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2部2話 スケルトン

 この世界には、いわゆる『ダンジョン』という物がある。

 一説にはどこかの『魔王』が死ぬ際に自らの力を残して行った物や、邪神が祭壇として用意した物だとも言われ、その内部には当然の様に強大な力を持つモンスターが存在する。

 そんなダンジョンは、この世界の各地に存在していた。時には森の中、時には町の地下、時には、海中に存在して限定条件下でのみ浮上する物として。

 凶悪極まるモンスターの巣窟だ。この世界の国々は多大な警戒を持ち、現在も監視を続けている。内部には宝も存在する事から、内部の踏破を目指す冒険者達も数多い。


 しかし、そのダンジョンと呼ばれる場所が作られた本当の目的を知れば、いや、知っている者であれば、誰もが呆れ顔を晒す事だろう。

 つまり、道楽、あるいは面白半分と呼ばれる理由なのだから。




「そんな事を知った所で、意味は無いんだがな」


 それを知っているナガレが、小さく呟いた。

 彼がそれを知ったのは単なる偶然だが、興味を抱いた訳ではない。彼にとってはダンジョンの成り立ちがどうあれ、『暴れても問題のない場所』でしかないのだから。


「え?」

「気にするな。独り言だ」


 隣でそんな言葉を聞いていた少女が首を傾げてきたが、ナガレは適当に流した。

 彼らは今、『ダンジョン』の入り口に立っている。とある山の中腹を切り出したかの様に木製の枠で囲まれた空間が存在して、暗闇の為にその奥を窺う事は出来ない。

 昔はここも有名なダンジョンだったのか、入り口の周辺には幾つか人の手が入った様子が見て取れる。ただ、今のこの場所は衰退し、山の自然によって取り込まれる寸前だ。

 どうして衰退したのか。その理由が、ナガレには十分に理解出来た。


「割と強そうなモンスターの気配がしやがる」

「……大丈夫?」

「これで大丈夫じゃないなら、俺はとっくに死んでる」


 心配そうに見つめる少女に軽口を叩きながら、ナガレの優れた目が暗闇の向こうを見通そうと細められた。

 奥の方には濃密な邪気と魔力が感じられた。それが入り口まで薄れた形で漏れ出ているが、それだけでも並の冒険者であれば引き返してしまうだろう。

 恐らくは、この凶悪な気配が人を遠のかせ、最終的にはこの様な荒廃した状態にしてしまったのだ。

 とはいえ、ナガレにはその程度の気配で尻込みする様な心身は存在しない。むしろ、魂が興味で震える程に面白がっている。

 そんな彼は、隣に居る少女の方へ目を向けた。


「お前こそ、大丈夫なのか? 割と重い気配だが……」

「う、うん。平気、だよ。ちょっと怖いけど……お母さんの為だもん」

「……本当に付いてくるつもりなのか? 悪いが、足手まといは嫌いだぞ」

「ど、どうしても。私、私も行きたいんだ。お願い、平気だから」


 少女は強がる様に無理矢理に思える笑みを浮かべて見せる。

 健気に見える姿だ。弱々しい笑みは子供らしく、この様な場所に居られる事が奇跡に近い。そんな事を感じつつ、ナガレはダンジョンの入り口に手を触れる。


「……む」


 木製の枠に手をかけると、彼は軽く眉を顰めた。

 若干の痛みが腕に走ったのだ。よく見ると、その枠には紫色の血が付着している。精霊の力などを使わなければ取り除く事の出来ない、怪物の血だ。

 どうやら、罠の様だ。この場に迷い込んだ動物、勿論人間を含む動物達をこの血で退けているのだろう。

 しかし、ナガレには大した効力が無かった。


「捕まってろ」

「わっ……!?」


 紫色の血が塗られている事を確認すると、彼は背後に居た少女を片腕で軽々と抱えた。

 少女が戸惑い、少し身体を動かす。だが、その程度でナガレの腕を解く事が出来る筈も無く、すぐに諦めたのか大人しくなる。


「幾らか罠が仕掛けられているらしいぞ。大人しく抱えられていた方が身の為だ」

「っ……分かったよ。ありがとう」


 ナガレの声を聞いた少女が冷や汗を流し、周囲を見回した。

 常人の目にはどんな罠が存在するのかも分からない。何せ視界が悪過ぎるのだ。目の前にモンスターが迫っていたとしても、視覚的に捉えるのは困難だろう。

 濃密な死の気配と腐臭が充満していて、思わず逃げたくなる程に恐ろしいダンジョンである。


「邪魔だぞ」


 少女が周囲を見回している間にナガレが一言だけ呟き、空いている腕を暗闇へと伸ばした。

 すると、その先の地面から槍の様な形の何かが無数に沸き出す。が、それを予測していたかの様な彼の腕が何かを捕らえる。

 槍の様な形をした何かは数秒間抵抗する様子を見せたが、男の殺気に負けたのか、元の姿に戻った。


「……確か、槍に化ける怪物だったか?」


 イタチと魚を掛け合わせたかの様な奇妙な形をした怪物がナガレの手の中で暴れている。何とか脱出しようと彼の腕に噛みついているが、鋼など比べ者にならない程に強靱な肉体には傷一つ付けられない。

 ナガレはそんな怪物を数秒間眺めたが、すぐに興味を失ったらしく、暗闇へと投げつける。

 すると、怪物は瞬く間にどこかへ消え去って行った。


「行くぞ、ガキ」

「う、うん……」


 周囲から槍が湧き出ない事を確認すると、ナガレは少女を片腕で抱えたまま歩き出した。足下には何匹か先程と同じ形をした怪物が存在したが、それらは彼の凶悪な存在に怯えて逃げていった様だ。


「……弱くなったな、俺は」


 怪物すらも恐怖させる。男の顔はそんな化け物とは思えない程に不満そうな物だった。

 昔は、そもそも怪物達が現れる事すら無かったのだ。視界に入れただけで彼らは恐慌し、逃げ出していた。それはつまり、彼の気配が弱くなったという事なのである。

 一度の敗北は彼の心に住み着いているのだ。


「え、っと……おじさんは、強いと思うよ?」

「それは、狭い世界での話だ」


 微妙な表情で元気付ける少女の言葉を、彼は軽く切って捨てる。

 少女が納得していない表情で眉を顰めたのが分かったが、ナガレにはそれを訂正する気は無い。少女の世界であれば、確かに彼は強いのだから。


「俺より凄い奴なんて沢山居るさ」


 遠くを見る様な目になりつつ、彼の足が先へ進んでいく。ダンジョンの内部は相変わらず全くと言って良い程に先が見えず、怪物の口に入り込んでいく様な不安が付き纏う物だ。

 が、男はその先が完全に見えているかの様に進んでいく。


「大凡、四百か五百って所か」


 歩きながら、男が独り言を口にする。

 その言葉の意味が伝わらなかったのか、少女が抱えられながらも表情に疑問を浮かべてみせる。

 男にはその顔は見えない筈だが、感情は伝わったのだろう。少女の方へ目を向けて、小さな笑みを浮かべて見せた。


「ここの怪物は雑魚が三百、そこそこのが九十九、それなりのが一って所だ」

「そ、そんな細かい所も分かるの?」

「まあな」


 少女が驚きを口にする。当然の事だ。どこの世界に入り口の辺りを歩くだけで内部に潜む怪物の数まで把握出来る者が居ると言うのだろう。

 まるで化け物だ。人間という種族の、それを極めたかの様な化け物だ。


「さて、行くぞ。俺の敵になる様な奴は居ないが……まあ、自分が襲われない様に気を付け……ろっ!」


 言葉が終わると同時に、まるで最初から準備されていたかの様に彼の拳が虚空へ振られた。

 すると、怪物特有の呻き声が上がる。空を切るだけで終わる筈の一撃は、しかし相手への攻撃に成功していた。

 犬の様な四足歩行の怪物である。これには固有の呼び名が存在するが、男はそれを頭に浮かべるよりも早く追撃の脚を出している。


「邪魔だぞっ!」


 本来であれば人間の攻撃など意にも介さない筈の怪物が、その一撃だけで水平に吹き飛んだ。すぐに暗闇がその姿を隠すが、壁に叩きつけられた音だけは無くならない。

 耳を澄ませれば、犬に似た鳴き声が聞こえてくる。その中には怯えが感じられて、怪物の物とは感じられなかった。

 野良犬を払うかの様に簡単に怪物を返り討ちにした男は、特に何の感慨も無く歩みを続けていった。


 入り口からして怪物の口の中に入る様な不安を感じさせるダンジョンだというのに、彼の足は何とも堂々とした物だった。








+








 スケルトン、という怪物の種族がある。

 全身が骨で構成された人型の存在だ。元々は人間だった、という話もあるが、定かではない。ただ、人の形をして人を襲う事があるというのが事実だ。

 それらの種族の中にも幾つかの種別がある。町娘にも負けてしまう様な非力な物も存在し、強大な『魔王』を一人で討伐してしまう程の物も存在する。恐ろしい事に、それらのスケルトンに外見の違いは無いのだ。同じ白い色をした単なる骨なのである。

 そして、このダンジョンのスケルトンは。


「……ム」

「何ダ?」


 人語を介し、仲間と言語で対話を可能とする、限りなく人間に近いスケルトンなのである。

 片方のスケルトンが何かを察知したのか、ダンジョンのどこかを見つめている。暗闇であっても彼らの視界には何の影響も無く、しっかりと先が見えている。

 存在しない筈の目で何を捉えているのか、そのスケルトンは警戒心を露わにした。


「何カが、キた……巨大ダ、危険な、恐ろシイ物だ」

「余所物カ?」

「ソの、様ダ」


 隣に居る同胞の言葉にスケルトンが頷く。

 人間の言語ではあったが、その声は聞き取りにくい物だ。勿論人間視点の話であって、彼らにとっては非常に聞きやすい声である。


「前にキタ、連中のナカまか?」

「分かランが……これホドの巨大なチカラ……」


 片方のスケルトンが同胞にしか分からない程度の警戒を口にした。

 彼らはダンジョンを支配し、平穏を守る存在である。外部からの侵入者達を弾き返す実力の持ち主が揃っていて、一流の冒険者であっても簡単には突破できない集団だ。

 何故、そんな強力なスケルトンがこのダンジョンを守っているのか。その理由を彼らは知っている。


「……邪神ノ、封ガ解かレるかモシれん」

「!?」


 その理由となった物が解かれる。そんな突拍子も無い事を口にした同胞へ、スケルトンが驚愕に口を開けた。

 それは彼らがこのダンジョンに留まっている理由だ。古に封印されたと言われる、世界の全てを嘲笑すると言われる最悪の邪神である。

 スケルトン達は邪神に従っている訳ではない。その封印を監視する為に存在しているのだ。


「……邪神ノ封印はそウ簡単に……」

「解けナい、筈ダがな」


 自らの役割を理解しているスケルトン達は、若干の恐怖を覚えて身を震わせる。数百年以上もこの場所を守ってきた彼らにとって、邪神の復活は絶対に避けたい事だ。

 不安に二人は顔を見合わせ、無い眉を顰める。


「有リ得なイな……」

「そう、ソウだと思イタいナ」


 頭の中の可能性として考えるのも嫌だったのだろう。全身を武装で包み込んだ屈強な骨の戦士は、邪神の存在に魂を貫かれる様な顔をした。

 邪神と呼ばれる存在は、それほどまでに恐怖の対象なのだ。彼らは無い筈の肺から湧き出る様な息を発し、腰に下げた剣が骨に当たって音を立てる。


「……警備に戻ロう」

「ソウ、だな」


 二人は話を打ち切る事を決めて、今の会話を頭から消し去る様に動き出す。


「……まテ」


 だが、二人が通常通りのダンジョンの警備に戻ろうとしたその瞬間、片方のスケルトンが足を止めた。


「ドウシた? ナニがあっタ?」

「少シ、音を消シてくレ……ナニかが、近イ」


 戸惑いを口にする同胞に対し、スケルトンが警戒の姿勢に入った状態で返事をする。手が腰の剣に触れていて、何時でも戦闘に入る事が出来る姿だ。

 一気に戦闘体勢に入った同胞の姿を見て静かに口を閉ざし、もう片方のスケルトンも凄まじい速度で剣を抜く。


「……」

「……」


 流石と言うべきか、黙り込むスケルトン達には隙など無い。空間すら引き裂く剣鬼の気配がダンジョン内部を包み、並の存在であれば逃げ出すだろう。

 視界の端で一匹のテンダスが逃げ出す姿を捉えつつ、スケルトン達はゆったりとした動きで剣を構えた。

 動き自体は遅く見えるが、敵が現れた瞬間には超高速の世界に入って対象を見事に両断するだろう。鉄どころか鋼すら断ち切ってしまうに違いない。


「何者カ? スガタを見セヨ」


 全身で剣呑な雰囲気を発しながら、スケルトンが声を上げた。その音で壁が揺れ動き、絶対的な戦士の力が周囲に伝わっていく。

 空気の流れが静かな物となった。水の滴る音の一つすらも聞き逃すまいとスケルトン達は感覚を研ぎ澄ます。

 そして、その感覚が頂点にまで達した瞬間、片方のスケルトンが凄まじい勢いで剣に力を込めた。


「……っ!」


 スケルトンは瞬間的に超高速に達し、背後に向けて無意識に剣を振るった。

 生命体ではないスケルトンは人型には必要な筈の予備動作を無視する事が出来る。存在しない筋肉の動きを読める筈も無く、この一撃も前触れに思えるのは剣の僅かな揺れだけだ。

 万が一防御されたとしても、避ける事は不可能な一撃である。だが、その一撃は空を切るだけで終わる。


「ナっ……!?」


 スケルトンの口から驚愕が漏れる。

 間違いなく必殺の一斬だった攻撃の筈が、空振りした。それは彼にとっては余りにも予想外な事だ。そして、それは致命的な隙となった。


「マズい、何ラかの危険ガっ……!? ア、がァ!?」


 事態の危険性を察知して同胞の方へ顔を向けたスケルトンが、驚愕と衝撃に呻いた。


「グっ……」


 唐突な斬劇を受けたのだ。しかし、それだけであれば彼は驚かなかっただろう。自分の直感が間違っていたと判断して、即座に防御へと移っていた筈だ。

 そう出来なかった理由は一つ。自分が声をかけようとした同胞たる存在が斬りかかって来たのだ。


「ナ、何故……!?」


 唐突に味方からの攻撃を受けて、骨だけのスケルトンの体が一部だけ崩壊を起こす。

 スケルトンは肉を持たない為に剣は利きにくいが、それでも達人の一撃であれば骨を裂く事も出来る。そして、このダンジョンの警備を行う彼らは一人残らず凄腕の剣士である。


「何ヲする!?」

「……」


 戸惑いながら同胞の攻撃を防ぐスケルトンに対して、その相手は何も喋る事無く、ただ剣による連続攻撃の速度を強める。

 そこには正気の雰囲気が無かった。感情など無く、意識も無く、ただ命じられたままに攻撃を仕掛けた者特有の気配が現れていた。


「オ前、まサカっ……!」


 体に受けた傷を誤魔化しつつ、スケルトンが応戦しながら『有り得ない可能性』を頭に浮かべた。

 洗脳だ、しかし、弱い種ならまだしも彼らは屈強な戦士である。洗脳如きを素直に受けるくらいであれば、その前に死を選ぶか、全力で抵抗を行うだろう。

 が、彼の同胞の変化は一瞬だった。一瞬の内に意識と感情を奪われ、操り人形にされている。そんな事が出来るのは、余程の術者か、それとも。


「邪神ノっ、神官!」

「正解だ」


 一番近いであろう可能性を口にしたスケルトンの側で、それを肯定する声があった。

 人間の声だ。しかし、性別の判断の付かない無機質で、だが嘲笑する様な悪意を感じる物である。

 明らかに危険過ぎる存在感を振りまき、人の身でありながら怪物を喰い散らかす程のおぞましさが感じられた。それは、この傷を負ったスケルトンに不退転の決意を含めた殺意を覚えさせる程に強烈な物だった。


「……」


 スケルトンは何も言わず、何も感じさせず、同胞の攻撃を弾きながら構えた。

 彼の視界の全てが超越的なまでの速度に跳ね上がる。操られた同胞の存在など無視し、そのスケルトンは自分の全力を探知出来る限りの気配へ向ける。

 その瞬間、スケルトンは全ての力を邪悪な気配の元へと放った。


 が、そこには誰も居ない。


 自分が見当違いの方向へと攻撃した事を認識するよりも早く、スケルトンは敵の本当の位置を見つけようと全力で気配を探る。

 そこで、彼は驚愕の余り明確な隙を作ってしまった。

 『気配が、自分の中に有る』。それを、理解したのだ。そいて、そんな明確な隙を逃す程に彼の同胞は甘い存在ではなかった。


「キサ……!?」


 言い終える事も許されず、スケルトンの意識は闇へと消えた。







+







「!?」


 スケルトンが同胞に倒された瞬間、その同胞の目に正気が戻った。勿論、人間の目には眼球など存在しない様にしか見えないのだが、そんな事は関係無い。

 そのスケルトンは何が起きたのかを理解しようと顔を動かし、自分が持っている剣が仲間を斬っている事を理解して、大きく目を見開く。存在しなくとも、そう表現するのが一番ふさわしい。

 自分が仲間を斬ってしまった。理由も分からないままその事実を突きつけられたスケルトンは、肩と剣を落として絶望を目に宿した。


「私ハ……何とイウ……」

「いや、中々に楽しかった。仲間を斬ってしまった者の苦しみ、絶望、沈み込んでいく感情。それらは邪神の供物であり……私の、一番好きな感情でもある」


 苦しむスケルトンの聴覚に、何者かの声が響いてきた。


「!?」

「まあ、こういうのは飽きていてね。スケルトンでも人間と反応が同じとは……面白くない話だ」


 言葉通りに退屈そうな声音だ。ただし、スケルトンに向けられた感情は嘲笑以外の何者でもない。

 スケルトンが剣を握り、殺気を伴って気配の主を攻撃を仕掛けようと動く。が、それは先程彼が斬ってしまったスケルトンと同じ行動でしかなかった。


「キ」

「それはさっき聞いたよ」


 声の主が、飽きた様な声でスケルトンの肋骨に触れた。

 ただ、触れただけだ。にも関わらず、そのスケルトンは何も出来なくなった。体を動かす事も、声を発する事も、剣を振るう事も。

 ただ、視界だけは不思議と動かす事が出来た。そしてスケルトンは目にする。触れられた肋骨から、自分の身が何者かに取り込まれているという状況に。


――コノ、こ奴ハ……!?


 抵抗を行おうとスケルトンが動こうとしたが、絶対に動かない。少しずつ少しずつ自分の身が消えていく所を見て、心に絶望が浮かんでいく。


「ああ、その顔だ。その顔は素晴らしい」


 悪意に満ち溢れた悦楽を感じさせる声で、その存在は相手を飲み込んでいく。食らい尽くしていく。

 それが、スケルトンの聞いた最後の言葉となった。









 スケルトンが完全に吸収されると、同時に床に転がっていたもう片方のスケルトンの残骸もまた、同じ存在の体の中へと吸収されていく。


「ああ、これで……」


 満足げな声を上げ、その存在は初めてダンジョンの暗闇の中から姿を見せた。

 それなりに高い背で、細身の人型だ。かろうじて人間の女だと分かる形をしているが、その雰囲気は絶望と悪意に染め上げられている。

 大きめのフードで顔を隠しているが、格好は黒いドレスに、黒く短いスカートだ。美しい肌を覗かせていて、だが太股には邪悪な気配の紋章が張り付けられている。

 肌に直接縫いつけたのだろう。今も痛みと血を流すそれは、彼女の魂を表しているかの様だ。


「ああっ……邪神様、こんなにも、他者の絶望が心地よいぃ……っ」


 自分の身に怪物を取り込んだ存在は、快感と悪寒を同時に覚えたかの様に身を震わせ、両腕で自分の体を抱きしめる。

 頬を紅潮させて口から涎を垂らす姿はとても艶やかだったが、同時におぞましく恐ろしい物でもあった。その目を見ただけで彼女に対して愛情を抱く者は存在しなくなるだろう。

 そんな彼女の元へ、虹色の髪をした男が近づいて行く。部下なのか、その態度には女への敬意が見て取れた。


「神官様、邪神復活の儀式、必要な物は……」

「まあ、慌てる事は無い。もう少し楽しませてくれても良いだろう?」


 女とも男とも思えない無機質で読み取れない声だったが、確かにその姿は女の物だ。

 そんな女へ、虹色の髪をした部下、いや邪神の信徒の一人が恭しく一礼をする。それはまるで、哀れな小娘を見る様な目だった。


「……それでこそ、あのお方の信徒。神官たる私を嘲笑するくらいでなければ」


 女は満足そうに頷き、嘲笑を浮かべた。

 『あらゆる物に対して嘲笑を向ける』。それが、この邪教の最大の教えだ。故に、信徒は皆同じ様に深い邪悪さを感じさせる笑みを浮かべるのだ。

 そんな彼女の背後には、何人もの人影が存在した。存在感の欠片も感じられず、まるで生きていないかの様な人間達だ。

 彼らもまた、邪神の信徒である。だが、邪神を信仰する事に対して自分の魂が耐えられず、半ば死んだ状態になってしまっている。

 そんな中で当然の様に正気を保った、いや狂気を保った女は、ダンジョンの内部を自分の邪気で汚す様に息を吐き、虚空を見つめた。


「あの『勇者』……上手く動けば良いが」

投稿重点

ところで、三部書き終わりました。これから短編一本書いて、最終章に入る予定です。その間に新しい群像劇物のプロットを構築して……と忙しくやっています。

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