間の章 喜努愛楽
「そうだね、とても楽しい」
クリームを挟んだワッフルをもふもふと咀嚼しながら、エィストが呟いた。
空間は何処か機械的な文明を思わせる風景になっていた。その中には魔法的な雰囲気も混じっていて、どこか混沌とした世界を作り上げている。
そんな場に存在する、廃墟とも新築とも思えるビルの屋上にエィストが座っていた。
「ん? ああ、えへへ」
甘味を美味しそうに食べつつ、エィストが微笑む。テラスの様になった屋上には草原と同等と言っても過言ではない程の草が生えていた。
その場には空が無い。見上げても、そこに有るのは空ではない。ただ、赤い何かで埋め尽くされている。
「私の娘、っていうか。あの子は凄いんだよ? あの世界じゃ少なくとも勝てる奴はほぼ居ないね。あの世界では、ね」
自慢げなエィストの手が何かを掴む様に握られ、開く。その中には小さな何かが有った。生命体の認識が及ばない、広大な何かである。
それを平気な顔で愛おしそうに撫で、エィストは緩く嬉しげな様子でそれを手の中から消した。
「邪神、っていうよりは……私の一部って言えば良いのかな。人間視点で、私のこわーい部分を集めてみたらあんなになっちゃって」
苦笑気味だったが、その奥には誇らしげな色が有る。まるで自分の娘を見せつけているかの様だ。
確かにその表情は邪神の物と酷似していた。嘲笑を浮かべている訳ではないが、その笑顔は見る者に若干の不安を与えるだろう。
その感想を受け取ったのか、エィストはほんの少しだけ肩を落とした。
「いや、微妙に傷つくんだけれど。私はあそこまで嘲笑ばっかりしてる訳じゃないよ……やらないって事でも無いけどさ」
困った風に頬を掻きつつも、その表情から感じられる物はどこまでも享楽的で愉快そうな感情だけだった。
それ以外の気持ちなど抱いていないと言わんばかりだ。そんなエィストは、聞かれてもいない質問の返事をする為に口を開く。
「ん、ああ。ナガレ君か。彼には特に凄い能力を渡した訳じゃないよ。元々あった全ての能力をこの世界の基準に合わせてあげただけだ」
微妙に得意げになりつつも、彼、あるいは彼女の目に宿っている感情は敬意だった。
ナガレという『勇者』に対して、エィストはある程度の高い評価をしているのだろう。虚空を見つめる瞳が楽しげに揺れている。
「凄いと思うよ、彼はこの世界へ来てからも、その殆どを自分に備わっていた物だけで戦っていたんだ」
微笑ましい物を見るかの様に、エィストの目が細められた。
「彼ももう一度……ふふ」
どこか意味有りげな表情になると、エィストは口から漏れ出す様に笑い声を上げる。到底人間とは思えず、世界の果てから響いてくる様な恐ろしさの感じられる声だった。
背景の文明がやがて衰退し、滅んでいく。が、エィストはそんな事には目を向けず、ただ目の前に向かって話を続ける。
「さてさて、もう三人目だね。最後になるけど、その子は……楽しかったなぁ」
紅潮した頬が、ひたすらに異様だった。




