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プロローグ:謎の異世界の正体とは!?

 視界には、満天の星空の様な物が広がっていた。

 様な物、そう、広がっているのは星空などではない。星などという物体が有る訳ではないのだ。

 そこに存在するのは物質的な物でありながらそうでもなく。そもそも存在するかどうかすら不明瞭で、形容する必要を感じさせない何かである。

 だが、あえて呼ぶならば『何もかもが有る空間』と名付けるのが正解だろう。

 そんな場所から、やけに機嫌の良い声がどこかから響いて来た。 


「やあ、こんにちは! あ、こんばんは? おはようでも良いか」


 性別を感じさせない単なる音の様な声だ。それでいて響きは美しく、同時に機械的な物でなければ認識の困難なおぞましさが奥底に張り付いている。

 声はその場の全てから発せられている。人語の様な物を喋っている様に聞こえるが、実際には生命体にも理解出来る意志を発しているのだ。

 間違いなく、生命体の位置に居る存在の声ではなかった。


「あはは、私が見えますか? まあ、見えますよね。でも、お空に向かっては喋り難いかな? 独り言みたいになっちゃうね?」


 存在の凄まじさに対して、声は無意味なほどにアップテンポで明るく馬鹿らしかった。

 いや、その存在の正体というべき性格を知っていれば特に疑問に思う事も無いのだが、逆に言えば、知らなければ凄まじい違和感を覚えさせるだろう。


「人型の方が良い? 良いかな? そうだよね、人の形の方が親しみを持てるよね。うんうん、私、知的生命体ってだぁーい好きっ!」


 やはり無意味に調子を上げつつ、その存在は自分を見せつける様に声を周囲に広げる。

 すると、満天の星空の様な物が異様に歪み、混沌とした何かが這い寄る様に蠢き出す。それ以上は言葉にする事も出来ず、その必要も感じられなかった。

 宇宙、いや、そんな規模の物ではない。生命の想像しえない『世界』という概念が生まれる瞬間の様な現象が起きている。


「そう、まずは名乗りからかな! 私はエィスト! 『有なる怪物』とか、ミランとか恭助とか変態とか、享楽主義的な化け物とか、そんな風に呼んで欲しいな!」


 そこで初めて何かの声が人間の青年の物として聞こえる様になった。だが、今更そう聞こえたくらいでは誰もそれを人間という生命体だとは思わないだろう。

 とはいえ、人の形をしている物ではある様だ。


「さって! 登場は中々良かったかなっ?」


 星空の様な物から垂れ流す様に人型が現れ、機嫌良く挨拶をする。

 それは一人の青年だった。姿形は美青年と呼ぶべき物で、少女の様な愛らしさに溢れた笑みを浮かべている。好奇心旺盛な子供にも見える事と、虹色の髪をしている事が印象的だ。

 だが、纏う雰囲気は到底真っ当とは言えない物である。視界に入れただけで吐き気がこみ上げる程に享楽的で、それを加味すれば愛らしい笑みすら何もかもを笑う化け物の表情に思えてしまうだろう。

 言ってしまえば変態的な笑みである。


「……えへへ、それほどでもないんだけどなぁ」


 エィストは何故か照れる様に顔を紅潮させ、両手を頬に当てて体をくねらせた。

 既に星空らしき物は混沌から静寂に戻っていて、光源としてその場を静かに照らすという役割へ戻っている。それに照らされた虹色の髪が妖しげに揺らめいていた。

 そんな彼だったが、急に何事かを思い出した様に表情を変えると、自分を見つめる者へ不安そうな瞳を向ける。


「登場シーンはもの凄くスゴくてすごい感じにしたかったんだ、その練習なんだけど……どうかな? どうかな? 酷い? 醜い? 名状しがたい? それとも綺麗かな?」


 相手の顔を覗き込み、エィストは享楽的な表情のまま姿を消して凄まじい勢いで距離を取る。世界の端から端程度の距離は有るだろう。

 どれほどの距離があったとしても、彼の声はしっかりと届いた。


「どれにしたって……楽しいね! それで……どう、なのかな?」


 感想を求めている。ここは辛辣な返答をすべきだ。そもそも、虚空から垂れ流される形で現れた彼の姿を見たとして、その印象は『凄い』ではなく、『怖い』だろう。

 普通であれば発狂したくなる様な気味の悪い登場である。その感想を聞いたエィストは、素晴らしい早さで距離を戻して若干落ち込む様に肩を落とす。

 ただし、笑みはそのままで。


「つまらなかった? えー……なんてね。そんな事より続き続き!」


 次の瞬間には胡散臭く見える表情になりながら、エィストはその場でくるりくるりと踊る様に一回転する。

 いっそ真剣に扱うのが馬鹿らしくなる程に彼は異質だったが、侮れない不気味さを纏っているのも確かだ。少なくとも、冷静に観察する目を持っていればそう判断するだろう。

 そんなエィストは楽しげで無意味に上手な鼻歌を奏でつつ、少し離れた場所に立っていた者の目の前へ無遠慮に現れた。


「さてさて、戸惑ってる? そりゃそうだよね、こんな場所に気づいたら居たんだもの」


 相手の反応を待つ事も無く、彼は陶酔する様な表情で勝手に話を続ける。


「ここはどこか? それは……」


 質問された訳でもないというのに、彼の片目が空へ、もう片方が大地へ向けられる。

 それはまるで自分を見るかの様な笑みだ。いや、実際にそこに居たのだろう。大地に見える物も空らしき物も、彼なのだ。

 それだけではないのかもしれないが、少なくとも今の彼の目は空と大地へ向けられていた。


「分かる? えへへ、えへへへへ。嬉しいなぁ、嬉しいなあ、幸せだなぁ。何で? 幸せだから嬉しくて、嬉しいから幸せなんだ。素敵なループ、面白いループ。これもまた『楽しい』ね」


 くるくるくるくる、回る回る。楽しそうに回る。下手な踊り、ではない。楽しさを見せつける様に、自分の自己を現す様に回っている。

 かと思えば彼は足を余韻も見せずに一瞬で止め、また相手の顔の目の前へ、唇が触れてしまいそうな距離まで近寄った。


「くふふ、意味の無い話を延々とするのって楽しいよね? え、楽しくない? ……ぐすん、酷いや酷いや、『楽しい』私に楽しくないなんて、でもそれも楽しい! 凄いや、楽しいや!」


 相手が答える事など気にも留めず、彼は楽しげに腕を広げてひたすらに騒ぐ。本当に楽しそうだ。見る者に彼の本質が『楽しさ』にあると『勘違い』させる事だろう。

 そう、勘違いだ。その本質は楽しいなどという理解の及ぶ物ではない。だが、そんな物を一切臭わせる事もなく、彼は楽しい楽しいと笑い続けるのだ。


「あのね、えっとね。そう、君はこれから異世界に行くんだ!」


 そんな彼が唐突に話題を変えた。それが本題だったのか、今までよりは幾分は真面目な顔をしている。

 その姿は既に青年ではなく、顔以外の服から見える肌を全て血の滲んだ包帯で覆った小さな小さな少女になっていた。

 弱々しく無駄に庇護欲を煽る形をしても、その表情は変わらないのだが。


「ビックリしたかな? そうさ、君は私のくじ運で此処へ呼び込まれたんだよんっ、だよーん……え? 私の格好が変わった事の方がビックリ? うっそだぁ、だって君はげふんげふん……あっ……そんな、嘘……」


 咳き込む様な真似をすると同時に、少女の口から血が落ちた。

 どうでも良い事だが、無駄に鬱陶しい口調である。少女の可愛らしい声と相まって、どんな悪魔でも泣きたくなる程の異常な雰囲気を放っているのだ。

 よって、血を吐いたとしても心配する程の価値は無い。むしろ強い嫌悪を向ける事が相応である。


「私……死んじゃうの? ……えー、心配する程の価値も無い? いや、別に良いですけどどどどどー、うへへー」


 そんな評価を理解し、エィストは頬を膨らませながら喋る。もはやその場の全てが喋っているのか、それともエィストが喋っているのかすら判別できない。

 理解可能な理解不能、理解の意味すら理解させない謎の笑みを浮かべ続け、彼女とも彼とも呼べない物がそこに立つ。

 いい加減に話を進めるべきだと思ったのか、エィストはとても緩く微笑みつつ、今度は褐色の大男に見える姿を見せた。


「話が逸れたね。さて、私は君を異世界へ送ってしまうのだけれど……怒ってる? 元居た場所から離れるのは嫌かな? どうなのかな?」


 また少し表情を真剣な物にして、相手の顔を覗き込む。

 が、まるで出来の良い人形に話しかける様に、彼は返答を待たずに続ける。その事に不満を持つ者はそこには居なかった。


「……だよね、怒ってない。当然さ、私は『元居た世界に微塵の未練も無い』人しか連れてきてないんだから」


 答えを聞いた訳ではないというのに、彼の顔は想像通りと言わんばかりに得意げだ。

 心なしか、『世界』もまた喜んでいる様に見える。それと合わせる様にエィストが緩く声を明るくし、相手の手を取って目を輝かせた。


「それでね、それでねっ! 普通に転移させるのも面白くないからね……君には異世界トリップさせる特典で、凄い感じの力を渡しておくよ!」


 緩すぎる顔をしながらも、何時の間にか青年に戻った彼がとんでもない事を口にする。

 街頭で同じ事を言われれば怪しげな勧誘だと一蹴する所だろうが、それを信じさせるだけの存在感を彼は見せつけているのだ。


「一番似合う力を用意するから、期待してね! 嬉しいかな? 嬉しいなら笑って? 笑顔は楽しさへの道なんだよ! どんなに苦しくたって、心から笑い続ければ楽しい事だと思いこむさ!」


 エィストは相手の言葉を封じ込める様にまくし立て、自分の言葉を保証するかの様に頼もしげな笑みを浮かべた。

 彼は自己の抱く全ての感情を笑顔で表現出来るのだろう。常人が見れば超越的な何か以外には感じられない筈だ。

 そして、世の中にはその様な存在を表す言葉が有る。


「神? 悪魔? あはっ、私はそんな、誰かから崇められり畏れられたりする存在じゃないよ。自分が楽しむついでに誰かを苦しめたり楽しませたりしようって程度の何かさ」


 謙遜している風ではなく、心からそう思っている様だ。心がそれに有るのかは置いておくとしても、それは確かである。


「ま、何? 私は、『私』って言っておくかなぁ……」


 その言葉が発せられてから、少しの間だけエィストが静かになった。











「……だが、私が何者であるにせよ、これだけは心に置いておくべきだ」


 次に口を開いた時、あるいは世界の全てが意志を現した瞬間、エィストの口調は別人の物へと変貌していた。

 笑顔は浮かべているが、その異様さはもはや理解の彼方だ。一応は人の形を保った表情だというのに、言葉に出来ない奇妙な威圧感が付き纏っている。


「例え全知全能であったとしても、そうである存在には相応の思考や精神が必要だ。いや、極端な話、その様な力を持つのであれば精神も思考も無い方が良いのだよ。そう、誰かの様にね」


 どこかの誰かを見て、エィストの顔が恍惚に見える何かに染まる。恋する少年に見えなくも無いが、表情だけで彼を理解した気になるのは余りにも危険だ。


「おや……お前はどうなのか、と? 見ての通りさ。私には『私』として立つだけの思考が無い。楽しさに任せて存在しているだけさ。しかし……その気になれば……ふふ、どうだろうか」


 エィストは何も聞かれていないというのに、まるで台本通りに喋る役者の様に朗々と言葉を続けた。

 神々しさに禍々しさ、両方を同時に発していた。そのまま思わせぶりに微笑みつつ、エィストは世界を、いや自分自身を見つめる。


「……ま、そんな事は置いておくとしてっ!」


 が、彼はすぐに先程までの表情と口調に戻り、超越的なまでに機嫌良く調子良く、相手に背を向けて腕を広げた。


「どうかな、どうかな。偉そうだったかな。どうかな? ……どうでも良いかな! じゃあ話を続けよう!」


 やはり相手の返事を聞きもせず、彼は勝手に喋る。

 そんな態度であってもエィストは相手に対して無関心という訳でなければ、悪意や見下した意志を向けている訳でもない。彼が見せるのは凶悪なまでの興味と愛情、そして享楽だ。

 無制限に楽しそうで、楽しさで自分を構築している。彼にとってはあらゆる事が楽しいのだろう。


「向こうの世界じゃ君らは『勇者』と呼ばれるんだ。ああ、君の知ってる意味での、そう、魔王を倒したり悪い魔法使いを退治する勇者じゃない。私があの世界へ送った者の事を『勇者』と呼称するのさ」


 話は続いていた。だが、そこには何の意味も無い。

 エィストはまたくるくると自分の身を回転させ、今度は天高く飛び上がって倒立した状態で着地する。


「ま、そんな名前だからって必ず勇者で居る必要はないよ。気負わずに、住民Aでも魔王でも好きに生きると良いから」


 重力も引力も存在するかすら怪しいその世界だったが、エィストの服は大地に向かって捲れ上がっていた。

 虹色の髪をした青年はそこでようやく自分の状態に気づいたのか、愛する人に恥ずかしい所を見られたかの様に姿勢を戻す。

 それまでのどんな表情より、人間的な顔だった。


「……え? 今までの『勇者』はどんな奴らだったかって?」


 やはり聞かれてもいないのに、まるで聞かれたかの様に話し出した。

 ただし、服の裾を押さえて顔を赤くした状態での言葉である。その目も伏し目がちで、少し前まで異様な化け物として立っていた存在と同一だとは信じられない。

 それでも、声は変わらず楽しそうに続いている。


「んー……沢山居るからねぇ。そうだ、印象深い三人の話をしようか」


 いや、よく見れば青年は口を開いていない。彼は恥ずかしそうに黙り込み、その場にしゃがみ込んで居る。

 では、誰がそんなにも楽しそうに喋っているのか。その答えは変わらず蠢く星空もどきと、大地に見える何かへ視線を向ければ分かるだろう。


「まず、一人目は何も持っていなかった子でね……」


 彼は誰に話す訳でもなく、独り言の様に昔話、あるいは未来か今かそれとも時間の概念など無視しているのかもしれない話を始める。

 両頬に手を当てて首を振る青年も含め、その場の『一つを除く』あらゆる物が楽しげに笑っていた。


ヒャア! 我慢できねえ投稿だぁ!

登場人物もタイトルも文章も無駄にハイテンションに仕上がっております。

さて、本作はオムニバス形式で100kb程度の短編を三本掲載し、その後で三つのストーリーが交差する短編を掲載する予定となっております。ここまで聞けば分かる人は分かるでしょうが、『針山さん』方式です。小ネタとして端々に『クトゥルー神話』ネタが盛り込まれていたりもしますね。




さて、本作はオムニバス形式を取っております。なのでどの章から読んでも基本的には大丈夫な様に出来ています。(勿論、最初から読んだ方が設定とかは分かりやすいのですが)

『未来を着た悪魔』は少年勇者にエルフと魔王と怪物が関わる作品。

『邪神の異形な祝福』は挫折中のスキンヘッドマッチョ勇者が少女に連れられてダンジョンに突入する作品。

『シュ=オートスノムを覆う影』は不穏な雰囲気の町に女勇者が入り込む作品、となっております。

エピローグ『那由他の果てに無価値を求めて』は三つのストーリーを読んでいないと意味不明なので、それは例外です。

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