、『在った』場所ではない。『在る』場所だ。そこには確かに断ち切られた筈の足が存在した。


「……え、あ……?」

「さあ、早く逃げるんだ」


 呆然として自分の足を見つめる町民へ、女の優しげで頼もしい声が掛かる。

 既に騎士は体制を整え、剣を構え直していた。だが、女へ全力で警戒を向けている為か、町民の存在は殆ど忘れてしまっている様だ。

 今なら逃げられる。そう感じた町民は、足が戻った事への驚きを封じ込め、女の隣に居る少年を見た。


「そいつに救われるとはな……だけど、助かった!」


 若干の忌々しそうな視線を少年に向けると、町民はすぐに女達から背を向けて走り出した。


「……」

「ああ、追うなよ? 追ったらそれが君の最期だ」


 逃げ去る町民を視界に入れた騎士に女の強烈な力を感じさせる声が響く。

 声を聞いただけで、騎士は町民への未練を捨てた。今、そこに立つ女は間違いなく圧倒的な強者である。隣に居る少年は弱いが、女の強さはそれを塗り潰す程の化け物的な何かだ。

 思わず剣を強く握り、騎士は顔に冷や汗を浮かべた。怪物と相対した時よりも遙かに強い恐怖を感じて、固まりそうになる体を押さえつける。


「私はそれほど怖いかな? 君らみたいに町の住民を全部殺す、なんて事はしないし、していないつもりなんだが」

「……お前は、『何』だ?」

「『勇者』……一応は、そう呼ばれているけど?」


 さらりと答えつつ、女は余裕に溢れた様子で腕を軽く振る。すると、家を焼いていた炎が何の脈略も無く消え去った。

 何をしたのかを理解する事も出来ない唐突な現象だ。ただ、炎が消えたという結果だけが目の前に突きつけられて、騎士は目を細める。


「……そうか、成る程な」

「どうしたんだ? 火事を消しただけじゃないか」


 何かを納得した様子の騎士の態度に、女が首を傾げる。

 その疑問には答えず、騎士は虚空を見て独り言を口にした。


「いや、確かに隊長が警戒する訳だ。これほど馬鹿げているとはな、いや、褒めているんだぞ?」


 賞賛を口にして、騎士が呆れた顔をする。人間の形をしていながら、人間には及ばない力を振るう存在。そういう物を何と呼ぶかを頭の中に浮かべながら。


「だが……」


 独り言を唐突に止めて、騎士が笑う。

 騎士は、相手がどれほどの存在なのかを理解した上で、力強い笑みを浮かべ、周囲へ向けて手を振った。



「掛かったな」



 騎士が合図をした瞬間、同胞と思わしき騎士達が女を取り囲んだ。










+









 女、いやイクスは自分を取り囲む騎士達の姿を捉えていた。

 どうやら、騎士達はイクスをおびき寄せる為に町民をあえて逃がしていた様だ。恐らくは少年を、いや獣を助けたという事実から、イクスには囮が有効だという結論に至ったのだろう。

 そして、それは紛れもなく正解だった。実際に彼女は囮に引っかかったのだから。


 おびき寄せられた彼女が感じているのは、たった二つの簡単な事だった。







 怖い、逃げたい、逃げたい怖い怖い怖い逃げたい怖い逃げたい怖い怖い怖い怖い逃げたい怖い逃げたい逃げたい!!







「ひぅっ……」


 肺の奥から出る様な怯えた声が、ほんの微かにイクスの口から漏れる。誰の耳にも届かせないが、それでも彼女は怯えている。

 どれほどの強者であろうと、囲まれたくらいの事でイクスは動揺しない。だが、それが人間であれば話は別だ。今すぐに逃げ出して布団を被って震えたいくらいの恐怖が襲い掛かってくる。

 それも自分へ敵意や殺意を浮かべる人間の群だ。彼女の頭が処理仕切れないくらいに怯え狂い、体の震えを隠す事にすら全力を使わねばならなくなる。

 それでも恐怖心を表に出す事は無く、イクスは不敵な笑みを浮かべ続けた。


「……ああ、待ち伏せされていた、と」


 騎士達を見る目にはどこにも怯えなど見て取れず、絶対的な力だけが奥底に宿っている。

 ただし、これも演技だ。見抜ける者は居なくとも、もし見抜かれたら、とイクスは不安で一杯になる。


「そうだ。最初に聞いた時は疑問だったんだがな、お前ほどの化け物なら納得だよ」

「へえ……褒められてるのかな、私は。まあどうでも良いが、そんな作戦を立案してくれた有り難い奴は何処に居るのかな?」

「隊長は此処には居ない。今頃、町の連中を皆殺しにしている所だろう」


 騎士達は余裕の笑みを浮かべてイクスの言葉に答えている。一対一では恐怖の対象でも、仲間が居れば単なる『敵』なのだろう。

 イクスの目にも、騎士達は強い絆で結ばれている様に思えた。彼らは仲間を助ける為であれば自らの命を差し出すに違いない。

 とても厄介な相手だ。イクスの頭が凄まじい恐怖で壊れつつも、そんな感想を抱いた。


「さて、覚悟は良いな?」

「幾ら化け物でも、俺達なら倒せるさ」

「ああ、行こうぜ。俺は一騎当万の強者にして千年の時を生きる永劫の騎士団、化け物みたいな『勇者』なんぞに負けはしない!」

「……あ、こいつそういう設定なんだ。頼むから引かないでくれよ、少なくとも俺は常識人なんだ。敵とはいえ、嫌われたくは無いんでね」

「お前は単なる女好きの間抜けだろうが、いや、俺の仲間のバカ共はバカだが結構強いんでな、まあ、何だ、覚悟してくれ」


 気が抜ける様な会話をしながらも、騎士達は少しずつイクスとの距離を詰めて来た。会話で注意を逸らし、最高のタイミングで攻撃を仕掛けようとしているのだ。

 素の性格を晒け出しているだけなのだから、普通なら演技を見抜かれる心配も無い。ただし、恐怖から相手の行動を監視していたイクスには簡単に見抜く事が出来た。


「い、イクスさん……」

「しがみつかないで欲しいね、戦い難いだろう?」


 連れてきた少年が恐怖の余りイクスの腕にしがみついてくる。イクスはそれをあっさりと振り解いて、少年から目を逸らした。

 それを見ていた騎士達が、あくまで間抜けな調子で話を広げ始める。


「あ、もしかしてそいつアンタの子供か?」

「いや、恋人か!?」

「無いだろ、幾ら何でも年齢差が凄いじゃねえか」

「愛に年齢は関係無いんだぜ」

「あれ、でも俺達の国王の后って確かまだ……」

「……聞かなかった事にしてやるから、それ以上は喋るなよ。不敬罪で首が飛ぶぞ」


 頭が痛くなる様な会話だった。

 緊迫感の欠片も感じられず、段々と馬鹿らしくなってきたイクスは、頭を軽く掻いて大きな溜息を吐き、強烈な殺気を放った。

 


「…………とりあえず、全員返り討ちにしてやる」



 猛毒にも勝る殺気が周囲に撒き散らされた。


「あ、まずい……」

「なぁるほど……こりゃやべえ……!」

「よおし、ここは俺に任せろ。俺は一騎当億の……いや、そんな次元じゃ無い相手だな、俺なんかじゃ話にならんか」


 それは一瞬で騎士達の表情を変えさせ、間抜けな雑談を止めさせる。

 今までふざけた態度を取っていた騎士達は、邪悪なまでの殺気を受けて剣を構えた。それは全員が一体になるかの様な、実に息の合った動きだった。


「覚悟しろ、本気で殺す」


 騎士の一人が仲間の意志を代弁するかの様にイクスへと声をかけた。

 彼らが取っているのは仲間の隙を埋め、各自の長所を伸ばし、短所を覆う事が可能な陣形である。それは彼らの確かな絆の証だ。


「く、ふふ……」


 自分を殺す為だけに彼らが陣形を作った様を見て、イクスの口から笑い声が漏れる。

 勿論、面白がっている訳では断じて無い。襲いかかる人間達が多過ぎる為に、恐怖が一周回って笑顔を浮かばせているのだ。


「ふふ……ああ、嘲笑している訳じゃない。ただ、私なんかの為によく頑張ると、そう思ってね」


 本来の理由は隠し、あくまで余裕を気取った態度を維持する。


「随分、余裕だな」

「いやぁ、君らは仲が良いと思って、ふふ、羨ましいかもしれないよ」


 眉を顰める騎士に向かって、努めて楽しげな声を返す。

 人間への恐怖心を悟られれば致命的な隙となる可能性があるのだ。その為の演技であり、不敵な笑みである。


「さて、君らは私に勝てると思っている訳だ。まあ、『どうやって』? と聞いておきたいが……そうだ、これを受けると良い」


 そう言って、彼女は再び空が落下してきたかの様な巨大過ぎる殺意を放つ。

 隣に居る少年が震え上がっていたが、気にも留めない。殺意を毒霧の様に広げ、騎士達の魂へ直撃させる。

 上手く行けば、それだけで騎士達は皆自害するだろう。この世界に存在する事すら耐えられなくなるのだから。



「う、うぉおおおっっ!! 舐めるんじゃ、ないっ!」



 しかし、騎士達は雄叫びを上げて殺意を跳ね除け、瞬く間に攻撃へ移っていた。

 その場で自害する程の重圧は、イクスの思惑通りには働かなかった。騎士達は恐怖を避ける為に武器を取る、という選択をしたのだ。


 剣を握り締めた彼らの内、一人が恐ろしい程の早さでイクスへ迫る。


 いや、正確にはイクスを攻撃する事は諦めていた。

 彼は一瞬の殺意を受けただけで勝てない事を理解していた。それは長年の経験から来る確信であり、絶望と苦しみの混じる諦観なのだ。

 ある種の悲観的な思考で彼は武器を構えている。だが、一部の者達はまだ冷静な思考を残していた。いや、あるいは冷静さを失ったからこそ、その選択肢を取る事が頭に浮かんだのだろう。

 それを選んだ者が向かっていった場所に居るのは、イクスではない。厳密には――その隣に居る、少年。


「ああっ……!?」

「悪いな! 死にたくはないんだよ!」


 一瞬で迫った騎士が、素早く少年を捕まえる。隣に居るイクスの事は完全に無視した。

 イクスはそれを見るだけで、少年を助けようとはしない。騎士達には嬉しい誤算だ。騎士はそのまま逃げ出し、仲間達に居る場所に戻る。


「この子供を殺して欲しくなければ……分かるな!?」


 必死の形相で騎士の男が少年の首筋に剣を向ける。顔には僅かな羞恥心と、不安が見て取れた。

 仲間の凶行を見て、騎士達は思わず目を見開く。


「おい。お前……!」

「仕方ないだろ! この化け物を殺す為だ! さあ、どうするんだ!?」


 騎士にあるまじき行動をした仲間を非難する声が上がるが、本人は必死でイクスへ警戒を続けていて、それどころではなかった。

 少年の首筋に触れている剣に力が入り、首筋に少しだけめり込む。血が流れて、状況を理解した少年は目に恐怖を浮かべた。


「う、イクスさん……」


 目に涙を浮かべて、少年がイクスへ助けを求める。

 その姿を見た騎士達が苦しげな顔をする。だが、もう仲間を止めようとする事は無かった。自分達ではこの女に勝てない事を心から理解していたのだ。


「……ふうん」


 しかしながら、イクスの反応は淡泊な物だった。

 少年を眺める瞳には一切の情が含まれておらず、欠片の優しさも存在しない。心配している様にも思えない。

 どうでも良さそうな顔をして、イクスは肩を竦めて見せた。


「やればいいじゃないか」

「何?」

「やれば良い。殺すんだ」


 彼女の言葉が信じられず、騎士達と人質になった少年が呆然とする。

 余裕の笑みすら浮かべ、イクスは平気で少年の命を無視する。演技とは思えない、もしも騎士が少年を殺したとしても、彼女の目は僅かにも揺るがないだろう。


「え、え……」

「勝手に付いてきたんだ、死のうが生きようが知らないね」


 しかし、真におぞましいのは次に発せられたその一言にあった。


「どうせ、生き返らせる」


 寒気のする一言だった。

 この世界には、死者を復活させる技法が幾つか存在する。神の加護や、魔法のアイテム、世界的存在による介入、古より伝わる邪悪な技。死霊を操る術も有る。

 知識だけであれば、騎士達もそれ等を知っていた。だが、イクスの言葉から感じられた力はどれとも合致しない。

 正体不明の『何か』が少年を復活させるだろう。それを考えただけで騎士達の精神は崩壊しかねない程の衝撃を受けてしまった。


「な、ならやってやろうじゃねえかぁ!」


 許容出来なくなった騎士が、遂に少年の首を飛ばそうと力を込める。

 それでも彼女が特別な反応を返す事は無く、何やら関係の無い別な場所を見ていた。


「ああ、そうだ」


 思い出したかの様にイクスが呟く。

 その間にも少年の首を剣が切り裂いている。イクスは遠くを見たまま、幸せそうな顔をした。






「親御さん達って、凄いと思わないかい?」






 瞬間、少年を切ろうとした騎士の体が唐突に爆発した。

 何の前触れも無く、ただイクスの言葉に合わせたかの様に騎士が心身を散らせている。肉片は飛び散る事も無く爆風によって消え去り、血が少年を除いた周囲の全てに降り懸かった。

 悪意を悪意で練り上げた様な現象が、一瞬にして発生したのだ。


「……は?」


 仲間の体が消し飛ぶという余りにも非現実的な光景は彼らの思考を止めていた。

 その為、彼らは気づかない。仲間が爆発したのと同時に、人質に取っていた筈の少年の体が何処かへ消えてしまった事に。


「ふふ、凄い凄い」


 騎士達の耳に、柏手が響く。イクスの物だ、彼女は幸せそうな表情で爆発した騎士の血溜まりを眺めていて、凄惨な現象を面白がっている様に思えた。

 人質が居なくなってしまった騎士達は動揺で身を硬直させる。それらの顔から目を逸らしつつ、しかしイクスは邪悪に見える程の笑みを浮かべた。


「さて……どうする? 人質が居なくなってしまったね? 逃げる、それとも戦うか?」


 騎士達に向かってイクスが殺気を再び放つ。

 そんな彼女の背中に、一つの人影が現れた。それは殺意の欠片も感じられない動きで現れ、瞬く間に剣を持ち上げた。


「こうする」


 返答の声と剣が、イクスの背中に落ちてきた。


「……ん?」


 一瞬遅れてイクスが背後の様子を見る。

 そこには一人の男が立っていた。男は剣を肩から腰にかけて、まるで斜めに伸びた髪をなぞる様に剣は彼女の身を引き裂いた。

 ぐらり、とイクスの体が半分に割れて、地面へ落ちる。

 イクスの体からは血が流れる事も無く、内臓が飛び出る事も無く、断面はまるで影の様に黒い何かが覆い尽くしていた。

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