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1部9話 約束は守らなきゃね

「どっちに駄目って言ったんだろうね。君かな、僕かな?」


 数秒後、起きてしまった事に対して少年は独り言を呟いていた。

 それに対する返事は無い。怒りも向けられる事は無い。ただ、世界の全てが少年に興味深げな視線を送るだけだ。

 当然、その場には一人の男が居る。少年の近くに居る彼は、ただ黙っているだけで何の反応も見せる事は無い。つい先程までは、少年の事をあれだけ憎んでいたというのに。


「僕にとってはどちらでも良い事だけれど、君にとっては違うんだろうね」


 反応が無くとも少年は続ける。そもそも相手の行動など視界に入れていないのだから、反応は必要無い。

 ただ、今だけは男に向けて言葉を発しているのが分かった。責めるでもなく、嫌うでもなく、単なる無気力で言葉を口にするのだ。


「僕、言ったよね『何かがあれば泣く人の横で勝手に満足して死んでしまう』って。君は、そういう気持ちも含めて守りたいんだよね?」


 少年は目を細め、男に対して自分の同類を見るかの様な目を向けた。

 少年の視線の更に先に、リーリアが倒れている。幼馴染みの『魔王』に抱き締められて、安らかに微笑んでいる。安堵と、何かしらの感情が秘められた笑顔だ。見る者を癒して止まないそんな表情は、揺らぐ事無く彼女の魅力を高めている。

 この様な状況でなければ男も余りの愛おしさに顔を赤くし、そのまま気絶していたに違いない。

 彼女が息をしていれば、本当にそうしただろう。


「……守れてないじゃん」


 少年の言葉を聞いて、男はリーリアの遺体を強く抱き締めた。

 彼が状況を理解できたのは、一瞬遅れた後だった。自分が攻撃を命じた瞬間に、怪物達は男の真上で両断されたのだ。当然、怪物達の破滅的な血は彼に降り注ぐ筈だった。

 だが、その寸前でリーリアが男の胸に飛び込み、押し倒し、そのまま自分の全身で血を受け止めたのだ。

 肉体が精霊に限りなく近い何かに変えたとしても関係無い。あの血を全身に浴び、彼女の肉体は一瞬で壊れてしまっていた。


「……っ」


 間違いなく幼馴染みの『命を守ろうとして』動いた結果である。そう、リーリアは男と同じ事をしただけだった。

 男の腕の力が強くなる。例え元は『魔王』であっても、今の彼は単なるエルフだ。地獄の責め苦よりも恐ろしい痛みが襲いかかってくるが、彼は痛みを無視してリーリアの亡骸を抱き締め続けている。

 悲劇的かつ、幻想的でさえある光景だった。


「ああ、そうそう。一つ言っておくけど……僕も、未来から来たんだ」


 そんな姿を眺めつつも少年は男の肩を叩き、自分の正体を明かす。

 男の考えは、完全に的外れだった。何せ、少年はこの場に来た時から、使い慣れた力を当たり前の様に振るっていただけだったのだから。

 その事に関して少年は馬鹿にする訳でも悲しむ訳でもない。ただ事実を告げる様に話していた。


「理由も君と同じさ。負けたから、もう一度挑むチャンスを得ようと思ってさ」


 ほんの少しだけ、少年の中に明確な感情が見える。薄く小さな感情だったが、それはある種の恋心の様にも感じられ、あるいは狂信に似た何かにも思える物だった。

 しかし、男は何も言わなかった。ただ黙ってリーリアの亡骸を抱き締め、彼女がこの世に存在した事を確かめる様にその身体を撫でているのだ。


「……何も聞かないんだね。復讐する気も無くなっちゃったんだ。なら、黙ってお姉さんと一緒に居れば?」


 少年は、それだけ言うと仕事は終わったとばかりに男に背を向ける。隙だらけの背には簡単に攻撃が通るだろう、だが、男にはそんな事をする気持ちなどもう残ってはいない。

 リーリアの背を撫でると、身体には暖かさがまだ残っていた。笑顔は歪まず、手は柔らかいままだ。無論、たった今死んでしまったばかりなのだから、当然なのだが。

 怪物の血を大量に受けても、彼女は命以外の何一つも損なわずに倒れていた。今にも目を開けて明るい顔を見せてくれる、そんな有り得ない可能性に縋りたくなる程に。


「何もかもが無価値だね、君の人生は。僕と同じだ、共感しちゃうよ。きっと君は今までの努力を無駄にする為に生きてきたんだ。これからも、ずっとそうだ」


 背中越しに、少年が何かを言ってくる。しかし、男には聞こえていなかった。

 そんな少年の存在など、男にとっては『無価値』でしかなかったのだ。いや、リーリアの居ないこの世界の全てが、彼にとっては価値が無いのである。

 男は必死になってリーリアの身体を抱き締め続けた。きっとその身体が朽ちて土になった時、彼はその場で命を失うのだろう。仲の良い幼馴染みは、同じ場所で死ぬのだ。

 それは、祝福すべき事なのだろうか。それとも……


「まあ、どうでも良いけどさ」


 少年にとっては、どちらにせよ興味の無い事だった。

 そのまま、少年は去っていく。道に転がった怪物達の死体も、その奥で死んだ女の事も、それを見て心を死なせてしまった男も、彼の中では既に過去の物と成り果てていた。


「……リー、リア」


「あぁ……俺は……俺は……」


 男の嘆く言葉など、少年には関係の無い事だったのだ。








+









 少年は山中を歩いていた。

 山の木々は少し歩いただけで先の風景を隠す効果がある。少年の足であったとしても、もうあの男女の姿は見えない。

 何の変哲も無い良くある山だが、迷いやすい部類に入るだろう。少なくとも、こんな少年が一人で装備も無しに入る場所ではない。ただし、彼は例外であるが。

 少年は迷った様子も無く、ただ山の先を目指していた。場所は知っている。何せ、『前にこの山の中を歩き回った事が有る』のだから。


「あの二人は、どうなるんだろうね。きっと彼は自害するか、あのまま飢え死にするだろう」


 ふと、少年が足を止め、虚空へ向かって明確な言葉を投げかける。

 いや、厳密に言うならば『虚空』などではない。この世界の全てに対して彼は目を向け、話しかけているのだ。

 そんな物に声をかけた所で、所詮は人間の少年に返事が来る筈は無い、とは言えなかった。少年の表情は今までを遙かに越える程に真剣な物だったのだから。


「僕には関係の無い事だけれど、あなたにはどうなんだろうね」


 虚空、いや世界へ声をかけ、少年は山の中を歩いていく。エルフの里へ戻るつもりは無い。とりあえずは、人の居る村か何かを探すつもりだろう。


「ねえ、返事をしたらどう?」


 うるさいよ。

 少年は、自分の背後に立つ誰かに声を


「背後じゃない。ずっと、どこからでも僕を見ていたんだよね?」











 声をかけている訳ではなく、私と話そうとしていたのだ。

 ああ、何という事だ。私は文章の役割があるというのに、ああしかししかし、話しかけられたからには返事をしよう、他ならぬ君の頼みだから、楽しく楽しく返事をしよう……そうかもね。ああ、正しいよ。


「やあ、やっと出てきてくれたね。エィストさん」


 歓迎されても困るなぁ、私は単に皆の背を押しに来ただけなのさ。

 でも、ジョンなんて名前を付けるのはどうかと思ったんだけど。似合わないよ?


「ジョン・タイター。今の僕を形容するのに一番似合う名前だと思うけど? それとも、サンジェルマンと名乗れば良かった?」


 彼が使った名前、それはつまり少年の居た世界で時間移動を行ったと言われる人物の名である。少年は何の価値も抱かなくとも、知識としてそれを名乗っ……


「うるさい」


 ……最後まで言わせてよ。

 まあ、いいけどさ。それで? 君はどうして私へ声をかけたのかな? 生憎、私は君達を見て楽しむので忙しいんだ。


「今度、あなたの所へ行くよ。共感する人……いや、怪物と会わせて欲しいんだ」


 おや、いい笑顔。君らしくないね……でも、しょうがないか。『彼女』にもう一度会いたいんだもんね。凄い物好きだと私は思うけれど。


「それでも、きっと行くよ。『那由他の果ての怪物』へ、辿り着いてみせる」


 …………そっか、頑張ってね。応援はしないけど、楽しみにはしているからさ。


「うん、頑張る。今度はそう……魔王に成り代わってみるかな。彼は『魔王』を止めるだろうし。離反した連中を従えて、ね」



 ……そんな事を言いながら、少年は元の無感動な不気味さを覚えさせる表情に戻り、『私』の存在から意識を逸らした。

 彼の足は無価値に進む。その目は『私』ではなく、『彼女』を見ている様だ。恋する少年の様な色が時折見て取れるのがその証拠である。


 どうしてそんな顔をする事になったのか、『私』は知っている。少年は出会ったのだ。自分が唯一共感と恋心を覚える事の出来た、価値の無い化け物に。


 ……ああ、そうだ。約束は守らなきゃね?

 お姉ちゃん?

3400字とかなり短めになっております。うーん、分割投稿の難しさよ。一気読み推奨なんだけどなぁ。

さて、この話は次の話で終了となります。やっとタグの『オムニバス』が意味を成しますね!

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