12.生き残るための駆け引き(二日目、日中)
『先んずれば則ち人を制し、後るれば則ち人の制する所となる』という故事がある。なにか事を起こそうとすれば、他人よりも先に行動を起こした方が有利に事が運べる、といった意味だが、対抗馬である私のことを吸血鬼だと断定した飯村和弥の発言は、まさにこの先手必勝を狙ったものであった。このまま彼の意見がまかりとおってしまえば、私たちの勝利の可能性は儚く消え失せてしまうことだろう。
発言を済ませた飯村和弥が、満足げに聴衆を見まわしている。すると今度は皆の視線が一斉に私に注がれる。私は落ちついて一歩前に進み出た。
小間使い葵子「次はわたくしが報告をする番でございますね。わたくしは昨晩、土方中尉さまのご様子を観測させていただきました。
ご安心くださいませ。結果は――、中尉さまは間違いなく白でございます」
淡々と結論を述べる私に、待っていましたとばかりに飯村和弥が攻撃を加えてきた。
書生和弥「これは、これは、すでに片想いが確定した将校をわざわざ観測するなんて……。葵子さん。あなた、天文家の貴重な能力を少々軽視されてはいませんか? 天文家が観測できるのは一晩にたったの一人だけ。無駄は絶対に許されません。白黒はっきりさせたい人から順番に観測しなくて、村人側に貢献することが果たしてできるでしょうかねえ?」
女将志乃「そういうことよね。小間使いさん、なにか反論することはおありかしら?」
七竈亭の女将は和弥の意見に基本的に賛成のようだ。しかし、私は別に取り乱してはなかった。全てはこちらの思惑通りである。
小間使い葵子「それでは、さしでがましいようでございますが、一言申し上げます。和弥さま、あなたは昨晩わたくしを観測なさいました。なぜでございますか?」
ふいをつかれて和弥が狐につままれたような顔をしている。
書生和弥「なぜって? 現時点で最も黒であることをはっきり証明しておきたい人物だからですよ!」
小間使い葵子「だからといって、わたくしを観測して、本当に意味がございますでしょうか?」
つんとすました私のそぶりがしゃくにさわったのか、みるみるうちに和弥の顔が赤く染まっていった。
書生和弥「なにをいってるんだ! あるに決まっているじゃないか。現に僕は、あんたが夜空に飛び立つ光景を目撃したんだぞ! これ以上決定的な事実が、他にあるっていうのかい?」
いよいよ私が反撃打を放つ番だ。目は閉じたまま、両手は腰の前に組んで、背筋をピンと伸ばし、胸を軽く張りながら、私は静かに自らの弁明を語りはじめた。
小間使い葵子「もし、わたくしが和弥さまを観測いたしましたら、きっとわたくしも、和弥さまが飛び立つのを目撃した、と申し上げることでしょうね。
おわかりでしょうか? わたくしと和弥さまがお互いを観測し合うことこそ、貴重な観測の機会を放棄する無意味な行為になってしまうのです。
だからわたくしは、あえて和弥さまの観測はせず、村人側にとって最も白であることを確定させておきたい中尉さまの観測を行いました。そして、望むべく結論を確認したのでございます。
すなわち、中尉さまの今後のご発言は全て信じられる、ということを――」
そのやり取りを見ていた行商人が、突然、大声で笑い出した。
行商人猫谷「はっはっはっ。これじゃあ書生さんも形無しだな。この小間使いを甘っちょろく見ると、大やけど食らうぜ。まあ、そんなことは以前のゲームで承知済みのことだろうけどな?」
令嬢琴音「結局、和弥さんがした観測は、現時点ではなんのご利益もない、ってことなんね」
この時に書生が一瞬浮かべた恐ろしい形相を、私はいまでもふと思い出す。しかし、彼はすぐさま元通りのすました顔つきに戻って、
書生和弥「どうやら、一本取られたみたいですが、まあいいでしょう。この先、僕が真の天文家であることが証明されれば、その時こそ葵子さんが恐ろしい吸血鬼と結論付けられることに、いささかも変わりはないですからね」と皮肉を付け加えた。
和弥がいい終わると同時に小説家が口をはさむ。
小説家望月「まあまあ、書生さん。もう少し冷静になりましょうや」
書生和弥「僕はいたって冷静ですよ! なにをいっているんですか?」
どうやらこの望月という男、他人を怒らせることに関しては天賦の才能をお持ちのようだ。
和弥のあさましい姿を見かねた七竈亭の女将が、すぐさま助け船を出した。
女将志乃「まずは中尉さまに、なにかしゃべってもらいましょうよ。現時点で、最も白に近い人物の代表としてね……」
女将の気配りには全く無頓着な将校土方晃暉が、ついに我が晴れの舞台を得たかとばかりに、意気揚々としゃべりはじめた。
土方中尉「それならば、余の意見を述べさせてもらうことにする。余が現時点で白であると確信している人物は、余自身と余がお慕い申し上げるお方の二人のみである。したがって、和弥君と小間使いどののいずれが天文家であるのか、余には判断しかねる。まあ、いまのところ、どちらも五分五分といった感じだ。
まず先に、和弥君が天文家であると仮定してみよう。すると、和弥君の観測報告が真実となり、小間使いどのが吸血鬼であることは確定だ。余の見る限り、これまでの小間使いどのは目立つことを意図的に避けていたように思われる。彼女には不自然な発言はほとんどないが、あえていわせてもらえば、昨日の処刑投票で、皆が怪しいと考えていた子爵と蝋燭師をともに第一候補とはせず、行商人を一番手にあげたのが、余には少々気になった。彼女が本当に鬼ならば、子爵か蝋燭師のいずれかが仲間の鬼である可能性が高い。
しかし、小間使いどのが鬼であるとは、正直なところ、余は信じかねる。なぜなら、彼女は昨晩に余を観測したと主張したからだ。天文家を騙るなら、片想い宣言者を白だと報告するよりも、別な人物を黒だと嘘の報告をする方が、村人側を混乱させられると思うが、彼女はそうは主張しなかった。まあ、まだ初日なので様子をうかがっているだけかもしれぬがな。
逆に、小間使いどのが天文家であると仮定しよう。すると、和弥君は、わざわざ小間使いどのに対抗して天文家を騙っているのであるから、必然的に吸血鬼か使徒ということになる。その和弥君の言動で余が気になることは、小間使いどのと蝋燭師に対する執拗な嫌がらせである。とはいっても、それだけで蝋燭師が白であると断定できるはずもない。
もう一つの関心ごとは、誰が猟師であるかということだ。亡くなった子爵が猟師である可能性は、極めて薄いであろう。理由は、もし彼が猟師であったなら、あのように皆を挑発することもなかろう、と思うからだ。そして、能力者宣言をした和弥君、小間使いどのに余も含めた三名は、決して猟師ではないと断言してよい。同じく、余がお慕い申すお方も猟師ではない。したがって、行商人、物書き、蝋燭師、令嬢、女将、子守りの六名のうち余の想われ先を除いた五名が、猟師の候補なのだ。
余が断言できることは以上だ」
そういい終えると、中尉は誇らしげに周りを見渡した。ただいまの鮮烈なる我が演説を聞きし聴衆どもの反応やいかなるものであろうか、とでもいいたげな様子だ。
すると静寂の合間をぬって少女の話し声がした。
子守り千恵子「話が長かったわりに、あたり前のことしかいわなかったよね……」
令嬢琴音「しっ、中尉さまに聞こえちゃうわよ。ああ見えて、プライドは人一倍高いんやから……」
当人たちは小声で内緒話をしていたつもりだろうが、その甲高く姦しい声は部屋の一番端っこにいた私の耳までもしっかりと届いていた。当然、土方中尉にも二人のひそひそ話は筒抜けだ。中尉のこめかみがピクピク動くのを、ハラハラしながら私はただ眺めていた。
女将志乃「えへん――。それじゃあ、今晩吊るすのはどなたにしましょうかね?」
さすがは女将。あいかわらず細かなことまで気がまわる。
令嬢琴音「やっぱり、殿方の中から選んで欲しいわねえ。だって、うちら女の子たちの誰かは、将校さまの想われ先なんやからぁ」と、たったいま、女将に急場を救われたことにはこれっぽっちも気づいていない呑気な令嬢が、甘え声を発した。
蝋燭職人菊川「本末転倒もいいとこだ! 処刑投票で吊るしてならない人物は、想われ先ではなく天文家と猟師なのだ。そして、猟師が能力者宣言をしてない男児の中に紛れ込んでいる可能性も十分あり得る。
したがって、処刑の候補者は男女の区別なしに、能力者宣言をした将校と小間使いそれに書生を除いた、全ての人物から選出すべきである」
菊川の断固とした抗議に、猫谷が追随する。
行商人猫谷「今度ばかりはさすがの俺さまも蝋燭屋に賛成にゃ。男女の差別は反対! もしも想われ先が吊るされそうになったら、そん時になってから自分が想われ先であることを告げれば、それでいいじゃねえか」
令嬢がふっとため息をついた。
令嬢琴音「あんねえ、猫さん。我が身可愛さに、頭がどうかしちゃったんとちゃう? 想われ先の人物は、自分が想われ先であるという自覚が無いんよ。『私が想われ先です』だなんて、誰が宣言するんよ?」
行商人猫谷「おおっと、俺さまとしたことが、ぬかったぜ」
さらに令嬢がとどめを刺す。
令嬢琴音「そもそも、あんたら『能無し三人男』の中に、万が一猟師がいるのなら、それこそ議論で吊るされそうになった時に、猟師宣言すればいいことやないの?」
行商人猫谷「ううっ、なんか半分納得いかねえものの、説得力ある感じがするご指摘。それじゃあ、このままいくと、俺さまと物書きのおっさんと蝋燭屋の三人の中の誰かが栄えある本日の処刑者になっちまうと、こういうことでごぜえますか……」
もはや観念したかのような嘆きぶしが猫谷からこぼれる。すると、意を決したかのように小説家が、長椅子からすくっと立ち上がった。
小説家望月「だとしたら、それは極めて遺憾なことですな。わたしはまだこのゲームで死ぬわけにはまいりません!
そうですか……。仕方ありませんね、ならば正直に告白いたしましょう。
いままで隠してまいりましたが、わたしの正体は――、猟師です!」
ついに最後の能力者である猟師の宣言者が現れた。さて、これからどうなってしまうのだろうか?
令嬢琴音「望月さんの猟師宣言を確認しました。さあ、他に対抗馬はいるん?」
行商人猫谷「物書きの猟師宣言を確認。でも、信用はできねえなあ。吊るしから逃れるための騙りかもしれんし」
蝋燭職人菊川「その通りだ。ここまで来ての自白など、信ずるに値せぬ!」
口では強気だが、菊川の両肩はこきざみに震えていた。
土方中尉「そうであろうか? 少なくとも、望月どのが猟師である可能性も視野に入れて、村人側は今後の戦い方を決めるべきであると、余は思うぞ。
なにも宣言をせぬ臆病者に、とやかくいわれる筋合いはないからな」と将校が菊川をなじった。
女将志乃「そうよねえ。能力者宣言をすることで、鬼たちのターゲットになってしまうんだから、リスクはお互いさまなのよね」と志乃も納得をしている。
行商人猫谷「ところで、物書きさんよ。てめえが猟師だっていうんなら、誰を護衛したのか、いってみろよ」
小説家望月「いいでしょう。わたしは、昨晩、小間使いさんを護衛いたしました。理由は天文家宣言をされたお方だからです。和弥君を護衛せず小間使いさんを護衛したのは、特に深い理由はありません。
ですから、今宵の護衛者は誰にするのかと問われれば、小間使いさんかもしれませんし和弥君かもしれません、とお答えするしかありませんな」と望月があっさりと答えた。
行商人猫谷「ふん。そうはいいながら、どうせてめえの護衛をするのが落ちじゃねえのか? なにしろ、ここに来て、我が身可愛さに猟師宣言をするようなくそ野郎だからな!」
行商人は苦々しげに小説家を睨みつけた。
土方中尉「取り留めない話をいつまで続けても、埒が明かぬ。そろそろ、今宵の処刑投票に議論を移さねば。
では、諸君が考えている候補者を順に二人ずつあげてもらいたい。まず、余であるが、想われ先の愛しき方が巻き込まれるのを防ぐためにも、能力者宣言をしていない男児から選ぶのが、やはり筋だと思う。
よって、一番手は蝋燭職人菊川、二番手は行商人猫谷だ。菊川を優先したのは、これまでの言動で腑に落ちぬ点が猫谷より多かったからである。以上――」
将校の発言にたまらず、蝋燭職人が抗議した。
蝋燭職人菊川「中尉のただいまの発言、誠に遺憾なり。自分を不当に貶めるものだ。かといって、白と確定している将校を吊し上げるのも妙な話となってしまうので、自分は第一の候補を猫谷氏、第二の候補を琴音嬢とさせていただく。
琴音嬢を選んだ理由は、発言になにかしら違和感があるからだ。彼女の言葉には、村人側の振りはしているものの、一語一語に真剣さがまるで感じられない! 常に第三者のような話しぶりで、肝心な個所の議論ははぐらかしているような気がする……」
攻撃された琴音ももちろん黙ってはいない。
令嬢琴音「んまあ、うちが候補者ですって? なにを考えとんのか、ようわからんわ。
じゃあ、うちの意見をいうわね。一番手は蝋燭屋。二番手は猫さん。
まあ、これが順当なとこやろ……」
皆が少しずつ冷静さを失いつつある。その合間をぬって私はさっと発言を済ませることにした。
小間使い葵子「一番手は菊川さま、二番手は猫谷さまです。申し訳ございません」
その瞬間であった。仲間の吸血鬼である琴音から、今日一回きりの目配せ合図が送られてきた。
彼女の指示した今晩の襲撃先は――七竈亭女将の柳原志乃! いうまでもなく、想われ先の失血死を狙ったものである。
賢明な読者にはもうおわかりのことであろうが、今回のゲームでは偶然にも私と琴音がともに女性であったため、他のプレーヤーからは四人いるように見える将校の想われ先が、私たちからして見れば、吸血鬼が想われ先になることはないゆえ、柳原志乃か蕨崎千恵子の二人に絞ることができるのだ。
私の考えも、今晩のターゲットは志乃か千恵子のどちらかであった。琴音の意見に異論はない。協力して、志乃を失血死させるだけだ。
猟師が志乃を護衛する心配も皆無である。なぜなら、猟師は天文家宣言した私か和弥を守らなければならないからだ。
私は琴音に向けて、目配せ合図を返した。ターゲットを柳原志乃として。
書生和弥「えっ、僕の意見ですか? やはり、菊川さんが最優先ですね。二番手はあげる必要性を感じませんが、あえてあげろというのなら、葵子さんですね。なにしろ、僕の対抗馬ですからね。あっ、でもご心配なく。今日の投票は、菊川さんに投じますよ」
和弥は、処刑されるのは菊川でも猫谷でもどちらでもいいや、とでもいいたげな無関心な態度で答えた。
小説家望月「どうやら、流れができてしまったようですな。ならば、わたしもそれに追随いたしましょう。一番手は菊川氏、次点で猫谷氏です」
今度は千恵子が手をあげた。
子守り千恵子「はい。あたいが投票するのは、包帯のおじさん。でもそれがだめなら、物書きのおじさんにする」
志乃の細いまゆがちょっとだけ吊り上った。
女将志乃「あらあら、お千恵ちゃん。二番目は、猫面おじさんの間違いじゃないのかしら?」
子守り千恵子「ううん、さっきのでいいよ。あたい、猫谷のおじちゃん好きだし」
猫谷が袖口で目の辺りをこすっている。おそらくは演技であろうが……。
行商人猫谷「そうかい、そうかい。やはり人気者はつらいよな――。
というわけで、俺さまの意見だが、一番手は菊川! これはまあ決まりとして、二番手は誰にしようかな? いいかげんに、俺さまたちばかりをターゲットにせず、だんまりを続けている三人の女性陣にも目を向けて欲しいよな。
とささやかな愚痴を唱えさせていただきつつ、今日のところの二番手は望月のおっさん、ってことで勘弁しといたるわい」
女将志乃「一番手は菊川さん。二番手は猫さんでーす」
志乃が早口に宣言をすませた。
行商人猫谷「あれれ、なんか目立たないようにしてない? もう少し詳しくコメントが欲しいな」
女将志乃「いいじゃない。あたしまだ大人しくしていたいのよ。ほほほ……」
誰もが自分さえ処刑されなければそれでいいと思っている。ただ一人を除いて……。
蝋燭職人菊川「いいかげんにしろ! これは謀略だ。自分は罠に嵌められたのだ。誰か助けてくれ。自分は村人なのだ。なんの罪もない非能力者なのだ。どうか、皆の者たちよ、もう一度考え直して欲しい。自分は、自分は……、まだ死にたくはない!」
菊川の悲痛な叫び声をあざ笑うかのごとく、猫谷が息の根を止めにかかる。
行商人猫谷「虫のいい野郎だな。いまさらじたばたしたって手遅れさ。あんたが処刑されなきゃ、俺さまが殺されちまう。そんなのは、まっぴらごめんでい。さあさあ、とっとと諦めちまいな」
土方中尉「気の毒だが、ここに来て命乞いなどしたところで、疑いが晴れることはあり得ぬ。観念いたすのだな」と中尉も冷たく笑った。
こうして、昼の会談は終了し、処刑投票が執行された。そして少しの間をおいて、結果がGMから公開された。
二日目の処刑投票結果、
蝋燭職人菊川は、行商人猫谷に投票した。
子守り千恵子は、蝋燭職人菊川に投票した。
書生和弥は、蝋燭職人菊川に投票した。
土方中尉は、蝋燭職人菊川に投票した。
令嬢琴音は、蝋燭職人菊川に投票した。
小間使い葵子は、蝋燭職人菊川に投票した。
小説家望月は、蝋燭職人菊川に投票した。
行商人猫谷は、蝋燭職人菊川に投票した。
女将志乃は、蝋燭職人菊川に投票した。
蝋燭職人菊川に八人、行商人猫谷に一人が投票しました。蝋燭職人菊川の胸に聖なる杭が打ち込まれました。