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2部4話 ドラゴン

 それから数分後、少女と男はダンジョンのかなり深い部分まで潜る事が出来ていた。

 いや、当然の事だ。このナガレという男がその気になれば、ダンジョンの壁と床を貫いて行く事すら出来ただろう。

 そうしなかったのは、少女が隣に居るからだ。流石のナガレとて、子供を巻き込んで無茶苦茶な事をするつもりは無いのである。


「……この辺りで、終わりの様だな」


 持ち前の探知能力でダンジョンの構造を半ば理解して、ナガレが小さく呟いていた。

 彼らの前には、巨大な階段がある。上部は祭壇の様な形をしていて、数百人の人間が来る事を想定しているのか、階段の幅はかなり大きい。

 もしかすると、かつては何かの神が実際にこの場で信仰されていたのかもしれない。そんな予想を立てつつ、ナガレは階段の一段目の前に立った。


「……」


 少女が急に怯えた様な表情になり、殆どしがみついてくると言っても良いくらいに力を込めて膝を掴んでくる。

 明確な恐怖がその目には存在した。子供を思いやる気持ちなど全くないナガレであっても、少し哀れに思えてくる程だ。


「しっかりしろ」

「っ! う、うん……でも、この階段……」


 思わず怯える肩を叩くと、少女がビクリと体を震わせた。

 何を怖がっているのかは分からないが、何となくこの先に居る存在、いや、『この先で起こる事』に恐怖を抱いているかの様だ。


「階段か? 階段を恐れる必要は無い。偽物でも無く、幻覚でもない、急に段が抜ける事も無い。安心しろよ」

「いや、そうなんだけどさ……」


 ナガレが自分の技能で理解した事を告げると、少女の目の中に若干の呆れが宿った。

 どうやら、見当違いの言葉だったらしい。彼は特に反省する訳でもないまま、そんな事を考える。その背中は今も敗北者の空気を纏っていたが、どこか力強さがあるのも事実だった。

 そんなナガレは少女の怯えをしばらくの間だけ見つめていた。だが、すぐに飽きたのだろう。目を逸らし、階段の先へと目を向ける。


「ま、お前がどうしようがそれは良い。それより……」


 彼は目を細め、その階段の奥に存在する者を探知する。

 その正体が何者なのかは即座に理解できた。彼はそれと同時に喜色を顔に浮かべ、片手に剣を握って見せる。


「ちょっとばかり、このダンジョンの主に出てきて貰おうか」


 言葉と同時に、ナガレの体から超越的な殺気が溢れ出した。

 恐らくは今まで溜め込んでいたのだろう。邪悪や凶悪を通り越して、圧倒される以外には選択肢が感じられなくなる程の強烈な物だ。

 同時に、威圧感と気配の巨大さも桁外れの物に変わる。ゆっくりと剣を動かす行動の中にも、あらゆる力が籠められている様に思えた。

 そして、ナガレは今まで片手で握っていた剣を両手で持ち、邪悪なまでの笑みを浮かべる。

 何が起きるのかを理解したのだろう。この場の精霊達が慌て出し、必死に止めようと男の周囲を飛び回る。無論、見えていないのだから無意味な努力でしかない。 

 ナガレによる最悪の一撃が、今放たれようとしている。その瞬間、階段の頂上から何かの影が落ちてきた。


「何の用だ。『勇者』、ここにはお前達の望む様な物は何も無い」


 影は今までナガレの居た場所へ落ちてきたかと思うと、砂埃と共に声を放って見せる。

 砂埃は目隠しのつもりだったのだろう。が、ナガレが腕を軽く振ると砂は一瞬で消し飛び、その先に居る存在の姿が明らかになった。

 それは爬虫類めいた顔をしていた。彫刻の様に見事な筋肉と白い鱗に覆われ、背中には蝙蝠の物に近い羽が生えている。トカゲとは違い二足で直立しているのも特徴だ。

 だが、見かけの特徴など意味の無い事である。

 その圧倒的な威圧感はこの世に神の如く君臨する程の強大で広大な力を感じさせ、その瞳には飢えた獣ではなく、知性ある者の色が宿っていた。

 この様な存在を、この世界の、あるいはこの世界に現れた『勇者』達はこう呼ぶ。


「やはり、ドラゴンか」


 そう、『ドラゴン』と。


「あいつ、あいつだよ! お母さんを連れていった奴!」


 少女がその姿を見て、悲鳴の様な声を上げる。が、ナガレの耳には届いていなかった。

 彼はただ静かに笑みを浮かべ、興奮と共に剣へと手を握っている。目の前に存在するのは、ドラゴンの中でもかなりの個体だ。凄まじい力の持ち主だという事が視界に入れるだけで伝わってくる。

 ドラゴンはそんな男の剣鬼に似た殺気を見事に受け流しつつ、静かに目を細めた。


「その子供が何を言っているのかは知らないが、貴様も侵入者か」

「……さあな」


 恐らくは、古代から生きてきたドラゴンの声である。耳にしただけで魂を破壊しかねない程の力が感じられ、ナガレは更に笑みを強い物とする。

 それを見て気づいたのだろう、ドラゴンは微かな殺気を纏い、『勇者』を睨んだ。


「貴様、『勇者』か」

「そうだ」

「ならば……この祭壇に何が封印されているかは分かるであろう? 私が何故、此処に留まっているのかも、な」


 一切の油断も遊びも感じさせない、真剣な声だ。

 このドラゴンは『勇者』に対して自らの力を過信する様な事はするまい。白い鱗からは膨大な力が無尽蔵に沸き出し続けて、どんどんと強さを増していく。

 暴虐的なまでに強い力がダンジョンの内部を覆い尽くしていった。もしもドラゴンが全力の攻撃を仕掛ければ、国どころか惑星規模の被害が発生するに違いない。

 余りに力が大きすぎて、空間が軋んで歪む。だが、そんな強大過ぎる存在に対してナガレはそれでも笑って見せた。


「俺が分かるのは……お前が、俺の稽古に付き合ってくれるって事だけだ」

「愚かな」


 ドラゴンが怒りを伴った声を上げ、同時にその腕を彼に向けて振るった。

 『勇者』の存在する時空ごと全てを滅ぼす一撃だ。巨大なドラゴンの体から発せられた力の前には、防ぐ術など有る筈も無い。

 だが、この男は『勇者』である。防ぐ術が無いのであれば、無理矢理にでも作り出す。


「うぉっっ!」


 強烈な一撃を、雄叫びを上げたナガレが大剣によって防いだ。

 瞬間的に腕が吹き飛ぶ程の衝撃が来るが、ナガレはそんな痛みを完全に無視して攻撃を弾く。


「むぅ!?」


 ドラゴンの口から驚愕の息が漏れた。

 普通の剣でしかないそれが、ドラゴンの一撃を防げる筈が無い。だが、この男は自分という存在の全てを使って剣を絶対の盾として扱ったのだ。

 常人どころか怪物でも不可能な芸当である。男の余りの強さに世界すら言う事を聞いてしまう、いや、その強さがあり得ない事をあり得る事へと変えてしまう。

 この『勇者』がどの様な力を持っているのかを、ドラゴンは薄々と理解した。が、その頃にはナガレの剣が迫ってきていた。

 狙うは首だ。通常、ドラゴンには通常攻撃もそれ以外も大した効果は望めない。

 だが、ナガレはその例外だ。ドラゴンもそれを理解したのだろう。強い悪寒を覚えた様子になって、即座に迫ってきた剣を避ける。

 それだけで終わるならドラゴンではない。彼は剣が自分の横に逸れた事を確認するよりも早く、ナガレの背中へと巨大な炎の塊を放った。


「へっ……流石ドラゴンだよなぁ!」


 自分に迫った炎の塊を、彼は興奮に溢れた表情で斬った。

 剣で切れる筈の無い物だが、炎は簡単に両断されて消し飛ぶ。が、それもドラゴンの狙い通りだった。炎は切られると同時に煙へと変幻し、ナガレの視界を遮ってくる。

 その瞬間、煙の向こう側から無色の『何か』が発生し、ナガレへと迫った。

 理解不能にして、読み取る事も出来ない力だ。何が起きるのかは全く分からなかったが、それでも危険な物だという事だけは強く伝わってくる。

 色としてこの世に存在しない『何か』は、ドラゴンの腹部から爆発的に広がっては収束し、その存在を強化していく。


「チッ……」


 その力の正体を何となく理解したナガレの口から、思わず舌打ちが漏れた。

 『何か』は、精霊や神の領域に位置するが、位置しない力だ。どちらかと言えば怪物の力と呼ぶのが正解に近いが、そんな事は関係ない。

 重要なのは、その力の中に『虹色の蠢く何者か』と同じ気配を感じる事だ。


「打つ前に、ぶっ飛ばす……!」


 剣を握り直したナガレは、力強い声でドラゴンへと向かっていった。

 それは超高速を遙かに越えた何かだ、しかし、このドラゴンもまた同じ領域へ軽々と入り込んでみせる。


「馬鹿者め」


 全身から『何か』を発したドラゴンが、光輝く様になった羽を振る。

 それだけでナガレの居る空間はその存在自体を否定され、壊れる様に消失する。だが、ナガレ自身は軽々とした動きで最悪の一撃を避けていた。

 やはり、ただ避けるだけでは終わらない。攻撃を避ける事で天空に飛び上がっていた彼は、置き土産だとばかりにドラゴンの片翼へ向かって大剣を落とす。

 その反撃までは予測出来ていなかったのか、ドラゴンは避けきれずに片方の羽を落とされた。


「何……!? 何という男だ……! だが!」


 ドラゴンは一瞬だけ驚愕した様子でナガレを見たが、すぐに敵意と圧迫される程の強烈な気配を伴い、反撃を開始する。

 ダンジョンの精霊達すらも集まってドラゴンの味方をしている様だ。だが、ナガレにとってはどうでも良い事である。羽が床へ落ちた時には既に追撃の構えに入っている。

 しかし、同じ様な攻撃を簡単に受ける程ドラゴンは甘い存在ではなかった。


「おぉっと!?」

「よく避ける者だ!」


 今度はナガレが冷や汗を流し、意志が有るかの様に動くドラゴンの尻尾から繰り出される一撃を避けた。

 避けられた尻尾はダンジョンの壁へぶつかる。が、何らかの力が働いているのか、壁が壊れた様子は無い。誰が想像するよりも頑丈だ。

 そんな事を確認する暇も惜しんで、ナガレが剣を更に動かす。

 その瞬間、彼の持っていた剣が何らかの光を帯びた様に感じられた。

 いや、実際には光源を反射しただけなのだろうが、それでもドラゴンは脳裏の凄まじい警告に従い、外見からは想像も出来ない速度で横へ逸れた。


「よく避けるドラゴンだなぁ!」


 ドラゴンが動くと同時に、その場所をナガレとその手の剣が流星の様に通り過ぎた。

 その程度の質量の攻撃だというのに、余波で吹き飛ばされそうになる。が、彼はドラゴンだ。『この世の』現象ならば全て無視する事が出来る。

 一枚の羽以外は完全に無傷な状態でドラゴンが再び大地に降り立った。瞳に敬意を宿した彼は、ナガレに対して賞賛を口にする。


「見事な力だ。だが……」


 その目が何やら這う様に動き、ナガレの持つ剣へと向けられる。それを見つめる感情はナガレ自身に向けた敬意など一切感じさせない、ある種の侮蔑にも近い物だ。

 ドラゴンはその剣が本当に単なる剣である事を見抜いている。そして、もう一つの事にも気づいていた。


「……何故、本気を出さない」

「……よく分かったな」


 ドラゴンの言わんとする所を理解したのだろう。指摘に対し、ナガレが目を見開く。

 構わず、ドラゴンが若干の羞恥を感じさせる声で続けた。


「その剣は……決してお前の主武装などではあるまい? 何故、本来の力を使わないのだ?」


 手を抜かれた事に羞恥と怒りを感じるドラゴンの声は複雑な物だ。

 しかし、それに対して返答するナガレもまた、複雑な表情をしていた。


「俺は強いが、ちょっとしか強くないのさ」

「そんな事は無いさ」


 思わず、ドラゴンは心からの言葉を口にしていた。目の前に居る男は彼が見てきたどんな怪物よりも強い。長い時を生きるドラゴンだからこそ、男の力は余計に理解できる。

 ドラゴンに力を認められるという事は、この世界の住人であればこれ以上無い栄誉だ。それでも納得した様子の無い男に対して、ドラゴンが更に続けた。


「私が保証しよう、君は強い。少なくとも『この世界』では、ね」


 どこか含む物が有る言葉だったが、ドラゴンは間違い無く本心を口にしている。

 その気持ちがようやく伝わったのか、男は今まで目の前の相手と殺し合っていた事などすっかり忘れたかの様に、笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、そうだな……そう、かもしれんな」


 言葉と同時に、ナガレは持っていた剣を床へ投げ捨てた。

 それを遠くから見ていた少女が首を傾げるのを見て、男は少女に向かって告げた。


「帰る」

「えっ?」

「帰るんだよ、悪いがやる気が失せた」


 言葉通りにその体は自然とドラゴンから背を向け、このダンジョンの入り口へ向かって歩いていこうとしている。

 どうやら、本気で帰るつもりの様だ。その背中を見たドラゴンは、穏やかな見送りの言葉を送ろうとした。


「また来ると良い。今度は、本気で……誰だっ!?」


 瞬間、何者かの気配を探知したドラゴンが、背後に向かって攻撃を仕掛けた。

 一瞬で使用出来る攻撃としては最も強力な物だ。その一撃は背後に居るであろう存在をその根底から消し去ると思われた。


 だが、誰も居ない。


 それを理解した瞬間、ドラゴンの耳元に何者かが囁く様に声をかけてきた。


「伝説のドラゴンも、戦闘の後の不意打ちには勝てないと見える」


 言葉と同時に、ドラゴンの体へ凶悪な力が叩き込まれた。

 呻く事すら出来ない程の深淵な邪悪を思わせる、呪いにも似た悪意の塊である。余りにも深すぎる力は使用者の存在まで喰らうだろう。

 が、そんな代償を持った一撃は例えドラゴンであっても有無を言わさずに破壊する程の効力を持たせる事が出来る。実際に、このドラゴンもたった一度の攻撃で自分という存在の生命が崩壊していく事を認識出来た。


「あの、嘲笑する邪神を呼び覚ますとは……愚かなぁっ!!」


 それでも、このドラゴンは滅び行く体を無理矢理動かし、形振り構わずに自身の力を作り出して攻撃を仕掛けた。

 が、それは世界で最も強力な種族の一撃と呼ぶには頼りない物で、簡単に防がれてしまった。

 そこで限界だったのか、ドラゴンの体が滅びていく。

 耳元の声だけが、ドラゴンの中で無意味に響いていた。


「長い歴史を詰んだドラゴンが壊れていく姿……ああ、なんて甘美な……」









+






 その光景を、ナガレは静かに見守っていた。

 助ける事が出来なかった訳ではない。

 ただ、隣に少女が立っている状況では下手に動けなかったのだ。ドラゴンが倒される筈が無いと考えていた事も有ったのだが、結果はこの通りである。

 自分の判断の失敗に心の底では少しだけ不覚を感じていたが、ナガレの口からはそんな感情は全く見て取れなかった。


「で、お前は誰だよ」

「ひう……おじさんっ……」


 怯えて、少女が今度は自分の背中にしがみついてくる。

 それに答える事は無く、ナガレはじっと女らしき者を見つめた。長いフードで顔を隠してはいるが、何となく顔は想像できる。

 自分の想像で組み立てた女の顔をどこかで見た様な気分になったが、ナガレはその疑問をひとまず置いておく事を決めた。

 ナガレが人をじっと見つめるだけで、息が詰まる程の殺気が充満していく。質問に答えねば、一瞬で殺される。確かにそう感じさせる物だ。

 しかし、女はそんな威圧感を受け流し、静かに告げた。


「もういいぞ、我が娘よ」




 その言葉がナガレの耳に届いた瞬間――彼の背中にナイフが突き立てられた。


「ぐっ……」


 自分の背中に来た衝撃に、ナガレが眉を顰める。刃は間違いなく彼の心臓の近くに刺さっていたが、微かに動いた事で直撃は避ける事が出来ていた。

 何が起きたのかは即座に理解する事が出来た。何故なら、少女がナイフを引き抜いて前に回ってきたのだから。


「いてえじゃねえか」

「ごめんなさい、でも、私はこの通りだから」


 男に向かって、少女が小さく頭を下げた。

 それはこの世界では余り行われる事のない、謝罪の意味がある行動だ。そんな事をした少女は、男に見える様に自分の服を捲り上げる。


 腹部の地肌に、直接縫いつけられた紋章があった。

ドラゴンからrを抜くとダゴンになる!

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