14.全てが順調に……? (三日目、日中)
翌朝のGMからの報告に、村人たちは全員が煮え湯を飲まされることとなった。昨夜の犠牲者が、処刑された蝋燭職人に加えて、さらに二人も増えていたからだ。
令嬢琴音「ちょっと、ちょっと、どういうこと? 将校さまに女将さんが同時に亡くなるなんて――。なんて、恐ろしい……」
小説家望月「ちっ、見事にしてやられましたな。鬼たちめ……」
望月が悔しそうに舌打ちをした。
小間使い葵子「考えられる結論は、女将さまの死を悼まれた将校さまが、後追い自殺をなさった、ということですね。しかも、女将さまが失血死である以上、吸血鬼は二人とも現時点で生き残っている、ということも意味します」
行商人猫谷「さらに、残された鬼の手がかりは一切なしと来た。困ったもんだぜ。
さてと、能無し猟師さんよ。あんた、昨晩はいったい誰を護衛していたんだね?」
小説家望月「能無しとは無礼千万。わたしは、和弥君をきちんと護衛しておりましたよ。天文家を守る以外に、選択肢はないでしょう」と望月にしてはめずらしく落ち着きを失っていた。
行商人猫谷「ほう、書生の護衛をしていたとね……」と猫谷は意味ありげに口もとを緩ませた。
書生和弥「それで、結果はどうだったんですか?」
猫谷に代わって和弥がさりげなく訊ねたが、
小説家望月「なにもありませんでしたよ。GJはしておりません」と望月はあっさりと答えた。
行商人猫谷「そりゃあ、GJなんかしたといったら、明らかに矛盾ってことになる。昨日襲われたのは間違いなくお志乃さんだからな」
子守り千恵子「それにしても、女将さまが将校さまの憧れのお方だったことが、よくわかったわね?」
腕組みをしながら考え込む子守りが唱えたこの発言に、私は正直どきっとさせられた。まさに昨晩の事件の核心を衝いた鋭い質問だったからだ。まだ子供のくせに……。
行商人猫谷「いわれてみりゃ、確かにその通りだ! なんで鬼たちはわかったんだ?」
令嬢琴音「そんなん、当てずっぽうでしょ?」
小説家望月「当てずっぽうですか……? 想われ先の候補として、女将さんの他には、ご令嬢と子守りと小間使いさんがみえますよね。確率は四分の一。ふむふむ、そのくらいの確率なら、さもありなんですかな」
この望月の見解は、間髪をいれず書生によって否定された。
書生和弥「確率は四分の一ではありませんよ。三分の一です」
小説家望月「ほう、どういうことですか?」
書生和弥「葵子さんが、将校の想われ先であるはずはありません。彼女は候補者の中には入れてはなりません!」
令嬢がたしなめるようにいった。
令嬢琴音「そりゃあ、和弥さんの観測報告によれば、小間使いは吸血鬼ってことになっとるもんね。でも和弥さん、早合点は禁物よ。その推測は、あくまでも和弥さんの発言を信頼すれば……、ということなんやから」
書生和弥「もちろんです。でも、いまの僕の主張は、僕が天文家であろうとなかろうと、やはり成り立つ主張なのですよ」と和弥も負けてはいない。
小間使い葵子「和弥さま。もう少し詳しくご説明願えませんか?」
あえて確認したい内容とも思えないが、邸内に仕える者としていま私が取るべき行動は、自然な言動をひたすら振る舞うことであろう。
書生和弥「いいでしょう。どうせ、聡明なあなたにはすでに御見通しのはずのちゃちな推理に過ぎませんがね。
天文家宣言をされた葵子さんが想われ先である可能性は皆無です」
小説家望月「はて、よくわかりませんな。小間使いさんがもし天文家であるのなら、将校の想われ先であるはずはありませんが――、もしかして、ここにきて書生さん、あなたご自分が天文家ではなかったとでも宣言されるのですか?」
書生和弥「そんなことはしません。僕は正真正銘の天文家ですよ。
それでは、葵子さんが想われ先であると仮定してみましょう。すると、葵子さんは天文家ではないですから、彼女は嘘を騙っていることになります。
ここでよく考えてみてください。天文家を騙る人物なんて限られています。そんなのは村人側を混乱させようとする者たち。つまり、それは、吸血鬼か使徒しかあり得ません。結局、葵子さんが想われ先であるという仮定は、すぐさま矛盾を導いてしまうのです」
子守り千恵子「ということは、将校さま自身が、召使いのお姉ちゃんのことを想い先のお相手ではない、といったあの発言の他にも、お姉ちゃんが想われ先ではないという理由があるってことね」
行商人猫谷「和弥君の意見に賛成。ゆえに、小間使いと書生のどちらかは黒だってことだ! いずれにしても、小間使いが想われ先である可能性はゼロだ」
令嬢琴音「でもねえ、ただの村人でも、吊るされないための命乞いで、思わず天文家を騙ってしまう可能性もあるんとちゃう?」
小首をかしげながら令嬢が訊ねる。
行商人猫谷「ええと、そういわれれば、確かに、その可能性も捨てきれないところもあるよな……」と行商人は困惑した表情であったが、和弥がすんなりとその解答を提示した。
書生和弥「お嬢さま。ご心配には及びませんよ。葵子さんは、ああ見えて度胸が据わっています。間違っても、村人なのに我が身惜しさに天文家を騙るような弱い人物ではありませんからね」
お褒めにあずかり光栄でございます、といいかえしてやりたいのは山々だったが、私はその欲望をぐっと呑み込んだ。
小説家望月「なるほど、よくわかりました。でも、可能性は依然として三分の一。鬼たちは想われ先を抹殺するために、最悪三日を要することを覚悟して、襲撃を行ったのですね」
書生和弥「単純に考えればその通りです。しかし、鬼たちにはもっと確信があったのかもしれませんね」
やはり来たか……。この飯村和弥という男、相当に頭が切れる人物だ。
令嬢琴音「えっ、どういうこと?」
書生和弥「ひょっとすると、鬼たちの中に女性がいた! つまり、鬼たちにとって、志乃さんの襲撃は賭けでもなんでもなく、ある程度の確信を持った襲撃であった、という可能性です」
子守り千恵子「お兄ちゃん、もう少しあたいにもわかるように説明してくれない?」
千恵子がポカンと口を開けて訊ねてきた。途端に、書生の口もとが悪魔のようにゆがんだ。
書生和弥「いいよ、千恵子ちゃん。もっと、わかりやすくいうとね……、こわいこわーい吸血鬼さんが、もしも千恵子ちゃんと琴音お嬢さまの二人であったならば、志乃さんは必然的に将校の想われ先に決まってしまうのさ」
子守り千恵子「まあ、怖い……」
小説家望月「すると、鬼の正体は令嬢と子守りであると……?」
書生和弥「そこまで断言するほど、僕は図々しくはありませんよ。それに、もしお嬢さまと千恵子ちゃんが二人ともオリジナルの吸血鬼であれば、それは僕が嘘つきであることの証明にもなってしまいます。なにしろ、僕は、葵子さんが吸血鬼として夜空に飛び立つお姿を観測したわけですからね」
行商人猫谷「しかし、大いにあり得る可能性でもあるな……」と猫谷は妙に感心している。
令嬢琴音「ふん、あくまでも可能性に過ぎん話やん」
令嬢があっさりと否定した。しかし、猫谷は引き下がらない。
行商人猫谷「おやおや、お嬢さまも、ようやく俺さまと同じ身分まで登り詰めてきましたねえ。ふふふっ……、処刑候補――」
令嬢琴音「なにを喜んどるん? 和弥さんのいったことは、うちや子守りが鬼やという積極的な根拠にはなっとらんし」
令嬢は少なからず狼狽えていた。
行商人猫谷「おおっと、そうだ。ここいら辺りで、肝心な事実をここにいる皆さま方に知ってもらわねばなんねえべ。
みんな、聞いてくれ。俺さまは、今日から晴れて、処刑の最有力候補ではなくなったんだ!
えっ、なぜかって? 考えてもみろよ。昨日までは、将校の想われ先を庇うために、男が候補にあげられていたのだが、悲しきかな、将校はいとしの恋人といっしょに儚くも死んでしまった。かくして、俺さまが処刑候補である理由もなくなった、とこういうわけだ。どうでい。これでみんな同格だぜ」
鼻息荒く声高らかに猫谷が宣言した。
令嬢琴音「いわれてみれば、そうやね……。でもね、猫さん――、あまり調子づいとると、反感を買ってまた候補者に逆戻りしちゃうわよ」
行商人猫谷「やだなあ。お嬢さん、脅かしっこはなしですよ。こう見えても、俺さまは小心者なんすからあ」
あいもかわらず道化を演じるのが好きな男だ。しかし、限られた時間は刻々と過ぎている。そして、今日の私にはまだしなければならない仕事が残っている……。
小間使い葵子「大切なことは、わたくしたちは一方ならず追い込まれているということです」
仕方なく私は議論をもとに戻した。すると子守りが私の望むべく質問を口ずさんだ。
子守り千恵子「そういえば、まだ昨日のお空の報告がないわね?」
それを聞いた書生が素早く反応する。彼は妙にうれしそうな顔をしていた。
書生和弥「そうだったね。じゃあ、報告させてもらうよ。とびきり驚愕の事実をね。
昨日、僕はある人物を観測した。そして、僕は見た。その人物が夜空に飛び立っていったのを――」
令嬢琴音「あらまあ、和弥さんたら、ほんに勘のよろしいことで。昨日は小間使いで、今日はどなたが鬼だったというん?」と令嬢は半分あきれ顔だった。
書生和弥「はい、お褒めにあずかり光栄です、お嬢さま――。
僕が昨晩観測した人物、それは――、小説家望月浩然氏です!」
望月が真っ赤になって反論する。
小説家望月「まさか、そんなの嘘っぱちもいいとこだ!」
和弥は望月を全く意に介さず話を継続した。
書生和弥「そして、望月氏はもう一つ重大なミスを犯しています。彼は、昨晩GJはしていないといいました。ただ、それだけを……。
そして、その事実から、彼が猟師を騙っていることが証明できます。もしも、本当に猟師であるのなら、僕の観測により、彼は感染猟師であることになります。さらに、感染させられたのは初日しか考えられません。昨日は志乃さんが失血死させられていますからね。
すると感染してから一日経過した昨晩は、護衛をする能力は失われており、彼は自らの感染に気付いていたはずです。しかし、望月氏のコメントからは、自らの感染を自覚していない様子がはっきりとあらわれています。すなわち、望月氏は嘘を吐いている。そして、彼は間違いなく吸血鬼です!」
あれだけひどい癇癪を破裂させた望月が、今度は不気味なくらい落ち着き払った表情を見せている。やがて、彼は口もとにうすら笑みを浮かべながらこういった。
小説家望月「その主張は全て、和弥君――、君が嘘つきでないことが前提になっているのだよ」
子守り千恵子「でも、もしお兄ちゃんが真の天文家ならば、オリジナルの鬼さんは、召使いのお姉ちゃんと物書きのおじさんということなのね!」
千恵子が同意を求めたが、和弥がすぐに訂正した。
書生和弥「葵子さんのオリジナル吸血鬼は確定だ。彼女の観測は初日の晩だったからね。でも、望月氏は、ひょっとしたら感染吸血鬼かもしれない。初日に感染させられた、という可能性は残っている」
行商人猫谷「もしも望月が感染吸血鬼でなるならば、奴の正体は使徒ってことか」
書生和弥「そうだと思われますが、ひょっとすると村人で、吊るされたくない一心で、猟師を騙ったという可能性も考えられます」
和弥の分析は隅々までよどみなく冴えわたっている。
令嬢琴音「さてさて、望月さん? あんた、なんか反論することはないん?」
令嬢がちらっと小説家の顔をうかがった。
小説家望月「特にありませんね。私は猟師です! すなわち、和弥君が天文家を騙っている、とそれだけのことでしょう」
令嬢琴音「そうなん。じゃあ、次は小間使いの番やね。あんたの観測報告を訊こうやないの?」
さあ、いよいよ私の出番が回ってきた。
小間使い葵子「かしこまりました。それでは、わたくしが昨晩観測した事実を申し上げます――」
ここまでは全ての事が上手く運んでいる。順調過ぎるほど……。でも、本当にそうなのだろうか? 別段、緊張しているわけでもないのに、私は胸が妙に疼くのを感じていた。