6.恋に焦がれる人物(初日、日中)
ご主人さまと猫谷の二人が先陣を切って、片想いではないと告白をした。さあ、こんどは私の番だ……。
小間使い葵子「わたくしも恋はしておりません」と私は予定通りの発言をした。
令嬢琴音「うちも憧れのお方はおらへんわ」
女将志乃「えっ、あたし? やあねえ、いまさら恋なんてする歳でもないでしょ」と志乃は気恥ずかしそうな素振りで手をふった。
子守り千恵子「あたいも好きな男の子はいないです」
書生和弥「僕も、勉学にいそしんでいる身なので、恋などに明け暮れていては、叔父からの仕送りが止められてしまいます。故に、恋はしておりません」
小説家望月「わたしの番ですか? そうですねえ。巷では、生き生きとした文章を書くためには、作家は常に恋をしていなければならない、などと申されておりますが、いかんせん、わたしの場合は、これまで恋に興ずる機会に恵まれてきませんでしてな……」
いいわけがましい説明で、望月が片想いであることを否定した。
宣言を済ませた人数を指折り数えて、七竈亭の美人女将が呟いた。
女将志乃「ええと、まだ告白されていないのはどなたかしら? 中尉さまと菊川さん?」
土方中尉「まずは蝋燭師の意見を伺いたい。余の意見は、その後で行うつもりだ」
女将志乃「そうなの。じゃあ、菊川さん。告白してくださらない?」
蝋燭職人菊川「自分は、役職の告白に賛同したつもりはない! が、ここまで皆が告白をしてしまっては致し方ない。正直に告白するとしよう。自分は片想いではない!」
女将志乃「だそうですよ。中尉さま……?」
志乃がうながすと、ようやく将校が答えた。
土方中尉「皆には焦らすような行為となってしまい申し訳ない。全員の意見を確認してから告白をしたかったのでな。それでは、余は告白する。余は現在ある人物に恋慕の情を抱いておる。無論、そのお方の名前をここで告げるわけにはいかぬが、余は紛うことなく『片想い』である!」
はじめての能力者の告白に、おおっという歓声があがった。
行商人猫谷「どうやら、すんなりと片想いが確定しちゃったぜ。いまさらになって、将校に対抗して片想い宣言をする奴はいるのかい? いねえようだな……。じゃあ、将校の片想いは決まりだ!」
女将志乃「そうねえ。他に対抗馬が出ないことだしね……」
子守り千恵子「じゃあ、これから軍人さまのことは信頼してもいいのね」と少女は無邪気に喜んでいるようだ。その単純さがうらやましい。
令嬢琴音「ほんなら、中尉さまには『確定白』の代表として、これからうちたちが取るべき方針を語ってもらいましょうか?」
さりげなく令嬢が演説をうながすと、将校は満足そうに咳払いをひとつ入れて語りはじめた。
土方中尉「そうであるな。余は間違いなく村人側の人物である。そして、もう一人村人側に属する人物を知っているわけでもある。しかし、ゲームはまだ始まったばかりで、それ以外の手掛かりはあまりにも乏しい。したがって、村人側のために断言できる情報といわれても、いまは皆無である。今後、重要な事実を把握したら、余はすぐさまそれを公表することを約束する」
このとき、私はこみ上げる笑いを必死になってこらえていた。中尉が、村人側のために断言できる情報は皆無である、なんていうからだ。
実際に中尉は、村人たちのためになる情報については、なにひとつ気づくことができず、私たち吸血鬼側にとってすこぶる有益な情報については、それを自らが提供してしまっていることにも、全く気づいていないのである。
行商人猫谷「なんでえ、なんでえ。結局、有益な情報はなにもなしってことかよ!」
猫谷が悪態を吐くのを横目で確認すると、待っていましたとばかりに、ご主人さまが発言をなされた。
高椿子爵「そうとなれば、やはり、片想い以外の役職の告白が必要となりますね。次は、天文家をぜひ確認したいものですな」
行商人猫谷「ふっ、あいかわらず坊ちゃんはCOが好きだな。いま、天文家が名乗り出てしまっては、まずくねえのかい?」
高椿子爵「まず問題はないでしょう。今回のゲームでは猟師がいますからね。
では、わたしが最初に告白いたしましょう。わたしは夜空を眺めるなんて陳腐な趣味は、からっきし持ち合わせておりません!」
行商人猫谷「あああっ、遂にいっちゃったぜ。俺さまは知らねえぞ。えっ、俺さまの告白だって? いまはパスするぜ。時期尚早すぎらあ」
令嬢琴音「そうやねえ。たとえ、猟師がいてくれても、天文家ですと名乗るんは、危険やし……」
琴音もそういって肩をすくめた。
にわかに場が騒然としはじめる。それぞれが近くにいる者を捕まえて意見をぶつけ合っているからだ。そして、その合間を縫って、私はすっと前に進み出た。
小間使い葵子「それでは、ご主人さまのご意見を信じまして、告白をさせていただきましょう」
あっ気にとられた視線がいっせいに私に向けられる。
小間使い葵子「わたくしの正体は――、天文家でございます!」