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穏やかな天候の下、大都市逢坂はいつも通りに活気があった。
居住区はもちろんのこと、店が立ち並ぶ商人通りにも活気がある。
だが、この日、人も活気があまり見られない貧民区の通りが珍しく騒がしく、他区から人が集まっていた。
商人、町人、下級武人など広い範囲の層の者が囲むように輪を作り、中心に存在するものをおそるおそると伺って、ざわめく。
「道を開けて下さい。神州国大阪幕府将軍直属、特別派遣衆所属――アリシア・ガーネットです」
よく響く声で言ったのは、薄褐色肌に日に反射する金髪の女。彼女はショートパンツルックと呼ばれる服装をしていた。太ももから下を露出した姿は、神州の概念からすれば、いや異国においても、はしたない姿に該当する。
が、それを咎めるものはいない。神州ではけしからんというだけで、何かの罪に抵触するわけではない。
さらに言えば、異国人である彼女にとって、それがごく自然に見えたためだろうか。健全なその脚は男のみならず、女までも思わず視線を集める。
今日もまた、その脚と神州人女性らしからぬ背丈に一同に顔を向けた。
「――全略」
「何を言っているんですか、貴方は。ふざけないで真面目にやってください」
「あー、五月蝿いよー。、昨日の酒が抜けてないんだからさ。勘弁して……」
「名乗りは規則です。名乗らない場合、私が貴方をしょっ引くことになりますけど」
「……神州国大阪幕府将軍直属、特別派遣衆所属の櫻井耶刀。野次馬はすぐに道を開けろーでないと切るよー」
アリシアの隣を歩く耶刀はめんどくさそうに所属を名乗り、周囲を威圧した。
間延びした声ではあったものの、群がっていた者は蜘蛛の子散らすように道を開ける。
「はい、どーもっと」
二人は背後に十数人の岡引を率いて開いた道を歩き、群衆が囲んでいた中心へとたどり着く。
そこにあったのは肉塊。すなわち物を言わぬ人――死体である。
「検分を始めてください」
アリシアが命令すると背後にいた岡引たちが各々の役割に取り掛かる。
「…………キツイなぁ」
無惨な姿だった。死体は腹部の内臓が区くりぬかれ、そこに百合、椿、牡丹の花で彩られた生首があった。
えらく手が込んでいると、アリシアは時たまに死体から目逸らしながら思う。
実に気味が悪いものだ。今月に入り、このような奇怪な殺人が発生している。
三日前は肉を何ヵ所も削がれた死体。一週間前は手と足がすげ替えられた死体。一週間と二日前は胴体だけの死体。そして、事の始まりと思われる最初の事件は錦城門前で斬り殺された門番二人の死体の計五件。
被害者の共通点は皆無。俗に、無差別殺人事件と認定された。
捜査と警備強化のために百人を越える岡引を動員したものの、下手人の手掛かりすら掴めていない。これ以上幕府の失態を見せないために、切札として投入されたのが、アリシアと耶刀の所属する特別派遣衆――通称、特派である。
特派は、類いまれ見ぬ功績を上げた者、特化した能力を持つ者から選ばれ、将軍の直属に配置される。
特派に対する命令権及び人事権は将軍に一任され、手となり足となって行動をする。いわば、将軍のための私兵である。
「ん?」
近くでズルズルと麺類を啜る音に気付いたアリシアが、疑問に思い音源に顔を向ける。
そこには死体の目の前で、斑色の器に盛られたキツネうどんを啜る耶刀の姿があった。
アリシアは少し頭をおさえ、
「何しているんですか?」
「少し遅い朝食。やらないからな」
「いりません。よくこの現場で食べる気になりますね。」
「真琴が朝食作ってくれなくてなあ、食ってない。最近、反抗的で困ったモンだ」
やれやれと耶刀は肩をすくませる。真琴――アリシアもよく知る耶刀の養子。
耶刀のいないところでよく交流し、互いに異国人ということもあってか、歳が離れていても気軽に会話ができる間柄だ。そのため養父に抱く不満なども聞くことがある。
真琴が耶刀に反抗的なのは年頃の女の子だからというのもあるが、一番の理由としては、
「だらしない性癖をどうにかしなさい。娘に欲情するとか変ですよ。」
「血繋がってないから、欲情するなとは無理。あと数年で最高な身体になるよ、アイツ」
「最低ですね」
「そりゃ、どうも」
「褒めてません。軽蔑です」
「ハハッ」
ズズズと汁を啜ってうどんを素早く完食した耶刀は、器を仕事中の部下に押し付けて懐から煙管を取り出した。
煙管に煙草を詰めて口に咥える。あとは火を点けるだけだが、火打ち等を持っている様子はない。当然だった。
彼にとって火とは身近なモノである。火を操る力を持つ彼にとっては。
「よっと」
腰に提げた刀の鍔に親指を掛けて軽く握り、氣を収斂させる。鞘の中の刀身が得体のしれぬ光を発すると、ボッと上空で音がした。
それは淡い橙色を放つ小さな火であった。火はゆっくりと降下して煙管に詰めた煙草に落ち着き、紫煙が上がった。
摩訶不思議な現象は武器に付加されている人智及ばぬ力、神威と云うもの。製法は既に断絶しており、神威持ちの武器は希少である。また、神威持ちは担い手を選ぶがゆえに、その希少性は高まる。
耶刀は一口吸い込んで、上へ紫煙を吐き出した。
「ん、なんだ。珍しいもんじゃないだろ」
その過程をジッと見ていたせいか、耶刀が怪訝な表情でアリシアに視線を向けた。
「いえ、相変わらずな使い方だなと思ってただけです」
「これはただの道具だ。担い手にとって有意義な使い方をすればいいだろ。お前も吸うか?」
「いりません」
きつい紫煙の匂いが漂う中、アリシアは即答した。
この煙草は神州国の支配下にある南洋諸国からの舶来物。西洋の物と比較すると、値段が安く、そして凄まじく不味い。
強要されてアリシアは一回吸わされたことがあるが、一度吸い込んだだけで無理だった。しつこく喉奥に煙が絡み、不愉快な味が舌に残り続けのだ。ひたすらに不味いし、煙草のどこがいいかもわからない。
「しかし、斬新だな。こうも殺し方に拘るとは、やったのは芸術家か」
ハツラツとした声をあげて、死体に近づいてマジマジと見つめる。何処にでもいる子供ように嬉しそうに瞳を輝かせて、失笑する。
とても低くく、喉奥でならすように笑う。
必然と視線は彼に集まった。市井からは勿論、検分のために借りた岡引から奇異の目を向けられる。いつも彼と行動を共にするアリシアからは慣れたものだ。初めて会ったときから耶刀の性格は変わらない。
血を好み、人を殺すことを楽しむ異常者ともいえる感性。本人曰く、昔に比べて丸くなったなどと吹聴してるが、それでも酷い。
元より異常者なのだ。一般の常識を当てはめること自体誤りであろう。
「……だけど、つまらんな」
「言っときますけど、死体に触らないでくださいね」
「あん?」
言うのが遅かった。アリシアは一旦思考を放棄して硬直し、もう一度働かせる。
振り向く耶刀の片手には生首。だらりと黒ずんだ血液が血に滴る。死後よりだいぶ時間が立っていたようで、血液は凝固しかけていた。
「……ハァ――フゥ――」
あくまで冷静に、怒鳴りたい気持ちを抑えて促すのだ。
「ソレを元の位置に戻して、一切触るな。今すぐに」
「検分の一環だ。何も問題ねえよ」
「大問題しかない! 今すぐ戻して離れて!」
「へいへい」
アリシアに指摘され、耶刀は無造作に生首を元の位置に戻した。そうして、ふてぶてしく煙管を吸いながら、アリシアの隣にしゃがみこむ。
もう何も言うまい。元より耶刀に検分など期待していない。現場を荒らされるくらいならば、何もせず大人しくしてもらったほうが、余計な気を使わず捗るというものだ。
死体の状況を委細まで記すというのは神経をすり減らすものだ。どんな状態か、どんな衣服を、死体の身元は、不審点は、死因は、とおおよそ考えられること全てが細かく記される。
一つや二つ程度の身体の欠落ならばまだマシだが、今回はバラバラなうえ、内蔵も露になっている。ゆえに耐性の無いも者にとっては厳しい。
「うっ……失礼します」
腹に来たのだろう。部下の一人が口元を抑えて、裏へと消えていく。それに触発されて何人かもまた、後に続いていった。
残ったのは二、三人程度。それも顔面蒼白な状態だ。
「……脆い。コレに及ばずとも、迫るくらいのものだったら戦場で見るぜ」何とも言えぬ笑みを浮かべて、ボソリと耶刀が呟く。
「彼らは軍属ではなく、あくまで治安維持のための岡引ですらから。戦場へなんて行きませんよ」
「言われなくても知ってるよ。で、どうだ」
「……下手人ですか?」
何に対して言ってるのか分からなくて、アリシアは少し考えてから口にすると、耶刀は「応」とぶらっきぼうに返事をする。
二人で組んで任務をこなすときは、決まって頭を働かせるのはアリシアである。耶刀の不手際による尻拭いも何もかもだ。
「ここでの目撃者はあってなきようなものですから、特定できません。目的は不明ですが、私は下手人は遊んでいるように思いますね。数は複数人によるものでしょう。でなければ、これだけ手の込んだ殺害方法は不可能でしょうから。不審な点は……なんというか、あまりにも遺体が綺麗すぎる」
「それよ、それ。刀じゃ、あんなキレイに首を斬れやしない。いや、斬れる奴はいるだろうけど」
「あのー言ってること矛盾してません?」
耶刀が小馬鹿にしたように鼻で笑い、立ち上がった。
「人を斬ることは容易いが、骨ごと斬るとなるとかなりの技術が必要となる。水平斬りとなると尚更だ」
「はぁ……?」
「お前知らないのか、水平斬りは一朝一夕で出来るもんじゃねえ。それも腕に覚えがある奴がやったって、限りなく水平に近くなるだけで真水平にはならない。生きた人間が相手なら尚更な」
神州刀の刃渡りは約70センチ程で、他にも長さに差異があるものや造りが異なるものが存在するが、湾曲したタイプのものが現在では主流になっている。
このような形になったのは、「折れず、曲がらず、よく斬れる」の三点を突き詰めた結果である。欠点があるとすれば、神州刀は担い手に一定の技量を求めることだろう。
それも斬るだけの行為だ。硬度の高いものや厚いものを断ち切るとなると、更なる技量を必要とする。あらゆるものには斬れやすい箇所があり、そこを狙うことで斬ることができる。
しかし、その箇所はあまりにも狭く小さい。ほんの少しズレただけで、断ち切ることは叶わない。
水平斬りで、対象が人間であれば、その難易度は格段に上がる。簡単な話――、
「生き物は動くからな。動くものに的確に斬り込むのは至難でな。」
「限りなく水平であっても、この切り口はあり得ないと?」
「ああ、無理、無理。さっきの首断面を見ればわかるが、骨がきれいに真っ二つだ。普通なら骨の節目を斬るんだがな」
「……神威か」
ポツリとアリシアが口にした。
神威であれば、この不自然なほどに綺麗な遺体も説明がつく。神威の効果は多岐に渡る。効果が被っても、強弱や扱いやすさに差異があれど、強力な力であることには違いない。
できるのだ。神威持ちの武器ならば。人智及ばぬ状況を作り出し、人を殺すことが。
「前の事件の奴もそうなんだろうよ。状況を見てねえから確信はできないけど」
「確信と裏付ける証拠がなければ――」
「俺の勘はだいたい当たる。とゆー訳で、俺は下手人を探してくるので後は頼んだ。命令権と報告責任の権限をお前に移譲する」
そんな一言に、世界が一瞬歪むような目眩と精神的疲労がアリシアを襲う。命令権はともかく、報告に関しては、先ほど否定の意志を示したはずだ。
仕方がない。耶刀は都合の悪い話は話し半分に聞いて、数秒後に知らん顔で忘れる。言ったところで何もならない。だからといって――
「良いわけないでしょうが!」
一言一句、声を張り上げて拒否の意を告げた。耶刀はめんどくさそうに頭をかいて、ジトリをアリシアを横目で見やった。
ただそれだけで、圧力を掛けられているような威圧感を感じさせる。
「規則ですからね。体制側が守らなくては、誰も守らなくなります」
「じゃあ、責任者権限で捜査隊を2つ分ける。お前が率いるのと、俺が率いるのにな」
「却下と言いたいですけど、権限として認められてるから逆らえませんね」
本心で言えば、アリシアはこの分隊に反対だ。そも、この分隊は耶刀が独断行動したいがためである。
特派が率いる捜査に割かれる人手は決まっておらず、責任者及び補佐が必要と判断すれば増員できる。逆をいえば減員もでき、捜査隊が一人で妥当と判断すれば一人にもできる。耶刀はこれを利用した。ただ――
「報告書が倍になりますけどね」
「独断行動ができるなら構わん。ま、代行殿あたりが文句いうだろうが」
「あの方は無駄を嫌いますから、間違いなくそうなるでしょうね。矛先はあなたにしか行かないから、私は気が楽ですけど」
「代行の怒りなんて、大したことでもねえしな。何か判明したら――」
「真琴を仲介して報告、でしょ。分かってますよ」
いつものやり取りをすると、耶刀は片手で返答してアリシアの横をすれ違う。
すれ違い様に、アリシアは布地が張りつめるほどの胸を無造作に一揉みされた。反射的に胸を押さえると、今度は尻を一撫でされた。
人の目がある中でやられたことに羞恥し、耶刀に怒りを発しようとしたが既に遅き。耶刀は素早く人混みの中に紛れ去って行っていた。
「あの……ガーネット殿。遺体の模写等が終了しました」
「む、そうですか。遺体の身元は?」
「逢坂幕府植木奉行所属の岡野平蔵だそうです。地位は下位文官相当」
植木奉行は主に逢坂城の庭に植える木を搬入、及び値段交渉を行う部署である。と言っても、あまり仕事がなく、申し訳程度の予算が充てられる窓際部署になっている。年に数回程度の搬入と、残りは登城するくらいだ。仕事の楽さから植木奉行への所属を望むものも少なくはない。
何も植木奉行の話だけでなく、他の部署も名ばかり部署になっているところもあり、これは幕府内で疑問の種となっている。
「植木奉行……か。ああ、遺体を運んで葬って下さい」
「……ぅぇ、了解」
岡引の表情に陰りが現れる。心底より嫌がっていると理解できた。
言わずとも分かる。ある程度の原形を留めている遺体ならともかく、この気味の悪い死体では触りたくもない。
このときだけ自らが上の立場であったことにアリシアは感謝した。
「ああ、あとそれと並行して手の空くものは目撃者がいないか聞き込みもしましょう。割り振りはそちら任せます」
次いで岡引の仕事を追加する。するとすぐに岡引らは目の色を変える。
遺体処理か、聞き込み。どちらかを選ぶかと問われれば圧倒的後者。割り振りを巡って声にこそ出さないもの、並々ならぬ気迫で話し合い始めた。
「割り振りが長くなるようでしたら、私の独断で分けますので」
輪を作って割り振りに精を出す岡引に一言投げかけて息をついた。
そして、誰にも聞こえないほど小声でアリシアは呟く。
「…………まぁ、貧民区では聞き込みは徒労に終わるでしょうけど」