7.避けては通れぬ真っ向勝負(初日、日中)
さてここで、天文家である、などと私が明らかな嘘を騙った動機について説明を加えておきたい。今回のゲームは、参加者が十名いて、特殊能力者の中に猟師が含まれていることはご存じのことであろう。そして、猟師の存在によって、ゲーム戦略が根本から変わってしまうのも周知の事実である。
一般論として、特殊能力者は処刑投票で誤って殺されないように、ゲームの序盤から自分の正体をさらけ出しておきたいのが本音であるが、そうすれば当然のごとく、吸血鬼たちの格好のターゲットとなってしまう。だから、安易に正体を暴露することはできない。
ところが、猟師がいることによって、この足枷は解除される。吸血鬼は、ゲームの序盤はなによりも村人の数を減らしたいから、猟師にGJされることをとても嫌がるのだ。ましてや、銀弾の餌食となってしまっては、目も当てられない。序盤で吸血鬼のどちらか一方が欠けるようなことがあれば、それは事実上のゲームセットを意味する。
したがって、猟師が護衛するであろうと思われる人物を、吸血鬼が夜間襲撃することは極めて難しいという結論になる。裏を返せば、猟師に護ってもらえる確信があれば、特殊能力者は積極的に正体をさらけ出すことができるのだ。
特殊能力者が正体をさらけ出しやすくなる一方で、私たち吸血鬼は序盤でどちらかが殺されることだけはなんとしても避けたい。そしてそのために、猟師のGJ以外で私たちが怖れることがもう一つある。それが、処刑投票だ。味方には、まだもう一人、使徒がいるものの、いかんせん、使徒と私たちは意思疎通を図ることができない。処刑投票で使徒の助けをあてにするのは厳しい。
ここで考えてもらいたい。仮に吸血鬼側に属する、K、Q、使徒、の三人が、特殊能力者であるという騙りの告白をせずに、そろって潜伏したとしよう。すると、どうなるだろうか?
村人側の天文家と片想いの二人は、吊し上げを避けるために確実に告白してくるから、誰も対抗しなければ、彼らは自動的に白であると認識されることになる。一度に二人も白である人物が判別されてしまえば、その情報だけでも、私たち吸血鬼側は大きく窮地に追い込まれることになる。
すなわち、私たちが勝利を収めるための必要条件として、三人のうち少なくとも誰かが特殊能力者を騙らなければならない、という結論が導かれる。
では、誰が嘘を騙るのか? 使徒は、私たちと意志の疎通が図れないから、当てにはできない。結局、私たち吸血鬼のどちらかが、騙りを入れなければならなくなる。となれば、当然、格下である私が、危険な役回りを演じるのが筋である。
ならば、私はどの能力者を騙るべきであろう?
まず、猟師を騙ることは絶対にあり得ない。猟師は、吸血鬼側に正体を暴かれれば、攻撃の最優先ターゲットとなるからだ。もちろん、猟師は自分の護衛もできるから、吸血鬼も迂闊には手が出せないはずだが、猟師が一晩に護衛できるのはたったの一人なので、自分の護衛をしていれば他の能力者の護衛はできなくなる。少なくとも、処刑されそうにならない限り、猟師が正体を暴露することは得策ではないことになる。ゲームの序盤で猟師を騙るということは、自分が黒ですよ、と告白しているのも同然なのだ。
同様に、私は吸血鬼ですよ、と正直に告白するのも論外であり、それこそなんの利益もない愚劣な行為に過ぎない。
片想いを騙ることは、村人側であるならば意味がある。仮に、宣言をした土方中尉が、本当に片想いであると仮定して、話を進めてみよう。
土方中尉は男性であるから、必然的に女性が想われ先ということになる。ということは、吸血鬼にしてみれば、女性を感染させる攻撃がしづらくなるわけだ。うっかり想われ先を感染させれば、たちまち片想いに察知されてしまう。だから、感染狙いなら男性を狙うのがセオリーとなる。
逆に、失血死を狙うのなら、女性の方が得である。なぜなら、運よく想われ先を失血死させることができれば、片想いも後追い自殺をするので、一石二鳥で村人側を二人同時に抹殺できるからだ。
ところが、ここで女性の誰かが、土方中尉に対抗して、片想いであると告白すると、吸血鬼側は襲撃の際、男女間の絞り込みができなくなる。したがって、村人側には、片想いの偽告白は利益があるといえよう。(もちろん、嘘がばれた時には、騙りを入れた人物は村人たちから黒と判断されて吊し上げられてしまうことだろう)
一方、吸血鬼である私が片想いを騙っても得るものはなにもない。同じく、使徒が女性であって、なおかつうっかりと片想いを騙ってしまうと、その行為は、味方である私たち吸血鬼側を混乱におとしめるだけの愚行となる。
長くなってしまったが、吸血鬼Qである私がなすべきことは、能力者を騙ることであり、その能力者は必然的に天文家でなければならない。
さて、問題は告白するタイミングだ。真の天文家は必ずいるはずで、彼または彼女は、おそらく今日か明日にでも、正体を告白するつもりでいることだろう。
だとしたら、騙りを入れるのは、真の天文家が告白する前か後か、どちらがいいだろう? ひょっとすると、使徒も天文家を騙るつもりでいるかもしれない。三人が天文家宣言をするという可能性も、十分にあり得る話だ。
使徒に天文家を騙らせて吸血鬼は二人とも潜伏する、という策も考えられるが、そもそも私たちには天文家を騙る使徒が判別できないし、能力者宣言をしない七人の中に吸血鬼二人が潜伏することも危険であるような気がする。
やはり、私が真っ先に天文家宣言をして、吸血鬼Kと意志の疎通を図りつつ、村人側を正面から混乱させる策がよさそうだ。
天文家を騙るということは、うまくいけば、議論の主導権を支配することができるが、真の天文家との論争に敗れ正体がばれてしまえば、いち早く処刑台の露と消えてしまうことだろう。騙りを入れた以上、失敗は絶対に許されない!
高椿子爵「おっ、さっそく天文家宣言者が出ましたよ。さあ、葵子に対抗する方は他にいませんか?」
令嬢琴音「小間使いの天文家宣言を確認。うちは、夜遅いのは苦手やから、星を眺める趣味なんてないんよ」
蝋燭職人菊川「待て、待て! 葵子どのは、少々軽率であったな。まだゲームは初日、少なくとも、天文家であるという事実は明朝まで伏せておくべきではなかったか? 天文家は夜にならねば活躍が出来ぬのだぞ!」
女将志乃「あいかわらず、菊川さんはCOがお嫌いのようね。別にいいじゃない? 今日告白しておけば、確実に、今日の処刑を免れられるんだから」
蝋燭職人菊川「それについては、議論で吊し上げられそうになってから名乗ればよいだけのこと。なにも疑われていない状況下で、むざむざ黒側に情報を提供する必要性がどこにある?」
小説家望月「蝋燭職人さんは、正直な性格をお持ちゆえに、虚偽を騙る行為に対して強く嫌悪を感じてみえるのでしょう。しかし、人狼ゲームの本質は、そもそも、他人を欺くことでもあります。
葵子さんが、嘘つきである可能性は考えられますが、一方で、彼女は本当に天文家であり、吊るし候補になってから宣言をしてもすでに時遅し、と危惧されて、早々に正体を暴露した、という可能性も捨てきれませんな。
いずれにせよ、彼女の行為は、決して軽率なものではなく、極めて理に叶った一つの選択肢であったと、わたしは確信します」
この望月という男、どっぷりとした体格で、少々インテリ気取りが鼻に付く、自称小説家だ。とりあえず、ただいまの発言に限っていえば、私をフォローしてくれているようであるが……。
すると、満を持していたかのように、寡黙な美青年飯村和弥が口を開いた。
書生和弥「皆さん、『囚人のディレンマ』という言葉はご存じでしょうか? 西洋の経済学で使われる用語です。協調した方がお互いの利益になるのがわかっていても、決定権が個人に与えられると、それぞれがエゴに走ってしまい、結局はお互いにとって望ましくない結果を選んでしまう――、これが人間の本質なのです。
天文家の告白――、全員が黙っていた方が村人側の利益になるとわかっていても、自分が助かりたくなれば宣言してしまう。ふふっ、そうじゃありませんかね、葵子さん?」
この挑発的とも取れる発言に、私は平然と無視を貫いた。
行商人猫谷「まあ、ややこしい理屈はいいや。大事なことは、小間使いに対抗する天文家が他にいねえか、ということだ。そして、この俺さまは、今回のゲームでは天文家ではない!」
小説家望月「いい遅れましたが、わたしも天文家ではありません」
土方中尉「小間使いどのの勇気ある宣言には敬意を表す。もちろん、余は片想いであるので、天文家であることは断じてない!」
次々と非天文家宣言がなされていくのを見て、柳原志乃があわてふためいていた。
女将志乃「さてさて、あたしはどうしようかな? まあ、いいか。あたしも天文家じゃあないわ! 小間使いが宣言しちゃった以上、天文家でないことを隠していても、あまり意味がなさそうだしね」
蝋燭職人菊川「そんなことは断じてない! 宣言をしない者は、鬼たちにからしてみれば、依然として天文家である可能性を秘めた人物なのだ。黙秘にも十分に利があると、自分は確信する。よって、現時点では天文家であるなしの発言は、控えさせてもらう」
高椿子爵「あいも変わらず、堅物ですねえ。あまり頑なに振る舞うと、わたしたちには、もしかするとあなたは黒なのではないか、という懐疑が生じかねませんよ」
蝋燭職人菊川「そうなってもらっても結構! 自分にとっては、そのような無意味な挑発を取る子爵どのの方が、よほど黒らしく思えてしまうが……」
高椿子爵「はっ、ご忠告どういたしまして。わたしは吊し上げこそが人狼ゲームの核心であり、鬼どもを着実に追い込むための最も有効な手段であると心得ます。だから、この昼間の議論こそがゲームにおける最大の焦点であり、そこで知力の勝った者が勝利の美酒を味わう、これこそが醍醐味であると確信しております!」とご主人さまが子供みたいに声を張り上げて反論した。
行商人猫谷「なんだか面白くなってきやがったな。俺はこんな本音をぶつけ合う討論は好きだぜ」
子守り千恵子「うちには望遠鏡を買えるお金なんかないし、あたいには天文観測なんてできないわ」
書生和弥「おやおや、千恵子ちゃんまでも非天文家宣言をしたようですよ。どうやら、菊川さんを除いて全ての人が、天文家に関する告白をなさったみたいですね。天文家を宣言したのは葵子さんだけで、菊川さんは黙秘。それ以外の方々は天文家ではないと……。
それでは、この状況下で僕は宣言いたします。僕は葵子さんに対抗します! 僕こそが紛れもない真の天文家です!
葵子さんの化けの皮は、いずれ時が来れば自ずと暴かれることになるでしょう」
そういって、書生はいかにも嬉しそうに口もとを緩ませた。
こうなった以上、わたしと和弥の知恵比べ対決は、もはや避けては通れなくなった。もちろん、わたしは望むところである。