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1部プロローグ:エルフの様な物

 一部 未来を着たりて過去を変える悪魔


 少年は、何も持っていなかった。

 生まれた瞬間から何も得る事も無く、またその後も価値の有る物を手にする事は出来なかったのだ。そんな自分を少年は卑下せず、また苦悩もしなかった。

 誰かがそれを改善しようと努力しても、彼の心には何も届かない。それを価値だとは思わず、何の関心も無く通り過ぎていく。

 やがて、少年は一人になる。だが、それすらも少年にとっては無価値でしかなかったのだ。

 何もかもを持たず、何の価値も覚えない。そんな少年はある日、星空と大地と青年に見えなくもない場所に呼ばれる。

 そして、少年は……出会った。






 秘境の様な山々の中を走る、一人の女が居た。

 周囲には他に誰かが居る様子も無く、山の周辺に人里が存在する訳でもない。薄暗く、慣れた者であっても迷ってしまう場所だ。

 そんな所に居ても、女は何の不安も抱かずに疾走している。

 とてもとても、非人間的なまでに美しい女だった。緑を基調とした簡素な防具を身に纏う姿は凛々しく、額に浮かぶ汗すら輝いて見える。

 肩まで伸びた薄緑の髪を揺らめかせながら走る姿は幻想的ですらあった。狩猟に入った人間が見れば、山の精霊か女神を見たのだと錯覚するだろう。

 いや実際に、人間ではないのだが。


「……」


 真剣な表情で彼女は山を駆け上がっている。綺麗な細身の体からは想像も出来ない凄まじい脚力で、数分もあれば頂上まで到着する筈だ。

 だが、それでは間に合わない。そこで初めて彼女は瞳に焦りを浮かべた。


「弓矢をお願い!」


 虚空に向かって、彼女は力強く叫んだ。すると片手と背中の辺りが輝いて、長弓と矢筒が現れる。

 人間には決して見えないだろうが、彼女の目には自分の弓矢を凄まじい早さで運んで来る『自然的な何か』の存在を捉えていた。


「ありがとうっ! 助かるわ!」


 それに向かって彼女は心からの礼を述べ、笑みを浮かべて弓を握った。

 足の速さは全く落ちていない。それどころか更に早くなっている。周囲を漂う『何か』を流星の様に煌めかせ、彼女は矢を取り出す。

 彼女は凄まじい勢いで弓を構え、狙いを定める。狙うは山の頂上、その先に居る存在だ。

 木々の間の彼方から微かに見える物を彼女の目が補足すると、矢に『何か』が入り込んだ。

 目標からはまだまだ距離が有る為、矢が届くとは思えない。が、彼女の目はしっかりとした強い意志を見せていた。


「誰かが通る気配は無い? ……そう?」


 その場に存在しているらしい誰かに訪ね、射線上を通る者が居ない事を確認する。

 そして、彼女は絶対に外さない意志と共に矢を放った。

 矢は木々を通って人間の使う銃弾よりも素早く頂上へ向かい、当然の様に対象へ命中する。

 すると、山の頂上から悪夢的な恐ろしい断末魔が響いた。たった一本の矢だったが、それは強烈な威力で相手の体を抉ったのだ。


「……」


 それを聞いた女は悲しそうな顔をして、だが足の動きは緩めずに駆けていった。




 それから一分程度の時間で、彼女は山頂に到着する事が出来た。

 そこには一人の青年とその脇で倒れる巨大で恐ろしい獣の様な何かが居る。獣らしき物に直撃した矢は、今も光輝いてその存在を浄化している。

 側に居る青年には彼女との共通点が幾つか有り、同じ様な防具を見に着けた美人で、彼女と同じ様に『長い耳』をしていた。


「リーリア!」

「……良かった、間に合ったのね!」


 男が彼女、リーリアの名前を呼ぶと、彼女は安堵の籠もった声を上げる。

 彼女の周りに居る『何か』もまた、喜びを表して踊り出す。彼女はそれらと共に男の側へ駆け寄っていった。


「怪我は無い?」

「ああ、危なかったけど助かった。こいつ、思った以上に強くて……彼らを、守りきれなかった」


 男は苦虫を噛み潰した様な表情で周囲へ目を向ける。そこにあった木々が力を奪われた様に腐り、枯れ果てていた。獣の様な形をした物が流す紫色の血が付着し、その部分から死んでいった様だ。

 自然を尊ぶ『彼らの種族』として考えるならば、例え自身が生き残っても実質的に敗北に等しい結果である。

 彼は悔しそうに拳を握り締め、自らを恥じている様だ。それを見たリーリアは暖かな色を目に宿し、迷わず木に着いた血に触れた。


「お、おい。それに触れたら……」

「……っ」


 彼女の顔が苦痛で僅かに歪む。

 その血は恐ろしい毒液である。少しでも触れれば激痛で意識を奪われ、万が一飲んでしまえば体が腐って死んでいくのだ。

 そんな物に触れ続れて、彼女の手が少しずつ壊れていくのが分かる。男は呻き声を上げた。


「お、おい……止めてくれ……」

「へい、き。大丈夫、だから」


 男が何とか止めようとしたが、彼女は離れない。むしろ不敵な笑みを浮かべ、もう片方の手まで木へ置いた。

 既に肘の辺りまで毒が届いている。もう見ていたくない、男はそんな意志を込めて叫ぶ。


「やめてくれっ!!」


 その言葉が届いたのか、女はゆっくりと木々から手を放す。

 すると、その後には枯れた木々は残っておらず、生命力を取り戻した大樹が佇んでいた。


「……ふぅ」


 木々から一本の大樹を作り上げ、彼女は満足げに笑みを浮かべた。

 その瞬間、『何か』、いや『山の精霊』達が彼女の手を心配するかの様に近づいていき、手に染み込んだ血を少しずつ取り除いていく。

 それを見ながら、男は怒りと心配と悲しみが混ざった複雑な表情になりながら彼女へ近づいていった。


「心配させないでくれ、お前に死なれるのは嫌だ」

「私だって、死にたくは無いわ。でも、この子達を死なせておきたくも無いの」


 慈愛の瞳と共に大樹を撫で、彼女は暖かな微笑みを浮かべた。

 精霊達が治癒しているとはいえ、まだ凄まじい痛みを感じている筈だ。だが、彼女は木々の命を助けた事の満足感で満たされているのか、気に留めていない様子である。

 男は諦めた様に溜息を吐いた。


「……分かったよ、お前はそういう奴だもんな。そういう所、好きだよ」

「ごめんね、貴方のそういう心配は有り難いと思ってるわ。私だって死にたくないもの……でも、あなたが勝手に山へ出たと聞いた時は同じ気持ちになったわ」

「……悪い」

「分かればよろしい」


 女がにんまりと笑い、明るい表情をする。それだけで草木と精霊は形が崩れる程に喜びに浸り、幸せそうに彼女の周りを飛び回る。

 しかし、彼女はふと何か気が重くなる事を考えてしまったのか、その表情を一気に暗い物にして、俯きがちになってしまった。


「……本当なら、もっと早く貴方を助けられる筈なんだけどね。でも……」

「それをやったら、君は人……いや、エルフとして死ぬ。そんなのは嫌だからな」


 リーリアの自嘲を打ち消す勢いで男が否定を口にする。精霊達がその声に合わせて逃げ出し、彼女の背後に隠れて男を睨んだ。

 彼女を侮辱されたと感じたのだろうか、精霊達は強い敵意を男へ抱いている様だ。が、言われた当人であるリーリアは少しだけ顔を上げ、反省を込めて軽く頭を下げた。


「ごめん」

「……分かればよろしい、って返してやれば良いのか?」


 真剣なリーリアの謝罪に対して、男の返答は冗談混じりの物だった。別に相手の気持ちを無碍にしている訳ではない。単に、『今の話は無かった事にしよう』という気持ちの現れだ。

 それを素直に受け取って、リーリアが笑う真似をする。


「……ふふっ、そうかもしれないわね」


 そう言いつつ、彼女の目は精霊によって浄化された獣に見える何かへ向けられる。

 邪悪な気配が消えたからか、倒れ伏すその存在は雰囲気だけなら単なる獣の遺骸に見えた。

 勿論、外見は自然を尊ぶ彼らにとっても逃げ出したくなる程のおぞましい物だったのだが。


「みんな、お願い」


 そんな事は関係無いとばかりに彼女は悲しそうな目をして、精霊達へ頼み事をする。

 すると、彼女の周りに居た精霊達が次々と姿を現し、おぞましい形をした獣の様な何かへ近づいく。そして精霊達は瞬く間にそれを囲み、持ち上げた。

 小さな光の粒の様な精霊達は、自分より遙かに大きい化け物を運ぼうとした。大きさの割には軽々しく動いている、彼らには重さなど関係無いのだ。

 どこへ運ばれるのかは分かっている。彼らを浄化して埋めた墓場だ。それを見ていた男が、若干の苛立ちを籠めながら呟く。


「前々から思ってたんだが、こいつらを弔う必要が有るのか?」


 言葉を耳にしたリーリアという名の女は、儚げに微笑んで返答する。


「生きていても、死んでいても、私が奪ってしまった事には変わらないもの。他の誰かが奪ったならまだしも、私だけは駄目」


 それは、自らを絶対的に縛る鎖の様な言葉だった。

 彼女の体は誰かを傷つける為の物ではない。この場へ来る為に踏んだ植物や昆虫も、傷一つ付けられていない筈だ。

 決して他者の命を奪う事を喜べる人物ではない。今も悲しそうな目をする彼女を見て、男は苦しそうな表情をした。


「そうだよな……お前、そうだもんな。でも、気をつけてくれ。そんな生き方をしていたら、本当に死んでしまう時が来るぞ」

「分かってるわ。分かってるけど、どうしてもね」


 少し、空気が重くなった。男は心から苦悶するかの様な顔をしていて、それを受けるリーリアも悲しそうに目を細める。

 余りにも重すぎる空気に耐えかねて、リーリアは話題を変えようと口を開いた。


「それにしても……月に一回は出るなんて、流石に不気味ね。前は多くて年に一回が限度だったのに……」

「あ、ああ。明らかにおかしい、少しずつ強力な奴が出る様になってるしな。まるで、山の中の何かを狙ってるみたいだ」


 二人は精霊に運ばれる獣を見て、不審そうに眉を顰めた。

 少し前までは滅多に現れなかった化け物達が、最近は爆発的に増えている。優れた感覚を持つリーリアはそれを強く認識している。

 その為、男が言った事にリーリアは食いつく様な反応を見せる。


「何かって?」

「それが分かるなら、もう少し器用に動けるさ」


 男は肩を竦め、苦笑した。彼らの里でも似たような事を考える者は居るが、やはり答えは出ていないのだ。

 その返答に対して彼女は軽く考え込む。既に獣の様な何かは精霊によって墓場に消えた後だ。山頂は少し開けているからか、太陽を背に思考する彼女の姿は知的な美しさを思わせる。

 そんな姿を見て、男は小さく呟いた。


「案外、君かもしれないぞ」

「私?」


 全く予想していなかったのか、彼女は驚いて顔を上げた。


「そうだ。君は『我々』の中でも文句無しの凄腕だ。俺と違って精霊と会話を交わせるし、命を尊ぶ気質も素敵だ」


 言葉の中にはリーリアを賞賛し、同時に自分を卑下する色が浮かんでいた。

 彼は生まれつき、精霊に嫌われているのだ。弓の腕も訓練を受けた人間よりは上手いが、彼らの中では限りなく最下位に近い。種族の中では最も劣っていると言って良いだろう。

 同胞達に見下され、両親からも嫌悪の視線を向けられる所を彼女は何度も見ていたのだ。


「……」

「こんな凄い幼馴染みを得て、俺は心から幸せだよ」


 そんな扱いを受けている事を知るリーリアは、何とも言えない表情をしていた。その為、彼が続けて呟いた小さな言葉を聞き逃してしまう。


「……それに加えて、美人だもんなぁ」

「え?」

「何でもない。ともかく、この辺りにどこかの『魔王』が勢力を伸ばしてきた、という情報も人間の間で広まっているんだ、気をつけてくれ。君は他人を信じすぎるんだからっ……!?」


 自分の言葉を誤魔化す様にまくし立てる男へ、ふわり、と彼女が抱きついた。

 余りにも急な行動に対して、男は驚きで目を白黒させながら顔を真っ赤に染め上げる。


「ありがとう、そんなに心配してくれて」

「お、幼馴染みだからな! と、と、当然さ!」


 山の自然で柔らかな匂いと、彼女自身の良い香りで心をくすぐられ、男はパニックを起こしていた。

 彼女のそれは精一杯の友愛を込めた、暖かな抱擁だ。相手が顔を赤くしている所には気づいていないのか、彼女は急に声を震わせた幼馴染みの姿に首を傾げる。


「……? ふふ、幼馴染みだものね」


 疑問を浮かべながらも明るく微笑むと、彼女はゆっくりと男の背中から手を放した。男の体から彼女の体温や香りが遠ざかり、彼は名残惜しそうな顔をする。


「あっ……」

「さあ、帰りましょう? みんなに運んで貰えば、安全よ」

「そ、そうだな。お前なら、精霊も言う事を聞くもんな、ああ、そうだよ」

「あはは、まあ、そうよね。さて、みんな? 乗せてくれる?」


 何も気づいていない様子で、彼女は笑ったまま精霊達を呼び寄せた。それを見た男の目に微妙な色が宿る。

 とても鈍感な幼馴染みである。自分の外見が『彼ら』の種族の中でも特に美しく、精霊達すらも魅了している事にすら気づいていないに違いない。

 そう、この男の好意が恋である事にも、彼女は一切気づいていないのだろう。


「……そうだな、帰ろうか」 


 心から溜息を吐きたくなったが、彼女を心配させる訳にも行かず、彼は静かに頷いた。

 既に精霊達は大きな狼の様な形を作り上げていて、その上に彼女が乗っている。精霊に嫌われている男だが、それを上回る程にリーリアという女は精霊に愛されているのだ。

 複雑な心境になりながら、男は精霊が形作った狼へ近づいていく。だが、その足は目の前で止まった。


「……!!」


 二人の顔が驚きに満たされたと同時に、山の中腹へ向けられる。

 そこでは何やら強烈な光が満ち溢れ、同時に蠢く様な闇が沸き出していた。

 不可思議すぎる何かが世界に干渉し、空間が崩れ落ちる様に歪んでいく。そんな理解の及ばない光景を視界に入れただけでリーリアは自身の存在の全てが汚染されたかの様な悪寒を覚え、一気にこみ上げた吐き気に思わず口元を押さえた。

 男は目を見開きながら憎悪にも似た表情で吐き気に耐え、彼女の肩を抱いて苦しみから助けようと動く。

 しかし、そこから一瞬も待たずにその訳の分からない現象は消滅した。

 何事も無かったかの様に山は静けさを取り戻し、風が大樹の葉を揺らす。それを確認したと同時に、二人は状況を飲み込もうと声を発する。


「今のって……」

「『勇者』、か……?」

「『勇者』……あれが……?」


 男の口から出た単語を耳にして、彼女が困惑する。

 その単語は『彼ら』の里でもよく知られた物だ。異なる世界から呼び込まれた人間、あるいは人型の何者かを指す言葉である。

 だが、リーリアはそれが現れる現象を見た事が無かった。ただ、言い伝えで聞いた『勇者』が現れる状況と、たった今起きた尋常ではない何かは確かに似た物だ。

 男は彼女を守る様に前へ出て、強い警戒心を山の中腹へ向けた。


「……奴等は凶悪な力を持っているらしい。出来る限り近寄らない方が、って、おい!?」

「ごめんっ、先に帰っていて! 嫌な予感がするの!」


 注意を促した男が背後を見ると、彼女は勢い良く狼の形をした精霊から飛び降りていた。

 余りにも素早すぎて、精霊ですら反応が遅れた程だ。急いで追随しようとする精霊達へ、彼女の声が響く。


「彼をお願いっ!」


 閃光の様に突き進む彼女の声は、精霊達に確かに届いた。すると、山の精霊は男へ嫌悪を向けたが、彼女の頼みだからか渋々と従う事を決める。

 むしろ、従わなかったのは男の方だ。山の中腹へ走ろうとする彼女の背へ、彼は怒りの籠もった声をぶつけた。


「おいっ! 精霊の守護を俺なんかに……!」

「大切な幼馴染みを心配しても良いじゃない! 大丈夫! 私は精霊が無くても、平気だから!」


 急いでいても彼女の声は良く通るのだ。それを精霊が助けているのか、声は更にはっきりと男の耳に届く。

 彼女の脚力は中腹まで数分も使わずに到着出来る程の物だ。今更止められる物ではなかった。


「……ああ、クソッ! 俺はどうして何時も、何時も……!」


 男は自分に対して罵声を浴びせ、全身全霊でリーリアを追いかけた。

ヒャア!

じゃなく、とりあえず予定通りに1部プロローグを投下しました。

まだ主人公が出ていない、だって? もう出てますよ、うん。多分。

ちなみに章のタイトルも針山さん方式で、映画タイトルとかの改変です。原型留めてないので、もし良いタイトルを思いついたら変えます

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