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2部3話 あなたは強い

 そんな存在が蠢いているとは知らず、ナガレはひたすらダンジョンの中を歩いていた。

 その間にも、大量の怪物達が迫っている。言葉に出来ない様な形をした存在から、蟻程度の大きさも無い物、最も小さい物では微生物程度の大きさしかない怪物も存在する。

 どれも、ナガレを殺す為に侵攻す。直接的な攻撃に出る者も居れば、体内に入り込んで内部から貪ろうとする者まで、攻撃方法は様々だ。


「無駄、なんだよなぁ!」


 だが、その全てがナガレには通用しない。

 大きくおぞましい形をした怪物の体当たりは寸前で避けられ、すれ違う瞬間に首と思われる部分を吹き飛ばされる。

 中型の物達はその攻撃の余波で壁に叩きつけられ、その瞬間には目にも止まらない早さと力で通り過ぎたナガレによって、全身を破壊された。


「そいつも無意味だ!」


 何事かを叫んだかと思うと、彼が剣を虚空へ振る。常人の目には捉えられなくとも、彼の目には剣によって斬られる怪物の姿があった。

 超高速どころの話ではない。ただ通り過ぎただけで怪物達は何も出来ずに体が崩壊し、紫色の血は彼の体に触れる事も出来ずに床へ落ちていく。

 驚くべき事に、その全ての動きが片腕で少女を抱えながら行われている事だ。

 ただし、余りに危険だからか少女は自分に攻撃が流れて来る度に悲鳴を上げている。


「きゃ……ひゃ! いやっ!」

「黙ってろ!」


 鬱陶しかったのか、ナガレは少女を抱える腕の力を少し強め、ついでとばかりに巨大な蟻の様な形の怪物を殴り付ける。

 竜巻に巻き込まれたかの様に怪物は天井へ飛ばされ、そのまま動かなくなる。

 それを狙っていたらしく、背後から蜘蛛型の怪物が糸を伸ばして少女を抱えている方の腕を絡め取ってきた。


「ふっ!」


 だが、ナガレが腕に力を入れると糸は簡単に弾け飛んだ。

 ナガレは逆に糸を掴み、片腕だけで蜘蛛型の怪物を振り回して、周囲に居る他の怪物にぶつける。

 強固な骨格が、この時だけは仇となった。蜘蛛型の怪物の体は勢いに乗せて他の怪物に迫り、それらの体を簡単に破壊する。どんな槌よりも凶悪な武器となるのだ。

 結果、その周りに居た怪物達は一掃され、怪物で埋め尽くされたダンジョンの内部に一時的に空間が出来た。


「面倒だ! 通り抜けるぞ!」


 通路を埋めてしまう程の怪物の群を相手にするのはナガレにとっても面倒に感じられたのか、彼は少し腰を落とし、凶悪な殺気を放った。

 人間とは到底思えない凄まじい気配に、怪物達が一瞬だけ怯む様に動きを止める。それだけあれば彼にとっては十分だ。彼は落とした腰を一気に持ち上げ、怪物達の間へ飛び込んだ。

 一瞬もあれば、怪物達の前からナガレが消えるには十分過ぎる物だった。






「ふ、ふぅぅ……怖かった」


 怪物達の群れを突破すると、周りに怪物が居ない事を確認した少女が安堵の息を吐き、体の力を抜いた。

 二人の体には傷一つ付いていない。ナガレの超越的な戦闘能力の前には、あらゆる攻撃が無意味で無価値な物だ。彼自身の退屈そうな表情からも、それが見て取れる。


「もう少し強いのが来ても良かったんだがな」


 肩を竦める様子はとてもではないが戦いへの興奮など感じている風ではない。大剣を片手で軽く弄んでいる。

 遊んでいるのだと思うかもしれないが、もしも怪物が襲いかかれば次の瞬間にはその大剣が神速を越えて煌めくだろう。

 そんな彼は何を思ったのか、思い出す様に虚空を見つめていた。


「……妙に少ないな」

「え?」

「怪物共が少ない。どうやら先客が居る様だな」


 少女が疑問の声を上げると、ナガレが冷淡に近い静かな声で答える。

 言葉の中には確信が含まれていた。彼の鋭敏な感覚は、あの怪物達の群が『少ない』事を見抜いていたのだ。本当であれば、この程度の移動で群れを抜けられる筈が無いのだから。

 しかし、少女は首を傾げていた。


「あれだけ居たのに?」

「少ないくらいだ」


 ナガレが少女の発言を両断する様に言い切って見せた。

 少女の言葉も当然だろう、常人からすれば深い混沌よりも遙かにおぞましい怪物が、野生動物すら軽く上回る程の数で存在したのだから。

 そんな事は関係なく、心を狂わせる事も一切考えず、ナガレが再びダンジョン内部の気配を探ろうと目を瞑る。

 すぐに目を開けて、ナガレが戸惑いを口にした。

 

「……数は変わっていない様だが……どういう事だ?」

「どうしたの?」

「レギオンみたいな……怪物が一つになって移動している様な……」


 眉を顰め、ナガレが少女の声に答える。

 レギオンと呼ばれる怪物は山程の中型、あるいは小型の怪物が集合し、結合し、融合した存在である。

 正式な名は『我はレギオン、我は大勢であるが故に』である。勿論、これも『勇者』が付けた名前だ。昔やったゲームに出てきた物と似ていたらしい。

 ナガレがこのダンジョンで感じた気配は、それに似た物だったのだ。思わず、彼はこの場所に対して覚えた違和感に思いを馳せる。


「どうしたの、おじさん?」

「……いや、まあ、何でもないさ」


 それを妨害するかの様に少女の声が響いてくる。ナガレは不満そうな顔をしたが、すぐに表情を緩めて軽く手を振った。

 すでに少女はナガレの腕から離れ、彼の隣を歩いていた。怪物達への恐怖を覚えていても、その足はしっかりとしている。思った以上に気丈な姿勢だ。

 思わず、ナガレが感心した声を漏らす。


「随分としっかりしてるんだな、お前は」

「え、えへへ……そう、かな? お母さんが育ててくれたからかな……」


 照れた様子で赤くなった両頬に手を当てて、少女が緩く微笑んだ。

 それは年相応の子供らしい物で、とても愛らしく、母親への心からの親愛と敬愛を感じさせる表情だ。

 思わず頭を撫で回してしまいたくなるが、勿論、ナガレにはそんな気持ちは無い。


「で、どんな母親なんだ?」

「え? んっと、凄い人なんだよ。ちょっと怖いけど……よく笑う、素敵な人。大好き」


 少女は自慢げな様子で母親の話をしている。

 ダンジョンにその母親が連れ去られた事を忘れているかの様だ。少女は思い切り楽しげになっていて、余りにも明るい。

 その姿を見たナガレは軽く息を吐き、何かに思いを馳せる様な顔をした。


「母親、ねぇ……」

「おじさんは、お母さんが嫌いなの?」

「まあ、好きでも嫌いでも無いがな」


 生まれついて化け物の強さを持っていたナガレを、彼の母親は酷く恐れていた。が、捨てられずに育てたという点で彼は母親を嫌ってはいない。

 遠くを見る様な目をしたナガレの様子に何かを察したのだろう。少女が関心を持った顔になり、彼の顔を覗き込む。


「ふーん……」

「何だよ」

「えへへ、貴方と違って私のお母さんは素敵な人なんだなぁと思ってね」


 優越感に浸った様な顔だった。

 それを見て何を思ったのだろうか。ナガレが急に黙り込み、片腕に握られた剣を僅かに持ち上げる。


「え、え……」

「……」


 戸惑いの声を無視し、ナガレが何も言わずに少女へと近づいていく。

 その手に有るのは魔法などの効果が付加された剣などではない。だが、男が持てば単なる剣であっても伝説級の物になる。怪物の身を引き裂くのだ、柔らかい少女の肌など簡単に両断してしまうだろう。

 危機感を覚えたのだろう、少女が謝罪の言葉を口にしようとした。


「ご、ごめんなさ……わぁあっ!?」


 言葉が言葉になる前に、少女の頭の少し上をナガレの一斬が通り過ぎた。

 強大で圧倒的な存在感の込められた一撃は他者を威圧し、動きを封じ込める力がある。その攻撃が過ぎ去った少女が、慌てて背後を見る。


「これって……」

「テンダスだな」


 驚愕の様な声を上げる少女に対し、ナガレの声は冷静な物だった。

 地面には怪物が転がっていたのだ。頭の先から見事に両断された、人型の骨の様な存在。スケルトンと言う怪物だ。完全に息絶えていて、完全に絶命している事が分かる。

 自分が助けられた事を理解したらしく、少女は改めてナガレの方を見た。


「あ、ありがとう……」

「漏らしちゃいないだろうな」

「漏っ……そんな訳無いでしょ!? 失礼だよっ!?」


 冗談めいたナガレの声を聞き、少女は礼の言葉から一気に怒りを顔に宿す。頬を膨らませて怒る姿は小動物を思わせて、それでもしっかりとした怒りが見て取れる。

 そんな少女の感情を真っ向から受けたが、ナガレはどうでも良さそうに受け流して見せた。


「助けてやったんだから、別に怒らなくても良いだろ」

「む、むぅぅ……もうっ」


 不満そうな顔をしたが、男の言葉も事実だと認めたのだろう。少女が悔しそうに唸り声を上げたが、諦めた様に肩の力を抜く。

 その目はナガレの持つ剣へと向けられていた。


「……本当に、おじさんは強いんだね」

「だから狭い世界ではな、って言っただろ」


 敬意の感じられる声に対して、ナガレは余り嬉しそうではない態度で応えた。本当に、自分の強さという物を認めていないのだ。

 その表情からは足を止めてしまった人間の苦しみが何となく感じられ、強大な戦闘能力とはかけ離れた弱みが感じられる。自信という物を失った、頼りない背中だった。

 それを見た少女が目を細める。そして、男の前方へ躍り出る様にして立って見せた。


「……ねえ、おじさん」


 じっと男の顔を見た少女が、静かに声を発する。その様子の変化で何かを感じ取ったのか、ナガレは表情を引き締めた。


「……何だよ」

「世界って、何だと思う?」


 何か、よく分からない事を少女が口にしている。

 彼女は何らかの奇妙な意志を感じさせる瞳でナガレを捉えている。とても同じ人間とは思えない筈の『勇者』に対して、何の遠慮も感じられない。

 若干奇妙に思えたが、ナガレは何も言わずに少女の話を聞く事にした。


「私はね、きっと世界って素敵な物なんだって思ってるの、綺麗な物が一杯あって、面白い事が沢山あって、そういうのだって思うの、違うのかな?」


 答えを求めているのか、少女の視線がナガレへと突き刺さる。自分の言葉が心から大切な物だと感じているのだろう。欠片の嘘も見て取れない、純粋な気持ちがそこにある。

 ナガレにとっても、それを無碍にして適当な答えを返す事は躊躇われる事だった。

 その為、彼は素直に応える事を決めた。


「……俺にとっての世界は、そうだな……前は退屈。今は……どうだろうな」


 肩を竦めながらの言葉は、心からの真実だった。元居た世界は彼にとっては単なる退屈で、この世界に来てからつい最近までは楽しく、今はよく分からない。

 そんな微妙な気持ちの籠められた言葉である。それを聞き取って見せた少女は小首を傾げた。が、すぐに気持ちを切り替えたのか、笑みを浮かべる。


「でも、私はね……みんな、だぁーい好きなの。おじさんの事もね、素敵だと思うよ」

「……」

「だからねっ! あなたは強いんだよっ!! 狭くたって、そんなの良いじゃない! だって、それが私の全部……『世界』なんだからっ」


 元気付けようとしている雰囲気は無い。本心からそう思っているのだろう。

 中々に変わった少女だ、男はそう思った。同時に、自分がこんな少女の言葉に心を揺らされている事も理解できていた。

 悔しかったので、ナガレは努めて関係の無い部分に言及する。


「母親助けようって時に、随分と暢気じゃねえか」

「それは……! まあ、その……」


 そんな言葉は予想していなかったのか、少女は目に見えて狼狽する姿を見せる。

 ほんの少しだけ罪悪感を覚えさせる。それでも特にナガレは謝る事も無く、ただ少女が見せた妙に怪しい反応を覚えておく事にする。


「聞かないでおいてやるよ。髪が虹色だったら考えたかもしれないがな」


 虹色、蠢く宇宙、笑う大地。それらは全ての『勇者』にとって忌々しくも恩義を感じる対象なのだ。少女がその特徴を持っていれば、彼はその首を斬っていたかもしれない。

 だが、現実には少女にそんな特徴は無い。その為、彼は奇妙な態度の少女をあえて放置する事を決めていたのだ。

 ナガレの頭の中でそんな計算があった事を知ってか知らでか、怪しさを見逃された少女はあからさまに安堵の息を吐いた。


「ありがと……ごめんね」

「何だ、いきなり?」

「う、ううんっ! 何でもないよ! さ、さあ! 先に行こっか!」


 少女の謝罪の言葉は、ナガレの耳に届いていた。

 だが、彼はあえて言及せずに付いていく事を決める。


「俺は、強い、か」


 そう、少女の賞賛は男の心に届いていたのだ。

戦闘シーンまで行こうかと思いましたが、流石に長いので止めました、次から終盤です。

ちなみに『レギオン』ですが、あれのネタは……あのゲームです。

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